88話:人違いです
トリィは仕込み刀を持っていた吟遊詩人だ。
ちょうど眼鏡を外していた時に出会ったことで、その身体能力が高すぎな上に、嘘吐きであることがわかった。
それでも親しみやすさを前面に出していたあの出会いは、ちゃんと素性を隠していたのだとよくわかる。
今は暗い中でもわかる濃い化粧をして、気の強さを隠さない表情と豊満な肉体の曲線を強調するような衣服を身に着けていた。
たぶん意図したイメージチェンジなんだろうけど、驚くほど吟遊詩人を装っていた時と雰囲気が違って別人のようだ。
「…………ふ、大人しく寝ていればいい夢が見られたのに。やれ」
低く命じるトリィがどうやら三人いる賊の頭。
けど、番骨を押さえるために床に転がってるまま決め顔されても恰好がつかない。
それでも私に向かってくる賊が二人。
一人は猫のようなしなやかな動きで迫り、もう一人は小柄で黒く短い髪をしていて、どちらも女性。
この二人にも私は見覚えがあった。
「あ、うわ…………。酒場の、確かフューエ。それに、闇市でスライム持ち込んだ冒険者に挑みかかってた黒髪の人まで」
「「ちぃ!」」
正体言い当てたら舌打ちされた。
こっちも雰囲気が違うなぁ。
けど服装や化粧で魔眼はごまかせない。
それと、店の中に入った時点ですでに罠は発動しているから、もう逃れることはできないことを私は知っていた。
「きゃぁぁああ!? ちょ、何これ!?」
薬草を干していた天井の縄がフューエを捕らえる。
蛇化触手のように動いて体を這いまわる不快感に、フューエは取り乱して騒いだ。
しかもそこには触れるだけで肌から痺れを広げる薬草が一緒に巻き込まれている。
あと縄も一つや二つじゃない。
中には吸い込むと五感を狂わせる粉薬を魔法で飛散しないよう保存されていた縄も紛れているという数段構えの罠だ。
罠が発動すると同時に店内に降るので、もう三人は普段より動きが鈍くなっているはず。
「あ、でもこれ、私が後片付けたいへんな奴だ」
クライスが仕掛けた罠に、手を加えはしたけど撤去はしてなかった。
しくじった。
そう思いながら、私は耐性はあるものの麻痺毒を魔法で防御する。
「…………あとで、必ず助ける」
黒髪の賊が捕らえられたフューエを無視して私のほうへ駆け寄る。
その動きは毒の効果を怪しむほどに早い。
「言っておきますけど、私をどうにかしても罠止まりませんよ」
そう忠告するけれど、問答無用で襲いかかって来た。
「それと、こっちに来るだけ危ない仕掛けなんで、死なないでくださいね」
私が警告と同時にダイニングテーブルが立ちあがって黒髪の賊に襲いかかる。
その上椅子が手足のようにダイニングテーブルと一緒に襲いかかった。
机の角で何処を打っても痛いのに、ダイニングテーブルは角を使って攻撃してくる性格の悪い仕様になっている。
「…………う! ぐぅ…………!?」
黒髪は受けることはせず避けるけれど、この建物は奥行きはあっても横幅はあまりない。
避けようにも柱や壁に無闇に体を打ち付けて、攻められずに逃げるばかり。
果敢に前に出てみても、重量のあるダイニングテーブルの一撃を逸らすのも辛そうだ。
しかもその隙に柱についていた燭台が蛇のように背後から伸びる。
「ノイン!」
まだ番骨と床をごろごろしているトリィが、鋭く名前を呼んで危険報せた。
どうやら黒髪はノインというらしい。
そして警告したけど遅い。
燭台に絡め取られてノインは、身動きが取れない状態にされてしまった。
そしてトリィも骨にかかりきりで手が離せない。
その間に燭台がやはり背後から伸びて絡みつく。
溶けたように動くけれど、その硬さ金属のままなのでよほどの力自慢でなければ千切ることなどできなかった。
「うぅ…………」
フューエはすでに毒が回っているのか天井近くで呻くだけ。
「…………これはひどい」
私は寝起きに何を見せられているのだろう?
