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第33話:少年錬金術師、パワハラ王女をおもてなす

 ロザリー様の怒号の余韻が消えた後、最初に口を開いたのはジゼルさんだった。

 いつもと同じ、至極落ち着いた様子で語る。


「……いいえ、私は宮殿には帰りません。今の話を聞いて、姉さんとは解り合えないと確信しました 私が宮殿にいた頃と何も変わっていないですね。そもそも、姉さんが私を追放したではありませんか。自分が大事なデータを消したのに人のせいにして」

「ええーい、うるさいうるさいうるさいわー! 正論は求めておらんのじゃー! 妾の言うとおりにしろー!」

「いつもそうやって都合が悪くなるとすぐに怒る……。なぜ、まったく成長しないのですか。そんな態度でいると、仕えてくれる宮殿の人たちにも愛想を尽かされてしまいますよ」


 落ち着いた様子のジゼルさんに対し、ロザリー様はさらに地団駄を踏んでは怒号を張り上げる。


「妾が間違えてデータを消したのは……ジゼル! お前が間違えやすい保存の仕方をしたせいじゃ!」

「どういう意味ですか!」

「どうもこうもあるかー! お前の設定した名前が煩わしくて見間違えたんじゃ! もっとわかりやすくしなかったのが原因! よって、全てはお前のせいなのじゃー!」


 め、滅茶苦茶だ……。

 ロザリー様とは初対面だけど、この一瞬だけでどんな人となりかわかったような気がした。

 僕の腕に収まったランドも静かに呟く。


『あの人がジゼルさんの姉なんて信じられないレム。宙に浮いている全自動ゴーレムも恐怖しっぱなしレムね』


 もちろんのこと、ドローンゴーレム(そう呼ぶことにした)には感情がなく、僕に彼らの表情や心情はわからない。

 でも、ランドには同じゴーレム仲間として伝わっているようだ。

 こんなに激しい女王様の下で働くのは大変だろうに……。

 

「……滅茶苦茶な言い訳をしないでください。見間違えたのは姉さんの責任でしょう。なぜ私が悪いことになるのですか」

「姉の失敗は妹の責任! 誰もが知っている、この世の真理じゃろうがー! ……おい、モーリス! お前もそう思うじゃろ!?」

「えっ……! あ、いや、しかし……!」


 突然、ロザリー様は後ろに控える初老の男性に話を振った。

 モーリスと呼ばれた男性はどっと脂汗をかき、それだけで二人がどんな関係性なのかよくわかってしまった。

 目を白黒させる彼に、なおもロザリー様は強い圧をかけまくる。


「どうなんじゃ! 0秒で答えろ! お前まで妾の時間を盗む気か!?」

「な、何とも難しいお話で私にはどうにも……!」

「答えになっとらん! お前の脳みそに高出力の”魔波”を当てて完全に破壊してやろうかー!」

「も、申し訳ありません、女王様! 脳みそに高出力の”魔波”を当てて完全に破壊しないでください! いえ、一部だけ破壊するのもやめてください!」


 す、すごいスピード感のあるやり取りだ。

 流れるような掛け合いに、これもまた宮殿での日常なのだろうと容易に想像できてしまった。

 すでに息も絶え絶えで倒れそうなモーリスさんに、ジゼルさんが庇うように優しく語りかける。

 

「モーリスさん、気にしないでください。あなたは何も悪くありません。むしろ、横暴な姉に愛想をつかさず従ってくださりありがとうございます」

「! ジゼル様! ありがたき幸せ!」


 顔が綻ぶや否や、すかさずロザリー様の怒号が襲い掛かる。


「お前はどっちの味方なんじゃー! というか、妾が横暴だとなぜ否定しない! この裏切り者がー!」

「も、申し訳ございません、女王様! 裏切ってなどおりません! そして、横暴であられることを否定いたします!」


 秘書的なポジションなんだろうけど、なんかすごく大変そうだ。

 ジゼルさんが「モーリスさんを責めないでください」と言うと、ロザリー様は怒りの矛先を変える。


「触った食材をスライムにするヤツが偉そうな口を利くなー! この食材スライム変換士がー!」

「! 言ってはいけない言葉を言いましたね! 姉さんは料理を作ろうともしないではありませんか! 怒ってばかりのアングリー女王! あなたの名前はロザリーではありません、アングリーです!」

