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このドール、ください。2

1.王の懇願



「断る」


「頼む、命の勇者よ…もうお前に縋る他ないのだ…」


 ...は?いきなり職場に来たかと思えば、指を舐めさせろ?舐めてんの?指だけに。

 俺の職場は、家から徒歩で二十分ぐらいの所にある。その間には、愛想が不思議と良くなった店員がいるコンビニと、大きな駐車場に併設されたスーパーとファミリーレストラン、それに枯れてしまった川に架かっている、一度も渡ったことがない橋がある。何故かって?通勤に使わないからだ。

 俺の職場はとても分かりにくい、民家が建ち並ぶ一角にぽつんと存在している。見た目も普通の家と変わらないので、どこにあるのかたまに自分でも忘れてしまうことがある。

 民家を改装して作られているので、内装はまるで子供部屋のようである。子供はいない。この事務所の社長の持ち家らしく、仕事のために改装したらしい。


「頼む!勇者よ、これまでの非礼は詫びる、だからどうか…どうか!!」


 何が悲しくて残業している時に、どこぞの王の懇願を聞かなきゃならないんだ。


「だいたいお前、リングドーラーのシステムを止めたんだろう?何で生きてるんだよ」


「…分からんのだ」


「あそう」


「?!聞き返すところではないのか?!」


 仕事も後少しで片付くという時に、スマートフォンからメッセージを受け取った、どこか間抜けな音楽が鳴る。またかよ...


<ダイア>:お疲れ様!いつ帰ってくるの?


               もうすぐ:<さきやん>


<ダイア>:(´・Д・)」


<ダイア>:もうすぐじゃ分からないよ!


            あとらはゆさた:<さきやん>


「こんのクソドール!人がスマホ弄ってる時に邪魔すんなよ!!」


「お、お前さんが我を無視するからだろうが!!」


 こいつ...


「分かった、分かったよ、話し聞いてやるから隣の部屋で待っててくれないか?」


 隣の部屋は応接室、書斎を改装して作られた小ぢんまりとした部屋だ。よく社長が、奥さんと喧嘩して元気がない時に引きこもっている。


「あぁ!あぁ感謝しよう、勇者よ!待っておるぞ!」


 顔を輝かせて廊下へと消えていったオリハルコン王。

 ...あんなに小さかったか?前は人間と変わらないサイズだったのに。まぁいいか。

 仕事を片付けて、手早く荷物をまとめる。早く帰らないとダイアがうるさい。部屋を出て、突き当たりにある書斎兼応接室の前にある階段を降りていく。一階は、キッチンとダイニングをぶち抜き、作業用に改装されているのでとても広い。まぁ異世界で見た古城とは比べものにもならないが。

 玄関は俺の靴だけ、他の社員は皆んなすでに帰っている、何でかって?俺が寝坊したからだ。

 またスマートフォンが鳴る。


<ダイア>:返事


               忘れてた:<さきやん>


<ダイア>:_(:3 」∠)_


     さっきお前の親父さん来てたぞ:<さきやん>


<ダイア>:何か言ってた?


           指舐めさせろって:<さきやん>


<ダイア>:は?


        大丈夫、放置してるから:<さきやん>


<ダイア>:早くしらはま@りこう


早くしらはまりこう?何それ、あぁそういえばダイア遠出したいって言ってたな、え?このタイミングで旅行の催促?しらはまってあの白浜でいいのか?



2.異世界訪問



「もう!ガーネット!邪魔しない約束でしたよね?!追い出しますよ?!」


「へぇー、これがスマートフォンかぁ、便利ねぇ、私も触っていい?」


「駄目です、いいから帰ってください、タクトが帰ってきますので!」


「いいでしょ、せっかく来たんだから」


 あぁ、私とタクトの愛の巣に...

ガーネットが私達の家に来てから随分と経つ。早く帰ってほしいのに、ガーネットはなかなか帰ろうとしない。


「やー、あの時は、あんたを連れていくのに必死だったからよく見てなかったけど、こっちの世界ってほんと面白いのたくさんあるよねー」


 もう何度聞いたか分からない台詞を言いながら、またうろうろとするガーネット。

 しかも、せっかく買ってもらったお気に入りのパーカージャケットにハーフパンツ、履くとやたらと太腿あたりを見てくるので何枚かストックしているニーソックスまで...


「あ、ねぇねぇ!きたよ!返事!返さなくていいの?私が返してあげよっか?」


「ガーネット…」


 そもそもガーネットはあの時、タクトの魔力で送還術式を組んで散ったはず。それなのに、私と同じように記憶を保持してまた現れるなんて、まるでこれでは...


「まさかガーネット、あなたも転生したのですか?」


「うん、そだよー」


 軽っ、え?そんな簡単にできることではないはずなんだけど...


「本当、なんですか?あの時のことを覚えているのですか?」


 すると、私が買ってもらったスマートフォンから顔を上げて真剣に、けどタクトを想っている切ない表情で語ってくれた。


「…うん、覚えてるよ。タクトのあの泣き顔と、あったかい指と、頭も心も何かも、溶けそうな程に気持ち良かったあの魔力も、何もかも覚えてる…」


 ま、あんたはまだ指も舐めてないだろうけどねーと言われたのでガーネットのお尻を叩いた。



✳︎



「ちっ」


 え何、なんで舌打ちされたの俺?

コンビニに寄って、やっぱり愛想が悪かった店員から何とか弁当を買い、雨漏りし放題のマンションの駐輪場に自転車を停めた時にされてしまった。

 疲れた体を何とかマンションの入り口へと向ける。ロビーを抜けて、エレベーターに乗る、寒いんだよこのエレベーター何で真冬なのに冷房きいてんの?

 エレベーターを降りて、二つ目の扉が俺の家だ。右手に扉があって、左手には、遠くに高層ビルと高層マンション群、それに手前にはドラックストアの間抜けな顔をしながら薬を飲んでいる看板、マンション群と間抜けな看板の間には、枯れてしまった川がある。


「ん?」


 家の前に立つと、何やら話し声が聞こえてくる。最初はテレビの音かと思ったが、どうやら肉声のようだ。誰だ?


「…だからあんたは…」

「…もう帰ってきま…」


 ダイアの声だな、これ。あと一人は?いや、ドールか?どうやら喧嘩しているようだ。

 俺はそのまま踵を返し、扉が閉まろうとしていたエレベーターに慌てて駆け込んだ。

 さっきのはお隣さんか...そりゃ女の声が二人も聞こえたらムカつくわな。



3.王の雄叫び



「今宵も、また、哀れな人間なり、また、我の餌となり」


 不気味な声がする。

ここは、民家が建ち並ぶ通りの一角である。時刻は丑三つ時、深夜に現れた奇怪な出立をした、何かが舌舐めずりをしている。まるで、ハンターだ、いや、小動物を狩る空の王者たる大鷲のようだ。

 大きく広げた翼は歪だ、本来羽があるはずのところにはドールの目玉が、何かに縫い付けられたように風に揺られているではないか。さらに、嘴にはドールの指が所狭しと付いている。ドールの指から見え隠れしている舌には、既に餌食と成り果てたドールの骸が見える。頭には、燻んでしまった冠と、糸と一緒に解れてしまった威厳を示す赤く、金色に輝くマントだ。


「ふ、ふふふ、あぁ、まさか、今宵の月が、合わせてくれたか、かの王よ、オリハルごぉーーーん?!!!!」


「臭いわぁ!!!」


 喰われたと思っていたが、奇怪な大鷲の胃袋からドールが現れた。その体は、大鷲の唾液に塗れて悪臭を放っている。


「まさか…まさかこの我が、このような仕打ちを受けるとは、許すまじ勇者ぁぁぁあ!!!」


 かの王は、先森拓人に懇願し、無くなりかけている魔力の補填を懇願していたのだ。王が住う世界、その名もリングドーラーはそのシステムを停止し、魔力を食すことができなくなってしまっていた。クリスタルからも、各国が血を流して貯蔵した魔力庫からも、いずれの方法を使っても食すことができない。そこで、かの王は命の勇者たる先森拓人に世界の命運を託したのだ、勝手に。


「許さぬぅ、許さぬぞうぅ、命の勇者よぉ、我を謀りぃこのような臭い大鳥に我を喰わせるなどぉ、絶対にだ!絶対にだぁ!!!」


 奇怪な大鷲も、裸足で逃げ出す程の奇怪ぶりである。これでは、どちらが喰われたかまるで分からない。それもそのはず、かの王はひたすら、先森拓人に案内された部屋で待ち続けたのだ。だが、一向に現れず挙げ句の果てに、涙ながらに逃げ出した奇怪な大鷲に食べられてしまった。それは怒る。


「ふっふっふっふっ、アメリアにも逃げられ、ダイアにも逃げられ、ガーネットには利用され、男に頭を下げてこの報い」


 要は、自業自得である。かの王は、自らの過ちを草木も眠る時に通りで堂々と、近所迷惑も考えずに告白しているのである。まじ迷惑。


「ぬぁっはっはっはっは!復讐だぁ!先森拓人に復讐をするのだぁ!!」


「おい!うるさいぞ!!」


「…」


 下を見やれば、ドールの痴話喧嘩から逃げ出した甲斐性なしの先森拓人がいた。



4.ドールの束縛



「だ、大丈夫だって、道に迷ってるんでしょ?電話かけてみなよ」


「…そんなはずは、ここ地元ですよ?」


 タクトが帰ってこない。せっっっっっかく私が遊びに来てあげたっていうのに。まぁ?少しは驚かせてやろう的な?あいつも喜んでくれる的な?期待して来てみたはいいものの...


「ねぇ…ダイア、こんな事言いたくないんだけどさ、あんた束縛しすぎじゃない?」


「…え?普通のことでは?」


 ...重症だわこれ。本人自覚無しってのが一番タチ悪いのよね。

 スマートフォンからの連絡数が尋常ではない、しかも返信が無かったら催促するっていくらなんでもやり過ぎでしょ。


「逃げたと思うよ」


「…」


「逃げたと思うよ、タクトは」


「…」


「逃げたと思うよ、タクトは、あんたの愛が重すぎて」


「はっ」


 何がはっ、よ。こりゃ駄目だ。でも、とりあえずダイアにはリングドーラーの状況を伝えないと。


「まぁいいわ、とりあえず聞いてダイア、今リングドーラーが大変なのよ」


「私は今が大変なんです!!」


「リングドーラーは無事よ、システムが停止してしまったけど、皆んなは無事、だけどね、魔力が食べられないのよ」


「は?どうしてですか?」


「それは分からない、このままだったらせっかく助かったのに魔力を食べられずに餓死してしまう」


「…」


 魔力を食べられないとは、人間で言えばご飯が食べられない事と同じである。新鮮なご飯だろうか、美味しいご飯だろうが、何も口にすることがなければいずれは死んでしまう。ドールも人間も同じだ。だから、オリハルコン王はなけなしの魔力を使ってここまで来たのだ。私はただ、ついてきただけ。


「もしかして、あのじじいがタクトに会っていたのは…」


「そう、魔力の補填をお願いしていたのよ、私は王が使った転移魔法に便乗して来たの」


「そうだったんですか…」


 顎に手を当てて、考え込むダイア。その腕から見える肌はとても白い、私とはまるで違う。タクトはあの肌に魅入られたと思うと嫉妬してしまう。けど、それだけだ。私が負けているのは。


「ガーネット、私にできること、わぁ!」


 こちらを向いて、何か話しをしようとしたダイアの体を押し倒す。ポニーテールにしたダイアの髪が放射線状にベッドに投げ出され、金の髪は部屋の蛍光灯ですら輝きを失わず、その美しさを見せつけている。


「が、ガーネット?」


「あの時、タクトに貰った魔力を、あんたにも分けてあげるね」


 彼女のボディを隠している服を脱がしていく。フリルが付いた薄い生地のシャツのボタンを一つずつ外して、見えた下着は白色だった、まるでダイアを表すように控えめにリボンも付いている。


「あ、あの、えと、服を脱がす、必要は、ないのでは…」


 そう言いつつも、視線は期待している。私に押し倒されたことが恥ずかしいのか、これから何をされるか分かっているのか、白い肌が薄らと赤くなっていく。

 下着に隠れた小ぶりな胸は、形が良くて少し羨ましい。私の手にすっぽりと収まってしまうが、触り心地はとても良い。


「あ、そ、んなところは、」


 ホックも外して下着を取る、本当に綺麗だ。タクトが目を奪われるのも頷けてしまう。

 少し体を離し、上からダイアを見下ろす。髪は乱れ、服は脱がされ、下着も取られて小さな可愛らしい胸があらわになっている。それに目は期待と興奮に溢れて、早くして欲しいと急かしている。


「仕返しだから、ボディの手入れをしてもらっていた」


「し、仕返し、ですか、これが?」


「本気でして欲しい?いいよ、ダイアだったら、私は別に」


「…」


 目を逸らした、やっぱりだ。

いいよ、それならしてあげる。最初は仕返しのつもりだったけど、私も...


「ただいまー」


「?!!」

「?!うそ!」


 こんな時に?!こんな時に帰ってくるのタクト?!嘘でしょどうしよう!あー思っいきり修羅場?!しゅらってる?!


「ガーネット!」


 ダイアに急かされベッドに下に潜り込む私達、いつの間にかダイアの乱れは無くなっていた。いつの間に?!


「ど、どうしようか、」


「とにかくお風呂に入るまで、我慢です」


「あら?ダイアー?」


 隣で勢い良く這い出そうとしたダイアを止める。


「だって!タクトがっタクトが私を呼んでいるんですよ?!」


「静かにしなさい!抜けがけ禁止!」


 タクトがベッドの前までやってきた、下を見られたら終わりだ。


「え、あいつどこ行ったんだろう、まいいか、たまには一人でも」


 タクトの言葉に下を向くダイア。


「そんな、私は、やっぱり、いらない子、なんだ…」


「誰もそこまで言ってないでしょ」


「タクト様ぁ」


「殺す!」

「?!早い早い!!」


 可愛らしい、舌っ足らずの声が聞こえてきた。


「タクト様?お姉様達はどこですか?」


「さぁ、どこだろうね」


「?!」

「…」


 今何て?お姉様?もしかして、あの子は...あのロリを地でいく小さなドールは...


