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81話:案外いました

「魔女だったんですか!?」


 声を上げる私に薬屋さんは嫌そうに口を歪めた。


「いやいや、魔女の男というやつだろう? メンシェル」

「不思議ですよね。魔女の力は男性では受け継げないって」


 オリガさんとソフィアさんは、お茶を啜りながら気楽に言う。


 魔女は魔眼持ちだ。

 そして薬屋さんも魔眼持ちだ。

 二人は薬屋さんの生まれを知っていたようだ。


「魔女の魔法を受け継げないって聞いてますけど体質は違うんですか?」

「見ての通りだ」


 普段よりも言葉数も少ない薬屋さんだけど、否定がないなら魔眼は魔女の血筋として受け継いだものらしい。


「ほんとうに、魔法だけなんだぁ」


 言い伝えどおりの魔女の男。

 私は改めて薬屋さんの藁のような色の髪に隠された目元を見つめた。


 髪や瞳の色、ついでにいうと顔つきも魔女の一族は似る。

 私やクライスと違う色をしていることから、違う魔女の一族であることは想像できた。


「やれやれ、クライスは自ずと気づいたものだがね。分家の上に傍流ともなればそこまで考えが鈍くなるものか。いいかね、田舎者。君が思う以上に人の集まる場所にはわけありと俗に言われる人種が多く集まるのだということを教えておこう」


 まるで心を読んだようにつらつらと薬屋さんが喋る。


「読心の魔眼って言うものもあるって聞いたんですけど」

「違う」


 容赦ない否定をしたうえで、なんの魔眼かを教えてくれる気はないようだ。


 聞きだせないかと考える私に、薬屋さんは大袈裟に腕を広げてみせた。


「魔女に関わらず、他人の事情に首を突っ込むなど狂気の沙汰だ。人間己一人の心さえいかんともしがたく悩みもだえる生き物が、何故他人ごとを抱え込んで生きられると思い上がるのか」

「そんなつもりは」

「そんな重いことではないと言うならなお悪い。君は浅慮にも他人の人生の根幹にかかわる問題を興味本位で覗き見て、軽挙妄動でひっかきまわし打ち捨てる気なのかね? 他人を呪いその心を操る魔女の一族でありながら無知蒙昧が過ぎると言わざるを得ないな。魔女のやり方を知っているのならば他人の怨みを買うことをこそ恐れよ。他人の心に触れることをこそ忌避せよ。それが賢いやり方というものだ」


 倍以上の言葉で返され私は何も言えなくなる。


 そこにお茶を啜ったオリガさんが仲裁するように言葉を挟んだ。


「ま、こうして本人が言うならその内ばれると思ってのことだよ。君は素直なようだから、下手に知られたくない相手を前に言われることも考えて口止めしてるんだ」

「大仰に言ってるだけで、今の言葉も裏事情のある方に出会うこともあるから慎重にという助言ですよ」


 オリガさんとソフィアさんがずいぶん好意的に翻訳してくれる。

 それを薬屋さんは否定せずお茶を飲むだけだから、外れてはいないんだろう。


 なんだか圧倒された私だけがついていけない。

 ただ教会のダニエルにもこうして恐ろしい勢いで喋りかけていたのが最初の出会いだ。

 あれも後から考えたら薬屋さんの言うとおり、助言ともとれる言葉だった。


「えっと、はい。心にとめておきます」

「おやおや、クライスは悟った上で言い返すか無視するようなことしてたのに」

「え、えぇ?」


 呪文作りのお客のはずなのに、オリガさんからはとんでもない不遜な態度を教えられる。


「子供の強がりに一々腹を立てるほど若くはない」


 そういう薬屋さんは、やっぱり読心の魔眼なんじゃ?