「なんじゃと! お前こそ口にしてはならん言葉を放ちおったな! お前なんか、★@△!◆〇?で〇▼△/★!◆?&じゃー!」

「言いましたね!? 姉さんなんか、☆&★△?!で◆?&☆!★〇じゃありませんか!」


 聞くに堪えない悪口が僕たちの頭上を飛び交う。

 恐ろしいことこの上ない。

 震えるランドを抱きしめるうちにジゼルさんとロザリー様の激しい姉妹喧嘩は徐々に終息し、お家の前には静寂が舞い戻る。

 チチチ……という小鳥の囀りさえ、何年ぶりかに聞いたかのような感覚だった。

 ロザリー様は地面が砕けるほど地団駄を踏みまくる。


「お前がいなくなったせいで、このやり取りのせいで、何日、何時間、何分、何秒、無駄にしたと思っておるんじゃー! 妾は時間が無駄になるのが一番嫌いじゃと言っておるだろー!」


 その言葉を聞き、お付きの人たちはさりげなく魔波プレートで時間を確認する。

 アルカディア帝国からいらっしゃった方々を、特にロザリー様を見ていると、重なる人物がいた。

 ……前世の僕だ。

 きっと、ロザリーさんたちは魔波による便利だけど、忙しい毎日に消耗しきってしまったのだ。

 常に何かに急き立てられているデジタル社会みたいな日々に……。

 どうにかして癒してあげたい。

 あの苦しみは僕もよくわかっているから。

 必死に対応策を考える中、ロザリー様は空中から杖を取り出し、後ろに控える騎士に命じる。


「ええい、お前たち! ジゼルを宮殿に連行せよ! 攻撃準備じゃ!」

「「! ぎょ、御意!」」

「ツバサさん、下がってください!」


 騎士たちは空中から杖を取り出し、ジゼルさんもまた杖を構える。

 ま、まずい、瞬く間に、一触即発の事態になってしまった。

 ジゼルさんが視線を前に向けたまま硬い声音で話す。


「姉のスキルは私と同じ【賢者】です。護衛の騎士たちもみな、上級の魔法スキル持ちです。正面から戦ったら、どれだけの被害が出るかはわかりません。でも、ツバサさんたちとこのお家は絶対に守りますから安心してください」

