86話:すごく感謝されました
闇市でスライム乱入という事件は起きたものの、結果は被害軽微で収束した。
というのもすぐにオリガさんたちが足止めを行い、アダルブレヒトさんという闇ギルドの会頭に当たる人が元凶の冒険者たちを捕まえさせたからだ。
「確かにここまで連れて来るなら方法があるはずだよね。モンスターだし、大人しくしてるわけがないし」
冒険者たちを捕まえてわかったことだけれど、どうやらモンスターを一時的に隷属させる道具を使っていたらしい。
冒険者からその道具を取り上げてラグーンスライムに使うことで、暴れることはなくなり捕らえることに成功していた。
「いやぁ、生体のサンプルってなかなか街への持ち込み渋られるんだけど」
「すでにいるのだからしょうがないだろうな」
「良かったですね、先生!」
研究家パーティは上機嫌だ。
誰も触りたくないし、闇ギルドも扱うには面倒ということでラグーンスライムはオリガさんが引き取ることになっている。
「あの、アダルブレヒトさんの指示で持ち帰り許可が出たのはわかったんですけど、何か不穏なこと言ってませんでした?」
私の質問に研究家パーティは笑顔でとぼけてみせた。
けれど、『スライム討伐して研究家が持ち帰ったことは報告しよう。だが、うっかり生体であることは忘れるかも知れん』ってアダルブレヒトさんは言っていた。
他にも『研究所に持ち帰れたらこっちのものだ。後からばれても提出書類が増えるだけのことさ』とかオリガさんが答えるのも聞いているんだけど。
「あの、それで、どうして私たちはこんな豪華な部屋で歓待されてるんですか?」
私は落ち着かなさから小さくなって他のことを聞いてみた。
今いるのは闇市とは違う場所だ。
いや、闇市は窓の下にあるので、闇市の中と言えば中だ。
ここは闇市を見下ろす上階にある特別室らしい。
そこで料理にお酒に果物、お菓子と私たちは歓待をされていた。
「救ったんだからこれくらい感謝されてしかるべきだろう?」
「そんな感謝だなんておおげさな」
そう言ってる間にも、オリガさんは用意されたお酒をすごく飲む。
美味しいらしいし高いお酒だそうだ。
料理を少しずつ味見する薬屋さんがフォークを振った。
「そうでもないというのを知らないのは本人のみとは笑える状況だ」
果物を食べるのをやめてソフィアさんがオリガさんと薬屋さんを見る。
「これは、言っておいたほうがいいでしょうか?」
「そのほうがいいと私は思うよ」
「聞くだけナンセンス。このまま知らず放り出す危険性のほうが高いとわかっているだろう」
「え!? 私危険なんですか!?」
研究家パーティに揃って頷かれた。
私も食べていたチョコレートというお菓子を置いて聞きの姿勢を取る。
そして横目に下階を見れば、闇市ではイザークたちが片づけを続けていた。
その中に指示を出すアダルブレヒトさんもいて、即座の危険はないように思えるけれど。
「一応確認だ。かけてた魔法は何かな? イザークたちを動かすために補助的な効果の魔法をかけていたようだけど」
「戦意高揚を目的に作られた呪文です。それでスライムへの苦手意識を抑え込んだら、救助に動いてくれるかと思って」
応えると、オリガさんは確認するように薬屋さんを見た。
「正しく恐怖を忘れる魔法だと言える。身体能力の強化はほどほどだが興奮作用と痛覚の減衰も見受けられた。触媒と魔力が必要だが、こんな力あるなら恐れ知らずの兵士をいくらでも作り出せるだろう。この国が魔女を手放さない理由の一端がよくわかる」
そう言われるとなんだか怖い。
祖父は戦争に参加したことがあって、この呪文を作ったと聞いたけれどそこまでのことは想像もしていなかった。
「薬だけかと思っていました。そんな魔法も、ラスペンケルは保有しているんですね」
ソフィアさんは深刻な表情で私を見つめる。
「エイダさんのこれまでの言動を考えれば、悪用などは考えていないのでしょう。だからこそお話します。その力を悪用しようと考える者がいることを。実はアダルブレヒトは罪人なのです」
「うん、それは…………ここ闇ギルドだし」
「そうじゃないよ。ちゃんと裁判して有罪受けて、公職には就けない上に財産没収とか色々罰を受けた罪人なんだ」
オリガさんが捕捉すると、それに薬屋さんも付け加える。
「その財産の中にテーセを守る壁が含まれていたと言ったら、罪の重さがわかるかね?」
「かべ!?」
壁って、あの大きな、街全体を包む?
