9話:お昼奢ってもらいました
「昼時だね。ちょっと休憩しようか」
「ひぃ…………」
まともに返事できない私に会頭さんは笑う。
商業ギルドの説明から始まって店の業態というものに説明が移って行ってる時点で、私はほとんどついて行けてなかった。
そこから一つ説明受けて納得したらサイン。
一つ説明受けて了承したらサイン。
一つ説明受けて合意ができたらサイン。
一つ説明受けて不調でもサイン。
「て、手がぁ…………」
「いやいや、すまない。自分で慣れてるせいで無理をさせたね」
あれだけ喋ってたのに会頭さんは元気だ。
私なんて手がプルプルして、多すぎる情報で頭がクラクラしてるのに。
「君の場合は少々込み入っているからね。それに昨日来たばかりとは言え、クライスが店を閉めてから一カ月。開けられるなら早いほうがいい」
「えっと、クライスが作った慰杯? というアイテムの金型にまず呪文をかけ直せばいいんですよね?」
「使用回数を区切ってあった物だからね。それに直営店の人気商品だ。いつ戻るかわからず生産を絞ろうかどうしようかという所だったんだよ」
クライスが作ったダンジョン用アイテム慰杯。
これに水を入れると回復効果が付与されるそうだ。
一人一個持ってダンジョンに入れば、食事や休憩の度に水を飲むだけで少し回復。
どうやら割高で使いきりの回復薬より気軽に使えると人気があるらしい。
他の街にはないので、お土産としても売れるそうだ。
何より、慰杯自体に魔力と呪文がすでにかかってる道具だから、魔法を使えない人でも扱えると言う点が人気なんだとか。
「さて、エイダくん。午後もまだつき合ってもらう罪滅ぼしだ。お昼を奢ろう」
「え! いいんですか?」
「うんうん、若い子は良く食べて元気に働いてくれ」
わーい。
私は会頭さんとお昼をすることになった。
会頭さんの留守を預かって入れ替わりで休憩だというアンドレアさんに見送られて商業ギルドを出る。
「近くにいい食堂があるんだよ。この時期なら湖から魚が上がっていてね。魚は平気かい?」
「魚はあまり食べたことなくて。山の上だったので。干物は食べたことありますけど、正直硬くてあまり」
「それはいい。これから魚の美味さを覚えられる。だったら、身の柔らかさがわかるフライにしようか」
フライ、揚げ焼き?
干物のあの硬さしか思い浮かばないからわからないけど、柔らかいの?
「あれ? 湖が近くにあるんですか?」
「あぁ、あるとも。南門から出るとね。湖周辺で採集する職人もいるよ。ダンジョン周辺とはまた植生が違うからね」
そんな話をしながら着いたのはアーケード街を出て道一本の所。
三つ並んだ煙突から炊煙が立ち昇ってる食堂で、すでに昼食のためのお客がいっぱいだ。
「魚のフライを二人分頼むよ」
「いらっしゃい、会頭」
会頭さんは奥の厨房に直接声をかけて注文すると、私と空いてる席に座って待つ。
「周辺で働く者は必ず利用する食堂だよ。こういう店はギルド近くには大抵ある」
「すごい大きいですね」
「はは、冒険者ギルド近くの食堂のほうが大きいんだ。何せ、武器や防具をそのまま持ち込んで飲み始める者たちが出入りするからね」
「そう言えば、ダンジョンに入るにはギルドに所属しろってさっき説明を聞きましたけど、どのギルドですか?」
「あぁ、なんのギルドでも構わないさ。冒険者ギルドはもちろん、商業でも、工業でも、農業でも」
「農業?」
「作物が厄介な病気になった時に、ダンジョンで手に入る素材で薬を作らなければいけない時なんかにね。大抵は冒険者ギルドに依頼を出す。だが急を要すると農業従事者が知り合いを当たって徒党を組んでダンジョンに挑むんだ」
農作物の被害は隣の畑にも及ぶから、周辺の若い人を集めて即日手に入れられるように農業ギルドから行くこともあるらしい。
「クライスもダンジョン行ってたんですよね?」
「あぁ、君のように杖を自作して威力を試したり、使うための素材を捜したり。あの慰杯に呪文を込める時に使う薬草も、クライスが自分でダンジョンに行って吟味したんだ」
「へぇ」
年数回だけど手紙はやり取りしてた。
確かクライスがこの街に来たのは一年くらい前のはずだ。
手紙をやり取りしてたのにそれを教えたのは店立てたから見に来いよの時。
もっと早く呼んでくれても良くない?
「どうかしたかね?」
私は愚痴ぎみに、クライスから店のことを聞いたのが最近であることを答えた。
「はっははは!」
するとどうしてか大笑いする会頭さん。
「いや、なんだかずいぶんひねて、いや、すれて、うむ、冷めた子だったんだがね。いやいや、兄弟にそんな見栄を張るとは」
朝会った包み焼きの人も言ってたけど、クライス何してるの?
「見栄ですか?」
「さぁ、どうだ。成功したぞ、成長したぞとエイダくんに言いたかったんだろうね」
「私としては最初から一緒にやろうって言われるほうが嬉しかったです」
「はは、そこは男の性だね。わしも駆け出しの頃は、テーセ村にろくに連絡も入れないで、ずいぶん心配をかけた。商売に成功してようやく帰った時には辛い時に帰って来いと怒られたものだよ」
会頭さんは楽しそうに若い日を語る。
けれどほんのり懐かしさと悲しみがよぎった。
年齢からして、心配してくれた家族の中には天に召された方がいるんだろう。
「はい、お待ちどうさま。フライのランチだよ」
店の人が両手に持った白い皿を私たちの前に並べる。
香ばしい匂いのする細長いきつね色が二枚、これが魚のフライか。
そして付け合わせの根菜の酢漬け、私の腕くらいの長さのあるパンとナイフ、白いソースと茶色いソースを置いて行く。
「魚に親しみがないなら戸惑うかな。だったらわしの真似をするといい。といっても、ここはテーブルマナーが必要なレストランではないからね」
そう言いながら会頭さんはパンを食べやすい大きさに切って私のお皿に添えてくれる。
見よう見真似でフライにナイフをいれて一口サイズに。
「かじりつくのもいいけれど、熱いんだよ」
そう言いながら、会頭さんは切った分に白いソースをかけると、幸せそうに頬張る。
私も真似して一息に行った。
油の香ばしさ、魚の食欲をそそる香り、そこにミルキーなソースが絡んで…………。
「美味しい!」
「そうだろう、そうだろう。生臭みのないこの柔らかな触感は新鮮な魚だからだ」
そう、柔らかい。
程よい弾力を感じるけど、口の中で身がほぐれる。
カリカリと歯ごたえのいいフライとの対比でより柔らかく感じるくらいだ。
「こっちの茶色いソースはフルーティですね」
「野菜を煮崩れるまで煮込んであるんだよ」
酢漬けもフライの油をさっぱりしてくれるし、パンの焼き目の香ばしさがフライとはまた違った旨味になってくれる。
うん、ごはんが美味しい!
これは大事。
テーセはご飯が美味しい!
私、ここに来て本当に良かった!
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