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第2話:少年錬金術師、小っちゃなお家を作る

「んっ……」


 不意に瞼を叩くような眩しさを感じて、目が覚めた。

 眠ってしまったけど、今はどこにいるんだろう。

 もう異世界に転生したのかな。

 目をこすりながらゆっくりと開けると……。


「うわぁっ……! すごいや!」


 見渡す限りの大自然が飛び込んできた。

 どこまでも続く青い空、優雅に漂う柔らかそうな白い雲、眼下に広がるは切り立ったいくつもの大きな崖、生命溢れる緑の森、さらにはうねるように大きな川……。

 まるで、アマゾンとグランドキャニオンが合わさったみたい!

 吹き抜ける風はとても爽やかで、ただ立っているだけでも心が満たされるのを感じる。


「なんて良い場所なんだ……」


 思わず、そう呟いてしまうほどに美しい。

 この絶景を見られただけでも転生した価値がある……そう思えるほどの素晴らしい場所だった。

 そういえば、夢の中でディアナ様が鼻血を垂らしながら色々と説明してくれた。

 ここはアルカディア帝国という大きな帝国の、北方に位置する大峡谷"スターフォール・キャニオン"という地域とのこと。

 星降る大峡谷なんて素敵な名前だね。

 僕がいるのは大峡谷の高台に位置する場所らしく、後方には小さくも勢いよく流れ落ちる滝と、そこから生まれた川がゆったりと流れ、周囲には林檎みたいな果物の成った何本もの樹がある。

 赤褐色の土は硬くてゴツゴツとしているから、なんだかオアシスにいるみたい。

 あまりにも広大で美しい大峡谷を眺めていると、ぽつりと涙が零れた。


「僕は……自由なんだ……」


 一度零れると、次から次へと涙が流れる。

 ここにいれば、深夜に呼び出されることも、明け方にオンライン会議をやらされることも、休日に大量の仕事を頼まれることもない……。

 それが嬉しくて、僕は泣きながら景色を眺めていた。

 しばらくすると気持ちが落ち着いてきて、自然と涙も止まった。

 ごしごしと顔を拭き、すっくと立ち上がる。

 これは新しい人生なんだ。

 楽しまなきゃ損だぞ、ツバサ!


「よし! 水辺もあることだし、しばらくはここを拠点にしよう!」


 空に向かって拳を突き上げる。

 眼下に広がる森には、ファンタジーらしい怖い魔物がいるかもしれないしね。

 さてさて、人間が生きるには"衣食住"が大切だ。

 衣はもうあるとして、まずは食べ物と住む家を用意しなければ……。

 滝から流れる川を覗いてみると、川底にお魚が数匹泳いでいた。

 岩魚とか山女魚みたいな形。

 食べられるのかな……としゃがみ込んで見ていたら、ササッと逃げてしまった。

 いずれは釣りをしてみよう。

 今度は樹の近くに行って、果物をよく観察する。

 見ればみるほど林檎だけど、これは食べられるのかな~。

 ……きっとディアナ様のことだから、変な食べ物がある場所には転生させないよね?

 そう思った僕はもぎ取ると、意を決してかじってみた。


「いただきます。えいっ…………おいしい!」


 林檎みたいな果物は、それこそ林檎の味だった。

 甘酸っぱくてとってもおいしい。

 ジュースを飲んでるみたいに瑞々しくて、一口食べるだけで喉が潤された。

 ちょうどお腹も空いていたので、いくつか取って食べる。

 少年の身体だからか、すぐに空腹は収まった。

 夢の中のディアナ様曰く、今は地球でいう四月頃とのこと。

 大峡谷は北方に位置するし、何より太腿が剥き出しの半ズボンなので、できれば夜は暖かくして眠りたいね。

 となると、まずは住む場所を作らなきゃ。

 ということで……。

 

「《スキルオン》! ……ほんとに出た!」


【蒸気な本】と【蒸気な羽根ペン】だ!

 見ているだけでテンションが上がっちゃうよ。

 さっそく、イラストを書き始める。

 どんなお家がいいかな……。

 壁は茶色っぽくて、屋根は赤茶色系、二階建てのロフト付きがいいな。

 歯車や煙突がたくさんあって、常に蒸気がもくもく出ている感じ!

 紙も羽根ペンも書き心地が抜群で、久しぶりに大好きなイラストに没頭できた。

 自分の部屋に飾っていた模型みたいな、立派なお屋敷の絵が目の前にある。

 その名も〘ツバサのお家〙!

 ……ちょっと安直すぎたかな?

 前世でもやっていたように、最後に僕のサインを書き加えると、右のページに必要な素材のイラストとその内容がじんわりと浮かび上がった。


「よーし、素材を集めるぞ! どれどれ……〈鉄〉が100個に、〈真鍮〉が300個、〈木材〉が200個、〈水〉は700ℓ必要で、〈月虹龍の鱗〉が30枚、〈フォルテ鉱石〉が20個、他にも聞いたことのない素材がいっぱいだ。……ふむ、ちょっと張り切りすぎたみたいだね」


 どうやら、規模が大きすぎたようだ。

 でも、ありがたいことに、右ページには素材の内容だけでなく採取場所まで詳細に記されている!

