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第37話:女王の秘書は、少年錬金術師に感謝する

 アルカディア帝国の宮殿の三階には、大臣用の部屋が並ぶ。

 その一つで、初老の男が目を覚ました。


「……ふにゅぅ」


 50代半ばの男性に似付かわしくない寝起きの声を上げたのは、モーリス。

 寝起き直後のまだぼんやりすつ頭がこてんと傾くと、ナイトキャップの先っぽがくたりと身体に乗っかった。


「ふぅぅんぅ~」


 ベッドの上で、ぐぐ~っと思いっきり背伸びすると、全身が気持ちよく伸びた。

 長年、女王秘書を務めた彼は、ここ最近本当にゆっくりと眠れている。

 現在の時刻は10時過ぎ。

 モーリスは「ふにゃぁ……」と幼女のように欠伸する。

 以前ならば、こんな時間に起きることは絶対に許されなかった。

 女王秘書は、宮殿でも最高峰に厳しい仕事として、また最高峰に最悪な仕事として有名である。

 常に爆弾のようなロザリーの機嫌を最前線で伺い、爆発した場合は最も重篤な被害を被るからだ。

 くじ運のないモーリスは一番最初に引き当ててしまい、もう何年も疲労困憊な生活を送っていた。

 もう一生このままなのかと思ったとき、幼い救世主が現れたのだ。

 大峡谷に住まう天使のごとき少年を想い、モーリスはベッドの上で祈りを捧げる。


「ツバサ殿……あなた様のおかげで、私は人間らしい生活を送ることができております。今日も活かしていただき誠にありがとうございます」


 鏡を見ても日頃の心労で刻まれた皺は心なしか薄くなった気がしており、思わずにこりと微笑み返してしまったほどだ。

 帝国の大規模な労働改革が始まり、すでに2週間が過ぎた。

 人々の労働時間は格段に短くなり、余暇に使える時間が増え、生活そのものにゆとりが生まれた。

 もちろん、モーリスたち宮殿で働く者たちも同様である。

 全自動ゴーレムによるサポートの他、シフト制の導入により、一人一人の労働時間は減りつつも、効率性は二倍にも三倍にもなっていた。

 着替えや朝の準備を済ませ、遅めの朝食を取るためゆっくりと大食堂に向かう。

 宮殿を歩きながら、爽やかな空気や外の景色を眺める余裕さえある。

 大食堂は、彼と同じく遅めの朝食を食べに来た者でそこそこに混雑していた。

 モーリスはのんびりとメニューを選び、厨房に呼びかける。


「すまないが、Aセットを頼めるか?」

「はいっ、少々お待ちください、モーリス様っ」


 威勢の良い声が帰ってきて、食欲をそそる調理の音が響き、おいしそうな食事の香りが漂い始める。

 今までは全自動ゴーレムが調理全般を担当していたが、労働改革をしてから人間のシェフが何人も戻ってきた。

 ゴーレムが作る料理もうまいが、やはり人間が作った物はひと味もふた味もうまい。

 モーリスは完成したAセット(目玉焼き、ハム、ベーコン、サラダ、パンのセット)を大事に持って、お気に入りの席に座る。

 数少ない緑である宮殿の中庭がよく見渡せる、とっておきの場所だ。

 いつもは女性廷臣がたくさんいる場所なので緊張して近寄れないが、空いていてよかった。

 ここに来るたび、宮殿に勤め始めた頃の淡い青春の日々が思い出される。

 あの頃、思いを寄せていた侍女は今どこで何をしているのだろうか。

 結婚した南塔の門番と幸せになっていればいいのだが……。

 神に祈りを捧げ、食器を握り、モーリスは食事を食べる。


(ふにゃぁ……おいちい……)


 さすがに口には出さなかったが、それこそ幼児のような瞳でおいしさに震えた。

 労働改革が始まってからろくに味も感じなかった食事が、今までの損を取り返そうというほどに舌と心を楽しませた。

 今までは味わう暇もなく、ただ流し込むだけだった、いかに時間を節約して食べるかだけを考えていた……。

 当たり前の幸せを享受して楽しむことに、何よりも幸せを感じた。


 食事を終え、モーリスは散歩に向かう。

 しばらく散歩した後、公園のベンチに腰掛けた。

 公園とは名ばかりの、単なる休憩エリア。

 だが、今は緑にあふれ、まるで森の中にいるようだ。

 ツバサたちがいた“スターフォール・キャニオン”には遠く及ばないものの、周囲を包む爽やかな空気はたしかに心身を癒す。

 ロザリーたちが帰ってきてから、帝国では街や都市の"緑化活動"も本格的にスタートした。

 街から排除した土を戻し、植物を植え、花を植え、人間が住んでいた本来の自然環境に戻す……。

 自然とのふれ合いは、人々の心を豊かにする。

 "スターフォール・キャニオン"でツバサと過ごしたロザリーは、身を以て実感したのだ。

 今後、街がどのように変わっていくのか、モーリスは今から楽しみだった。


(ツバサ殿……本当にありがとうございました。あなたのおかげで、この国はよりよい方向に進んでおります)


 心の中で静かに感謝の言葉を述べると、モーリスはベンチからそっと立ち上がり、輝く太陽の下、穏やかな散歩を再開した。

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