84話:街でもスライムです
私は研究家パーティと一緒に、イザークの案内で闇市を歩く。
「すごく色々あるんだね。品数少ないけど種類がなんでもありみたい」
「そうそう、高額な物から捨て値まで。あそこら辺のは笊一杯の捨て値だ」
「真贋入り混じっているが希少なものも多いのだよ」
「捨て値なので呪文素材などの消耗品を買えたらラッキーです」
出禁になる前は利用していただけあって、雑多な闇市の中、研究家パーティは何があるかをすぐさま把握する。
私は何処を見ればいいのかも迷って、オリガさんが指す笊に屑石のようなものを積んだ店を見た。
「あれは、え!? スライムの核片! あれ売ってるんですか?」
「おっと、イザーク。止まってくれ。エイダくんが買い物したいようだ」
「スライムの核片なんて何に使うんだ?」
オリガさんが声をかけると、イザークが嫌そうに足を止めた。
すると薬屋さんが意地悪そうに笑う。
「テーセでは嫌がられるから使われないが、スライムの核片はそれなりに幅広い需要がある物なのだよ。本来は、ね。魔力の伝導率がいいから道具はもちろん、保水力を生かして薬にも使え」
「出してないんだな? テーセでは、スライム混ぜた薬なんてもの、出してないんだな?」
イザークは使い方より薬にスライムの核片が混ぜられるほうを警戒して、食いぎみに確認を取る。
その間に買いに行く私に、ソフィアさんがついて来てくれた。
「私たちも呪文をお願いする時、一番安価な素材でお願いして、スライムの核片と言われました」
そう言えば研究家パーティの呪文は属性が特殊だった。
クライスの残した依頼票には、オリガさんと薬屋さんは闇属性の魔法、ソフィアさんは光属性の魔法と書いてある。
「拘ればどこまでも高価な素材を必要としますもんね」
「そうらしいですね。私たちは攻撃手段としても、逃走手段としても使えるよう選びましたが、扱いにくいと倦厭されるとか」
光と闇は実態を把握しづらい魔法ということもある。
「あと、他の属性はボール状のガラスに呪文籠めて使うっていうのも書いてありました」
「えぇ、使い捨てですがあるとないでは生存に関わりますから」
ガラスが割れると魔法が発動する道具で、研究家パーティの基本スタイルは投擲による距離を保っての戦闘だ。
オリガさんは弓も使うらしいけど、ボール状の魔法を括りつけて飛ばすだけだとソフィアさんは言う。
「…………まいど」
売ってる人は私たちとイザークを見比べて、捨て値で売ってくれた。
これ、イザークいなかったら吹っ掛けるか、研究家パーティだけだったら商売断ってたんだろうな。
そんなことを思ってたら突然衝撃が辺り襲う。
「なんだ!?」
イザークが鋭い声を上げるけど、ほとんどの人間は悲鳴をあげた。
そして闇市にいる全員がすぐさま逃げる準備を始める。
すごい即断即決を見た。
けど落ち着いて辺りを見れば闇市内部には異変はなし。
「いや、あった…………」
上から建材の屑が降ってる。
「「「「上!」」」」
私は研究家パーティと同時に声を上げた。
天井がたわんで、何か重量のあるものが上にいる。
そして天井が崩落すると水のようなものが降って来た。
それは粘性を持っていて、眼鏡をずらせば魔力反応を抱えているとわかる。
「スライムだと!?」
嫌いなせいか、私より早くイザークが気づいた。
けれどその声が周囲に悲鳴と混乱を巻き起こす。
「まずい! スライム嫌いじゃなくてもあの大きさは巻き込まれたらただじゃすまないよ!」
オリガさんが警告すると、薬屋さんが私に金属のボールを投げ渡した。
「すぐにこれに魔法を込めろ。急げ」
「エイダさん、こっちに呪文を込めるのに使える素材があります!」
ソフィアさんの手にも金属のボールがある。
それはクライスが呪文を込める媒介で、ガラスのボールと違って繰り返し使用可能だ。
「けど、それ売り物じゃないんですか!?」
「今は非常時です!」
力強く言い切るソフィアさん。
その間も降って来た巨大スライムから人々が逃げ惑う。
イザークもスライム嫌いのせいですぐには動けないらしい。
私は仕方なくオリガさんの分の金属ボールも受け取って呪文を込める。
後で謝って料金を払おう。
「魔法陣もないから本当簡易です! すぐ使わないと効果が霧散して発揮されません!」
「うわ、弓矢持ってくるれば良かった。って言ってもここは武装の持ち込み禁止なんだけど!」
言いつつオリガさんは金属のボールを開いて魔法を発動する。
湧き出る影がオリガさんが望む形に変化した。
それは不安定に揺れているけれど弓であり矢。
引き絞って放つと、スライムに刺さって幻のように消える。
「全く効かないわけじゃないけど大きさが問題だ。あれはたぶんアクアスライムの亜種、ラグーンスライム。基本性能はアクアスライムと同じだけど、見てわかるとおり大きさが段違いだ」
「しかも薬物を混ぜられてる臭いがするぞ。もう一度表面を削れば、ふむ、やはり。これは人為的にここへと送り込まれ、暴れるようし向けられたスライムだ」
薬屋さんが金属のボールからナイフを作り出して投げる。
スライムの表面が傷つくと、確かに草を煮詰めたような臭いがした。
「すみませんが、このまま呪文籠めを続けてください。私たちは基本的に逃げるためにこの呪文を使うのですが、今は少しでもあのスライムの動きを牽制し続けないと」
ソフィアさんは金属のボールを両手で持ち、スライムに向けて突き出す。
すると光線が走りスライムに突き刺さった。
ただやっぱりあまり威力としては期待できない。
オリガさんが言ったとおり、攻撃力が大きさに追いつかない。
「イザーク! どうすればいい!?」
「う、く、くそ! 警備はあのクソスライムを止めるぞ!」
呼びかけると震える足を叩いてイザークが動き出す。
けれどそんなイザークの様子を笑う声が聞こえた。
「本当にスライムが怖いらしいな。あれだけ粋がってた奴がよぉ!」
「お前ら!? ち、ちゃちな報復しやがる。ただで済むと思うなよ!」
どうやらイザークと因縁がある相手らしく、見た目は冒険者っぽい四人組。
表情が悪辣で、暴れるスライムの被害を笑うだけ。
「あいつら、ギルド通さずにダンジョン産品を勝手に観光客や駆け出し冒険者に売って闇ギルドから絞められた冒険者だよ」
呪文を込め直した金属ボールを渡すとオリガさんが身元を教えてくれた。
冒険者ギルドや商業ギルドからの警告も聞かなかったから闇ギルドが出て来たんだとか。
「となると、あのラグーンスライムはダンジョンから連れて来たのか? 砦を通らずどうやって街に入れた? いや、無理だ。だとすれば」
「この大きさに急成長した? そうだとすればあれは必ず手に入れなければならないサンプルです!」
薬屋さんとソフィアさんは研究対象としてやる気になっている。
今度は別方向から騒ぎが起こった気配に目を向けると、恰幅のいい男性が猛然とやって来てた。
正直、顔が酷く険しい悪人面で怖い。
「アダルブレヒトさん!? 来ないでください!」
「黙れ、イザーク! わしの闇市を荒らす馬鹿はどれだ!?」
わしの…………つまり闇ギルドの会頭とも言うべき人が現われたらしかった。
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