「言っておくが心は読んでないぞ」

「エイダくんはわかりやすいからね」


 オリガさんにまでそんなことを言われてしまう。


 ふと黙り込んだソフィアさんに気づいて見ると、私の視線を受けて真面目な顔をした。


「素直なこの方に知らないまま巻き込むのも無責任ではないかと思います」


 ソフィアさんがオリガさんに何やら訴えるようだ。

 するとオリガさんは意見を求めるように薬屋さんを見る。


「差し迫った危機でなければいいのではないかね? クライスが戻っても居座るつもりなら、いずれ片割れから聞くことになる。まだ経験者と一緒だがいずれ一人で出歩くこともあるだろう。そうして知らなかったでは済まない状況になるよりはましだ」

「え、だいぶ不穏な話なんですか?」

「うーん、そうだね。では軽くダンジョンを取り巻く危険要素について話そう」


 私の不安をよそにオリガさんが妙な言い回しをする。


 ダンジョン自体ではなく、取り巻く危険要素?


「このダンジョンは類を見ない。だからこそ類を見ない方法でできたのではないかと言われている」

「はぁ?」


 わからない私にオリガさんはワクワクした様子を見せる。

 それを察して薬屋さんが指を鳴らすと、ソフィアさんが説明を始めた。


「では僭越なら先に結論を申しますと、テーセには周辺に強力な魔力を持つ個体が二つございます。それは魔王とドラゴンです」

「はい!?」

「あー! 私が説明したかったのに!」


 オリガさんが嘆きの声を上げる間に、薬屋さんがさらに言い募る。


「魔王は随分前から東の森の向こうにいるし、ドラゴンもテーセ村ができた頃にはもう目撃例があった。魔王に動きはないが、ドラゴンは十年ほど前に多くの人間が目撃するほど接近している。昔の目撃例と個体の色が違うため、繁殖行動を行っている危険性もあるが、住処がダンジョンと化した山の上だ」


 叩きこまれる情報に私は混乱して何も言えない。

 けれど同時に納得もした。


「東門が作られないわけって…………」

「魔王が森の向こうにいるからね。いつ動くかわらかないし、前例として魔王が住みついたヴァインヒルという村とは連絡が途絶してるし、すでにこの国の地図からもヴァインヒル村は消されてる」


 オリガさんが不満そうにとんでもない話をしてくれた。


「あの、森、トレントが…………」

「あぁ、東の森のトレントね。あれはダンジョンできる前から、魔王が住みついてからすでにいたらしいよ」

「なんでそんなところに街作ったんです!?」


 驚く私に薬屋さんが意地悪そうに口元に笑みを浮かべた。


「人間現金なものでね。怯えるが丹精込めた畑は捨てがたい、恐れるがすぐさまの危険がなければ投げ出せない。そうして存続したテーセ村は、幸か不幸かダンジョンが見つかるまで存続しえたわけだ」

「実際魔王は東の森を越えて来た試しがないのです。基本的に魔王は一度居を定めると動かないと言いますし」


 ソフィアさんが語るのは定説だ。

 そしてその魔王の城の周辺を魔境化して荒らすのだと言われている。


 だからヴァインヒル村はすでに魔境に飲まれて存在しないと地図から消された。


「知りませんでした」

「どちらも大きな力さ。だからダンジョン発生のキーにはなる。ただダンジョンが発見された時には特に動いてないから断定できないんだよ」


 残念そうなオリガさんの言葉で、そう言えばダンジョンの話だったと思い出す。


 魔王が周辺の人間に知られず山に出入りしてた?

 ドラゴンは山の上にいるならなんで地下までダンジョンになってる?

 確かに関係あるとは言い切れない微妙さだ。


「えっと、他に可能性はないんですか?」

「魔物の生態系が上手い具合に邪魔せず発展し合って拮抗。結果ダンジョンの様相を呈した魔物の巣。もしくはかつて核となる生き物が力を放出して回った。その生き物が死んで姿を失くしてけど力だけ残ってる場合」


 どれもいまいち説得力がない。

 オリガさんもわかってるのかちょっと投げやりだ。


 そうしてなんとなく会話が途切れた瞬間、店のドアを叩く音がした。


隔日更新

次回:ココアは美味しいです

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