『こ、これは大変レム~。お家が……下手したら、大峡谷全体が吹っ飛ぶレムよ~』


 ランドもいつになく慌てている。

 たしかに、このままでは大変な被害が出かねない。

 魔法の戦闘が始まったら、ジゼルさんやロザリー様も怪我をしてしまうかも……。

 何か……何かあるはずだ。

 二人の仲が元に戻って、ロザリー様も元気になる方法が……。

 必死に考えた結果……思いついた。

 この方法ならロザリー様の怒りを鎮め、ジゼルさんも宮殿の忙しすぎる日々をもう送らなくて済むはずだ。

 僕は覚悟を決め、一歩前に踏み出す。


「……ロザリー様、少々よろしいでしょうか。僕はツバサと申しまして、このお家の持ち主です」

「ああ!? なんじゃお前はー! お前も妾の時間を無駄にする気かー!」


 自己紹介した瞬間血走った目が向けられ、ジゼルさんが庇うように僕の前に飛び出た。

 そのまま、小声で僕に話す。


「この状況で姉に話しかけるなんて何を考えているのですか、ツバサさんっ。姉がどんな人間かわかっているでしょうっ」

「ジゼルさん、ロザリー様は ……だって、ロザリー様はジゼルさんの大切な人なんですよね?」

「そ、それはそうですが……」

「だから、ここはどうか僕に任せてくださいませんか?」


 そう話すと、ジゼルさんはそっと脇にどいてくれた。

 なおも色々と罵詈雑言を放たれるロザリー様に、静かに語りかける。


「どうかお話を聞いてください。このお家は僕が持つ【蒸気の錬金術師】、というスキルで作りました。もしかしたら、ロザリー様の望む魔道具も作れるかもしれません」

「……ほぅ。この巨大な屋敷はお前が作ったのか。クソガキのくせにやるではないか」


 スキルと〘蒸気魔道具〙について話すと、少しだけ感心してくれた。

 それでも相変わらずロザリー様の視線は厳しいけど、落ち着いて話すよう心掛ける。

 一番大事なのは、冷静にお話を伝えることだ。

 静かに深呼吸して、考えていたアイデアを提案する。


「もしよかったら、僕たちと一緒にアナログ生活を送ってみませんか?」

「……アナログ生活ぅ? なんじゃそれ」


 怪訝な顔で問い返すロザリー様。

 スターフォール・キャニオンで一緒に暮らす日々で、ジゼルさんはことあるごとにお姉さんの話をしていた。

 誰よりも責任感が強く、いつも国民やジゼルさんのことを第一に考えて行動し、実際に有益な政策を次々と打ち出している、そんな女王に相応しい姉を常々尊敬している……、本当は誰よりも優しい性格で、まだ幼い頃はいつも助けてくれた……と。

 そんなロザリー様の話をするときのジゼルさんは、たとえ悪口でもどこか優しい表情だった。

 

「時間を気にしない何物にも急かされない、のんびりした暮らしです」

「……なにぃ? 時間を気にしないのんびりした暮らしぃ? そんな生活が、この世にあるわけないじゃろー! 妾を馬鹿にするのかー!」


 すごい剣幕に思わず圧倒されるも、同時に一秒足りとも時間を無駄にできない環境にいらっしゃるんだな……と、辛い気持ちになってしまった。

 深呼吸して心を整え、ロザリー様にお伝えする。


「……いえ、馬鹿になどしておりません。実際に、僕たちはそんな生活を送れているんです。”スターフォール・キャニオン”はちょうど”魔波”も遮断される場所ですし、ここにいる間だけでも何も考えないでゆっくり過ごしてみませんか? 今までの疲れを癒して差し上げたいのです」

「むぅぅ……」


 ご提案をお伝えすると、ロザリー様は渋い顔をして顎に手を当てる。

 ほんの三秒だけ考えた後、すぐに結論を告げられた。


「……うむ。ツバサとやら、お前の提案を受けてやる。ちょうど妾も疲れておるからの。お前がいうのんびり生活とやらを体験しやるのじゃ。ただし、妾が癒されなかったら、死ぬまで宮殿で働いてもらうからな。お前のスキルはなかなかに有用そうじゃ」

