93話:道楽だそうです
泥棒サザンクロスの三人を、研究家パーティは容赦なく魔法使って捕まえた。
その上、薬屋さんは絶好調で喋ってリーダーらしいトリィを腐す。
それでトリィが怒ったのは当たり前の結果だった。
薬屋さんの狙いどおりなんだろう。
「確かに私たちにはノーザンクロスのような変装術も、悪事の証拠をすぐさま写しばらまく手段もない! それでも魔女の悪事を白日に晒し、弱者を救うノーザンクロスの遺志を継ぐ志を馬鹿にするな!」
その声にフューエとノインも応じて内情を教えてくれる。
「卑怯だと思ってもらって結構。魔女の力を借りて悪事をする汚い人間がいるから、私たちも相応のやり方をしているだけよ!」
「あっちらを捕まえても、次に遺志を継ぐ者が出る」
全然悪びれない。
その姿にオリガさんが首を傾げた。
「なーんで私たち悪いことしてるなんてことになってるのかな? 悪評は確かにあるけど、薬草盗られるようなことした?」
「はぁ!? 患者が薬を待っているのに独占しようとしたでしょう! 誤魔化そうとしても無駄! 街が動くのがまずいからこの場所のことは秘密にすると言っていたのは確かに聞きましたー!」
トリィの言葉にソフィアさんは溜め息を吐いた。
「先生はこの地を領有する伯爵に雇われた研究家です。冥府の恵みを探すよう依頼したのは伯爵、つまりはテーセの街より上なのです。動くから秘密ではなく、動かすからそれまでは秘密です」
そう言われて私もようやく何を勘違いしたのかわかった。
「伯爵のことは忘れてましたけど、闇市ですでに粗悪品が高値で売られていたし、街がちゃんと対策取るまで他言無用って意味だと思ってました」
私は恐怖を忘れる薬の件で迂闊な発言をした。
だから薬屋さんに誰にも言うなと釘を刺された気でいたんだけど。
「そんなの口ではなんとでも言える! だいたい、伯爵の道楽で雇われた学者が本当にそこまでの権限があるかなんてわかったもんじゃない!」
トリィが噛みつくと、オリガさんと薬屋さんはソフィアさんを見る。
「…………では、我が伯爵家の名において宣誓しましょう。わたくしは正しく段階を踏んでこの冥府の恵みを世に出すと。それはもちろん、患者のため、テーセのため、ひいてはこの領地を治める伯爵家のためになります」
「伯爵家? えっと、ソフィアさん?」
「ソフィアは現伯爵の姉であり、オリガを研究のためにテーセに招いた本人だ」
事情を知らない私に、薬屋さんが教えてくれた。
礼儀正しいと思ってたけどまさか貴族令嬢だったなんて。
しかも領主の姉。
色々詳しいわけだ。
「とりあえず、テーセとそのダンジョンを領有する伯爵家がこうして保証したんだ。この場所は公の管轄に入る。けど、場所知られちゃったし、どうしよう?」
オリガさんがソフィアさんに意見を求めた。
「こうなっては大々的に見張りをおいて伯爵家の威光を前面に出すことで乱獲を防ぐしかないと思います。衛兵隊にまずは相談をして人を割いてもらいましょう。入り口は一つですし、ここを守ることは容易なはずです」
周辺を縄張りにしている魔物の姿もないので、衛兵が入り口となる崖の上を張ればそれで大丈夫だろう。
ともかく乱獲されて闇市に高額転売なんてことは心配しなくていい。
そして、トリィたちがこの場所をばらしてもたぶん、伯爵の許可がないとここで薬草を採取することはできなくなるだろう。
「つまりは軽挙妄動。そもそも双子を間違えた時点で隠してもいない情報を取りこぼしたその脇の甘さは、己の望む情報のみを集めて満足する独善以外の何ものでもない。いったい道楽でことを起こしているのはどちらだろうな?」
また薬屋さんが滔々と喋り始める。
「ふむ、想像の羽根を広げてみれば、クライスの技術で設備投資をした慰杯の製作者たちは、翻ってクライスのせいで借金を負ったと言えなくもない。悪事をなしたわけではないのに悪事を行ったように聞こえる言葉を集めて誇大な悪のラスペンケルを描いたわけだ」
薬屋さんは言葉を並べ立てた後、トリィたちを見て鼻で笑った。
確かに誇大な悪のラスペンケルを描いたんだろう。
実体は私のような世間知らずの子供だったわけで、すわ悪事の証拠として奪った薬草も全くそんなことはなかったわけだ。
「そもそもこの薬草盗んで何がしたかったのかな? ここに薬草があるとわかって、その後は? この量じゃ群生の代わりにもならないしなんの解決にも繋がらない。君たちちょっと見通しが甘いんじゃない?」
