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89話:名は知られていたようです

「へー、この街にサザンクロスがいたんだ?」


 泥棒に入られた翌朝、落ち合ったオリガさんがそんな風に言った。


 今日ダンジョン行くと、昨日闇ギルドで別れる時に約束をした。

 なのに私は遅れたから、その理由を話したのだ。

 遅刻の原因は掃除であり、きっかけはサザンクロスを名乗る強盗に襲われたことだと。


「有名なんですか、あの三人組?」

「この国でしか名は聞かないさ。だが、魔女の正面から喧嘩を売っているとして知っている者は知っている。自殺志願の稀有な善なる阿呆だとな」


 薬屋さんも知ってるらしいし、ソフィアさんも頷いた。


「汚職関係を暴いていたノーザンクロスが消えてから、引き合いで名前が出されることも多くて。元はノーザンクロスが有名だったんですよ。突然姿を消したので、サザンクロスはあまり派手に活動していなかったんですが、注目が集まるようになったんです」


 つまりノーザンクロスのほうが派手に人目を集める活動をしていた、と。

 …………私は思い浮かぶ両親の顔を、頭の中から掻き消す。


「でも、魔女の一族ってだけで強盗しにくるとか、ひどいですよ」

「君の場合、クライスの悪評がねぇ」

「え?」


 オリガさんの一言に聞き返すと、薬屋さんは意地悪そうに笑って見せる。


「しかも闇ギルドにいたのを見られていたなら、後ろ暗いことをしているのは推測に難くないだろうな」

「クライスさんも出入りしてましたしね」

「そんな、ソフィアさんまで。って、まさかクライスは悪事を働いてたんですか?」


 不安になって聞くと、三人揃って首を横に振ってくれた。


「法に触れることなんかはしてないさ。このメンシェルに比べれば可愛いものだから安心するといい」

「心外だな。こちらとて法に触れることはしていない。ちゃんと同意のもとに飲ませているんだ。言わせてもらえばクライスは、悪事はしていないが怨まれてはいる。あの口の悪さは好き好きだ」

「私たちは無視することが多いんですが、クライスさんは悪口を言われるとすぐに言い返していましたし」

「それは…………悪口を言う人が悪いと思います」

「そうだった、双子だった」


 私の返答にオリガさんが笑う。

 きっとクライスも同じ理由で言い返していたんだろう。


「ともかく君は悪しざまに語られるクライスの話を鵜呑みにした自称義賊に襲われたわけだ」

「多対一で見逃したのは、自衛の点ではありだろう。今日こうしてダンジョンに入るのも、報復を考えれば悪くない手だ」

「え、報復?」


 薬屋さんが不穏なことを言う。


「その、今日打ち合わせもせずにダンジョン行きを決めたのは自衛のためなんです。私たち闇市で目立ってしまいました。そして見る人が見ればアダルブレヒトさんの変化は顕著です。それでエイダさんが狙われる可能性があるので」


 ソフィアさんが心配するように私を見る。

 自分でも頬が引きつるのを感じた。


「そ、それ、え…………? 狙われるの、私なんですか?」

「そうさ。何せ財産没収しても、呪いを受けても、闇ギルドを一から立てて悪党を牛耳る裏の顔だ。それが本領を発揮できる手があると知れば根本から潰そうとするだろう。あ、心配せずともその点は商業ギルドのハイモさんも引き受けると言っていた。君は気にせず今日という日を逃げ延びればいいよ」


 オリガさんが気軽に不穏なことを言ってくる。


「闇市でのことは商業ギルドに報告しておいた。もちろん内密にな。今頃会頭ハイモは先んじて恐怖を忘れる薬のほうを発表し、利権を握った上で君への手出しを牽制する段取りをしているだろう」


 薬屋さんの語る内容が、何やらおおごとになっていることだけはわかる。


「そんな不安そうにしないでください。場合によっては砦内部での宿泊も衛兵隊長に許可をもらっていますから」

「は、はい、ありがとうございます。皆さん、手回しいいですね?」


 私が知らない内にことが進んでいるようだ。


 北門に集まってすぐに砦へと引っ張り込まれるように入った。

 そこで何があったか聞かれたのはこのためだったんだろう。


「ここも安全ではないけどね。何せスライム嫌いの集まりだ」


 オリガさんが両腕を広げて砦内部を示す。

 私がスライムへの恐怖を緩和できると知れば、確かに衛兵たちは駆け寄ってくることだろう。


「そう言えばここ、スライム嫌いな衛兵ばかりですよね」

「ご存じないんですか? 衛兵はかつてのテーセ村の自警団。テーセ村の者は皆スライム嫌いです」


 ソフィアさんに言われて、私の頭の中にテーセ村出身者の顔が浮かぶ。


「なるほど。だから…………」


 言われてみればテーセ村出身のエリーやシド、ヴィクターさんにロディがスライム嫌い。

 逆に外から来た教会の人たちは平気だった。


「テーセ村の人たちは、どうして苦手に?」

「それはおいおいだ。今は目の前のことに集中したまえ。油断は禁物、一事が万事命の危険ともなるのがダンジョンだ。知っているかね? このダンジョンを広げる一端を担う蟻型のモンスターは縦穴さえ掘る。そして危険があると思えば掘るのを途中でやめる。冒険者が歩く道の真下なんかにね」

「え、それって」

「中腹から入るとそういう事故もあったんだよ」


 オリガさんがモンスター謹製の落とし穴の存在を肯定した。


 そして私たちは今、砦の建物の上部にいる。

 行先が山の中腹から入る山中の洞窟だからだ。

 そういう人は砦の上に登って屋根の通路という、高い位置から入ることになっている。


「私たちは敵を叩くより逃げるため身軽さを重視します。今日は採集でもないのでできる限り物は厳選を」

「はい」


 ソフィアさんの忠告に、私は改めて誰も砦から採集容器を借りてないことに気づく。


 今までとは違うのだという実感で、ちょっと緊張して来た。


「山中を歩いて、その後洞窟から鉱床地帯と呼ばれる場所に行くからね」

「はい」


 山に入って、オリガさんに簡単な説明を受ける。

 辺りは木々や岩があるものの急峻ではない。

 歩いて行けるし整備もされた山道だ。


 魔物も出ないし、私たちは足早に洞窟へたどり着く。

 けれど薬屋さんが一度足を止めて振り返った。

 そこからはテーセの街が一望できるようだ。


「わぁ…………」

「ふむ、少ないな」


 薬屋さんが口角を下げて呟いた。


「やはり他の場所でもスライム溜になって潜んでいるのでしょうか、先生?」


 ソフィアさんの言葉で、薬屋さんが言ったのスライムどころかモンスター自体がいないことだとわかる。

 確かにスライムはピョンピョン出て来るモンスターのはずなのに、ここに来るまで全く見なかった。


「他のもいないし、ダンジョン近くで活性化しているはずなのに大人しいのが気になる。…………けど、今日はそれじゃない。行こう」


 オリガさんの一言で薬屋さんも洞窟へと足を向けた。


「メンシェルの言うとおり、エイダくんは冥府の恵みを見つけることと自衛に集中してくれればいい」

「はい」


 確かに今の私にはそれしかできない。

 けれどソフィアさんの深刻そうな顔を見てしまった。


 薬屋さんが情報は小出しにしないと余計なことに意識を削がれると以前言っている。

 情報を小出しにされているのは私で、ソフィアさんの表情は何かを言いあぐねているようにも見えた。

 どうやらこのダンジョンには、まだまだ私の知らないことが多いようだ。


隔日更新

次回:水晶の谷でした

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