「わかりました」


 僕は了承したけど、ジゼルさんとランドは至極驚き慌てふためいた。


「ツバサさん、危険すぎますっ。姉はやると言ったら本当にやる人間なんですっ」

『ジゼルの言う通りレムよっ。今からでも撤回しようレムッ』


 二人にそう話されるものの、僕の決心は変わらない。

 だって……。


「僕はジゼルさんもランドも、そしてこの大峡谷も守りたいんです」


 この世界に転生して、僕は本当に心が満たされているのを感じる。

 見渡す限りの広大な大自然はもちろんのこと、何よりも大事な二人がいてくれるから、僕は楽しくて穏やかな毎日が送れているのだ。

 そのような真剣な気持ちを伝えたら、二人ともこくりと小さくもしっかりと頷いてくれた。


「……わかりました。私もできることなら姉や帝国の騎士たちとは戦いたくありません。もし、ツバサさんがピンチになったら絶対に守りますよ」

『ボクも全力で戦うレムからね。傷つけやさせないレム』

「ありがとうございます……二人とも……」


 お礼を伝え、僕はロザリー様に向き直る。


「どうぞ、お家にご案内します」

「……ふんっ、どんな待遇か見物じゃの。おい、お前たち、杖をしまってやれ」


 ロザリー様も騎士たちの手から杖は消え、皆さんを〘ツバサのお家〙に案内する。

 入ってそうそうどんな苦言が呈されるか心配だったけど、意外にもお褒めの言葉をいただけた。


「ほぉ~、実のところ外観も悪くなかったが、内装もよいではないか~。我がアルカディア帝国とは違った建築様式じゃの~」

「ありがとうございます、ロザリー様。このような世界観は、スチームパンクと呼ばれます」

「ふむ、名前も独特で面白い。気に入ったぞ」


 なんと、外観も好印象だったらしい。

 おつきの皆さんも、ほぉ~……と感心した様子で内装を見る。

 おもてなしとは別にしても、自分の好きなものを気に入ってくれるのは単純に嬉しいね。

 リビングに座ってもらい、ジゼルさんたちと飲んだお茶をお出しする。


「"スターフォール・キャニオン"で採れた茶葉とお水を使った紅茶でございます」

「紅茶ぁ? まずかったら承知しないぞ。妾は茶だけにはうるさいからな~」


 ロザリー様は話しながら、ずず~! と勢いよく紅茶を啜る。

 ガンッ! と作法も欠片もない勢いでカップを置くと、初めて見るような笑顔で叫んだ。

 

「……美味絢爛じゃー! この紅茶、妾は気に入ったぞ! おかわりを持ってこーい!」


 思わず、心の中でガッツポーズをする。

 高評価をいただきましたっ。

 モーリスさんや騎士の皆さんに至っては……静かに涙を流しながら飲んでいる!?


「まさか……座ってお茶を飲める日が来るとは……。家も素晴らしいし紅茶も素晴らしい……」

「ずっとここに住みたい……。終の棲家にしたい……」

 

 やはり、お辛い日々を過ごされてきたようだ。

 紅茶のおかわりをお出しして、そっと蓄音機を起動する。

 室内に穏やかでありながら力強いサックスや、繊細で情緒豊かなピアノが奏で始めた。

 三秒くらい聞くと、ロザリー様が僕に尋ねる。


「おい、ツバサ。この音楽はなんじゃ」

「ジャズ、という分野です」

「ほ~ん、温かみのある深い音じゃの~。帝国には無機質な音楽文化しかないから新鮮じゃ」


 話を聞く限り、帝国では電子系の打ち込み音楽が流行っているらしい。

 ジャズみたいな金管楽器などを使った曲はなく、作曲や演奏もゴーレムに任せているとのことで、とても喜んでくださった。

 しばしのんびりした後、ロザリー様はぶわぁ~あ……と、とても大きなあくびをした。


「なんか眠くなってきたなぁ……おい、ツバサ。妾たちに寝室を用意しろ。ふかふかのベッドじゃ」

「はい、わかりました。お二階にどうぞ」


 ロザリー様一行を連れ二階に上がる。

 使わない部屋も毎日掃除(朝、昼、晩)しているので、すぐにお通しすることができた。

 ロザリー様には一番日当たりの良い部屋をご案内する。


「こちらのお部屋はいかがでしょうか」

「うむ、悪くない。内装もよいではないか~、よいではないか~」


 扉を開けるや否や笑顔が零れた。

 もちろんのこと、このお家は全部屋スチームパンク風なデザイン。

 歯車やパイプなどの実用的な装飾が気に入ったとのこと。

 お部屋から出ると、三秒後には月虹龍の咆哮みたいなイビキが聞こえてきた。

 どうやら寝てくれたらしくて少しだけでもホッとできた。

 小さなため息を吐きながらドアを離れる僕に、ジゼルさんが丁寧に頭を下げた。


「ジ、ジゼルさん!? どうしたんですか!?」

「……どうなることかと思いましたが、姉を説得してくれてありがとうございました。ツバサさんがいてくれたおかげで、このお家も大峡谷の自然も守られました」

『でも冷や冷やしたレム。もう無茶はしないでほしいレムね』


 ランドもまた、小言を言いながらも心配してくれる。

 ありがとう、と頭を撫でていると、ジゼルさんがいつしか言っていた言葉が思い出された。


 ――ロザリー姉さんは疲れているだけ。


 過度な疲労は人となりをも変えてしまう。

 本当は、あんなに熾烈な性格ではないのだと思う。

 だって、人数差で無理やりジゼルさんを攫うことだってできたのだから。

 溜まりに溜まった疲労を少しでも癒して差し上げる。

 僕自身が癒されたレトロなアナログ生活で……。

 そう、強く決心した。


お忙しい中読んでいただきありがとうございます


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