「あのねあのね、あたしもお姉様達みたいにぼでぃの手入れをして下さい!」


「うん、いいよー」


「待てこらぁ!!」

「待てコラぁ!!」


 私とダイアは勢いよくベッドの下から飛び出した。



5.ちなみに王は生きています



俺の家には、合計で三体のドールがいる。

 そう言うと、大変なドール好きのように聞こえるが、お店で買ってきたわけではない。リングドーラーと呼ばれる異世界からやってきたマジック・ドールのことである。マジックの名を冠するように、魔力を消費して魔法を使うことができるのだ、ろくでもない魔法ばかりだが。

「おい!我を無視するな!」俺のベッドには三体のドールが腰かけている。一体は、言うなれば清楚系、髪は儚い金色で「貴様!無視するとは良い度胸だ!」今はポニーテールにしている。見えている首筋がとても良い。服装は、上下ともフリルの付いた「おい!本当に無視するでない!」シャツに太腿までのスカート、どこかお嬢様を思わせるスタイルだ。残念なことに今日はニーソックスではないが、黒タイツもなかなか。

 隣を見れば、どこか勝ち気にも見える生意気な赤髪のドールだ。「…」髪はサイドアップツインテールと呼ばれるもので、アニメや漫画で見かけるようになった髪型である。大変良い。服装は、パーカーに「ぐぬぅ…」ハーフパンツ、とくに良いのが絶対領域を輝かせてくれるニーソックスだ、「こら!タクト!王を無視するな!可哀想でしょ!」何度見ても飽きない。というか、


「お前、ガーネット!今までどこにいたんだ!心配かけさせやがって!!」


「ご、ごめん、し、心配してくれてたんだ?」


「当たり前だろうが!!ふざけたこと言ってると服脱がすぞ!!」


「い、今?できれば二人っきり、の時がいい、かな?」


 やめろ変態こらぁ!と叫ぶガーネットの隣には、玄関前にいたちびっ子ドールだ。

 髪の色はガーネットと同じ、少しこの子の方が色は濃く、長さは短い。短いと言っても肩ぐらいの長さはあるが。目は俺と同じで茶色だが不思議と光沢のある、吸い込まれそうな瞳をしている。服装はドレス、何の特徴もない普通だ。恐らくリングドーラーの服なのだろう。赤と黒を基調にしたゴシック調に仕上げられている。

 この子が、玄関下で大きく腕を伸ばし、とどかない〜と涙目になっていたのだ。助けるだろ普通、え?助けない男がいるのか?それに俺の家だ。替わりに俺が扉を開けてあげると、腕を目一杯伸ばしたまま俺に向き直り、ありがとう!と言ってくれた。そして俺のズボンの裾を掴みとことことついてきたのだ。可愛くないですかこれが父性というやつですか。あと少しで足踏みそうになったけど。

 半裸にしてやったガーネットが俺を睨んでいる。


「あ、あんた、二人っきりがいいって言ったのに!」


「怒るところ違くないですか、それにこれは俺の金で買ったやつなんだよ、脱がすも着せるも俺に権利がある」


「あ、あの、タクト?私は着ていても、良いのですか?」


「脱がせたかったらとっくに脱がせているから、気にするな」


 はぁ!と言いながら、ベッドに倒れ込むダイア。


「それはそれとして、君は?どうしてここに来たの?」


「はい!殺してほしい相手がいるからです!」


 え?


「ころ、なんて?」


「殺してほしい相手がいるからです!もうがまんの限界です!」


 いや知らないけども、リングドーラーのロリっ子は皆んなこんな感じなの?さっきのドキドキを返してほしい。元気に手を上げながら言う事ではないだろう。


「勇者よ、この者は真祖にして、我らの、」


「お前には聞いてないんだよ!すっこんでろ!」


「そ、そんな言い方しなくても…」


「ねぇ、君の相手ってこいつかな?今すぐ窓から捨ててあげるけど」


「いえ!こいつではありません、リングドーラーに現れた、アクベオ二型です!」


 何その型式みたいな言い方。あれか?もしかしてオリハルコン王が撃退していたあの鳥みたいな奴だろうか。


「それが、何?リングドーラーで悪さをしているのか?」


「はい!タクト様がリングのことわりを壊してしまったので、リングクリスタルがえさを求めてアクベオ二型をはなったのです!」


「また、随分とややこしい事をしてくれたな、そいつは」


「あんたよ!!!」


「エサって?何?」


「ドールの胸にあるカルディナのことですよ、召喚ぢゅつ式が組まれたカルディナがえさになるんです」


 段々元気が無くなってきたロリっ子ドール。


「あーじゃあ何か、俺の魔力を食べたガーネットがリングクリスタルに戻らず、ダイアみたいに転生したのが問題だと?」


「うん」


「それなら、ダイアが転生していた時は何で二型は出てこなかったんだ?」


「分かんない」


 興味持ってよー君が言い出したんだよー、もう完全に飽きたのか、俺の部屋を見回しているロリっ子ドール。


「おい、オリゴトウ、この子のことで何か言いかけていたよな?真祖が何だって?」


「ふん」


 まぁいいか、俺が原因なら解決した「こらぁ!やめぬか貴様!」方が良さそうだし。異世界に行っている間「やめろ!何故窓を開けるのだ?!まさかまさか」は、時間の流れがここと違うみたいだから、「あぁあああ!!!」日常生活にも支障はない。

 オリゴトウを捨てた窓を閉めて、部屋の中を見る。


「君の名前は?」


「ガーネティア・ユグドです!」


 ん?どこかで聞いた名前...


「それよりタクト様!魔力をわたしに下さい!お腹がへりました!」


「うん、いいよー」


「ちょっと待って!」

「ちょ!!」


 とことことガーネティア・ユグドと名乗ったロリっ子ドールが俺の前までくる。急かすように両手を上げ、ぴょんぴょんと小さく飛んでいる。俺はあぐらをかき、右手をロリっ子へと持っていく。

 するとどうでしょう、なんの躊躇いもなく指を咥えたではないが。小さな口を大きく開けて、少し苦しそうに指を咥える小さな女の子を見ていると、余裕で警察官の姿が頭に思い浮かんだところで意識が無くなった。

 まだ...何もしていません...信じて下さい...



6.駄目兄貴



「ふっふっふっふぅ、見よ!この我の成果を!魔力無尽蔵の命の勇者をここにおびき寄せてやったわ!我に感謝するがよい!」


「なぁにぃ?たまたま上手くいっだけなのにぃ、あまり調子に乗らないほうがいいわよぉ?」


「あ、あの、命の勇者様が、お、お目覚めのようですよ」


「アメドラル!この者に敬称など必要ない!ボロ雑巾のように使い潰す者なのだ、適当で良い!」


「で、でも」


 何なんですかまた急展開ですか、いい加減にして下さいよ本当。よく分からないけどアメドラルというドールは好きになりました。

...アメドラル?


「おい」


「?!」

「?!」

「ふぁっ?!」


 俺の言葉に驚く三体のドール達、左から青、緑、紫の三色。ちなみに青いのがふっふっふっ、緑がなぁにぃ?紫がふぁっ?!だ。


「ここはどこなんだ?また何かの会議でもしているのか?」


「会議ぃ?そんな風にぃ見えるかしらぁ?」


 俺の言葉に反応したのは、緑色のドールだ。髪のボリュームが凄い、紅白歌合戦の締めに出てきそうな勢いだ。


「会議じゃなかったらぁここはぁ何なんだぁ?」


 真似をする。


「…」


「貴様ぁ!我が妹を愚弄するのかぁ!」


 今度は青いドールが反応する、紅白歌合戦のトリを務めるような大御所ドールとは違い、サッパリと短い髪型していて、まるで男の子のような印象を受けた。瞳は大きく今は警戒心むき出しだが、キリッとした眉と良く合っているように思う。服装も甲冑仕上げだ。これはもしかして…男の子ドール?


「いや、あのさ、ここは何?さっきから聞いているけどさ、いい加減説明してくれない?」


「ここは我らの居城、フォース・クインテッド・ナイツ・ウルフェルトユルグェンツ城だ、しかと覚えておけ!」


(凄いな…よくもまぁスラスラと言えたんもんだ…)


「ふ、我が城の名前にすら臆するとは」


 勘違いして偉そうにする…名前はラピーズだな。髪青いし、ラピスラズリもこの生意気な性格を受け継いでいた。

 あともう一人の妹である、アメドラルは少し怯えたように、遠くから眺めているだけだ。

 フォース・クインテッド・ナイツ・ウルフェルトユルグェンツ城の謁見の間には、四つの玉座が置かれ、色の違う豪華な布がかけられていた。


「なぁ、あの玉座にかけてる布、あれ、お前達が間違えないようにするためか?」


「?!な、な、何故それを…はっ!まさか貴様、密偵なのか?!」


 ラピーズが驚いて頭の悪いことを言う。


「お前が俺をここにおびき寄せたんだろうが」


「それよりもぉ、あなたはぁ自分が置かれているぅ状況ぉ、分かっているかしらぁ?」


 今度は大御所ドールが声をかけてきた。


「だからぁ、それがぁ分からないからぁ、聞いているんだよぉ?いい加減にぃ教えてくれないかなぁ?怒るよぉ?」


「貴様!また我が妹を愚弄するのか!そっ首はねてやろうか!」


 このやり取りを日が暮れるまで続けて、ようやく状況を理解することが出来た。



 この城、略してフォース城は元々妹達の城ではなかったそうだ。元の名前は、ウルフェルト城、他の名前はラピーズが付けたらしい、大人になって悔やめばいいさあんな恥ずかしい名前。

 リングドーラーが発動してドールに変わってから、各地を転々としていたらしく、妹達の扱いは、まぁ、ひどかったらしい。それはそうだ、いくらリングクリスタルの魔力量の節約のためとはいえ、勝手に人間からドールに変えさせたその本家なのだから。世界延命措置法と名付け、実際の術式を完成させ、実行したのはオリハルコン王だが、それを支援し発動前から知っていたのはユグド家のみだった。その事を周りの人、ドール達に知られてしまい、どの街へ行っても相手にしてもらえなかったと、握り拳を固めながらラピーズが教えてくれた。


「ぞっ、ぞれでぇおまえだぢは何であぢごぢ、行っでいだんだぁ」


「気持ち悪いなこいつ…」


 ラピーズがドン引きしている。いやだって、涙なしで聞けるか?どこへ行っても石を投げられて、それでも何くそ根性でのし上がって城まで買い付けたのだ。こんな素晴らしい妹達の兄であることを誇りに思うし、同時に情けなくもある。


「どうじで、ぞごまでぇ、がんばっだんだぁ?」


「…おい!アメドラル!相手するの変わってくれもう嫌なんだけど!」


「そ、そんな言い方、命の勇者様、良ければ、お使い下さい」


 胡座をかいて話を聞いてたので、俺の目線の高さにアメドラルの顔がある。その手には、ドールサイズのハンカチがあり、もうそれだけでまた泣けなてくる。


「ぞ、ぞんなもの!づがえるわげないだろうぉ!ごれだっで、だががっだんだろうぉ!」  


 会った時から様付けで呼んでくれていたアメドラルですら、引いている。


「あのぉ、お話ぃいいですかぁ?あなたにぃやってもらいたいことがぁあるんですよぉ」


「なに?」


 悲しい身の上話しのせいで忘れていたが、こいつらは、俺に用があっておびき寄せたことを思い出す。


「このお城のぉ、魔力庫のぉ補填をぉしてほしいのですぅ」


「おい、こいつに任せて大丈夫なのか?」


「ずびっー!!…あぁ大丈夫だよ、それぐらいは任せてくれ、可愛い妹達のためだ」


「?」

「はぁ?頭おかしいんじゃないのか?」

「…」


 三者三様の反応。あれ、俺だって分かっていないのか?


「タクトティア・ユグド、お前達の兄貴だよ」


 いつの間に抜剣していたのか、ラピーズの背丈以上はある青く輝く剣が、俺の首元に置かれていた。ラピーズの目は真剣だ、


「我が兄の名を騙るな」


「…ほん」


 本当だよと言いかけたが、俺の首が少しだけ切れた、いいやラピーズに斬られた。どうやら本気のようだ、俺の肩に生温かい感触が流れているのを感じ、さすがに黙る。


「…すまなかった」


「貴様は、我らの言う事さえ聞いていればいい、命は取りはしない」


 だが、と剣を収めながら、


「タクトティア・ユグドの名を愚弄するのは一切許さない、覚えておけ」


 魔法で呼び出したのだろう、青い剣が空中に消えると同時に踵を返し、俺の前から姿を消してしまった。


「なぁ、エメラルティア、あれ怒ってるよな?」


 近くで成り行きを見守っていた大御所ドール改めエメラルティアに声をかける。


「は、はいぃ、そのぉ、通りかとぉ…」


 エメラルティアもラピーズの気迫にびびっていたのか、声が少し小さい。


「あ、あのぉ、なぜ、」


「ユグド一味!いるのは分かっているぞ!いい加減に魔力を渡してもらおうか!!」


 エメラルティアが何かを言いかけた時、ぞろぞろとドールの集団が謁見の間に入ってきた。皆、何かしらの武装をしており友好的な態度には見えない。


「急にぃ、そんなことをぉ言われてもぉ困りますよぉ」


「こいつ!ふざけた喋り方をしやがって!真面目に喋りやがれ!」


「はいはい、何?君たちは?」


 二人の間に割って入り、事情を聞く。エメラルティアはこういう厄介事には向いていなかったはずだ。


「…」


「こいつらにこの城を貸してやっている、ウルフェルトの民だ!今月分の魔力をまだ貰っていないぞ!」


「そ、そ、そんな話しは、」


「出せないならとっとと出て行け!それともここでくたばりたいのか!それとも俺らの慰み者にでもなるか?!」


 え?ドールって...え?!そうなのできるの?!驚きだった。


「アメドラル、この城は買ったんじゃないのか?城の主も長い間不在だからって」


「そ、そ、そうです!そんな、話しは、ボク達は聞いていません!」


 まさかのボクっ娘。長いストレートの髪、清楚系でボクっ娘。萌えました。


「俺たちだってそんな話は聞いていないなぁ!出せるんだろう?…出せないなら、こうだぁ!!」


 ウルフェルトのドールから、一番近くにあった緑色の布がかけられた玉座を、たったの一振りで壊してしまった。壊したドールの体は薄らと光り、何かしらの強化魔法が使われているのが見える。


「わたしのぉ、玉座がぁ」


 本当に困ってるのか?間延びした喋り方なのであまり切迫感がないが、目が潤んでいたので悲しんでいることは分かった。


「おいウルフェルトの民とやら、どうやって魔力を貰うつもりなんだ?」


「なんだぁお前?」


「俺がくれてやろう、いいから魔力を貯められるものを持ってこい」


 ほんの瞬きの後、


「だぁっはっはっはっはっ!!」


 それはそれは大笑い、押しかけたドール達が腹を抱えて笑っていた。あれ...命の勇者なんだけど...それを知ってて来たのではないのか...


「な、なら、この瓶に入れてみろ、少しでも、貯まったら、今日は見逃してぇはっはっはっ!」


 何なんだこのドール、言いながら笑いやがって...

 渡された瓶は、ジャムを入れる大きさと同じだった。人間が片手で持てる程、ドールなら両手で抱える程だろうか。蓋を開けると、丸い小さな穴が空いていた。俺の人差し指がギリギリ入る大きさだ、ウルフェルトのドールは笑ってばかりなので話しにならなそうだし、穴へ無理やり指を突っ込む。


「まぁ!」


「うそ…」


 淡く発光したかと思えば、あっという間に瓶には無色透明の...液体?何だこれ、料理で例えるならあんかけのような、とろみがある液体で満たされていた。


「ほらよ、これを持ってとっとと出て行け」


 こいつらが言ったように、俺も同じように言い返す。瓶を渡されたドール、いや、全ドールが黙って瓶を凝視している。


「な…これは、本物か?」


「あそう、信じないならそれでいい」


「あぁーーーー?!!!!」


 蓋を開けてそのままひっくり返して、中身を全部ぶちまけた。地面に落ちた、とろみのある液体が強く発光しながら、瞬く間に消えてしまった。何だこれは?これが、こいつらの食べ物になるのか?


「お、お、お、おま、バカ?」


 俺の突拍子もない行動に固まり、変な喋り方に変わったウルフェルトのドール。そんなに貴重な物なんだな。


「俺の言う事を聞くか?それならいくらでもくれてやる、他の玉座を壊したい奴がいるなら好きにしろ、そいつには絶対にあげない」


 俺の前には、一列に並ぶドール達の列が出来上がった。何故か、その後ろにはエメラルティアとアメドラルの姿もあった。

 あの二人...いくらでもあげるから...そんな所に並ぶのやめてよ...



7.ユグド姉妹



 昔からだった、変な喋り方をしてしまうのは。好きでこんな喋り方をしているわけではない、よく家族からも馬鹿にされていた。

 けれど、タクト兄だけは私の喋り方を笑ったりはしなかった。笑いはしなかったけど、私が話しかけるまで、一言もタクト兄から話しかけられたことはなかったので、やっぱり嫌だったんだと思う。

 ドールに変わってから町の人達に何度も質問責めにされてしまい、それに答えられなくて、怒られて、嫌われて、町を追い出されて...それでも、真祖としての役割を果たさなければいけなかった。

 ある時、リング・ドーラーを開発したルワンダが現れて、このままではクリスタルの魔力が空になってしまうと言われた。そんな馬鹿な話しがあるかと思った、だって私達は消費する魔力を抑えるためにドールになったのだ。それでも魔力が空になってしまうなんて...

