第23話:少年錬金術師、大地溝に向かう
「『……ごちそうさまでした~(レム)』」
"兎獣人"の国から帰宅して、五日後。
いつもののんびりでスチームパンクな日常を堪能する毎日だ。
今はちょうど、すっかり豪華になった(主に味付け面が)朝食を終えたところ。
大峡谷の食材は焼いたりするだけでおいしいけど、やっぱり塩や胡椒があると格段においしくなるね。
月光龍の討伐や長距離移動の疲れも取れたので、そろそろまたお出かけしようと思う。
目的はそう、お家の改築に必要な素材集めだ。
お皿洗いが終わったとき、食後に外に出たランドが戻ってきたので、"あれ"について聞いてみる。
「ねえ、ランド。"明日の天気"はわかる?」
『空気が湿っているから、強めの雨が降りそうレムよ』
「えっ、雨? そりゃ大変だ」
「予定通り、今日出発した方がいいですね」
一緒に過ごすうち、ランドには天気の変化を観測する力もあることがわかった。
大気の湿り気具合や雲の形、星の明るさなどの情報を記録して、独自の観測理論を構築しているとのこと(ランドすごいね……)。
お家の周りは蒸気の影響があるので、少し離れた場所で毎朝天候の変化をチェックしてくれていた。
雨が降ると大地がぬかるむから、渇くまで自転車で走るのは難しくなってしまうだろう。
蒸気の力を使えばいいのだけど、せっかくなら気分良く走りたい。
晴天鳥の燻製肉やサンアップルのドライフルーツ、この前錬成したキャンプセットなどなどを、ジゼルさんの空間魔法にしまってもらう。
今回も小旅行になるので、洞窟の周辺で一泊することになりそうだ。
また綺麗な星空が見られるといいな~。
必要な物を選んでいるだけのにテンションが上がってしまう。
「旅の準備って、何でこんなに楽しいんでしょうね」
「私もちょうど言おうと思っていましたよ。ツバサさんに先を越されてしまいました」
『お出かけ楽しみレムね~。どんな景色が見られるか思うと、胸が弾むレム』
ランドもまたワクワクと話しながら、僕たちは準備を進める。
月光龍討伐の一件があった後、キャロル様に貰った地図を詳細に調べると、洞窟の位置はお家を挟んで"兎獣人"の国と真反対の場所にあるとわかった。
この前の小旅行の感覚、そしてランドの記録を照らし合わせた結果、だいたいの物理的距離も同じだったから、〘蒸気の自転車〙に乗っておよそ一日くらいだろうと予想された。
持って行く物は食糧やお水、野営のセットくらいなので、準備はすぐに終わった。
例の如く、僕たちはパンッ!とハイタッチ。
「『準備完了!』」
外に出て、サンアップルの畑にたっぷりお水を撒いておく。
お水が大好きで吸収力の強い品種のため、根腐れしないのだ。
明日は雨が降ることだし、これだけ撒いておけば枯れることはないと思う。
もちろん、〘蒸気の自転車〙のお水の補給も完了!
ジゼルさんとランドは、どこか楽しみな様子で話す。
「さあ、ツバサさん、いつもの"あれ"をお願いします」
『"あれ"がないと気合いが入らないレム』
あれ、とは掛け声のこと。
いつしか、僕がみんなのリーダーみたいな役割になってしまっていた。
不本意ながら、こほんっと一つ咳払い。
「それでは……サイクリングにレッツゴー!」
「『レッツゴー!』」
ペダルを力強く漕ぎ、僕たちは高台を駆け下りる。
目指すは鉱石の集まった洞窟があるくぼみ盆地だ!
