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短編小説

ホロ苦い缶コーヒー

作者: なやみムヨウ

あなたは緑茶が好きだった。

葉の甘みに特化した玉露が特に好きで、猫舌のあなたにとってはその低温で淹れる深い緑の清流はかすかに刺激的で、舌の上を転がり、喉へ流れて行く頃には優しさを含んだため息となって大気に零れる。

コンビニのバイト代で買う、ささやかな贅沢だった。


けれど、親父はいつだって缶コーヒーばかり飲んでいた。

緑茶は夕飯を流し込む程度、いつもベランダで紫煙をくゆらせているセブンスターのお供は決まって酒屋で箱買いしたジョージアのテイスティだった。


フィルターを挟む親父の二本指は、いつも油で黒く汚れていた。

白い手で湯飲みを持つあなたは、口元へタバコを導く指の持ち主をぼんやりと見ていた。


高校を出たあなたは小さな町工場に就職した。

あなたの歳が2ケタになった時から、親父は一人で育ててくれた。

あなたは母ではなく親父を選んだ。

親父は真っ黒な指でセブンスターを挟み、傍らにテイスティを置きながら、ただただ働き続けていた。

それはあなたが働くようになっても変わることはなかった。


あなたは緑茶が好きだった。

汚れた作業着に身を包み、給料袋の厚みがバイト時代より増えても、その味は変わらず優しかった。

コーヒーは苦みが強くて飲めないが、親父と同じ銘柄のタバコを嗜むようになった。


社会で働くようになって2年が経過した頃、残業量が増えた。

定時で家路につくことは滅多になくなり、あなたが袖を通している作業服の汚れは年を追うごとに濃くなっていった。

家に帰ると、決まって親父はベランダで紫煙をくゆらせていた。

セブンスターのお供は、やはり箱買いしたテイスティだった。

どの時間に帰ってもその光景は同じだったが、キッチンの机には手をつけていない夕飯が用意されていた。


社会に出て7年が経過した時、あなたは病院の待合室にいた。

過労とストレスで心が壊れてしまっていた。

病院に付き添った親父は何も言わず、家に帰るとあなたの好きな玉露を慣れない手つきで淹れてくれた。

ほのかに甘い・・・しかし喉を流れてもかつてのような優しさを含んだため息は零れなかった。

親父は肩を2回叩いてきた。

その指が黒く汚れていたのをあなたはぼんやりと見ていた。

半月後、あなたは職場に復帰した。


社会に出て12年が経った頃、鏡を見るとそこにはかつてのあなたはいなかった。

指先は黒く汚れ、体力は衰えた分、身体には余計な肉がついていた。

精神は安定している・・・だが、疲れていた。


親父が紫煙をくゆらせているベランダに顔を出した。

あなたはタバコをとうに辞めたが、親父はずっと変わらないでいた。


ぼんやりと外を眺めるあなたの顔を見た親父は、あなたに一本の缶コーヒーを渡してきた。

親父がずっと飲み続けているテイスティ。

肩を2回叩いてきた、暗がりでよく見えないがその指は恐らく汚れているのだろう。

プルタブを開け、少し口に含んだ。

緑茶の玉露とは違う、糖の強烈な甘みに乗せて苦みが口の中にひろがる。


ホロ苦い・・・だが思わず漏らしたため息には、安らぎと優しさが含まれていた。

缶コーヒーを握る手を見た。

長年積み上げた現場仕事でかつて真っ白だった指はすっかり黒くなってしまった。

缶コーヒーをもう一口。

緑茶とは違うホロ苦い味。けど、親父が好んだ缶コーヒーの安い味わいがかつての火照りのない身体に染み渡り、あなたは再び優しさを含んだため息を大気にそっと漏らした。

初の投稿で勝手が分からないので、肩慣らしに書いてみたショートストーリーです。

書き方はまだまだお粗末ですが、これから少しずつ投稿していこうと思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 初の投稿で、しかも会話文なしでここまで書けるなんてすごいです。 特に、緑茶と缶コーヒーの味の表現と指の色の変化の表現が印象に残りました。
2022/06/12 18:05 退会済み
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