 次に提案されたのが、異世界から人間を喚び出して、その人間から魔力を貰うことだったのだが、さすがに反対した。これ以上は付き合え切れないと、また私達が嫌われるだけだと。それでも、ルワンダは頑なだった。じゃあ他に適任者見つけてこい!と、ラピーズ達と文句を言ってやったら本当に見つけてきたのだ。それじゃあ私らの名前と魔法を譲ってやるから後は勝手にしな!と、そんな経緯があって今に至る。


「エメラルティア、ちょっといい?」


「あ、はいぃ、何でしょうかぁ?」


 考え事をしていたら、命の勇者に声をかけられた。さっきこの人は、自分のことをタクトティアだと言ったけど...

 押しかけてきたウルフェルトのドール達は、魔力が入った沢山の瓶を嬉しそうに抱えながら帰っていった後だ。私の玉座は壊したままにして。


「あの玉座ってさ、どっかで作ってきたのか?それとも自分達で作ったのか?普通、お城には玉座って一つしかないよな」


「えっとぉ、自分達の手作り、ですねぇ」


「材料は何?」


 どうしてそんな事を聞くのだろうか、それにこの人は何故、私の名前を知っていたのだろうか。


「…あのぉ、もしかして…」


「うん、俺が直そうと思ってさ、迷惑か?」


「い、いえぇ!そんなことはぁ、ありません」


 何故?優しくしてくれるのだろう。


「どうしてぇ、ですかぁ?」


「お前、さっき壊されて泣いていただろう?見ていられなかったからさ」


「…」


 言葉が出なかった。何なんだこの人は、初めて会った時は私の真似をして馬鹿にしていたのに。


「もしかしてぇ、そんなにぃ悲しくなったかぁ?」


 また真似された!


「もう!怒りますよぉ!真似ぇしないでくださいぃ!」


 ごめんごめんと適当に謝りながら、私の頭を撫でてきた。タクト兄にも撫でられたことがなかったのに。咄嗟のことに対応できないでいると、さらに調子に乗られてしまう。


「あの時はぁ、お前にぃ好かれているかぁ、分からなかったからぁ、遠巻きにぃしていたけどぉ、本当はぁ心配していたんだぞぉ」


「…」


 まるで、本当に...


「けど今回は違うから、まぁいきなり俺を信用しろとは言わないけどさ、仲良くしてくれないか?」


「…そ、それはぁ」


「エメラルティア」


 いつの間にいたのか、後ろにはラピーズがいた。その手に剣を握りしめて、あれは不味い。ラピーズが怒っている。



✳︎



 ウルフェルトのドール共が命の勇者から、魔力を貰って帰っていったとアメドラルから聞かされた。貴重な魔力源だ、今、この世界に残された魔力は何故だか食すことが出来ない。直接、勇者から魔力を貰う以外に生きる方法がないという時に、他所へと取られる訳にもいかないので急いで謁見の間に戻ってみれば...


「その者から離れろ」


「…」


 何故だか離れようとしない。


「聞こえているよなエメラルティア」


「は、はぃ…」


「命の勇者、馴れ馴れしい行為は慎んでもらいたい」


「は、はぃ…」


「もう!真似ぇしないでくださいとぉ言ったはずですよねぇ!!」


「ごめんごめん、これ何か癖になるんだよ」


「もう!もう!私はぁ気にしているんですよぉ!!」


「そうか?聞き慣れると結構可愛いぞ」


「…………そ、そうですかぁ?」


「…………そ、そうなんですぅ」 


「もう怒ったぁ!許さないぃ!このやろうぉ!!」


 ..........いいなぁ....羨ましい......はっ


「いい加減にしろ!斬られたいのか!」


 私の怒声に固まった二人。


「わ、悪かったよ、だからそんなに怒るな」


「ご、ごめんなさいぃ…」


 下を向きながらエメラルティアが私のそばまでやってくる。その顔には少し不満の色があった、心配しているのにその態度が気に入らず、さらにどやしつける。


「ふざけるのはその喋り方だけにしろ!」


「!」


「おい!言い方ってもんがあるんだろう!」


「貴様には関係ない話しだ!それよりも、ウルフェルトのドールに魔力を与えたそうだな?何を考えている」


「だったら何だ?お前に何か関係あるのか?」


 人の言葉を使って言い返してくる。


「貴様…自分が置かれている状況を理解しているのか?いつでもその命を断つことができるのだぞ?よそ者に魔力を与えるな」


「はあ…あぁいいさ、分かったよ、それに魔力ならエメラルティアとアメドラルには渡してある」


「何だと?それは本当なのかエメラルティア?」


 私の言葉に反応するが返事はない。さっきの文句を気にしているのだろう、だが、黙って魔力を貰っていたことが許せなかった。


「エメラルティア、何故黙っているのだ?いつものようにふざけた喋りふぁふぁっ?!!」


 エメラルティアに気を取られていたので、命の勇者の行動に気づくのが遅れてしまった。奴は無遠慮にも、私の口に指を入れてきたのだ。


「黙れよラピーズ、お前口が悪いにも程があるだろう」


「?!きひゃま…むぐぅ?!」


 何故?何故私の名前を知っているのだ!こいつに一度も名乗りはしていなかったはずだ!それに、奴が指に力を入れたのが分かった。まさかこいつ...無理やり私に魔力を食わせるつもりなのか?


「食えよ、直接食わせてやる」


「ぐっ!」


「いったぁ?!こいつ!噛みやがって!いたたたたたっ?!」


 ふざけるな!誰がこいつの魔力を直接食うものか!魔力庫に貯めるだけで十分なのだ!それを何故わざわざこいつから!


「あったまにきた!絶対食わせてやるからな!」


「ぐぐっ!」


 さらに指を噛む。すると、噛んだそばから魔力が滲み出てきたのが、舌先に触れて分かった。背筋が凍り、嫌悪感で吐き出しかったがそうもいかない、こいつの指で吐き出すこともできない。


「ぐぅ!…?!」


 さらに魔力が滲み出てきて、舌全体に魔力が触れてしまった。温かく、舌が柔らかく熱を浴びていくのが分かった。感じていた嫌悪感が薄れていき、噛む力が弱まっていく。


(何故だ?!何故噛む力をっ!)


 指を噛みちぎってやろうという思いよりも、この魔力を飲みたいという思いが生まれ、それを感じた時には強烈な欲求へと変化した。


「おやぁ?いい顔してますねえラピーズさんよぉ、食べたいんだろう?俺の魔力を食べたいんだろう?」


「ふふぁへるふぁ!」


 言い返すべきではなかった、舌が動き指に触れた時...気持ちよかった...


「ふぁ」

 

 声が漏れてしまった、噛んでいた力も弱くなり、その隙に奴が指を動かしてくる。


「ほらぁ食えよ、美味いぞぉ?いくらでも食わせてやるよ、ラピーズさん」


 吐き出したいという嫌悪感もなくなり、もっと指を動かしてほしくて口を開けてしまった、その事実に自分自身が驚く。だが、口の中に溜まっていく魔力が溢れそうになっていたので、勿体ないと慌てて飲んだ。...飲んでしまった。


「んむぅ!」


 舌から、喉、胸、お腹に背中まで、快感が走った。その衝撃に耐えられずにさらに声が漏れてしまう。


「ほーらほーらぁ!美味いんだろう?そんなに顔を蕩けさせちゃってまぁ、良い顔してるぜぇ」


 ...本当にいいのか?これを飲んでしまっても私は無事でいられるのか?...未知の快感に、恐怖を感じてしまった。もうやめてくれと、懇願するように奴を見る。だが...奴は...


「…そんな怖がらなくても大丈夫さ、皆んなやってきたことだ、騙されたと思って食べてみろ」


(こいつ…何でそんなに優しく言うんだ…)


 もう駄目だった、最後の防波堤だった恐怖心までもが魔力に流されてしまっては。恐る恐る自分から指を舐める、舐めただけで頭の中が快感と共に真っ白になった。


「ぷはぁ」


 もっと舐めやすくするために、口を開けて、もう一度自分から咥える。咥えた後は、舌を動かして魔力を舐め続ける。


「んむぅ、んぐっ」


 咥えながら舐めながら吸いながら、どんどん溢れてくる魔力を舐め続ける。次第に体が、胸が、股間も頭も、手足も、指も熱くなっていく。熱を帯びた体が冷ましてはいけないと、さらに指を舐めるように舌を動かす。その行動さえもが多幸感に包まれてしまう。


「…すまないな、こんな事しかお前達にはしてやれなくて…情けない兄を許してくれ」


 幻聴か...何かか...あの大好きなタクト兄様の...声で、耳を愛撫されながら...口の中を...からだも...おかされる、のは....とても.......しあわせ....な.....



✳︎



 え?あのラピーズ姉様が...白目を向いて倒れているではないか、一体何があったのか...それに体は、魔法蝋燭の光の加減か、白く反射している何かの液体に濡れている。口から垂れて...まさか、


「あ、あのエミィ姉様、これはもしかして…」


 少し顔を赤くして、もじもじしながら立っていた一つ上の姉様に声をかける。


「アミィ…私はぁとんでもないものぉを見て…しまいましたぁ」


 アミィは私の愛称だ、お互いに間違えやすいし似た名前なので、小さな頃に皆んなに内緒で付けあった。


「ま、魔力の補充を直接?」

 

 それは危険な行為だ、下手をすれば送還術式が組まれてしまいかねない。幸いにも私達はただ、召喚された勇者をくすねただけだから良かったものを。


「うん…ラピーズ、とってもぉ気持ち良さそうだったぁ、顔もふにゃあってなってぇ、涎を垂らしながらぁ、ずっと舐めててぇ…」


 その光景を思い出したのか、下を向きながら体をさらにもじもじさせている。


「そ、そんなにも、わ、わ、わ、私達も、直接、されるのでしょうか…」


 さっき、ウルフェルトのドール達と一緒に瓶に分け与えてもらったばかりだが、そんなことしなくてもいつでもあげるよと、勇者様に小声で言われていたのだ。


「ふぇ?!そ、そ、そ、そ、そう、なのかなぁ?わ、私、大丈夫かなぁ…あんな」


 ふぅぅと言いながら、顔をさらに赤くしたエミィ姉様。

 魔力が入った瓶を二つ分、大事に抱えて私室に置いてきたところだった。夜の帳も下りてきたので、勇者様を客室に案内しようと引き返してきた間に、ラピーズ姉様があんなことになっていた。

 私はより一層緊張しながら、でも、どこか期待しながら勇者様に声をかける。


「あ、あの!勇者様、さ、さきほどは魔力を分け与えてくださり、あ、ありがとうございました」


「ん?あぁ全然いいよ、欲しかったらいつでも言いなよ」


「は、はい!あ、あの、勇者様の、お部屋を準備、しましたので、良ければそちらで、」


 ...どうせしてもらえるなら、人目のつかない所でと、思ってしまい、何てはしたない、と自分に驚いてしまった。


「本当に?ありがとう、助かるよ」


(あ、あ、あんなとこをしておきながら、なんて笑顔なの…)


 鬼畜?


「エメラルティア、悪いけどこいつの面倒をお願いしてもいいか?俺が服を剥いてやってもいいが、流石にこいつも怒るだろ」


(そういう問題?)


 はいぃと言いながら、少し慌ててラピーズ姉様の介抱を始めたエミィ姉様を尻目に、勇者様を用意した部屋まで案内する。

 謁見の間は、フォース・ナイト・くいん...お、覚えられない...ウルフェルト城の大庭園の中に建てられた少し大きめの塔の中にあった。塔を登ると周囲を見渡せるし、一階には私達四人の権威を示せる玉座を置くこともできると、少し変わったこの城をラピーズ姉様が一目惚れしたのだ。

 謁見の間を出て、一度も登ったことがない屋上へと登れる螺旋階段を通り過ぎて、塔を出る。


「うわぁ…凄い景色だな…」


 初めて見るであろう命の勇者様が感嘆の声を上げた、私も初めて訪れた時は同じようなに反応したことを覚えている。

 ウルフェルトの街は、比較的リングクリスタルの近い場所に作られている。広大な放牧地帯であった街には、誰も管理されなくなって半端に朽ちた柵があり、馬や牛達がその囲いを越えて自由気ままに暮している姿が見える。ドールとなったこの身では、牛達の恵みを授かる事が出来なくなったので、今や街に住むドール達よりも牛や馬達の方が多くなってしまった。


「それにしても大きいな…」


 その牛や馬達、ウルフェルトに建てられた民家や、さらには草木の一本に至るまで青く反射しているのだ、目の前にあるリングクリスタルの輝きによって。


「は、は、初めて、ですか?クリスタルをご覧になるのは…」


 まだ緊張しながら勇者様に声をかける、心なしか体が火照っていたので、気づかれないかと少し不安になった。


「あぁ…こんな間近で見たのは初めてだよ…こんな物のせいでお前達は苦労しているというのに…」


 勇者様のお顔も、クリスタルの輝きによって青く反射している。思わず見れてしまい不躾にじろじろと見てしまった。...心の中で、この火照りがバレてしまえと思いながら。


「良い景色だな、街も放牧地も全部見えるじゃないか…ん?どうした?」


 やっと気づいてくれた、いいや、気づかれてしまい慌てて目を逸らす。何も言わずに。


「…部屋まで案内してくれないか?アメドラル、他の者は入れないように」


「?!あ、は、はい…」


 最後の言葉は...どういう意味だろうか、いや、私が気づけと視線を送ったのだ、もしかして気づいてくれたのか?会って間もない私の無言の要求を?

 さらに緊張しながら、勇者様の前を行く。

大庭園を抜けて、城の中へと入っていく。城内で手伝いなどをさせているドール達へ、手早く部屋の準備をするように言いつける。入り口前で待機していたドール達が、足早に去って行くのを横目で見ながら、


「あ、あ、あの…さきほどは、ラピーズ姉様に、何を、されて、いたのですか?」


「お前、知ってて聞いているだろ、ほんと昔から変わらないな、その性格」


「なっ、何のことでしょうか…」


 惚ける、バレているのに惚ける。そんなはしたない女だと思われたくなかったので、精一杯しらばっくれる。けど、勇者様にはお見通しのようだ。


「はいはい、部屋に案内してくれ、それと手入れ用の道具も準備してくれないか」


「え、え、えとぉ…何の手入れを、されるのですか?」


 心から期待した眼差しを向けて聞いたのに、勇者様は答えてくれなかった。

 準備を終えたと報告に来た手伝いは下がらせて、暴れる鼓動と熱くなった体と一緒に部屋へと連れて行く。

 大庭園を見下ろせる客室は、一階のエントランスから豪華な螺旋階段を登り、円周状に作られた二階広間の突き当たりにある。窓からは変わらず街とクリスタルが見えているが、その景色を見ている余裕など私にはなかった。


「こ、こ、こちらに、なります…勇者様…」


 振り返り、少し上目使いで見上げたその顔は、懐かしむように微笑んでいた。


「ありがとうアメドラル、今日は疲れただろう?俺の相手はもういいから、ゆっくりと休んでくれ」


「え…さきほどの、手入れ用とは…いえ、それに誰も入れるなと…」


 私も下がれと言っているのか、そんな、私は勇者様に...


