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90話:水晶の谷でした

 中腹の洞窟から、私は研究家パーティと一緒にダンジョン内部へ入った。

 最初は広くもない横穴が続くだけ。

 木の板が渡された坑道のような場所だ。


 けれど歩き続けて行くと、突然広い空間へと出た。


「う…………わぁ…………。なんですか、ここ?」


 目の前にはキラキラと光る谷が広がっている。


「ここが鉱床地帯と呼ばれるエリアだ。見てのとおりダンジョン化に伴い変質した水晶が柱となって巨大空間を支える谷を作り出している」


 オリガさんの言うとおりまさにここは谷の下。

 水晶が伸びあがって林立してる中、天井は高く暗い。


「基本的な注意事項で言うならば、水晶に擬態する甲羅を持ったクリスタルタートルとは戦わないことだ。別のダンジョンで乱獲があり問題となったため、冒険者ギルドと商業ギルドに届け出をして狩らなければ規定違反のペナルティを受ける」


 薬屋さんが人間社会における危険性を第一に教えてくれた。


「ここに出て来るモンスターは水晶に擬態する能力があるので、突然湧いて出たように見えます。ですが」

「私のこの目があれば不意打ちされないし避けることもできると」


 答えを言った私に、ソフィアさんが笑顔で頷く。

 するとオリガさんが指を立てた。


「あ、けどクリスタルスライムがいたら教えてほしいな。ちょうど右上の辺りを這い降りて来てる。あれがそうだ」


 言われて上を見れば、見た目は硬質な輝きで確かに水晶に似てる何かが動いている。

 知らなければ、スライムにしては角ばっているのでそうとすぐには判断できなかっただろう。


 ただ、小柄で硬そうな見た目が私の故郷の特殊個体アイシクルスライムに近い。

 アイシクルスライムなら氷を踏み抜く感覚で攻撃していたけれど、似ているからってあれに無闇な蹴りは危ないかもしれない。


「見える範囲にはクリスタルスライムだけしかいないみたいです。というか、あのスライム…………生体反応がだいぶ薄いんですけど」


 これは気合を入れて警戒しないと見落としかねない。


「それでもわかるなら行幸だ。よしよし、ここのモンスターは待ち伏せばかりなんだ。こっちが動かなければ大丈夫。ちょっと打ち合わせしようか」


 オリガさんがいうと、ソフィアさんが砦で借りた地図を出す。

 それを指して薬屋さんが話し出した。

 本当にこのダンジョンの中で打ち合わせをやるらしい。


「冥府の恵みの群生があった場所は、低温が一定に保たれていた。地底湖からも離れ、外からの空気が流れ込む通路からも距離があった。つまり、ここでも探すべきはそういう場所となる」


 指差したのは水の流れを描いた箇所。

 鉱床地帯にも水が流れているようだ。


「群生の近くにも流水があったが、このエリアの水は染み出るように広範囲に流れ、最終的に谷の底に集まってさらに下へと流れる。その辺りの湿度は冥府の恵みには過度であるため除外だ。群生近くには苔がなかったからな。他の植物があるような環境は好まないのだろう」


 つまり水の流れの主流にはいかない。


 そのまま薬屋さんはごく真面目に続けた。


「地底湖周辺でも他で見ていないことから、淡い光も関係するのではないかと考えている。そうするとこの谷の広い道では光が多すぎる。もっと狭く地底湖に近い光量の場所を探すべきだ」