女性三人が苦しげに喘ぎながら縛り上げられている。
しかも毒が飛散した中なので、三人も少しずつ様子もおかしくなっていた。
具体的には息が荒くなり汗が肌を伝うような。
「あ、毒が回ったら解除でいいのかな?」
私は杖でともかく骨を元の位置に戻す。
爪や牙が鋭すぎる上に、こちらで制御していないので当たり所が悪いと殺してしまう。
「えー、それで? 何してるんですか? いや、強盗なんでしょうけど、さすがにちょっと無謀が過ぎますよ」
「うぅ、闇ギルドと繋がる、悪徳魔女の一族の店だから、油断は、してなかったのに…………!」
「うん、酷い誤解がありますね!?」
トリィの言葉に私は思わず声を大きくした。
けどよく考えたら嘘とも言えない。
不本意ながら闇ギルドとは繋がってる。不本意ながら。
あと魔女が悪徳で血縁は否定できないし。
「いや、だからって何もしてない私の店を襲うとか。いっそ強盗よりも悪質ですよ」
「悪質な、魔女の血筋に、言われたくない…………この、状況、で、も…………」
ノインが喘ぎつつ、声を絞りだす。
その目は天井近くにぶら下がるフューエに向かっていた。
あ、うん。
一番毒を吸い込んだせいで、もう目が虚ろだ。
「正直やりすぎました…………けど、魔女関連の施設に無断で入ってあの程度なら軽いって知ってないと本当に命とりですよ」
思えば山の上にあった我が家でももっと毒とか色々仕込んであった。
変わり種では父が冬の暇さにあかせて床下に掘った落とし穴など、大人三人分くらいの深さを誇っている。
冷気が上がってくるから翌年には埋めたけど。
あれがある時に侵入者がいたら絶対命はなかった。
一番下は岩盤で掘れなくなったからその深さになったんであって、上手く落ちても骨折を免れなかっただろう。
「この街で、暴利を貪り権力に取り入る、魔女の悪徳を、私たちは見逃さないわ…………! 天に輝く星は月がなくとも夜を照らすように!」
「はい? さすがにそれは心当たりがないというか」
なんだかすごく決め台詞っぽい言葉を言われたけど、やっぱりあられもない状態でつるされていては恰好がつかない。
そんなトリィは囮でノインが動いた。
驚いたことに金属の拘束を、関節を外すことで隙間を作り脱出。
ぶつかる勢いで手荒く関節を戻すと、口と鼻を覆って柱を蹴って天井にジャンプした。
縄を切ってフューエを救出するまで、一呼吸。
「魔女の悪事を暴く、義賊ノーザンクロスが消えたとしても! お前たちの悪徳が栄えることはない! 私たち、サザンクロスがいる限り…………!」
トリィも間接を外して脱出していた。
正直痛そうだ。
そんなことを思ってる間に煙玉を割って、室内を満たす。
私の前には視覚のないダイニングテーブルが立ちあがったままなのでたぶん大丈夫。
そして煙の中からは窓を壊そうとする騒音が聞こえて来た。
けれどガラスの割れた音はしない。
「煙は煙突から追い出して…………と。窓は壊れないように守りの魔法かかってますし、鍵も魔法なんで小手先の技術じゃどうにもなりませんよ」
煙を排除すると、まだ室内にいる三人が私を見る。
そして私はノーザンクロスで思いつくものがあった。
我が家の暖炉の上には星をかたどったタペストリーが飾ってあり、なんの模様か聞いた時、返った答えはノーザンクロス。
両親が出会った日の夜空に輝いていた星であり、二人のマークなのだと語っていた。
「いやいや、まさか。けど魔女に喧嘩売るなんて命知らず他にもいるとか」
「かくなる上は!」
私が独り言を呟く間に、トリィが決死の覚悟を決める。
けど、なんだか私のほうはやる気が削がれたし正直、眠い。
あと両親の若気の至りと、今なおやっている活動がこんなだとは知りたくなかった。
「あの、そっちの扉入れたなら鍵かかってないんで出られますよ。あれ? 魔法の鍵を開ける道具か何かは使い捨てだったんですか?」
私の指摘にトリィとノインが目を見交わし、二人の腕の中でフューエが呻く。
そうして三人の自称義賊は一目散に玄関から出て行ったのだった。
「…………片づけ…………いいや、骨は番をよろしく。私はもう寝る」
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