第34話:パワハラ女王と銀髪王女、無事に和解する
「……おい、ツバサ! また石魚が釣れたぞ! 妾は釣りの天才じゃー!」
「お見事です、ロザリー様! さすが、アルカディア帝国の女王様! 何でもできてしまいますね!」
パチパチと拍手すると、ロザリー様はむっふーとご満悦な表情になった。
僕たちは今、お家の前に流れる小川で釣りを楽しんでいる。
周りにはジゼルさんやランドはもちろん、モーリスさんやお付きの騎士たちも一緒だ。
おもてなしを始めてから、あっという間に五日が過ぎた。
大峡谷で過ごすメンバーがグッと増えて、賑やかな毎日だ。
当然だけど、ただのお客さんではないので緊張するけどね。
今日のお昼ご飯は外で食べる予定であり、さっそく釣ったお魚を焚き火で焼く。
ロザリー様はご機嫌な様子。
「案外、待ってる時間も楽しいもんじゃのー。火の爆ぜる音と魚の香ばしい匂いがたまらんー」
いつしか一緒に暮らすうちに、時間を無駄にするな!と言わなくなった。
むしろ、時間がかかることを楽しんでいるように感じられる。
今もこうしてワクワクと待っているのだから……。
そんなロザリー様を見ながら、モーリスさんがそっと僕に話しかけた。
「……ありがとうございます、ツバサ殿。おかげさまで、女王様もだいぶリフレッシュできているようでして……。あんなに楽しそうな女王様を見たのは、本当に久方ぶりなんです」
「いえいえ、僕は大峡谷での生活を紹介しているだけですから。楽しんでいただけたら嬉しいです」
モーリスさんの他、騎士たちからも静かにお礼を言われた。
「あんなに笑顔の女王様を見たのは初めてです。女王様も笑うんですね。恐ろしくも美しい笑顔です」
「怒り以外の感情もおありなのだと、実感することができました。もっと親しみやすくなった気がします」
「心の中で罵倒の女王様と呼んでおりましたが、これからは笑顔の女王様とお呼びしようと思います」
所々失礼な発言の気がするけど大丈夫なのかな……。
心配する僕と同じように、ランドも静かに呟く。
『聞かれたら、それこそ死刑になりそうレムね』
当のロザリー様は焚き火に夢中らしく、聞いていないのがこれ幸いだった。
お魚が焼き上がり、みんなで一緒に食べる。
「『いただきま~す……おいしい!』」
一口食べた瞬間、石魚の旨みが香りと共に広がった。
軽く振った塩が食材の味を、より一層強く引き立てているね。
デザートのサンアップルもそのまま囓るといった、極めて質素な食事なのだけど、特にロザリー様は「逆に良い!」と喜んでいた。
「宮殿で食べる飯よりうまい! おい、モーリス! 宮殿でもこれと同じ食事を用意しろ!」
「承知しました、女王様っ! 宮殿に帰り次第、シェフに命じます!」
相変わらずモーリスさんは無茶ぶりされるものの、どこか嬉しそうだ。
お昼ご飯を食べてちょっとした食休みが終わると、ロザリー様はすぐに立ち上がる。
「今日もサイクリングに行くぞー! 自転車じゃー!」
「『はいっ』」
〘蒸気の自転車〙で颯爽と高台を下るロザリー様を、僕とランド、ジゼルさんは後から追いかける。
ロザリー様は徒歩や気球より自転車でのお散歩が気に入ったらしく、午前午後と毎日二回お散歩に向かった。
その運転センスはジゼルさんと同じくらい抜群で、ギャリギャリギャリッ!と激しいウィリーを披露してくれる。
今も丘陵地帯の岩と岩をジャンプして渡っては、モーリスさんたちから拍手喝采を受けていた。
楽しそうで何より。
ただ、問題が一つ。
ジゼルさんとロザリー様は、まだ一言も言葉を交わしていないのだ。
二人の間には深い溝が横たわっているようで、未だその溝を埋めることはできていなかった。
隣で力なく自転車を漕ぐジゼルさんが心配だ。
「あの……ロザリー様、ずっとジゼルさんと話しませんね」
「……ええ。きっと、姉は私と話さず宮殿に帰るつもりでしょう」
『せっかく近くにいるのに話さないなんて寂しいレム……』