「俺に何かしてほしいことがあるのか?あるならその口で言ってみろ、何でもしてやるぞ」


 微笑みから、ニヤ笑いへと変わっていく。意地悪く言う勇者様。


「うぅっ…その…ううっ」


 恥ずかしさでどうにかなりそうだった、懸命に堪え、ドレスがしわになるのも構わず握りしめる。

 どうして?どうして私はここまでして、この勇者様にお願いをしなければいけないのか。けど、あんなラピーズ姉様を見せられては...すると今度は、勇者様から私にお願いしてきた。そんな言い方をされては絶対に断れないと知ってか知らずか。


「悪かったよ、少し意地悪がすぎた、お前の手入れをさせてくれないか?友好の印ということで、どう?嫌ならすぐにやまてもらっても構わないからさ、勿論誰にも言わないよ」


「わ!…わ、分かりました」


 思わず喜んでしまい、大きな声が出そうになってしまった。今更だろうか、はしたない女だと思われないようにしているのは。


「それなら決まりだな、こっちにおいで」


 優しく言われ、何も考えずに勇者様の前に立つ。すると、いきなり体を持ち上げられてしまい、勇者様のお顔と同じ高さまで抱き抱えられ、


「捕まえた」


 まるで獲物を捕らえた狼のような、意地悪な笑顔を向けられた。もう、頭はパニックだ、だけど、抵抗は殆どしていない、これから何をされるのか、その期待で胸も体も一杯になってしまった。


「恥ずかしいか?それなら目隠ししてやろうか?」


「あの、あの、その、恥ずかしくは…」


 ちゃんと目を見ることができない。下を向き、勇者様の首元あたりを見ていると、突然目の前が暗くなってしまった。驚いて声を上げようとするが、口も何かに縛れてしまい声を出すことができない。


「むぅ!んむぅ!」


「これならいくら声を出しても、誰にもバレないだろう?」


 あぁ!私は今から何をされてしまうのか!

今度は、腕を後ろに回らされて口と同じように縛られてしまった、これでは身動きが取れない。


(あぁ!あぁ!ごめんなさいエミィ姉様!一足先に大人になります!)


 訳の分からない言い訳を心の中でした後、私の胸元が冷んやりとし始めた、勇者様がドレスを脱がし始めたのだ。窮屈だった胸元が解け、まだ十分に暖まっていない部屋の空気が私の胸に触れる、それだけで気持ちが良かった。


「えーと…まずは筆で掃いてからだな…あー…あったあった」


 少し間の抜けた、いや、雰囲気なんかまるで気にしていない勇者様の声に不満を覚えた。


(そんな、まるで作業を始めるような声で…)


 私の初めてなのだ、もう少し丁重に扱ってほしいと思った矢先、


「んむぅ!」


「はーい、動かないでねー」


 柔らかい筆の毛先が、私の首元に触れてきた。首から耳の裏、そして…あぁうそ!そんなところまでっ!


「んん!んはぁっ」


 耳の穴まで!柔らかい毛先とはいえ、初めての感覚に身悶えしてしまう。

 いつの間にか、私はベッドに寝かされているようだった。私の体を優しくもしっかりと掴んでいた手が解かれた時に気づいた。


「ん、ん、ん、ん」


 毛先が耳に触れる度に、声が出てしまう。穴の中に入れられた時なんかは、


「んはぁ!」


 出したいわけではないのだ。出てしまう、けど、勇者様はお構いなしどんどん手入れを進めていく。


「ま、顔あたりはこんなもんかな?じゃお次は…」


 どこ?!次はどこなの?!ちゃんと言ってよ心の準備があるのよこっちには!


(は、まさか)


「んむぅ!!!」


「はいはい動かないでねーすぐ終わるからねー」


 首筋から、鎖骨、今度は腕から脇へと筆先を這わせて、私の胸へと至った時は大きくのけ反りながら声を出してしまった。


「んっーん!んっーー!」


 しかも執拗に胸の周りを筆先で這わせ、最後に先端へと持ってくるのだ、しかも器用に左右の胸を、一度に行うのだ、とてもじゃないがあまりの気持ち良さにはしたない声が出てしまう。


「ふっー!ふっー!」


 これではまるで獣ではないか、そんな自分にさらに興奮してしまい、抗えない快感に身をよじる以外にない。それすらも、まるで交尾をしている獣のように感じてしまう。


「こんなもんかなー、あとは締めに軽く拭いてだな…」


「むふっー、ふぁ、んむぅ!」


 休憩すらさせてもらえず、今度は肌触りの良い布で優しく、火照った体を撫でられる。


「はぁ、はぁ、はぁ」


(そ、そんなに…気持ち良くない…?さっきのに比べたら…ーーーっ!!!!)


 筆先に比べて、まだ布の方が刺激が少ないことをいいことに油断していた、だが、突然襲ってきた感覚に頭が真っ白になってしまった。

 意識が戻ってきた時には、目元と口元が濡れていることに気づき、私の涙と涎かと、どこか冷めた思いで自分の事を見つめていた。


「上半身はこんなもんだなー、あとは下半身をだな…」


「?!!んっーー!んっーーん!」


 まだやるの?!嘘でしょ?!今果てたところなのに?!鬼畜なんてものではない、私を壊すつもりか!

 これでもかと暴れた、これ以上の快感は身を滅ぼしかねないと必死に抵抗をする。

 だが!だが勇者様はいいやこの鬼畜様は!はだけていたドレスをさらに脱がしにかかってきたのだ!


「んーーーー!!!」


「はーいすぐ終わるからねーあと少しだよー」


 今度はお腹が、それに足もお尻も冷んやりとした空気に包まれてしまい、気が狂いそうになった。


「んむぅ…ふぅ…」


 ...諦めた、私はついに諦めてしまった。もう、タクトティア兄様の復活も諦め、この鬼畜様に生涯、面倒を見てもらうことを心のどこかで許してしまっていた。だって、それほどまでに...この鬼畜様の手入れは...


「ぶ、無事か!アメドラル!今助けに来たぞ!この糞勇者ぁ!我の妹を返せー!」


「っぶねえ!ばかたれ剣を振り回すな!」


 空気を読まずに入ってきたラピーズ姉様に苛つきながら、やっと手にした平穏を噛み締めた。私はドレスを剥かれ、体をさらけ出したまま、意識を手放した。



8.その頃



「それがあなたがここに来た理由ですか?」


「はい!」


「はぁーなるほどねぇ、それにしてもよく一人でここまで来れたわね」


「口のきき方に気をつけろ」


「?!す、すみません…(覚えているのか面倒臭い)」


「?あぁ、そういう…」


「それでは早速、わたし達も戻りましょう!つかえないお姉様達も喜ぶはずです!」


「いえ、ガーネティア様…その言い方は…」


「ほっときなさいよ、この子一番口が悪いから」


「ガーネット!」


「はい!」


「ところでガーネティアよ、お主はどうやってこの世界まで来れたのだ?」


「つかえない王よ、頭に葉っぱがついてるよ」


「ううむ!使えないは余計だ!我の言葉に答えよガーネティア!」


「他のお姉様達に分けてもらった魔力で、ここまできたんだよ?」


「…他の真祖達と会っていたのか?」


「会ってるというか、一緒に過ごしてるよ?役目もおわったし、気ままに過ごそうって」


「…」

「…」


「どうしたのですか?ガーネットに…それにクソじじいも…」


「…お前とは一度、きちんと話しをせなばならんな、ダイアよ」


「私は何もありませんよ、好きなように生きて死んで下さい」


「もう、王が倒れちゃったじゃない、どうすんのさ」


「ふん!」


「そろそろいい?二人とも」


「いえあの、お待ち下さいガーネティア様、小耳に入れたい話しがありまして…」


「うん?なぁに?」


「?」


「…」

「…え?そうなの?…ふんふん…えぇー…あぁ、ふんふん…わかった、王よ、起きよ」


「…何かね」


「今すぐにリング・ドーラーに戻り、お姉様達を攻めるがよい、よいか攻めるのは城であって、無垢な体ではないぞ」


「このクソじじいが…」

「無事に終わったらアクベオに食わせてやるわ…」


「えぇー…」



9.水晶花(すいしょうか)



 眩しい光と、肉がよく焼けた匂いで目が覚める。

 俺に割り当てられた部屋で、起きるのはこれで四度目になる。いい加減に慣れたものだ、こっちの世界のベッドは固い。ホームセンターで買ったマットレスよりも固い、王城で使われる最高級であるはずのベッドが大量生産品に負けてどうするんだと昨日、俺の身の回りの世話をしてくれているメイドールに愚痴ってしまった。今日は、爽やかに挨拶をして心が広いことをアピールしなければ。


「お早う御座います勇者様、本日の朝食は、ビーフ・ウェリントン 水晶花を添えて、お次はシャトーブリアン・ステーキ ウルフェルト特産キノコ仕込み、お次はハンバーグ・ステーキ 水晶雪を散らして、お次は、」


「いい加減にして下さいよぉ!朝からそんなに食えるわけないでしょお!!!」


 ベッドから身を起こさずに、天井を見つめながら怒る。爽やかどころではなかった。

 驚いたことにこの城には、料理長と呼ばれるドールが存在していて、召喚された勇者のためにご馳走を振る舞ってくれるそうだ、朝から晩まで。それにドール達は、魔力以外を食べることはないので、繁殖しまくった牛の肉をこれでもかと食わせてくる。もう...四日も続いているのだ...限界でした...


「では、こちらの料理は廃棄されるということですね、料理長には私の方からお伝えしておきます」


「いえ…あの…勿体ないので…食べます…」


 もう嫌だ牛さんのお肉怖い...これがまた、脂はたっぷりで噛めば噛むほどに肉汁が溢れてくるのだばかたれが、人の胃を何だと思っているんだ?ん?寝起きで入ると思っているのか?

 それにこのメイドールは苦手だ、クールな感じでただ淡々と接せられると無駄に萎縮してしまう。だから、このメイドールと会った初日からずっと敬語なのだ。


「あの、メイドさん、昨日は愚痴ってすみませんでした…」


「いえ」


 こちらを真っ直ぐ見てこの一言だけ、やりにくい。文句があるなら早く言って下さい!でも何も言わないのが怖い。


「はぁー、今日も良い匂いですね…明日の朝まで何も食べずに済みそうですよ本当にぃ!!」


「料理長にはそのようにお伝えさせていただきます」


 どっちですか?匂いのことですか?怒ったことですか?

 このメイドール変えてよぉ怖いんだよぉ


「勇者様、本日のご予定ですが、」


「あー…いも、ラピーズ達はどうしていますか?もう四日も顔を見ていないので、様子が気になるのですが…」


「皆様方は本日もウルフェルトの民の嘆願処理をされています、正午からは隣国へ出向いて勇者様より頂戴した魔力を捌きにいかれるとのことです」


 魔力をあげた本人の前で売ることを捌くと言うのかこのメイドールは、敬われているのか馬鹿にされているのか分からない。

 俺の妹達は多忙だった、ウルフェルトの城を買い付けてから毎日のように、民の嘆願を聞いては解決しているそうだ。嘆願と言っても要は、ウルフェルトのドールから寄せられる苦情や相談事を聞いてあげて、時には仲裁に入って、時には裁判のような事もしているらしい。


(市役所か、ここは)


 それをたったの三人でこなしているのだ、それは大変な毎日だ。俺も名乗りを上げて、街の簡単な仕事や雑務を引き受けているようにしている。少しでも負担が軽くなればとやっているが、四日前に顔を合わせてから一度も会っていないので、助かっているかどうかは分からない。


「勇者様、お食事後は街へ出向いて下さい、街のドール達が手伝いをしてほしいと、お願いをしてきていますので」


「ふぁい…」


 牛肉を断腸の思いで食べながら、早速仕事の話しをされた。

 ガーネティアもいれば少しは楽に...なるのかあのロリっ子ドールがいて。そういえば、


「あのメイドさん、ガーネティアはこっちに戻ってこないのですか?」


「はい、ガーネティア様はオクトリアへ調査に出かけられていますので」


「?それなら一度はこっちに戻ってきていたのですね」


「?いいえ、まだお戻りではありませんが…」


「?」


「?」


 何で?何で話しが噛み合わないんだ。


「え、だってオクトリアへ調査に出かけたのですよね?それとも俺の家から直接行ったのですか?」


「…勇者様のお家から直接?…何を仰っているのですか?」


「…俺の自宅の前に現れて、アクベオ二型をやっつけてほしいとお願いをされたので、この城にやってきたんですよ?」


「…はぁ?」


 ついに言いやがった、でも不思議とその対応の方が落ち着くのは何故?


「いやですから、俺はガーネティアのお願いを聞いてここにいるんです、ラピーズ達が俺の家に送ったのではないのですか?」


「…少々お待ち下さい、上に確認を取ってきますので」


 何だよ上に確認って異世界で聞きたくなかったよその言葉。

 怖いメイドールがいなくなったことをいいことに、残っていた牛さんのお肉を窓から全て投げ捨てた。


「ごめんよぉお!!!許しておくれぇ!!!!」


 綺麗な放物線を描いたお肉が、肉汁を盛大に撒き散らしながら繁みの奥へと消えていった。



 昨日より幾分軽いお腹で街を目指した。

一人で城の正門前に現れた俺を訝しむ門番ドールへ、メイド様の言いつけなので、と頭を下げると、元気だしなとお尻を叩いて励ましてくれた。あのメイドール...城中から恐れられているではないか...

 いつもより大目に手を振ってくれた門番ドールに別れを告げて、今日も雑務をこなしに街へと入る。入ったと同時に、待ち構えていたドール達が俺を捕まえにきた。


「今日は!あたしらんのところだからね!昨日から予約済みなんだよいいからその手を離しな!」


「馬鹿を言え!先に予約したのは俺らのところだよ!なっ?!先生!」


「駄目ですよ先生は私達のところへ来ていただくのです!その手を離しなさい!」


 俺の足回りで喧嘩を始めるドール、危ないよ足踏んだらどうするのさ。


「こら!いい加減に離れなさい!」


「わ、悪かったよ」

「てめぇが悪いんだろうが」

「す、すみません」


 大人しく引き下がるドール達。

これまた驚いたことに、それぞれ体型が違うのだ。最初に服を引っ張ってきたドールは、気前の良さそうな女ドールで割腹がいい、漫画やアニメだと宿屋や飲食店の店長などをしているイメージだ。

 次に足を引っ張ってきたドールも割腹がいいが、筋肉がついており剣や斧なんか担ぐととても似合いそうだ。

 最後に引っ張ってきたドールは、学者風と言えばいいか、一番スラリとしていて手には分厚い本も持っている、ドールサイズの本だ。何が書かれているのか気になるので後で読ませてもらおう。


「足を踏んだら危ないでしょうが!昨日も注意したでしょう!」


「そんなことより聞いておくれよ先生!」


 全く聞いていない女将ドール。


「いい加減にあのアクベオを何とかしとくれよ!邪魔でしょうがないんだ!子供達もおちおち寝れやしない!」


 そうなのだ、この街にはアクベオが住みついているのだ。あのアクベオだぞ?

 女将ドールに引っ張られて、街の入り口から離れていく。今日の雑務は女将ドールで決まったようだ、アクベオの問題は雑務なのか?

 ウルフェルトの街は放牧民だった名残りを受けてテント式の家が数多く存在する。それに、街の近くには人間時代、と言うのも変な言い方だが、人間サイズのテントもちらほらと残っていた。テントの作りは面白く、一つ一つ意匠が異なって色取り取りで、飾っている木の作り物も違う。訳を聞くと、


「自分の家を間違えないためさ」


 それは確かに。

街の中央には大きなテントが一つ、俺でも十分に入れる大きさだ。集会所として使われており、初めてこの街に来たときから色んなドールが出たり入ったりしていた。

 その集会所テントも通り過ぎると、視界一杯に広がる放牧地帯が見えて、牛さん達がのんびりと草を食んでいた。朝に投げ捨てたお肉のことを思い出し、心の中で勝手に詫びを入れる。


(すいませんでした、けどもう無理です)


 牛さんにすら愚痴を溢したところで、女将ドールが住んでいるテントが見えてきた。テントにはたくさんの月桂樹が飾られ、色も緑色でどこか落ち着くテントに見えた。だが、奇怪な喋り声が聞こえてきた。


「ふむ、今日の水晶花、美味なり、やはりここは良い」

「ふむ、食す、勿体無い、羽、彩る」

「ふむ、お前の羽、汚い、非推奨」

「ふむ、殺るか」

「よし、受ける」


 ギャーギャー!と喚き声に変わった。なんだこいつら...


