82話:ココアは美味しいです
研究家パーティと話をしていたらドアが叩かれた。
「お客さんかな? はい?」
答えるけどドアは開かない。
研究家パーティは応対に出ろと手を振る。
なのでドアを開くとそこには顔を隠した怪しい男が。
もとい、イザークがいた。
「おんやぁ? 裏ギルドの若頭じゃないか」
「ほほう? 女の一人暮らしにやってくるとは隅に置けないな」
そして私の後ろにはいつの間にかオリガさんと薬屋さんがついて来てる。
その姿にイザークも身構えた。
「お前たち!? ダンジョン研究家!」
「さ、ご用でしたらどうぞ中へ」
そしていつの間にか外に出ていたソフィアさんがイザークの後ろにいる。
そのままイザークの背中を押して店内に入れた。
室内を振り返ると裏口が開いてる。
どうやら私がドアに向かう間に、裏から素早く回り込んだようだ。
「な!? おい!」
どんどん押されて店内に入るイザークは抗議の声を上げる。
私も何がなんだかわからない状態で見ているしかない。
するとオリガさんがドアの脇にある棚を見た。
「おや、エイダくん。ココアがあるね。飲んでも?」
その棚は素材置き場で、ココアという名称はクライスがつけていたラベルで見た覚えがあった。
「え、それ薬じゃないんですか? 舐めてみたけどすごく苦いですよ」
そんなのを飲みたがるなんて何処か悪いのかな?
そう思っていると薬屋さんが棚からココアの入った瓶を取る。
「確かに薬用だな。砂糖も入っていない。だが、混ぜれば問題なく飲用に適する。所有者が許可をするならば味わいを教えることもできるがどうする? 何ごとも好奇心は人間の原動力。そこに食への欲求という原始的な衝動が合わさるならば聞くまでもないだろうがね。なに、味は保証しよう。甘味としてこそ好む者も多い」
「え、そうなんですか?」
「おい、聞け」
誘惑される私にイザークがまた抗議の声を上げた。
「せっかくの来客ですから振る舞いがあってもいいでしょう。さぁ、こちらへ」
聞いているのかいないのか、ソフィアさんがダイニングテーブルのほうへイザークを押す。
イザークはどうやらソフィアさんを力尽くで払うことを迷う様子だった。
「断るならばそれなりに気の利いた文言を必要とすることくらいはわかるだろう?」
オリガさんが意味深に笑う。
するとイザークは何故かソフィアさんを見て、諦めた。
これは、ソフィアさんにも何かあるようだ。
裏ギルドのイザークが手出しをできない何かが。
「…………美味しい」
私は甘くて熱いココアを啜って溜め息を吐いた。
「お、シナモン入れたのかいメンシェル」
「薬用として置いてあったためか少々風味が飛んでいたからな。まぁ、悪くはないが飲用とするならもう少し質にこだわってもいいだろう」
「私はミルクで割るココアが好きです。美味しいですよ」
研究家パーティが和気あいあいとココアについて教えてくれる。
そしてイザークは渋面ながらココアを飲むのはやめない。
美味しいよね。
けどイザークをこうして引き込んだ理由聞かないと。
「えっと、イザークの用件はわかるんだけど、オリガさんたちとは知り合い?」
「出禁」
端的過ぎる答えを返された。
端的過ぎてわからないよ、何処に出禁なの?
あ、いや。今までの会話から想像できる場所は一つある。
「…………闇ギルドから出禁って、何したんですか?」
私の質問に、オリガさんたちは顔を見合わせた。
「メンシェルが見た目が似てるだけの薬草を全部弾いて、解毒剤がないヤバい猛毒って売りの薬に解毒剤投下して全部無毒化させた」
「あれは喧嘩を売られたから買ったまで。それで言えばソフィアなどは宝石によく似た無価値な石を全て言い当て、贋作絵画を暴き出し、古美術を謳った趣味の悪い壷を買い取った上でその場で叩き割ったじゃないか」
「それは、嘘を指摘しても改善しなかったからです。それに出入り禁止にされた時は先生が他所のダンジョンから持ち込まれた希少素材と言われる物を全て偽物だと言って闇ギルドに恥をかかせたことが理由にされました」
三人ともがやらかしてるそうだ。
私は答えを求めてイザークを見た。
「全部だ。それ以外もある」
「うわぁ」
「今さら驚くのか。ロディ辺りに忠告されなかったか?」
「えっと、薬屋さんの時は。けど、防具屋のシドとエリーが仕事なら大丈夫って」
「あいつら…………」
「それに、オリガさんと会ったのはイザークと教会で会った日だよ」
その言葉にイザークの口元が引き締まる。
「なるほど、冥府の恵みの調査か」
「ご名答」
ここにいる理由を言い当てられたオリガさんは笑顔で両手を広げてみせた。
「それで君は、エイダくんの作った勇気の薬だか恐怖の薬だかが目当てなんだろう?」
イザークが私を見る。
フードから見える目は、言ったのかと責めるような視線だ。
だから全力で首を横に振った。
「そんな未確認の薬が持ち込まれたら、商業ギルドとしては腕のいい薬師に鑑定を依頼するものさ」
オリガさんはそう言ってココアを啜る薬屋さんを指す。
どうやら商業ギルドに持って言った私の薬は、薬屋さんに回されたらしい。
それを聞いてイザークも前のめりになった。
「効能はどうだった?」
「それを君に言うなというのが会頭ハイモの指示なのだがね。どうせここに来たのもあちらと交渉が上手く行かなかったせいだろう? 焦る乞食は貰いが少ないということわざを知らないかね? そうしてがっつく限り信頼は得られないだろうと忠告して進ぜよう」
薬屋さんは嘲笑うように答えをはぐらかす。
「こうして来たのはこの純朴にして警戒心皆無の無知な魔女の末裔に取り入ろうとしてのことだろう。人情に流されやすく押されれば倒されかねない性情を思えば、何も面倒な策謀などいりはしない。前払いの報酬でも無理矢理握らせれば断りはしないと踏んでの押しかけだ」
畳みかける薬屋さんに対して、イザークはいっそ開き直ったように私を見た。
「試薬で俺が有効性を確認できたら、一つだけでいい。薬を回してくれ」
「それはつまり、使わせたい誰かがいるってことだよね?」
私の確認に、イザークは否定も肯定もしない。
けど研究家パーティを見れば全員が答えを知っている感じだ。
イザークもそれをわかってるみたいでオリガさんたちを見回した。
横やりがないと見ると懐に手を入れる。
「報酬は、同行者三名までを許可するこの通行証だ」
イザークが取り出したのは硬貨に見えるけど、眼鏡をずらせば細工されてるのがわかった。
そしてその効果はオリガさんたちに劇的な変化をもたらす。
「闇ギルドの通行証ですか!?」
「渡りに船とはこのことだ!」
「よし、乗った!」
何故か私に代わってそう答えていた。
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