オリガさんが聞くと、ソフィアさんも頷く。
「先生の言うとおり、ここに薬草があると喧伝しても悪戯に混乱を招くだけです。それとも金銭に余裕のない患者にただで譲り渡すつもりでしたか?」
「そんなことをしても意味がない。薬草としても希少だが、薬にするのには技術がいる。ただ薬草があれば薬が充足するわけじゃないだろうに」
薬屋さん曰く、完治には年単位での服用が必要となる薬の材料だそうだ。
だからこそ群生が見つかったテーセには患者が集まっていたし、その群生からの安定供給が見込めなくなったことで患者が騒いでいるという。
また、群生が被害に遭ったその日に報せが薬屋や商業ギルドに回ったので、何処の薬師も出どころの不明な冥府の恵みを薬にしようなどと信用を損なうことはしないとのことだった。
「舐めないで! ラスペンケルが怪しい薬流通に乗せようとするのを止めるためよ!」
「…………そのために群生潰したのはわかってる」
「えぇ!?」
フューエとノインの言葉に私が驚く。
けれどどうやらその曲解の理由がわかったらしいオリガさんは笑った。
「なるほどそういう風に繋げたわけか。君たちあの場にいたのに気づかないのかい?」
「いや、そもそもアダルブレヒトの素性を知らなければ無理だろう。そして、この者たちの目は都合よくラスペンケルの悪事しか映さないと来る。たとえまったく別々の事象であっても関連すると思い込んでいるなどいっそ夢想家だったか」
「色々手抜かりの多い人たちですね。もしかしてテーセに来て短いのでは?」
わからないのは私だけらしく、薬屋さんもソフィアさんも呆れていた。
そう言えばサザンクロスの正体は言ってない。
私が言おうとした気配を察したのかトリィが声を上げた。
「魔女の血筋と誼を通じる者の言葉なんか信用できない! このサザンクロス! 魔女の姦計にはまるほど甘くはないのよ!」
きりっとした表情で啖呵を切るけど、そのサザンクロスたちは縛り上げられた状態だ。
「ラスペンケルの血筋であるノーザンクロスを信奉しておいておかしなことを言う」
薬屋さんの言葉には、サザンクロスだけじゃなくオリガさんも驚いた。
「え? ノーザンクロスってラスペンケルなの、メンシェル?」
「魔女に喧嘩を売るやり口がそうだろう。それにこのサザンクロスと違って的確に魔女の尻尾を掴んでる。それに報復で捜されてはいても呪われてはいない。これは同じ血筋を呪うと自らにも返るからだ」
「つまり、内部抗争だったんですか? ではノーザンクロスが消えたのは和解?」
ソフィアさんの嫌な推測に、私は思わず否定してしまった。
「いえ、子育てでやめてたみたいです。子離れしてまたやるみたいなこと言ってました」
「なんだ、知り合いか」
薬屋さんに言われて口を押さえるけど遅い。
私の反応を見てオリガさんが手を打った。
「消えたのが十五年くらい前。君たち双子もそれくらいの年齢だね」
「う…………」
「まぁ、ご両親がノーザンクロス?」
「いえ、確定じゃないんですけど…………」
ソフィアさんに否定してみるけど、薬屋さんが呆れるように聞く。
「だが、思い当たる節があるのだろう?」
「その、私が家を出る前に、複写魔法が火を噴くとか、変装魔法を見られるとか言ってて。クライス連れて行った腹いせをするとかって」
言ってて恥ずかしくなる。
うちの両親は何をやっているんだろう?
サザンクロスを名乗るトリィたちの扇情的な姿、これがノーザンクロスリスペクトの格好だとすると…………いやだ、考えたくない。
確かにプロポーションを気にする両親だったけど、夫婦で仲いいんだな程度に思ってたのに。
「…………さて、親に縁がないのだが、自らの両親があの手の恰好で派手に騒ぎを起こして回るというのは子供としてどうなのだい?」
「一般論でいうならなしだよね。エイダくんの落ち込み具合は妥当だと私は思うよ」
「私も母は早くになくなりましたが、死んだ父が若かりし日にあのようなと思えば、正視に堪えません」
研究家パーティがひそめた声で言い合うけど、その声は私に刺さる。
そしてサザンクロスにも。
けれど刺さり方が違ったようだ。
「「「かっこういいでしょ!?」」」
怒ったのは三人同時。
だからこそ誰に対処すべきか遅れてしまい、気づけばまた関節を外す荒業を敢行されたのだった。
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