「あいつらだよ!毎日毎日、わたしらの家の裏にたむろして、迷惑してんだ」


 本当に嫌そうに顔をしかめる女将ドール、確かにあれは嫌だな。近所迷惑なんてものではない、昼間ならまだ百歩譲って我慢できても、眠る時に騒がれてはたまったものではない。

 声のする方へ向かい、恐る恐る覗き込む。

あの夜、オリハルコンを食べた気持ち悪い鳥と同じような生き物がそこにいた。数は二...匹?羽?体?よく分からないが、羽にドールの目玉やら指やら、そのくちばしにもびっしりと指が付いている。気持ち悪い...胃の中をぶちまけてしまいそうだ。

 見て見ぬふりをしたかったが、そんな訳にもいかず観念して声をかける。まさかアクベオに声をかける日がくるなんて...


「あ、あのー少しいいですか?」


「ふむ、人間、何用か」

「ふむ、人間、旨そうだ」


 えーまさかの餌認定。


「あー…どうしてここに?」


 女将ドールの家に体を隠しながら話しをする。


「見ろ、ここに、水晶花あり」

「故に、我らあり」


 そう言われ、気持ち悪い鳥の足元を見てみると、青い花弁を持つ花が咲いていた。


(あぁ、これが水晶花か…)


 水晶花は初めて見た、今日の料理にも水晶花は付いていたが花弁だけだったので興味はあった、その花は魔力を帯びているのが一目で分かる程に光っていた。


「こいつらに根こそぎ食われちまってね」


 小声で教えてくれる女将ドール、どうやらこいつらが苦手のようだ。


「えー、それがあなた達のご飯…でしょうか?」


「ふむ、いかにも」

「ふむ、いかにも」


「あー、ここにしか、咲いていないのですか?」


「人間、明言を求む」

「迷惑か」


 お、話しがし易くなった。まさか向こうから渡し船を出してくれるなんて。


「はい、実はここに居座られると…違う所へ行っていただぁぎゃあああああ?!!!」


 指だらけのくちばしを大きく開けて威嚇してきたのだ、死ぬかと思った。


「ギャーギャー!」

「ギャーギャー!」


 ほんとにギャーギャーって言うんだなどうして急に知能が下がるんだ。


「いつもこうなのさ、出ていってほしいと言うと急に馬鹿になるのさ、話し合いにもなりやしない」


「え?もうすでに対話を試みていたんですか?」


「そうさ!うちの旦那にも言ったが放っておけと言うばかりでね」


「はぁ…凄いですね、こんな気持ち悪い鳥相手に」


「ふむ、人間よ、誤解だ」

「うむ、話し、聞くがよい」


「今の絶対わざとだろ」



 (あのくそじじいが...余計なことをしやがって...)


  アクベオの話しでは、急に停止してしまったリング・ドーラーを再稼働させたのがそもそもの原因らしい。

 アクベオ達は、召喚術式が刻まれたカルディナを餌として、今日まで生活をしていたらしい。さらにアクベオの住処はリングクリスタル内にあるので送還術式を組み、散った女王のカルディナを美味しく食べて綺麗にし、女王へカルディナを返していたそうだ。そのサイクルがあって勇者召喚は成り立っていた。

 それって共食いなのではと言うと、またギャーギャーと騒いだので無視して集会所まで戻ってきた。前にガーネットの街を襲ってきたアクベオ達は二型曰く、ただの暇つぶしだそうだ、ガーネットの代わりに二型の頭に付いていたドールの足を引っこ抜いてやった。


「それで、どうしてアクベオが再稼働させたのがここに居座る理由になるのですか?」


 俺の前には学者ドールが立っていて、アクベオ二型の状況を聞いていた。


「恐らくは、多大な魔力消費が原因ではないかと…」


「それは分かるのですが、水晶花を食べることに繋がるのですか?食べて回復しているとか?」


「いえ、そのあたりまで詳しくは…水晶花は私達ドールにとっては貴重な食料源ですが、アクベオが食べたところで、足しになると思えません」


「うぅむ…」


 食べたところで足しにもならない花を食べにくるアクベオ、それに迷惑している女将ドール。


「それなら、アクベオに俺の魔力を渡せば解決は…しませんかね」


「理に適っていると思いますが…勇者様がアクベオに魔力を渡しても大丈夫でしょうか」


 ラピーズに聞いてみるしかないかな、あいつにはよそ者には渡すなと厳命されていたし。

 明日、また街に来ることを約束して城へと向かう。



10.魔力の使いみち



 予想以上に魔力が売れた、手元には様々な調度品や、衣服、果ては宝石を散りばめた小ぶりの王冠までもがある。いつもなら、私達姉妹の権威を示すことが出来る品物が手に入ったと喜ぶのだが...今はそれどころではなかった。


「ラピーズぅ、その話しはぁ本当なのですかぁ?」


「あぁ間違いない、メイド長から報告をもらった」


「や、やはり、命の鬼畜様は、私達の…」


 何だ命の鬼畜様って奴は死神か何かか?

私達三人は、隣国からの帰りで馬車に揺られている。メイド長から魔法便で知らせを受けていた。ガーネティアは勇者の自宅にいると、それに勇者の話しではガーネティアに直接、私達の城まで転移させられたということも。


「ガーネティアは何を考えているんだ?あいつは昔っから分からない奴だが、今回のことはさっぱりだ」


「え、えーと、確かガーネティアは、オクトリアへ出かけたのですよね、それがどうして鬼畜様の自宅へ?」


「あのぉ、アメドラルぅ?何ぃさっきから鬼畜鬼畜ってぇ」


「い、いえ!何でもありましぇん!」


「…大人の階段を登ったんだよ、アメドラルは」


「な?!何ですかぁその話しぃ!初めて聞きましたよぉ!」


 ポカポカとアメドラルを殴るエメラルティア。この二人は姉妹の中でも仲が良い、いつも見ても心が落ち着く。


「うぅ知りましぇん!そんなこと、私は知りましぇん!」


「うそぉ!さっきからぁ噛んでるじゃん!アミィは焦るとぉすぐ噛むんだよぉ!」


「むぅむ!むぅむ!」


 口を押さえてこれ以上墓穴を掘らないようにするアメドラル。


(いつまでも現実逃避をしている場合ではない…)


「そんな事よりもだ、私達の魔法陣は失敗した、ということなんだよな?」


「うぅ、それはぁそうなるの…かなぁ」


「そ、そうですね」


 召喚される勇者を、私達の城へと招きいれる魔法陣。苦肉の策だった、唐突に食すことが出来なくなった魔力では、私達の魔法力を維持することもままならず、勇者を召喚することも出来なかった。かといって枯れていくのを待つ訳にも行かず、ガーネティアには転生を繰り返していたと噂される、ダイア女王が住うオクトリア城へと向かわせ、私達はなけなしの魔法で他人が召喚した勇者をくすねる術式を組んだのだ。

 何かしら、生きていくヒントが得られればと、オクトリアに送ったガーネティアが戻らず気に病んでいたのだが、まさかあのクソ野郎の世界にいたとは...


「これってぇ、やっぱりぃあの勇者様がぁ、そのぉ…」


「何だエメラルティア、奴がタクトティア兄様だと言いたいのか?そんなはずがあるか!奴は奴は…!」


 私にあんなことをしたのだ!口の中に無理やり指を入れて、あんな!あんな、あんな...はっ


「ラピーズぅ、とぉっても気持ち良さそうでしたよぉ?涎も垂らしてぇあほ顔にぃなってましたよぉ」


「う、うるさい!な、何があほ顔だ!あほみたいな喋り方して!」


「いいもぉん、可愛いってぇ褒めてもらえたしぃ」


「こいつ!」


 あの時の事を思い出すと、いまだに体が熱くなる、とくに胸や股間あたりが...また...してもらえ、ないだろうか.........はっ


(いーや!駄目だ駄目だ忘れろ私!)


「で、でも、今の私達の状況は、その、不味くないですか?」


「?」

「?」


「で、ですから、私達が喚んだ訳ではないと、鬼畜様に知られたことになるのでは…」


 まだ鬼畜と言うのか。


「いや、そうではないだろう、ガーネティアが私達の所へ送ったのだろう?喚び出した方法は違えど私達に裁量権はあるだろうに」


「さ、裁量って…」


「それならぁ、やっぱりぃガーネティアはぁあの人がぁタクト兄だと分かってぇ送ったんじゃなぁい?」


「そう、なるのか?いや、でも!」


 あんな奴が本当にタクトティア兄様なのか....?



「は?アクベオ二型に魔力渡したい?」


「あぁ、街に住みついていてな、女将ドールが困っているんだ」


 我らの居城、フォース・クインテッド・ナイツ・ウルフェルトユルグェンツ城に帰って早々、命の勇者が私の部屋へと押しかけてきた。何事かと、少し期待しながら部屋に入れてみれば...あのアクベオ二型に魔力を渡したい?嫉妬や怒りよりも先に呆れてしまった。


「…理由を聞こうか」


「アクベオ二型は、停止したリング・ドーラーのシステムを再稼働させたんだよな?その時に魔力を消費してしまったのが原因で、ウルフェルトの街で水晶花を食べて補給しているらしい」


「…それを、お前が補填しなければいけないのか?」


 頭が痛い...


「しなければというか…女将ドールが困っているしなぁ」


 顎に手を当てながら、何やら思案顔だ。それに何だ女将ドールってあだ名を付けるのが流行っているのか?


「あのなぁ、私達の事を思って色々とやってくれているの確かに助かってはいるが…」


 そこまで言った時に、命の勇者がニヤニヤと笑い出した、気持ち悪い奴だ。


「何だよ気持ち悪いな」


「いやいや、続けてくれ」


「そこまでする必要が私達にあるのか?討伐なりなんなりした方が丸く収まると思うが」


「討伐かぁ…」


「お前、アクベオ二型に魔力を渡して、当てにされたらどうするんだ?」


「…あぁ確かに」


 こいつ...お人好しで馬鹿ときたのか。街に行かせるのは控えさせた方がいいかもしれない。


「魔力を渡すのは百歩譲って許すとして、アクベオ二型がお前の魔力をあてにしたら、これからが大変だろうが、お前あんなと付き合いたいのか?私はご免だからな」


「うぅむ…それじゃあどうやって…」


 まだ悩むのか、諦めようとしないので少し苛ついてしまう。その考えを少しは私に回してくれて........はっ


「と、とにかくだ!アクベオ二型に魔力を渡すことに許可出来ない!いいな!」


「あぁ分かった、少し考えてみるよ、それともう少しいいか?」


「何だ」


 ドキリと心臓が跳ねたが、私に関係の無いことだったのでさらに苛つく。


「ガーネティアのことなんだが、メイドールから何か聞いているか?」


「めいどーる…あぁメイド長のことか、それが何だ」


「お前達が俺の家にガーネティアを送ったんじゃないのか?アクベオ二型を殺してほしいってあいつ怒ってたぞ」


「…ガーネティアには、街の水晶花を集めて管理しておくようにと言いつけてあったんだ、それを片っ端からアクベオ二型に食われていたからな、それで怒っていたんじゃないか」


 目を合わさずに、後半の質問のみ答える。さっきは私を構えと苛ついたが、今度は早く出て行けと心で念じる。


「そういう…」


「…もういいか、まだ目を通していない嘆願書があるんだ」


「あ、あぁ、悪かったな」


 そう一言だけ、そのまま部屋を出て行ってしまった、淡白な態度にまた苛ついてしまう。


(むぅーっ、少しぐらいは気づかってくれてもいいだろうに……………はっ)



✳︎



 ラピーズから貰った小さな王冠を頭に載せて、謁見の間へと向かう。私が欲しいとねだった物だ、そこまで重たくないが、しっかりと存在を感じれるこの王冠を気に入ったのだ。

 それと隣国の職人も捕まえて、壊されてしまった玉座の修理もすることが出来る。それもこれも全て、あの勇者様から貰った魔力のおかげだ。


(ガーネティアはどうして、あの人をわざわざこの城に送ったんだろう)


 ガーネティアは末っ子だが、四姉妹の中ではラピーズの次にしっかりとしている。何も考えなしで送ったとは思えない。これが通常の勇者召喚なら何とも思わないのだが、あのガーネティアが直接勇者の世界、自宅まで行ってきたというのだ。

 私室から出て、円周状の二階広間も抜けて螺旋階段を降り、大庭園へと足を踏み入れる。すると、謁見の間に明かりが灯っていることに気づいた。


(ん?誰かいるのかな)


 謁見の塔に入り、一度も登ったことがない螺旋階段を通り過ぎて、入り口から中を覗き込む。すると...


「あー…これ、何?何の材質?鉄か、あぁ鉱石かこれ、へぇーよく出来てるなぁ…」


 そこには、命の勇者様が壊されてしまった私の玉座の前に座り込み、あれこれと観察していた。私も、今度修理に来てくれる職人に玉座の事を伝えるために、事前に調べにきたのだが...まさか勇者様が先に来ているなんて思わなかった。


「…あのぉ、勇気様ぁ?」


「びっ………くりしたぁ、あ、何?エメラルティアか」


 私の存在に気づかなかったようだ。


「何をぉ、されているのですかぁ?」


「お前の玉座を修理してもらおうと思ってさ、今日街でやっと職人見つけたから明日に来てもらうことになっているんだ」


「…」


「エメラルティア?あぁ、もしかしてお前も手配していたのか?それだったら、」

 

 何かを言いかけた勇者様を遮って何でもないと嘘をついてしまった。


「い、いいえぇ!私の方からぁ何も、玉座のことがぁ気になったのでぇ、…あのぉ、修理をお願いしてもぉ、いいですかぁ?」


「分かった、まぁ俺がするわけじゃないんだけどな」


 嬉しかった、壊された玉座を気にかけてくれていたことが。私も勇者様の隣まで来て、一緒になって座り込む。


「俺が見ておくからエメラルティアはいいぞ」


「いえぇ、私もぉ一緒にいいですかぁ」


「まぁお前の玉座だからな、ん?何その王冠、可愛いな、隣の国で買ってきたのか?」


 玉座のことですっかりと忘れてしまっていたお気に入りの王冠を、勇者様に褒めてもらえた。また、心臓がドキリと跳ねてしまう。


「はいぃ!私のお気に入りなんですよぉ!ラピーズに我儘を言ってぇ買ってもらいましたぁ!」


「そう、それは良かったな、よく似合っているよ」


 むふぅ照れるー嬉しいなぁーはぁ...絶対顔が変なことになっているから下を向く。

 壊された時は悲しかったけど、私の玉座が壊されたおかげて今日のこの会話があったと思うと、おかしくも玉座を壊したドールに感謝してしまった。

 照れ隠しも込めて、私に関係のない話をする。


「…水晶花にはぁ、食べたドールを強化してくれる魔法がぁあるんですぅ」


「どおりで…この玉座を壊したドールは水晶花を食べていたんだな」


「はいぃ、あのドール達はぁ街の守りをしているのでぇ、毎日食べているのですよぉ」


 元々はこの城の騎士だった彼らは、ここに住んでいた王族がいなくなった後は街に下りて好き勝手やっていたそうだ。口も態度も悪く、街のドール達から遠ざけられていたらしい。だからといって、急に押しかけて魔力を寄越せと言うなんて、少しは身の振り方を考えてほしいものだ。そんな事をしているから誰からも相手にされないのだ。


(でも今回は、良かった…かな?)