遠目に見える楽しそうなロザリー様と対照的に、ジゼルさんの顔には悲しみが漂う。
姉妹仲が悪いまま、離ればなれになってしまうのは絶対に嫌だな……。
どうにかしなければ……。
そう思いながら、僕は自転車を走らせた。
□□□
サイクリングから帰ると、もうすっかり夜だった。
星々が瞬き始める空の下、ロザリー様が僕たちに言う。
「……さて、明日、妾たちは宮殿に帰ろうと思う。ここでの生活が快適過ぎて、少々長居しすぎてしまったぞよ。ツバサ、お前は素晴らしい人間じゃな。おかげで疲れが身体中から消え去った気分じゃ。何か褒美をやらねばならんなぁ」
かっかっかっ、と笑いながらお話しになる。
昼間、ジゼルさんが「姉は明日にでも帰ると思います」と予言した通りだった。
このままでは、碌な会話もなく二人は別れてしまう。
褒美……。
僕はお金や名誉なんてものはいらない。
でも、一つだけ頼みたいことがあった。
「……ロザリー様。失礼ながら、お願いしたいことがあります」
「なんじゃあ? 申していいぞ~」
決心して、ロザリー様に話す。
「どうか……ジゼルさんとお話ししてください。このまま、何も話さずにお帰りになるおつもりですか?」
ロザリー様の顔からゆるゆるとした笑みは消え、代わりに徐々に険しい顔になっていく。
やっぱりダメかな……と怒号を覚悟した瞬間、包み込むような優しい声が降ってきた。
「ジゼル……妾が間違っていた」
「姉さん……」
「意地を張って話そうともしないなど、姉失格じゃな」
ロザリー様は自嘲するように笑う。
沈黙が訪れる中、口を開いたのはジゼルさんだった。
「……魔波を開発したとき、私たちが喜び合ったことを覚えていますか?天界と……通信できるんじゃないのかなって……。死んだお母様とお父様と、また話せるかもしれないと……」
ジゼルさんがぽつりと呟くと、ロザリー様は切ない表情で語り始めた。
「覚えているに決まっておろう。妾だって、パパとママとまたお話しするのが夢じゃった。だから、こんなに"魔波"の開発に心血を注いできたんじゃ」
その話を聞いて、"魔波"開発の真実を知った。
"魔波"は他界されたご両親と繋がる一縷の希望だったのだ。
「……妾は愚か者じゃ。国民の生活を良くするつもりが、逆に不便にしてしまうとはな。データの誤消去だって、元はと言えば寝不足が原因じゃった」
ロザリー様の言葉に、ジゼルさんは意を決したように話す。
ずっと、思っていたことを。
「姉さん……"魔波"の開発を止めてくれませんか? このままじゃ、姉さんが過労死してしまいそうで心配なんです」
ジゼルさんの願い。
それは、ロザリー様が少しでも休んでくれること。
この五日間、いつも話していた。
重い沈黙を破るように淡々と、でも有無を言わさぬような声音でロザリー様が話す。
「……"魔波"の開発は止めん。いや、止めることはできん。"魔波"を根幹に置いた国家運営が、アルカディア帝国の国力を保っておる。ひいては、諸外国への牽制にもなっておる。それは、ジゼルもよくわかっておろう」
「ええ……もちろんです」
ジゼルさんの声音と同じように、僕の心も重くなる。
"魔波"はもう切り離せないほど、帝国社会に根付いているのだ。
十分わかっていたはずだけど、改めて言われると悲しくなった。
そんな僕たちに告げられたのは、予想もしない言葉だった。
「…………じゃが、これからはもっとゆとりのある暮らしを、我が国民に推奨しようと思う。そもそも、休めないほど忙しく働く必要はないんじゃ。なぜなら、そのために帝国の技術は発展したのじゃから」
「姉さん……休んでくれるのですね……!」
「心配かけて悪かったの……。妾の大切な妹よ……」
ジゼルさんとロザリー様は、どちらともなく抱き合う。
二人の頬には、一筋の流れ星が……。
力強く抱き合う二人を、満天の星がいつまでも包み込んでいた。
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