私が見つめても誰も否定しない。
けれど納得できない。
街を守る壁を、個人が財産として所有してたって、どういうこと?
「それって許されることなんですか?」
「簡単な話しさ。テーセは魔王の居城が近すぎてダンジョンができたくらいじゃ街を作ろうなんて賭けに乗る者がいなかったんだよ」
「国もダンジョン街は歓迎でも工事するだけで魔王が動くかもしれないなんて恐ろしくてしょうがなかったろう。国も動かないならば融資しようという商売人などいない。賭けどころか負け戦もいいところだ。…………当時は、ね」
「けれど冥府の恵みは早い内から確認されていたんです。ダンジョン攻略さえ進めば必ず採算は取れると見た商人が二人いました」
ソフィアさんが合えて一度言葉を切った。
「それが商業ギルドの会頭ハイモと、闇ギルドの会頭アダルブレヒト」
思わぬ名前に私は驚く。
知り合いの名前が挙がったこともそうだけれど、同じ賭けに出た二人があまりにも立場を異にしてしまっていたせいだ。
「どちらもテーセ村出身で王都に出て立身出世を志した。自らの店を持ち商会に育て上げ、村の存続を危ぶんで街を作る賭けに出た。そしてその街の壁に私財を投じて高くしたんだよ」
オリガさんの言葉を聞きながら、私は街を守る立派な壁を思い出す。
あれを個人が作ったのだと思えば、凄いの一言しかない。
「…………けど、そんな人がどうして罪人に?」
「街の南にある城砦を知っていますか?」
ソフィアさんの確認に私は頷く。
「あそこの前責任者がテーセ村を見捨てて自らのいる城砦だけを守り、村人をモンスターの囮にしたという事件があったのです。それを恨みに思っていたテーセ村の生き残りの子供が青年に育ったころ、栄転扱いで前責任者が王都へ帰還。そうと知って青年たちは前責任者を襲撃しました」
「うわ…………」
同情はするけれど覆しようもない犯罪行為だ。
「それやったのがイザーク。やらなかったのがロディだよ」
「え!?」
また予想外の名前がオリガさんから飛び出した。
同時に仲がいいのに表立って会えないロディとイザークの理由を知る。
「さらにお涙ちょうだいの展開だ。襲撃に加わってなかったアダルブレヒトが、自ら首謀者であると名乗り出て財産を全て差し出す代わりに実行犯の青年たちの助命を願ったんだ」
薬屋さんは呆れるように肩を竦める。
確かにアダルブレヒトさんが見せた途方もないその度量は、なんと言っていいかもわからない。
「だから人望はあるのです。そして社会的地位も財産も失ったというのに、こうして闇ギルドを牛耳る立場になり上がっています」
「それを危惧した上が呪いまでかけたっていうのにねぇ」
「の、呪い?」
「やれやれ、その眼鏡はいらないんじゃないか? 気づくべきことにも気づけないのは命にかかわる」
私は薬屋さんに言われて、眼鏡を取る。
そして闇市に目を向けた。
「あ、恐怖の呪い?」
「そう。アダルブレヒトは判断力を鈍らせ、反抗をさせないために呪いが付されてたのさ。こんなの許されるのは魔女を抱えるこの国だからだろう」
「その呪いを一時と言え押さえ込んだのが、エイダさんなんです」
困ったように言うソフィアさんの言葉で、私はとんでもないことしたのだと理解する。
そして、こうして感謝される意味が、スライム退治だけではないとわかった。
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