85話:闇市でスライム退治です
イザークに因縁のあるらしい冒険者たちが、闇市にラグーンスライムを投入するという暴挙に出た。
混乱の中、研究家パーティは研究サンプルとしてスライムを相手にすることに決めて、私はそのサポートというか、ひたすら呪文を込め直す作業をしている。
そこに闇市の会頭さんらしいアダルブレヒトという人が現われたんだけど。
「まずは被害の軽減だ! おい! 素材を使いすぎるな!」
「は、はい」
呪文籠めをする私は怒鳴られた。
言ってしまえば料金も払っていない盗みも同然なのでそれはいいんだけど、何故か研究家パーティのほうが反論を始める。
「被害軽減なら一刻も早い収拾だろう? それには呪文作りが必要なんだ。大目に見てほしいな」
「だいたい使っている物はほぼ捨て売りの笊一杯いくらという品ばかり。これを惜しんで子供を怒鳴りつけるとは、やれやれ小さい男だ」
「これも街のためです、料金の交渉は後々させていただくので今は邪魔をしないでください」
「ここの会頭はわしだ! 何処の家の出だろうと勝手は許さんぞ!」
闇ギルドということと厳めしい顔もあって、ちょっと怖い。
けど研究家パーティが急かすから呪文は籠め続ける。
これがないと攻撃できないし、しょうがないんだから私を睨まないでほしい。
「えぇい! 何をしているさっさと仕留めろ! 手を抜くとは何事だ!」
どうやらサンプルとして原型を留めようとしているのがわかってて怒っていたようだ。
アルブレヒトさんは怒り散らしているようでちゃんと周り見てるのかな?
そんなアダルブレヒトさんの怒声は私以外にも。
「イザーク! 早く動け! 時間がかかるだけ被害は広がるんだぞ!?」
「ぐ、行くぞ! 巻き込まれた奴を掴んで引っ張り出すだけでいいんだ! 行くぞ!」
スライム相手にイザークが二の足を踏んでいた。
強く声上げるけどその動きは鈍い。
同じような反応から配下の若衆とやらもスライムが苦手らしい。
…………うん? いや、全員苦手なの!?
二十人はいるのに、顔色すごいことになってる人もいるよ?
これは、ひどい。
確かに苦手を克服できる薬欲しがるよね。
「へへ! 見ろよ、スライム如きにビビってやがる!」
「普段の威張り散らした態度はどうした? こんなスライム相手に手も足も出ないのかよ!」
やらかした冒険者たちが優位をかさに着て囃し立てる。
アルブレヒトさんは憎々しげに冒険者たちを睨むけど、今はスライムへの対応が先にするため怒鳴りはしない。
その瞬間、ラグーンスライムが大きな体を床に広げるように変形した。
潰れるような動きで面積を広げると、触れた人たちが表面に吸着される。
そのままラグーンスライムが元の形に戻ると、何人もが巻き込まれてスライムから人間が生えたような状態になってしまった。
「うわ! これは攻撃しづらい!」
「という割に矢は射るのかね?」
「先生は外しません!」
言い合いながら研究家パーティはスライムを倒すことに集中する。
救助はイザークたちに任せるようだけど、遅い。
中には頭からスライムに取り込まれてしまっている人が呼吸できずにいた。
それを見てアルブレヒトさんが前に出る。
「えぇい! 何をしている!? 攻撃の邪魔だ! わしが手本を!」
「やめてください!」
自ら救助に向かおうとするアダルブレヒトさんを、イザークや他の若衆が止めた。
それで少し発破にはなるけど、問題はスライムへの恐怖だ。
「オリガさん! 呪文込め一旦止めます!」
「おや、何か手があるかい?」
「少し彼らに勇気を持ってもらいます」
言って私はイザークに手を向ける。
ここに入る前に、杖は武器として預かられた。
だから持ち込めたのは研究家パーティの一見武器に見えない呪文の媒介くらいだ。
実はスライムを攻撃するなら武器を持ってるイザークたちのほうが効率的。