 私を気づかってくれる勇者様を見上げる、玉座を調べているだろうと思っていたのだが、勇者様と目が合ってしまった。


「!あ、あのぉ、何かぁ…」


 見つめられていたことに驚き、胸の鼓動が早くなる。


「いやぁ、さっきからぁずっとぉにやにや笑ってるからぁどうしたのかなぁってぇ」


「もう!真似ぇしないでくださぁいぃ!」


 勇者様の膝に叩く。


「痛い痛い、悪かったよ」


「ふん!いいもぉん、ラピーズに言いつけてやるからぁ!」


「ふん!いいよぉ、俺はぁアメドラルに言いつけてぇやるもぉん!」


「ふふっ全然似てないよぉ!」


 私の真似ばかりする勇者様に笑ってしまった。馬鹿にしているわけでもなく、ただふざけている勇者様に。

 私は自然と勇者様の膝に腰をかけていた、少し寒くなってきたと言い訳をしながら。


「遠慮なんかするな、甘えられた方が嬉しいよ」


「はいぃ…」


 私の嘘は、お見通しのようだ。


「あのぉ、勇者様はぁ…私達の…タクト兄っていう話しはぁ、本当…なのですかぁ?」


 このお城に来た時に口にしていた、自分はタクトティア・ユグドであると。ラピーズは怒っていたし、あれから勇者様も口にすることはなかった。


「…そうだよ、ま、信じなくてもいいけどさ」


「うん…」


 それからしばらく、玉座を調べて手元に何やら書いている勇者様の膝に座りながら、無言で過ごした。



11.五度目の朝食



 五度目の朝を迎える。今日は太陽の光は届いておらず、どうやら曇り空のようだ。

 いつものようによく焼けた肉の匂いとともに起きてみれば、怖いメイドールの隣に見たことがないドールが立っていた。しかも心なしか怒っているように見える。


「おはよう…ございます…」


「おはようございます勇者様!今日も手塩にかけてお料理を調理させていただきました!いやぁ昨日は裏の繁みで私の料理を見た時はふぬぅ!!!」


 手に持っていたお玉を喋り終わらない内に折ったドール、あぁこのドールが料理長かと寝ぼけた頭で思った。


「今日は、何が何でも食べていただきますのでどうか諦めてください!」


「いや…あの、少しいいですか?」


「何か?おや、もうおかわりですか?」


 馬鹿なのかこいつ。


「どうして、そうまでして食べさせようと…するのですか、もう限界なんですが…」


「いやはや私共も困っておりましてねぇ、やる事がないからと、元騎士団のドール達が毎日牛を解体しておりましてぇ」


 あいつら...食べる人もいなければ、それは肉が余って仕方がないことだろう。

 だからといって...


「事情は分かりましたが…毎日食べられる量ではありませんよ?ドカ食いで死にたくないんですが…」


「ふぅむ…」


「それでは、料理をお運びいたします勇者様」


 聞いてた?ねぇ聞いてたの今の話し。


「何か良い案はありませんか勇者様」


 止めて、まずはあのメイドールを止めてくれ。

 無情にも次から次へと運びこまれる料理たち、毎日のように料理には水晶花が添えられている。


「一つ案があります、料理長」



「美味、美味なり、美味なりし」 

「美味ぃ!!!!」


「…」

「…」

「うぷっ」


 今、俺の部屋には街に住みついていたアクベオ二型がいる。指だらけのくちばしをふり回しながら、料理長ドールが手塩にかけて作った料理を汚く平らげいた。机回りは肉汁と...うえぇ。

 口元を手で押さえながら、隣を見るとメイドールも同じように口元を押さえ懸命に堪えていた。ただ、料理長ドールは違ったようだ。


「…何という素晴らしい光景なんだ…私が作った料理をあんなに旨そうに食べてくれるだなんて…」


 まさかの感動。

水晶花が添えてあるので、アクベオ二型が食べてくれないかと提案して、ラピーズには引かれてメイドールには睨まれて、それでも強行してこの結果なのだ。


(いいと思うんだが…在庫整理もできるし)


「人間、感謝」

「人間ん!!!!」


 あいつは感謝しているのか?さっきから片言だが。

 吐き気を堪えているメイドールに悪戯しようかと考えていると、アクベオ二型達がとんでもない事を言い出してきた。


「人間、助言、クリスタルの元、かの王」

「人間、忠告、武装、推奨」


「ん?かの王?ってオリハルコンのことか?」


「ふむ」

「美味ぃ!!!」


「武装を推奨するって…どういう意味だ?」


「美味ぃ!!!」

「美味ぃ!!!」


 都合が悪くなると喚く習性に苛つき、アクベオ共の頭に追加されていたドールの手を引っこ抜いた。



12.銀鐘(ぎんしょう)の騎士



「我が名、ルワンダにして始まりの勇者なり、ここに森羅の彼方より、集え、仕えし者、アウクシリア・カンパウラ・ゼノ・アルマ」


 リング・ドーラーを開発した男が、リングクリスタルの元で詠唱を行なっている。その魔法は、彼に仕える十二体の騎士達を喚び出すものだ。

 世界を変え、守り、そして導いてきた男が使う魔法だ、その威力は甚大であり、彼に召喚される魔法の騎士達もまた強大な力を秘めていた。


「ふむ、やりすぎのような気もするが…致し方あるまいて」


 リング・ドーラー発動をし、初代の女王となったユグド家の末にあたるガーネティア・ユグドからの命令であった。一切手を抜くなと、本気でやらねば木っ端微塵だと、オリハルコン王は言い聞かされていた。


(まぁ、腐ってもリング・ドーラーの黎明期をを支えた傑物達だ、あやつの言う通りにしようか)


 オリハルコン王の後ろには、リングクリスタルが遙かな昔から変わらずにその輝きを放っていた。材質は不明、そもそもいつ頃からこの世界に存在していたのかも不明であったこのクリスタルは、近くで見れば天を覆う程に巨大でありながら、向こうに見える曇天の雲を透かして見る事が出来るのだ。


「ふむ久しいな、騎士達よ、息災であったか」


「はっ、この度は我らをお喚びいただき、恐悦至極でございます、御下命をなんなりと、この剣と共に」


 オリハルコン王の前には、銀色に輝く鐘を頭に載せた騎士達が跪いていた。見た目は奇怪だが、その仕草に、自信に裏打ちされた声には確信と、絶対の忠誠を感じさせた。何事をも成し遂げる銀鐘の騎士達が、世界を変えた始まりの勇者に跪き頭を垂れているのだ、その光景は控えめに言っても圧巻であった。


「よい、頭を上げよ、お前達にはウルフェルト城を攻略して欲しいのだ、手加減はしなくてよい」


「はっ、お言葉ながらルワンダ様、あの城にはユグド家の真祖が住まわれているはず、よろしいのですか?」


「よい、お前達には我と共にその手を同胞の血で汚してほしいのだ、すまない」


 仕えさせている銀鐘の騎士達に、今度は王が頭を垂れた、異常な態度に王と言葉を交わしていた騎士が慌ててしまう。


「ルワンダ様!そのような態度は必要ありません!いくらでもこの手を汚してみせましょう!」


「感謝する、お前達を従えられたこと、心から誇りに思う」


「はっ!」


「頭を上げよ!今一度我の名の元にウルフェルト城攻略を命ずる!街のドール達への手出しは一切許さない!」


「「はっ!」」


 十二体の魔法騎士が声を揃えて、王の号令に応えた。鞘から剣を抜き、それぞれの騎士達が素早く魔法を唱え、その力を剣に付与していく。蒼く輝く剣を携え、銀鐘の騎士達がウルフェルト城を目指して行軍を開始する。


「上空に敵影あり、アクベオ二型、三」


 一体の騎士が、上空に展開していたアクベオ二型の存在に気づき簡潔に報告を上げる。この異常事態にアクベオ二型も慌てたのであろう、騎士達の上空を円を描きながら飛び、何やら探っている様子だ。だが、その隙を騎士が見逃すはずもなく、手にしていた弓を素早く引く。ただの一動作、特別な事は何もしていないはずなのに、アクベオ二型へと飛翔する矢は一束の光となり難なく敵を射抜いた。それだけに留まらず、射抜いて飛び去るはずの矢が方向を変えて、残り二体のアクベオ二型へと襲いかかった。


「?!」

「異常!異常!」


 何事かを喚きながら光の束に射抜かれ散っていく。

この力はオクトリアのダイア女王も使用していた光玉、と呼ばれる身体強化魔法の一つである。魔力を体の一部に集約させ尋常ならざる力を発揮するものだ、ダイア女王は詠唱をしていたがこの騎士は詠唱もせずにやってのけたのだ。

 アクベオ二型を射抜いた騎士は誇る事もせず、散った敵を見る事もなくただ淡々と、歩みを進めている。

 驚異、その一言に尽きよう。始まりの勇者が従えている騎士は、勝つ事が常であり、敗北など許されない存在だ。


「ふむ…少しは、手加減をした方が良いかもしらんな」


 あまりの強さに改めて舌を巻いたオリハルコン王は、誰に聞かれる事もなく独り言ちた。



✳︎



「敵襲ぅー!敵襲ぅー!」


「何だあれは…頭に…鐘?ふざけているのか?」


 その日、ウルフェルトの街に攻撃を仕掛けてくる集団が現れた。今まで無事安穏に過ごしていたのだ、ドールにとっての食料である魔力の調達に悩む事はあっても、見た事も聞いた事もない敵に襲われた事など一度も無かった、そのために初動が遅れてしまい面倒をみなくなって久しい牛や馬達が街の方へ避難しているのを見かけて、ようやく異常事態に気づく事ができた。

 しかし、街のドール達は元騎士団であるドールを責め立てている。


「あんたら!普段は偉そうにしているくせにこんな時にすら役に立てないのかい!」


「な、何のために今まで魔力を融通してやったと思っているんだ!」


「うるせえ!黙ってろ!」


 詰ってきたドールへ言い返しているのは、命の勇者がウルフェルトの街にやって来た時に、城の謁見の間に現れ横暴なやり方で魔力を貰ったドールであった。彼こそが、ウルフェルト騎士団の元団長であった、威厳はすでに過去のものとなり今となっては街の厄介者として爪弾きにされてしまっていた。


(くそったれが何で俺なんかに!他にも文句を言う奴はいるだろうが!!)


 街に置かれている集会所で揉め事を起こしている間にも、唐突に現れた異形な敵は進行している。このままでは街が蹂躙されてしまうのは火を見るよりも明らかだ、早急に手を打たなければいけないが、彼には何の策も無かった。


「城にいるあいつらに応援をよこしてもらおう!俺達では手に余る!」


「あんた!あれだけよそ者呼ばわりしておいて!こんな時は頼るのかい?!見損なったよ!今まで融通してやった魔力を返しな!」


「うっせえババァ!すっこんでろ!戦うのは俺達なんだよ!」


 彼の言い分も最もである、前線に出て真っ先に刃を交えるのは彼等なのだ。異形な相手に玉砕覚悟など、それこそ甘えた考えだと彼は思っていた。


(華々しく散って大団円なら誰も苦労はしねぇんだよ!)


 彼の近くに待機していた元副団長へ声をかけ、城へ応援を頼むようにと指示を出す。


「よ、よろしいのですか団長、あれと戦っても…」


 元副団長が言う、あれ、とは勿論異形の敵のことである。騎士団時代にも見た事がない敵だ、いくら剣の腕は一流である団長といえども戦って無事に済むとは思えなかった。


「いいからさっさと行ってこい!俺らの命はてめぇに預けた!俺らに死なれたくなかったら何が何でも引っ張ってこい!」

 

 そう言い残し、彼は集会所を後にする。

テントを出てすぐに異様な雰囲気に気づいた、あれだけのどかで争い事とは無縁の街であったはずなのに、今や街全体が戦場のような緊張間と生死が表裏一体となった空気に包まれていたのだ。

 彼は真っ直ぐに詰所として使っているテントへと向かう。その顔に不思議と悲壮感は無く、心なしか喜んでいるように見える。


「へっ、久しぶりの戦場だ、いいねぇ、やっぱこの空気は忘れられないな」


 人間であった時は、ウルフェルトいち、いや、アルビリオンいち最強と言われた騎士であった。数々の戦場を駆け抜け、数多の猛者の首を持ち帰り、何度も故郷に錦を飾ってきた。その記憶が蘇り、その足取りは今や軽やかである。


「団長!敵が!何ですかあの敵は!見た事がない!」


「狼狽るな!今、副団長に城へ遣わせている!それまでの間、何としても持ち堪えろ!弓矢部隊を先行させて攻撃を開始しろ!いいな?!」


「「は、はい!」」


 にわかに浮足だっていた元騎士団のドール達に、団長が一喝したことにより勇足へと変わりつつあった。


「敵の数は?!」


「十二!それと後方に魔法使いらしき者も見えています!」


「よし!魔法使いは無視しろ!どのみち俺らには広範囲魔法は使えないんだ!目の前の敵に集中しろ!」


「「はい!」」


 そのまま詰所を出て行こうとした部下達を再度、団長が一喝した。その手には、命の勇者から半ば奪ったような形で手に入れた魔力が入った瓶が握られている。


「てめぇらにこれを食わせてやる、今まで食っていた水晶花より上物だ、いいなこれを食ったからには無駄死にするなよ!!」


「「はい!!」」


 彼等の顔にも悲壮感は無くなり、団長と同じように戦う者の顔となっていた。



✳︎



 銀鐘の騎士達と共に進んでいたオリハルコン王に、街で応戦の動きあり、と報告が入る。彼等の戦う相手は城に住う真祖達だが、街のドール達は交戦相手に入っていなかった、その対応を求めているのだろう。出来る事なら戦わずに城へと攻め入りたいが、あの街には元騎士団がいたことを思い出す。


「よい、相手にするな、抜剣も禁止する」


「仰せのままに」


 無駄な戦闘は避けるように命令を下す王、だが、直後に射られた矢にその場にいた全員が困惑してしまう。


「街からの攻撃を確認、魔法矢、カルディナのちょ!」


 味方へ注意を促そうとした騎士に矢が刺さり、爆音と共にそのまま体を貫通してしまった。


「なっ?!」


「馬鹿な!我らの体はっ?!」


 次々に降ってくる矢になす術もなく何体かの騎士らが、直撃と同時に爆ぜる魔法を仕込まれている矢に射抜かれていく。


「何だこの威力は…直ぐに防護魔法を起動せよ!」


「ウル・アラディア、我らに神々の御加護を!」


 速やかに展開した防護魔法は残っていた騎士や王を十分に覆ってはいたが、まるで意味がなかったようだ。矢が防護壁に当たると同時に爆ぜ、神をも守るとされる防護魔法に穴を空けていく。


(なん…なのだ!この威力は、たかだか街のドールが持てる威力ではない!)