 だから、初めて聞く素材でもどんな物なのか、どこで手に入るのかがよくわかった。

 月虹龍は超高度を飛ぶとても強いドラゴン魔物で、〈フォルテ鉱石〉は地中300mで圧縮されたチタン鉱石とのこと。

 鉄や水の量もそうだし、諸々すぐには入手できなさそうだ。

 よって、1K(部屋が一つ+簡単なキッチン)の小さな小屋――〘試作型・ツバサのお家〙に書き直した。

 必要な素材は、〈真鍮〉が5個、〈木材〉が10個、〈水〉が10ℓ、〈羽毛〉が8個……か。

 素材採取の方法はどうするんだろう……と、【蒸気な本】の最初のページを見る。


「ふむふむ……素材を見ながら後半のフリーページにスケッチすることで、【蒸気な本】に吸収されます。……ふ~ん、フリーページって何だろう」


 捲ってみると、【蒸気な本】はちょうど真ん中で仕様が変わることがわかった。

 後ろ半分は完全な白紙が続いている。

 きっと、これがフリーページだ。

 スケッチするとここに吸収されるんだね。

 何はともあれ、まずは試しにやってみよう。

 周囲を探すと、直径15cmくらいの黄土色をした石が転がっていた。

 これにしよう。

 石をよく観察しながら【蒸気な羽根ペン】を走らせ、スケッチが完了!

 楽しくて影までつけちゃった。

 どんな感じで吸収されるのかわくわくしながら待っていたけど、何も起こらない。

《スキルオン》みたいな言葉が必要なのかな。


「吸収! 収納! 保管! う~ん……違うか。いったい、どうしたら……あっ」


 ふと思いついて、イラストの右下に僕のサインを書き入れたら石がヒュンッと消えた。


「おおっ、すごいっ」

 

 なるほど、サインが完成の合図なんだ。

 今描いたイラストの下には〈真鍮石:1個(真鍮:1個)〉と表記が生まれ、さらにその下には素材の説明書きが浮かび上がる。


「なになに……? 〈真鍮石〉は真鍮の天然石である。"スターフォール・キャニオン"を構成する主要な鉱石でもあって……いいね!」


 スチームパンクと言えば、ブラスこと真鍮だ。

 どうやって大量に入手しようかと不安だったけど、大峡谷にたくさんあるのなら大助かりだ。

 蒸気を生み出すには、水が必要だけど液体も吸収できるのかな……。

 小川の近くに行って、スケッチ開始。

【蒸気な羽根ペン】を走らせること、およそ五分。

 無事、完成なり。

 さらさらとした穏やかな雰囲気を意識してみたよ。


「それでは、サインを……うわっ!」


 サインした瞬間、川の表面がズンッと抉られた!

 すぐに水位は復活するのだけど、たしかに表面が抉られたよ!

 今描いた小川の絵には、〈水:50ℓ〉と浮かび上がる。

 これは面白い!

【蒸気な本】に吸収されたんだ。

 少し高台を降りて、必要な素材を探す。

 ファンタジーと言えば魔物だから、注意しながら森に入ってみた。


「……うわぁ、綺麗!」


 木漏れ日がゆらゆらと差し込む景色は美しく、中世ヨーロッパみたいだ。

 地面を探してみると意外と羽毛が落ちていて、すぐに必要量集まった。

 木材目当てで背の低い樹を丸々スケッチしてみたけど、採取できた葉っぱの数がずいぶんと少ない。

 何百枚もあるはずなのに、27枚だけだった。

 たぶん、イラストの写実的な精度で吸収できる素材の量が増減するんだと思う。

 サインするまでは吸収されないので、次からは色んな角度でも描いてみよう。

 一度、高台に戻って、自分が転生した地点に【蒸気な本】を置く。


「《蒸気錬成》!」


〘試作型・ツバサのお家〙のイラストページから、白い粒子が生まれ出る。

 十秒も経たぬうちに粒子は消え、代わりに小さな小屋が姿を現した。

 赤茶色をした三角屋根のお家。

 屋根から伸びた煙突からは、もくもくと蒸気が漂う。

 中に入ってみよう!

 天井は真鍮のパイプが剥き出しで、壁にも歯車がいっぱいで、壁掛け時計まであったよ。

 まさしく、スチームパンクな世界観~!

 狭いながらもソファや木の椅子に丸机、小さなベッドまであり、アンティーク調の内装が大変に落ち着く……。

 タオルなど最低限の生活必需品も一緒に錬成されていて、一通り暮らせる準備が整っていた。

 もちろん、小さいけどのんびりできそうなお風呂もある。

 内装のイラストと一緒に描いたからかもしれないね。

 蒸気であふれているためか、家の中はぽかぽかと暖かい。

 これなら分厚い毛布がなくても夜を過ごせそうだ。


「なんて素晴らしいお家なの…………うっ」


 急にすごい疲労感が襲ってきて、床に座り込んでしまった。

 まるで、マラソンを終えた直後みたいな疲労感だ。

 魔力を使ったんだな、と実感する。

 今日はもう休もう。

 窓からは夕暮れに染まる、美しい大峡谷が見渡せた。

 意図せず、眺めの良い場所に作ったらしい。

 ベッドに横たわりながら、僕は誓う。


 この世界で存分に楽しむぞ。

 ずっと送りたかった、レトロでアナログでスチームパンクな暮らしを……。

お忙しい中読んでいただきありがとうございます


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