□□□
走ること数時間。
すっかり周囲の景色が変わった。
今は一面、見渡す限りの茶色い荒れ地が広がる。
大地は土が剥き出しで凹凸しており、あちこちに巨大な岩塊が鎮座する。
お家や"兎獣人"の国がある緑豊かな東側と違い、殺風景な風景だ。
東と西でここまで違うなんて思ってもみなかった。
緑は全然ないけど、むしろその分力強さを感じるね。
自転車を漕ぎながら、隣を走るジゼルさんに話す。
「……大峡谷にもこんな場所があるんですねぇ。僕は全部豊かな森林だと思っていました」
「"スターフォール・キャニオン"は広大な土地ということもあり、領域毎に植物や生き物の生態系が異なると言われています」
『たぶん、土地の成分が違うんレムね。植物が生えないのは、土壌が酸性だったり塩分濃度が濃い可能性があるレム』
「「へぇぇ~」」
そんなことまで知っているなんて、ランドは物知りだなぁ~。
小さな猫の博士みたい。
『これはこれで綺麗な景色レム』という言葉を聞き、ジゼルさんも頷く。
「そうですね。宮殿の周りは人工物ばかりで、岩すら見ることがなく……あれ? なんだか、急にスピードが遅くなりましたね」
走るたび、タイヤからべっこんべっこんと変な音が出る。
パンクだ。
僕は自転車を止めて駆け寄る
「ジゼルさん、ちょっと見せてもらってもいいですか? ……ああ、やっぱり、パンクですね」
「パンク……ですか?」
「タイヤから空気が抜けてしまうことです。ここを見てください」
後輪に鋭利な石片が刺さっていた。
……ふむ、すっかり空気が抜けてしまっているね。
しゃがみ込んで調べていると、頭上からジゼルさんの申し訳なさそうな声が降ってきた。
「すみません、ツバサさん。不注意でしたね」
「いえいえ、この辺りは石がたくさん落ちていますから。さっそく修理しましょう」
『ツバサがいると心強いレム』
《スキルオン》して【蒸気な本】を出す。
このスキルを使ううち、錬成した〘蒸気魔導具〙は後から修理できることがわかった。
〘蒸気の自転車〙のイラストページを開くと、修理に必要な素材が明示されている。
<晴天鳥>の皮が2個だって。
定期的に狩猟していたから、たっぷりストックがあるね。
【蒸気な本】を地面に置いて意識を集中させる。
「《再・蒸気錬成》!」
いつものように白い粒子が〘蒸気の自転車〙全体を覆う。
数秒も経つと、後輪のパンクが完全に直っていた。
「やった……! 完成です!」
「ありがとうございます、ツバサさん! 新品みたいですよ!」
『ツバサの錬金術は何度見てもいいものレムね』
ジゼルさんとランドが拍手で讃えてくれ、僕も喜ばしい限り。
出発しようとした瞬間、20mほど離れた巨岩の陰から五匹ほどの魔物が姿を現した。
猟犬のように目つきが鋭い、四足歩行の魔物だ。
「ジ、ジゼルさん、魔物です!」
「この魔物はグールハウンド。凶暴かつ残虐な性格の持ち主です。おそらく、ひっそりと私たちの後をつけていたのでしょう。動きが止まったところを狙う計画だったのです。爪と牙には毒が含まれているので注意してください」
ジゼルさんは空中から杖を出し、僕の前に出ながら話す。
「ど、毒……!? なんて恐ろしい……」
『おっかない魔物レム』
「魔物の中でも足が速いので、ここで倒しましょう。……《雷の波動》!」
激しい電撃波が迸り、グールハウンドを襲う。
四体には直撃したけど、最後の一体は仲間を盾にして防いだ。
わずか数歩駆けるだけでぐんぐん距離を縮めてくる。
すかさず、〘蒸気の銃〙を構えて狙いをつけた。
「……それっ!」
『ガァッ……!』
弾は頭に直撃し、グールハウンドはぐたりと崩れ落ちる。
ホッと安心したら、ジゼルさんとランドが褒めてくれた。
「お見事です、ツバサさん」
『頼りがいがあるレム』
ジゼルさんは死体の近くに行くと、注意深く調べながら言う。
「……もしかしたら、この個体群は尖兵かもしれませんね。後から主力が来る可能性があります」
「なるほど……でしたら、フルパワーで行きましょう!」
『かっ飛ばしレム!』
自転車の蒸気タンクを起動させ、スピードアップ。
しばらく走ってから振り返ると、いくつかの小さな影が諦めたように去って行くのが見えた。
数時間ほど進んだら、周囲の景色がさらに一変した。
何kmほども続いていそうな、切り立った大きな谷が現れる。
「『ここが大地溝……(レム)』」
迫力もあって、まさしく大峡谷そのものだ。
地図と目の前の風景を見ながら、ゆっくりと降りる。
少し南に向かって歩くと、大きな洞窟に着いた。
入り口は緩やかな下り坂になっているようだ。
太陽の光が届かない角度にあるためか、中は真っ暗でまるで底が見えない。
「中には光源がないようですね。明かりを灯しましょう……《浮遊光》」
ジゼルさんが詠唱すると、杖の先に光の玉が数個出現した。
周囲がほんのりと照らされ、灰色の無機質な壁や地面が露わとなる。
「さあ、行きましょうか。私についてきてください」
「ド、ドキドキしますね。今にも、怖い幽霊とかが出てきそうな雰囲気です」
『だ、大丈夫、ボクがついているレムよ』
ランドはちょっと震えているのに、ジゼルさんはまったく怖じ気づいていないからさすがだね。
自転車を留めて、どことなく緊張しながら洞窟へと足を踏み入れる。
お家の改築に必要な素材が見つかるといいな~。
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