 防護壁に穴が空く耳障りな音を聞きながら王は戦慄する。このままでは、街に到達することなく全滅してしまう。だが、正確に射抜いてくる矢の前に対抗できる手段がまるでない。このまま一方的に蹂躙されようかという時に、爆ぜる矢の雨がやみ街の方から一体のドールが現れた。

 現れたドールは、名乗りもせず王達へ剣を向けて堂々と告げる。


「ようこそウルフェルトの街へ、この中で一番強い奴が前に出ろ、俺が相手にしてやるよ」


「貴様っ…」


「お、いいねぇそのいかにもな台詞、やられ役はやっぱそうでなくちゃ」


 不敵に笑うドールに銀鐘の騎士が一体、王より禁止されていた剣を抜き対峙する。

 そらに対し、不敵に笑っていたドールが中段の構えをして応える。後は、剣のやり取りだけだ。


「俺の名は、ハルドリオン」


 まるで示し合わせたように銀鐘の騎士も応えた。


「我らに名は無い、銀鐘の騎士、覚えておくがいい」


 ほんの瞬きの後、何かを斬る音が一つ。



13.真祖達



「いや、だからと言ってさ、首持って帰ってくるのやめてくんない?普通に怖いんだけど」


 何なのこのドール、最初会った時はどこのならず者かと思ったが、今や歴戦の兵士のようだった。

 俺の前には、ぎんしょうの騎士と呼ばれた奴の首が転がっている。ドールサイズだからまだいいが、それでもこんな荒事には慣れていないので怖いものは怖い。

 このドール達に渡していた魔力を戦う前に食べたらしく、いつも以上に、いや尋常ではない力を発揮して難なく勝てたそうだった。


「へっ、これはお前さんにやるよ、命の勇者、お前の魔力で勝てたんだ遠慮はいらなぇ」


「聞けよ人の話しを!持ってくんなって言ってんだよ!」


 帰りてぇ...この城にいるドールは本当に人の話しを聞かない。

 何を血迷ったのかオリハルコン王が街に攻めてきたのがお昼前、そして今は西日が差す時間帯となっていた。赤い日差しに照らされたラピーズが重々しく口を開く。


「…何故だ?何故、私達が攻められないといけないんだ…」


「心当たりは?」


 何の気なしに聞いた質問だったが、ラピーズにはクリティカルだったようだ、馬鹿かこいつかと言わんばかりに狼狽る。


「な、な、な、な、何のこでふか勇者さま、わたしは何も悪いことはしてまへんよ?」


 誰?キャラ崩壊にも程があるだろ。


「ラピーズ!」


「し、知らんもんは知らん!」


「エメラルティア!」


「し、知らない…」


 近くにいたエメラルティアにも質問するが、明後日の方向を向く。それ、答えてるようなもんだからな?


「アメドラル!」


「…鬼畜様にお答えすることは、何もありません」


 鬼畜って何?


「はぁ…分かったもういい…俺の好きにさせてもらぁ?!こ、こら!危ないでしょうが!」


 溜息をついて謁見の間を出て行こうとすると、妹達が足にしがみついてきた、危うく足を踏みそうになる。


「お前!私らにあんな事をしておきながら捨てるというのか!だから鬼畜だと言われるんだぞ!」

「うぅっ、出て行ったらぁやだよぉ!」

「せ、責任を取って下さい!」


 ラピーズは太腿のお肉と一緒に服を引っ張っているので痛い、エメラルティアは足に抱きつき、アメドラルはよく分からない事を言う。


「だったら事情を説明しろ!お前ら、俺に何か隠し事しているだろうが!バレバレなんだよ!」


 今朝からこの三人の様子はとてもおかしかった、俺と目を合わさないようにするし、声をかけても、えへぇ?とか言いながら直ぐに他所へと行ってしまう、主にエメラルティアなんだが。


「なっ、し、知らんな、知らんもんは知らんもん!」

「えへぇ?」

「…鬼畜…」


「ふざけてるのかぁ!」


 こいつら...

いい加減、服と一緒に引っ張られているお肉が痛くなってきたので振り払おうとしていると、アクベオ二型の食事に吐きそうになっていたメイドールが謁見の間に駆け込んできた、その顔は険しい。


「ラピーズ様!急ぎ城の外へ!」


「何事か!」


「街に!街にガーネット女王が、大軍を率いて来ています!」


「なっ?!ガーネット女王?!ピーリスト王国の女王が何故…はっ」


 今こいつ、はっ、って言ったな。

けど、どれだけ聞いても答えくれなさそうだし...まぁいいか、可愛い妹達のためだ。


「服を離してくれ」


 真面目に注意する俺の声に、怯えたように下がる三人。


「お、おいお前!まさか…」


 ラピーズの声に振り返ることもなく、


「いいよ、どうせお前らに何を聞いても答えないんだ、俺が直接あいつに聞いてくるさ」


「あ、あのぉ…」

「…」


「ハルドリオン、俺についてきてくれないか?いきなり攻撃されるとは思えないが要心したいんだ、頼まれてくれ」


「いいぜぇ!こいつの首を持っていけば少しは脅しになるだろうさ!」


 あぁ確かにそれはいいな、ちゃんと後の事も考えているのかと感心してしまった。

 玉座の前で固まる三人の妹を置いて、謁見の間をハルドリオンと共に出て行った。



 一度登ろうとしたらラピーズに止められた螺旋階段を通り過ぎ、謁見の塔を出た俺達を赤い戦装束のドールが待っていた。


「お初にお目にかかります、私はガーネット女王配下のイリクと申します」


「何の用だ」


 冷静に対応した自分に驚いた、今は有事だから頭が切り替わっているのかもしれない。


「…っ、ガーネット女王より伝言を預かっています、命の勇者様、我らの配下にお入りください」


「用はそれだけか」


「…っ!ふぅ」


 何だ?何で息を整えた?


「ハルドリオン」


「あいよ」


「貴方に用はありません、お下がりくださいアルビリオンいちの騎士よ」


 初めて聞く名前に少し興味を惹かれたが、


「俺もお前に用はない、すまないがどいてくれ、嫌ならハルドリオンが相手になる」


「くぅっ!!…なんと、なんという…」


「おい、勇者の旦那、こいつやばいぜ」


 言わなくても分かる、赤い戦装束を握り締めて、身をよじらせていた。フードを被り、口元も赤く薄いの布で隠しているので、表情は分からないが...


「道を開けろ変態」


「はぁっーーーー!」


 盛大に声を上げながら仰け反っている、やめてくれよこっちは真剣になっているのに...調子が狂ってしまう。


「はぁ、はぁ、お、お待ち下さい、勇者様、ガーネット女王は無益な戦いを、したくはないと仰せです、んふぅ!」


「それなら、お前達は何が目的で大軍を展開しているんだ?何かしらの事情があるのだろう?」


「はふぅ…」


 こいつ!勝手に果ててつやつやした顔しやがって!


「教えてくれるなら、いくらでも好きなだけ夜が明けるまで言葉責めしてやろうか?」


「あぁいえ、そういうあからさまなのは好みではありませんので、気にしないでください」


「ハルドリオン!今すぐこいつを斬れ!ふざけやがって!」


「事情ならお教えします勇者様、此度のリング・ドーラーの異変はこの城にあるからでございます」


「…は?この城に?どういう意味だ?」


「…もう少し凄みを持たせていただけないと、感じませんね」


「答えろ」


 んふぅ!と変な声を出したイリクと呼ばれるドールの頭をはたいた時、謁見の塔の周りに異変が起きた。



✳︎



「イリクの奴、大丈夫かしら…」


 真祖達に使者として遣わせたイリクは何でもそつなくこなす器用な従者だが、変な性癖を持っているのがたまに傷なのだ。おかしな事態になっていなければいいのだが...


「それならあたしらに任せとけば良かったじゃん、ねーナリクー」


「ねーユリクー、ほんとガーネットって人選び下手だよね」


 私の後ろに控えているのは、イリクの妹にあたるナリクとユリクだ。女王を女王として敬わない態度に、尊敬もへったくれもない言葉使いだが、魔法の腕だけはぴかいちなのだ、だからわざわざ本国から連れてきた。


「あのねぇ、私、これでも女王なんだけど、いい加減にきちんとした態度で接してくれない?他の臣下に示しがつかないでしょうが」


「しんかって何?ユリク、わたしバカだから分かんない」


「あたしが知ってると思うか?頭の良さはイリク姉に全部取られてるんだよ」


「分かる!わたしもそうだもん!」


「だしょ?!ねぇガーネット、しんかって何?」


 頭を抱えて無視をする。こいつらのペースに巻き込まれるとろくでもない事しか起こらない。

 リング・ドーラーの異変を解決するには、あの城に集まってしまった真祖達をどうにかしないといけない。どうにか、と言っても真祖達の持つ魔力を空にしてやればいいのだが、本人がどうこう出来るものではない。体内に貯めるのは簡単だが、放出するのは簡単にはいかない。だからこうして本国に駐留している軍を動かして、ウルフェルトまでやってきたのだ。


「オリハルコン王、銀鐘の騎士を使わせていただきます、よろしいですね?」


「はい…」


「ぶっはーーー!何こいつら何で頭に鐘のせてんの?何?叩いてほしいの?正午のお知らせですってか?やかましいわ!」


「肩凝りひどくないですか?簡単に治す方法を教えましょうか?頭にのせている鐘を下ろせば肩凝り治りますよってぇあっはっはっは!もう無理ー!ボケるの無理ー!」


 ぎゃはははと笑い合う馬鹿な双子を無視して、私の前に跪く騎士を見る。確かにおかしな格好をしているが、その姿勢や、態度にふざけた様子はなかった。彼らは全力を出して敗れてしまったのだろう、ウルフェルトの街に駐留している小規模な軍隊に負けてしまったのだ。


「顔を見せてください、銀鐘の騎士よ」


「…は」


「私の臣下が無礼を働いた事、謝罪致します、彼女らの知能はアクベオと同等だと思いください」


「………は、はぁ」


 こらぁーおこるぞーと私の背中を殴ってくる双子をさらに無視しながら、


「戦いの様子を教えてください、何故あなた方のような騎士が、街のドールに遅れを取ったのですか」


 いやぁガーネットちょーまじめーという声を聞きながら、


「…攻撃を受けた矢、魔法は至極簡単なものでございました、しかし、その威力が尋常ではありませんでした」


 しごく?なにをしごくの?はっあのきしはまさかおんななのか?!と言う、ユリクの腕を力任せに抓る。


「損害は?」


「四体が負傷、戦線を離脱しています、他の者は戦闘に支障をきたす程ではありません」


 あーおふろはいりたいなーというナリクの耳を引っ張りながら抓る。

 それはおふろのせんとうだろぉ!というユリクのつっこみに堪忍袋の緒が切れた。


「この世界に銭湯は無いでしょうがぁ!何で知ってるのよぉ!」


「怒るのそこですかー、ガーネットもズレてるよねー、ブラと一緒に」


「ズレてないわよ!」


 少し下着を気にしながら前へと向きなおる。もういい、これ以上取り繕っても遅い。素で接した方がお互いに楽だろう。


「鐘の騎士、あんた達にはもう一度城に攻めてもらうわ、何が何でもあの馬鹿真祖達に魔力を使わせてきてちょうだい」


「は、はぁ…馬鹿?」


「そうよ、あそこにたむろしている真祖は正真正銘の大馬鹿ものよ、いい?あんた達遠慮していたわよね?次、本気でやらないと汚名は返上できないと思いなさい」


「「はっ!」」


 私の号令もなしに立ち上がる鐘の騎士達、そうそうそれでいい、無闇に頭を下げるのは怒られる時だけでいいのだ。これから戦う者が頭など下げる必要はない。


「ナリクはこの騎士と、先遣隊の援護、ユリク!あんたは城そのものに先制攻撃よ!いい?!遠慮はしない!」


「「らじゃあ!!」」


 そして、私の後ろに控えていたピーリスト国に仕えている総勢一千は超えるドール達へ通達を行う。


「これより我が名のもとに、ウルフェルト城攻略を命ずる!その力を存分に奮われよ歴戦の猛者達よ!我に遠慮はいらない!その力をとくと見せてくれ!!」


 一千を超える雄叫びが、放牧地帯に響き渡る。これも戦の演出だ、だが演出一つで味方の士気を上げることも出来れば、敵の士気を下げることも出来ると、少ない戦で培ってきた私の経験則でもあった。


「森羅万象に伝わりし我が奥義、名は、煉獄、顎、憤怒、イラ・イグニス・カリクルス・ゼノ・アルマ、今、ここに、解き放たん、ガーネティア・ユグド、我が真祖よ!ウルフェルト城に消えぬ炎の嵐を!」


 先に詠唱を始めていたユリクが、ウルフェルト城へ私が継いであげた広範囲魔法を使う。頭は悪いが私より魔法力が高いユリクが使うのだ、真祖に守られているとはいえさすがのウルフェルト城も無傷ではすまないだろう。

 地平線に沈む太陽にも負けない程の、赤い炎が城の上空に発生した。周りの雲を巻き込み螺旋状に形成されていく巨大な煉獄の炎が、次第に城そのものを飲み込んでいく。事前にイリクを使者として送り、タクトには引くようにと話しをするように言いつけてある。何の連絡もないのは不安だが、まぁ彼女ならそつなくこなしているだろう。


「んんん?!はぁ?!嘘…なんで…」


 魔法を放ったユリクが怪訝な声を上げている、何事かと城へ目を向けると、


「はぁ?何で炎が…吸い込まれているのよ…」


 ユリクの放った魔法も十分に異常だったが、それを上回る異常がウルフェルト城で起こっていた。飲み込まれそうになっていたはずの城が、ある一点を中心として炎が吸い込まれているのだ。

 そして次に起こった異変が、


「「我が、権能、己が御魂、宿いし、力、今全てを、アベーオ・イラ・クーラ・エーブリエタール、アメドラル・ユグドの名の元に、彼等に、偽りの眠りを、起きぬ夢を、果てぬ心地を」」


 これだけの距離があるにも関わらず、どんな仕掛けがあるかは分からないが城で詠唱されているだろう声が届いてきたのだ。アメドラル・ユグドの魔法は精神攻撃が主体だ。魔法をかける相手の精神を好きなように操作できる、非常に厄介なものだ。


「全員!耳を塞げ!聞いてはならない!」


 言ったところでどうなるものか、次々とピーリスト軍のドール達がその場に倒れていく。

 だが、次に聞こえてきた声に私も倒れそうになった。


「「き、き、鬼畜様はぼ、ボク達のものですぅ!誰にも渡しませぇーーん!!」」


「何だぁ?愛の告白かぁ?」


 魔法を破られたにも関わらず、元気に反応しているユリク。

 私も呆気に取られてしまった、いや何だ誰にも渡さないって、そもそもあんたのものではない!


「ガーネット!どうするの?!鐘も皆んなも寝ちゃってるよ?!」


 ナリクが指示を求めてくる、とんでもなく出鼻を挫かれてしまった。フォローが出来ればいいがと思案するが、次に聞こえてきた声にはさすがに身が竦んでしまった。


「「我が名、ラピーズ・ユグドなり、かの者に、怒りを、光を、鉄槌を、如何なる贄を、捧げし、カエルム・アルキュミア・アーク、一つとして、生ける者なし」」


 今度は私達の上空に魔法を展開されてしまった、それも決して逃げられない必中の雷撃を放つ魔法陣をだ。

 一拍を置いて轟音が鳴る、瞬間この身に今まで受けた事がない衝撃を受けてしまい、その場に崩れ落ちてしまった。


「うぐぅ…」


「ゆ、ユリクっ…ナリクっ…ぶ、無事?」


「な、なんとか…」


 煙を上げている自分の体に戦慄しながら、馬鹿な双子に声をかける。


「「手を加えてやった、次はない、早々に去るがいいこの泥棒猫めが!いいか!私達が先に!先に命の勇者を喚んだんだ!私にあんなことをしておきながら取られるなど………はっ」」


(何を…されたというの………あぁ……指を…舐めて…しまったのか……)


 少し、ほんの少しだけ羨みながら意識を手放した。



14.諦めの悪い町娘



「…」


「…ふん」

「…」

「…」


 謁見の塔の屋上から降りてきた三人の妹を睨みつける。


「やり過ぎ」


「…」

「わ、私はぁ、ま、魔法をぉ吸収しただけでぇ…」

「…」


「あれ、俺の友達なんだけど」


「…」

「…」

「…本当ですか?」


「理由、説明、求む」


「お前が!あんな年増についていこうとしたからだろうが!私らの何が不満なんだ!言ってみろ!」

「だってぇ!置いていかれるとぉ思ったからぁ!そんなのやだよぉ!行かないでぇ!」

「まだちゃんと責任取ってもらってません!ボクから逃げないでください!」


 三者三様の文句を言われてしまった。


「だぁれが置いて行くかぁ!!俺はただ事情を聞きに行こうとしただけだぁ!!」


「だったらそうだと先に言えよ馬鹿たれ!年増に乗りかえられたと思ったじゃないか!」

「ふぇぇん良かったよぉ!!」

「…愛人ではないのですよね?」


「おいこらアメドラル!さっきから紛らわしい発言はすんな!俺の子供でも出来たのか!」


「なっ?!アメドラル?!お前いつの間にそんな…私の、私の甥か?!姪か?!どっちなんだ!!」

「…あぁアミィがぁ、遠くへ行ってしまったよぉ…」

「ひ、秘密です、生まれてからのお楽しみということで…」


 だ、駄目だ頭が痛い...話しにならなすぎる...