けどスライムが嫌いすぎてそれは望めない。
「だったらちゃんと動いてもらうしかないけど、狙いが…………。杖に慣れるってこういう弊害もあるんだなぁ」
私は魔法の照準が合わないことに違和感を覚える。
それでもやるしかない。
「ちょっとイザーク、動かないで! 《至高なれ、至高なれ、万軍の王たる霊。礼賛の歌は天地に満つ。天のいと高き天にて我らを導き給え! 英雄の志》!」
私は戦闘能力を上昇させる援護魔法をかけた。
それと共に戦意高揚の効果もあるから、これでスライム相手でも怯まないはずだ。
そう思ったんだけど、予定外な事態が起きる。
照準が合わなかったことでイザークに魔法がかからず、魔法がかかって体が光ったのはすぐ側にいたアルブレヒトさんだった。
「ぬお!? 何をした!?」
「おい! 何してる!」
「ごめん! けど悪影響はないから! スライム相手に怖がらなくなるだけで!」
「「なんだと!?」」
二人に怒鳴られ、私は竦み上がる。
けれど薬屋さんは笑い出した。
「おやおや、これは予想外だ。とんでもない失敗をしたものだ。やぁ、愉快」
「愉快じゃありません!」
ソフィアさんが声を大きくするほどの失敗をしてしまったらしい。
どうしよう?
そう思ってアルブレヒトさんを見ると、その目つきが変わってることに気づいた。
「前言撤回だ! 呪文屋! ある物使って今の魔法をこっちにかけろ! そのあとならいかれ研究家どもに素材を使っても構わん!」
「酷い言いようだけどこれは、潮目が変わったようだね」
オリガさんが促すように私の肩を叩く。
その手には売り物だっただろう杖が握られていた。
黒くて捻じれてるあまりいい趣味ではない。
けど眼鏡をずらしてみると対人魔法に特化した杖だとわかる。
しょうがなくその杖を使って、私は今度こそイザークに魔法をかけた。
するとイザークたちの動きが良くなりスライムに巻き込まれた人たちを助けに動く。
「貴様らも手伝え! 護衛くらい連れているだろう! わしに喧嘩を売ったそこの馬鹿どもを生け捕りにしろ! 差し出した者にはわしとの直接交渉を許す!」
アルブレヒトさんが逃げようとしていた商人たちを怒鳴りつけた。
途端に歓声が上がり、逃げ遅れていた人たちが一斉に闇市へと戻って来る。
「な、なんだ!? やめろ! この! お、女!?」
「なんだってんだ!? くそ、腕っぷしの強い奴が混じってるぞ!」
冒険者たちが一気に囲まれて悲鳴を上げた。
見ると、短い黒髪の小柄な女性が俊敏に襲いかかっている。
それに、その近くにいるのは吟遊詩人を名乗る不審者、トリィのようだ。
見なかったことにしよう。
そしてアルブレヒトさんは次に研究家パーティに怒鳴る。
「あれはサンプルか? 役立つのだろうな!?」
「役立てるのが先生です!」
ソフィアさんの答えに、アダルブレヒトさんは鋭く部下を呼ぶ。
「イザーク!」
「はい! 動けます!」
「救出と削りに別けろ! いかれ研究家は仕事に集中! 呪文屋は使った素材の数は覚えておけよ!」
「は、はい。あの、けど、そろそろ魔力が」
「そこに小鬼の冷酒がある!」
「う…………」
前飲んだまずい魔力回復薬だ。
「下戸か。これを飲め!」
私の反応見てアルブレヒトさんが投げたのは綺麗な瓶に入った薬だった。
「マギポーションじゃないか。奮発するものだ。毒ではない。もらっておけ」
薬屋さんに言われて飲んでみると、爽やかな飲み口と共に魔力が湧きだすように満ちた。
「闇ギルドの秘蔵品だよ。流通に乗せると役人が飛んで来る」
飲んだ後にオリガさんがそんなことを言う。
ちょっと後味が悪くなったけど、私が魔法をかけ続けている内に事態は収拾した。
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