「ということは、この地図の端のほうを?」


 谷には本道があってその左右に入り組んだ裂け目が道となって描かれている。

 およそ何人くらいが通れる道かが図示されていた。


「いいえ、確かめるのはこの場所だけです。ここは行きにくく、鉱物も少なく植物もないため冒険者もあまり行かない場所なので」


 ソフィアさんが横道の一つを指す。


「一カ所ですか。見つかるといいですね」

「いやいや、そんな低い可能性じゃ来ないよ」


 そう言ってオリガさんがソフィアさんの背負う箱型バックから何かを取り出した。


「ここには他にも行くだけ無駄な道はあるからね」


 出したのは砦で借りられる地図とは全く別の地図だ。


「ここに描かれてるのは、私が歩き回って見つけた狭い横道なんかだよ」

「以前よりも書き込みが増えているじゃないか。一人でずいぶん行ったな」

「スライム見当たらない日は見当たらないそうなんです」


 地図を見て薬屋さんが知っている以上に道があったらしいことを言う。


 それに対してオリガさんと一緒に住んでるというソフィアさんが答えた。

 どうやらスライム探しのついでにこういう横道を調べていたようだ。


「一人でって無茶しますね」

「まぁ、最悪メンシェル特製ちょっと表に出せないお薬セットなんか使ってね」


 聞かなかったことにしたほうがいいのか、それともふざけているのはネーミングなだけなのか。

 思わず薬屋さん見ると、意地悪そうに笑ってる。

 これは突っ込まないでおこう。


「あの薬セット、クライスには呪文作りで工程を短縮する案を随分熱心に押されたものだが」

「それで何処から回ります?」


 私は薬屋さんに答えず、オリガさんに先を促した。

 奇人変人と言いながらクライス何やってるんだろう?


 私は一般的な感性の持ち主を自認している。

 だから危険そうな話は回避する。

 …………ただでさえ闇ギルドって知らずにイザークに声かけちゃったし。

 知らないのも怖いけど、知りすぎても今後について頭抱えることになるのは身に染みてわかった。


「そうだね、ここからは大冒険だ。メンシェルも体力に気をつけてね」

「ふふ、この中で一番貧弱な者。それは誰かと聞かれれば自信をもって答えよう。このメンシェルだと」

「威張ることではありませんよ」


 ソフィアさんも呆れるほど、薬屋さんは堂々と宣言した。

 眼鏡ずらしてるついでに見ると、確かにソフィアさんは小柄な割に体力がありそうだ。

 オリガさんも細身だけど筋肉がしっかりついてる体つきと見た。


 そして魔眼で相殺されて見えない薬屋さんは、見るからに細くてあまり筋肉もなさそう。

 その予想どおり、二つの細道を確認した時点で薬屋さんの口数は異様に少なくなっていた。


「ここも駄目か。ないと思ったけど案外苔が増えてる。水の流れが変わってるみたいだ」

「そうですね。先生、もうこちら側は浸水が進んでると見て方向を変えてはいかがでしょう?」

「水が必要なのに多すぎると育たないって、冥府の恵みは本当に繊細なんですね」


 私はまだ感想を言うくらいの余裕がある。

 それでも滑りやすい濡れた鉱物を含む岩場の上り下りは応える。

 場所によっては這って進むしかない所や、ロープを登るしかないところもあり全身運動になっていた。


 オリガさんの地道な行動がなければ見つからなかっただろう横道も多い。


「いやぁ、君がいて本当に良かった」


 小休止でオリガさんがそう私に笑いかけた。

 私は今、濡れた靴や服に魔法で乾燥をかけている。


 ずぶ濡れほどではないけれど、染み出す水はあちこちにあって気づけばずいぶん湿っていたのだ。


「六本確かめて二本は水が増えていました。水の流れからしてこちらは浸水してませんでしたが、ありませんね」


 地図を確認しながらソフィアさんがチェックを入れて行く。

 次は冒険者なら行かない道の七本目だ。


「光、少な…………すぎて、も…………」


 薬屋さんがとぎれとぎれに何かを訴える。

 私も疲れているけど本当に体力がない。

 それでもこうしてついてくるのだから気力は人一倍なのかもしれない。


「あの、これってモンスターに遭遇した時、逃げられます?」

「そこはまぁ、いけないお薬で一時的に動ければなんとか」

「いいんですか、それ?」

「本人が作って本人が使うので、咎める法がないんです」


 困り顔のオリガさんと止めたいと言わんばかりのソフィアさん。

 当の薬屋さんは気にするなとばかりに手を振る。


 少々の不安はありながら、私たちは七本目の道に挑戦した。


隔日更新

次回:盗人が現われました

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