 変態のイリクにすら引かれている有様だ。


「勇者は女癖が悪いと聞いていましたが…」


「はぁ…もういいよ、それよりこの塔は何なんだ?何であんな遠方にも魔法が使えたんだ」


 子供部屋を追加するか検討を始めていたラピーズに尋ねる。


「ん?あぁ、この塔は先代王家の名残が残っていてな、塔自体に魔法がかけられていて、拡声する効果があるんだよ、だから一度お前が登ろうとした時に止めたんだ」


「?何でだよ」


「くだらない事で効果を切らせたくなかったからな、一度きりなんだ」

 

 昔の王家は街の住人に声を聞かせるためと、今日のように攻めてくる敵目がけて遠距離からでも魔法を放てるようにしていたようだ、その効果も塔に残っている魔法が最後で使用できても一回だけだったそうだ。


「くだらないって…」


「城の後ろには山があるからな、塔に登ったらお前絶対叫んでいただろ」


「確かに」


 顔をしかめながらかぶりを振られてしまった。

 

「それと、お前は話す気はないんだな?隠している事を」


「…」

「…」

「…」


「まだ黙りか、そんなに嫌な事なのか?ここまで黙られると逆に怖くなってくるんだが…」


「失礼ながら勇者様、私の方から今回の事情説明を…」


 黙って成り行きを見ていたイリクが口を挟んできた、すると下を向いて口を閉じていた妹達が今度はイリクに縋り始めた。


「頼む!黙っていてくれ!いくら何でもよそ者にバラされるのはシャレにならないんだ!いいか!絶対言うなよ!」

「お願いしますぅ!言わないでくださいぃ!」

「す、少しぐらいなら鬼畜様を貸しますので!」


「ちょっちょっと!急に!」


 今度は俺がかぶりを振った時に、とても懐かしい声が聞こえてきた。懐かしいといってもまだ一週間足らずだが、再会して同棲を始まてから毎日のように聞いていた声だ。


「いい加減に観念なさって下さい真祖達よ、あなた方の我儘をこれ以上続ける訳にはいきません」


「…ダイア」


 いつもの白いドレスや、俺の家で着ていたお嬢様スタイルの服装でもなかった。あれは...体のラインが丸見えのパイロットスーツのような死装束の上に、胸当てや肘当て、淡く白色に発光している甲冑を着込んでいた。その姿はまるで、決戦に出向く戦士のように見えた。


「お前は…オクトリア王国の女王…」


 ラピーズがダイアに応える。


「初めまして真祖ラピーズ・ユグド様、ダイアと申します、このような出立で申し訳ありません」


「…………訳を、聞こうか」


 やっと観念したのか、自分の置かれている状況を悟ったのか、諦めたように話しを聞くラピーズ。


「はい、今回のリング・ドーラーで起こった異変は、あなた方真祖がここに集った事が原因なのです」


「それってぇ…」


「どういう意味だ、我らがここにいる事が世界に不都合を与えていると?」


「そうです、あなた方には世界を調律する力を、ルワンダより授けられているはずです」


「馬鹿を言え、役目は後に継いだのだ、その力とは今や我らには無い」


「いいえ、立場ではございません、あなた方の命に刻まれた力です、いくら役目を後に託そうとも、その力だけは託すことは出来ません」


「…ならば、我らにどうしろと?」


「散っていただきます」


「?!」


 言うが早いか、ダイアが抜剣し遠慮なく斬りかかっていた。白い剣は細く、その剣の軌跡は見えないが必殺の威力があるのだろう、ラピーズの顔は強張り応戦するのがやっとのようだ。


「何のっ、言葉もなく、斬りかかるとはっ、この無礼者が!作法も知らぬのか!」


 ラピーズが上段から振り下ろされた剣を受け止め、剣と剣がぶつかり合い甲高い音が謁見の間に響き渡る。


「先に断りを入れたはずです、それに私は武勲が欲しいのではありません」


 一切表情を変えずに、剣を振るうダイアは今まで見た事がなかった。


「ではっ何が欲しいのだっ!」


 受け止めた刃を力任せに振り払う。


「欲しいのは、タクトティア様と無事平穏に暮らす世、それだけでございます」


「っ?!」


「そのためならば、真祖の血でこの身を汚すことも厭いません」


「私達だってなぁ!タクトティア兄様を!取り戻すために今まで苦労してきたんだぁ!ただの町娘に遅れを取ると思うなぁ!」


 ...あいつ、ダイアの事、気づいていたのか。何故、黙って...あぁ、あいつなりに俺を気づかって...


「蒼剣解放!放て雷!」


 掛け声と共にラピーズが手にしていた剣がさらに輝くように変化した。

 下段の構えから、振り上げた剣は雷を纏いダイアへと襲いかかる。少し間合いが空いているように思うが、ラピーズの剣には関係が無かったようだ。


「?!」


 届かないはずの剣がダイアの鼻先を掠め、すんでのところで一命を取り留めた。

 ラピーズの剣は今や強烈に発光しており、剣を振るえば雷を放つようになっていた。


「こいつの魔力はなぁ!私らドールが持っている力を底上げしてくれるんだ!お前みたいな芋娘に負けてたまるかぁ!」


「くっ!」


 力を解放した蒼剣を携え、ラピーズがダイアに肉薄している。


「タクト!援護をお願いします!」


「はぁ?!タクト?!誰の事を言ってっ」


 ダイアが俺を呼ぶ声にラピーズが一瞬動きを止めた、その隙を見逃すはずもなくダイアが反撃に転じる。


「くそ!アメドラル!援護を!こいつに魔法をかけてくれ!」


「あ、あ、はい!」


「させません!光玉拡散!」


 言うやいなや、振りかざした手から小さな光の玉がアメドラルに殺到する。たまらず身を翻したアメドラルをエメラルティアが庇うように割って入る。


「タクト!お願いですから援護を!このままでは身が持ちません!」


 愛した人からの援護要請だ、俺は堂々と胸を張り、こう答えた。


「断る!」


「なっ?!」


「!」

「!」

「!」


 俺の言葉にダイアは固まり、妹達も動きを止めた。


「俺の大事な家族だ!いくらお前の頼みでも!事情も説明せずに押しかけて問答無用で斬りつけてきた奴の援護はできん!」


「タクト…」


「お前は…本当に…」


「それに今ここにいるのは誰でもない妹達のためだ!あの時、助けてやれなかったかわりに今度こそ助けになると決めたんだ!」


 俺はあの時、大事な家族よりも好きだったダイアの事を優先して動いた。その結果、俺は異世界に飛ばされ一時的に記憶を無くし、そして妹達は真祖の役割を押しつけられたのだ。もうこれ以上、見て見ぬふりは出来なかった。


「…それが、タクトの答えですか…結局町娘なんかよりも、同じ血筋を愛すると?」


 ん?


「そうですかそうですかそうですか!…あれだけど私を愛すると言ってくれたのにぃ?結局ぅ?妹を娶らせるんですねぇ?」


 んん?どうしてそうなる。

ダイアの様子が段々とおかしくなっている。え?そりゃ恋人も大事だけど、家族も同じように大事にするよね?違うの?


「出て行け町娘、ここにお前の居場所はないと知れ」


 ラピーズが勝ち誇ったように宣言する。

下を向いて何やらぶつぶつ言っていたダイアの体に異変が起きた。


「何だこれは…おい!お前何をした!」


 慌てたラピーズを不審に思ったが、すぐに理由が分かった。力を解放して輝いていた剣が元の状態に戻りつつあるのだ、それだけではなくラピーズやエメラルティア、アメドラルまでもが膝を地面につき苦しそうに喘ぎ始めた。


「お、お前、この力は…何だ?」


「うぅ、力がぁ、入らないぃ…」


「始まりの勇者より授かったこの武具で、あなた方の魔力を吸収させていただきました」


 ダイアが身に付けていた甲冑が淡い光から、ラピーズと同じように強烈な光へと変化していた。


「もう我慢になりません!あなた方の力を弱まらせて真祖としての地位を剥奪するのが目的でしたが、気がぁ変わりましたぁ」


 恐っ!

目は虚になり、焦点を失くした瞳で妹達を睨んでいる。


「ここで一度、リングクリスタルに戻るのも手ですねぇ!光玉!集約!我の手に集まれ古神のっ?!!」


 ダイアが腕に装着していた小手が、強烈な光から今度は鮮烈な光と変化していく。だが、ダイアの顔は驚愕に変わっていた。


「そんなっ!どうしてっ!」


 慌てているダイア、何があったか知らないが何かあったのは一目瞭然であった。あの小手に何かしらの異常が出てしまったのだろう。


「ダイア!いいからその小手を外せ!」


「外れません!さっきから取ろうとしているのに!何?!何なのこれは?!タクト!!」


 さっきと状況は異なり、暴走してしまった小手を外してほしいとダイアに懇願された、俺はそのまま駆け出してダイアの元へと急ぐ。だが、鮮烈な光は留まることを知らず、割れた小手の間からまるで、太陽を直視してしまったような光が生まれ始めた。


「そんな!こんなの聞いていない!駄目!タクト逃げて!」


「逃げられるかよ!ラピーズ!エメラルティア!アメドラル!お前達は逃げろ!何が起こるか分からない!」


 小手から生まれた光で何も見えなくなりつつある視界へ向かって、逃げろと大声を出す。


「い、い、嫌だ!もうタクトティア兄様と離れたくはない!そのために私達は頑張ってきたんだ!」


「残念だったなぁ!あれは嘘だ!さっさと逃げろ!」


「そんな嘘信じるかばかたれぇ!!!!」


 ラピーズの叫び声と共に何も見えなくなった。



「そ、そんな、まさか…あぁ嫌、嫌よタクト…」


 ダイアの声が聞こえたと同時に意識が戻った、いや意識が戻ったから声が聞こえたのか...

 俺のそばには、身に付けていた小手が爆発でもしたのか、腕ごと失くしたダイアがいた。見ていられない、何とかしないと...


(あれ…声が出ない…どうして…)


 あぁさっきの爆発で...ラピーズは?それにエメラルティアやアメドラルも...頭も動かせない...どこにいるのか、無事なのか、確認することもできない...

 何かの魔法でも発動しているのだろうか...ダイアの顔や体が魔法陣の光で反射していた。


「あぁっ、私の、私のせいで、お願い…タクト…」


「だ…いじょう…ぶ…さ」


「?!タクト!!」


「ぶじ……か……」


「ええ!ええ!私はあなたのおかげで無事よ!また、また守ってもらえた!だから今度はタクトが助かる番よ!お願いだから…お願いだから死なないで!タクト!」


「いもうと……たち……は……」


 生意気なラピーズや、甘えん坊のエメラルティア、少しませたアメドラルの顔を思い浮かべながら、ダイアの悲鳴と共に意識が途切れてしまった。



15.反省会



「ばかたれ」


「…」

「…」

「…私は…」


「このばかたれ!どうするのだ!誰もここまでしろとは言っておらんだろ!」


「あの爆発はこのクソじじいのせいですよ!私のせいにしないで下さい!」


「うぬぅ…」


「ちょっとダイア、これ以上王を責めないで、この間から何を聞いてもうぬぅしか言わなくなったのよ」


「とらうま?」


「恐らくは、ご自慢の騎士があっさり敗れたのが相当堪えたかと…」


「それより、きゅーまの武具はダイア、おまえさんがわるい」


「そんな!私はただ言われた通りに!」


「わたしの姉様全員の魔力を吸っただけならまだしも、タクトティア兄様の魔力まで吸おうとしていたな?」


「あ、あれはそれで暴走を…」


「はぁ」


「タクトティア兄様の魔力は稀にみる力だ、それを忘れおのれの怒りに任せて小手を使ったダイア、おまえさんが、めっ!だ」


「うぬぅ…」


「ダイア、王の真似をしなくていいのよ」


「でもまぁよい、これで姉様たちの力もいくぶん弱まったことだろうて」


「ですが、これからはどうされるのですか?」


「よい、使えないルワンダには話しをしてある、魔力のちょーせいを姉様やわたしが行っていたが代わりの者を立てた」


「どなたでしょうか?」


「知りたいか?あまりおすすめはせんが…入ってまいれ」


「うむ、人間、頼まれた」

「うむ、真祖、助かる」


「?!」

「?!」

「うぬぅ…」


「あ、アクベオ…二型…ですか?またなんて気持ちの悪い…」


「ギャーギャー!!「いやぁ!ちょっと涎が!」」

「「ギャーギャー!!「あぁ!タクトのベッドに!!」」


「こやつらはわたし達が集ったせいて無力化されてしまった魔力の代わりに、城で管理していたすいしょーかを食んでいたのだ、詫びとして役割を与えたのだよ」


「くっさぁ…えぇ?あ、はい、でも大丈夫なんですか?魔力の調整を任せても…」


「無論、心配、不要」

「良し悪し、見る、ただそれだけ」


「うむ、そもそも魔力の調整といっても無自覚で行えるものだ、そうむつかしくはない、それにただの代理だ、元に戻れば役割は姉様たちに移されるだろうて」


「あのぉ…ガーネティア様…今タクトはどこに…」


「ならん、お前にだけは教えるなと、姉様たちから言いつけられているのでな、もう少し辛抱されよ」


「うぅ…」


「あのぉ…ガーネティア様、私は…」


「うむ、ガーネット、今度とわれと一緒に見舞いに行こうか、面白いものが見れるぞ」


「うぬぅ…」

「うぬぅ…」


「はぁ、面白い…ものですか?」


「行けば分かるさ」



.最終話



 体が固い。固い?痛いではなく固い?

気がついた時には、体の異常に気づいていたがどうする事も出来なかった。だって、動かせないのだから。


(縛られているのか?いや…そんな感じでもないが…)


 起こった異常に困惑していると、何やら楽しそうに会話をする女の子の声が聞こえてきた。一人は生意気そうに、一人は間延びした声で、一人は大人しそうに話す声だ。


「じゃあ何か?あの時発動したのは、くすねる魔法陣ではなく、兄様を復活させる魔法陣だったということか?」


「そうよぉ、あれだけぇ偉そうにしていたのにねぇ」


「で、でも、そのおかげで兄様は助かったわけですし…」


「ふっふっふぅ、やはり私に抜かりはなかったようだな、感謝しろ!」


「またぁ、たまたま上手くいったからってぇ」


「あ、兄様がようやく、起きたようですよ」


 目蓋が開く事に気づいた、それでも固い目蓋を開けるのに少し苦労した。恐る恐る開けてみると...

 俺の手には、作り物に見えるサッカーボールが持たされていて服装も最後に着ていたものではない。膝が見える短いズボンに俺の肩にかかっているサスペンダーも見える。これではまるで男の子ではないか。

 さらに苦労して視線を上げるとそこには、ショウケース越しに見える三人の女の子が立っていた。三人共、同じ黒髪だが、長さが違う。一人は短くさっぱりとしていてボーイッシュに見えるし、一人は腰まで伸びた長い髪をしているし、一人は肩までの長さで真っ直ぐだ。

 さらに、瞳の色も違った。ボーイッシュな女の子が青色で、腰まで髪を伸ばした大人っぽい女の子は緑色、肩までの長さで清楚に見える女の子は紫色をしていた。

 その三人共が、どこか嬉しそうに泣きそうに俺を見ている。


「すみませーん」


 ボーイッシュな女の子が、近くを通りかかった、どこか見覚えのある店員に声をかけて、俺を指差し、こう言った。







「このドール、ください!」













つづく

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