80話:犯罪の予感です
「一番の問題は偽物だよね」
オリガさんがそんなことを言った。
冥府の恵みと呼ばれる薬草は残っていても採集できない量だ。
そのせいで薬を求める患者が困るんだと思ってた。
けれどもっと悪い問題があるようだ。
「偽物って、薬草のですか?」
私の確認にオリガさんだけじゃなく薬屋さんも頷く。
「人間に限らず生き物は弱っている時が最も無防備だ。重病人に対して希少な特効薬などと偽って高値で売りつける悪徳商人の話など枚挙にいとまがない。いや、商人を名乗る詐欺師の間違いだな。そうでなければ商業ギルドに謗りであると文句を言われることだろう」
薬屋さんは畳みかけるように肯定した。
つまり冥府の恵みが品薄になることで、そこに付け込む悪い人が出て来るという問題があるらしい。
「薬草のある場所探すにしても、すぐには手に入らないんでしょう? 偽物対策どうするんですか?」
埒外の問題に私には何も案がない。
するとソフィアさんが安心させるように笑いかける。
「確かに群生が健在の時よりも値段が上がったり、供給量が減ったりするでしょう。けれどきちんとダンジョンで得られる道はあるとわかるだけでも、心の余裕になって詐欺被害に遭う可能性は下がるんです」
どうやら助手というけれどソフィアさん本人も聡明らしい。
それに対してオリガさんが肩口で手を広げて種明かしのように言う。
「他のダンジョンだったらすぐに手に入るなんてことはありえないんだけど、そこはこのテーセのダンジョンだからね」
「どういうことですか?」
「おや? ここのダンジョンの特殊性は聞いてない?」
オリガさんは比較的私と顔を合わせている薬屋さんを見る。
「テーセに来てからまだ数日だ。聞くところによるとダンジョンに入ったのも三回。しかも冒険者ギルドを通すのではなく、最初から狙った獲物のいる場所へと直進するだけの探索とも呼べない行動のみだ。ダンジョンの性質なんて余分な知識でしかないだろう」
「余分だなんてそんな!」
薬屋さんにソフィアさんが大袈裟なほど声を上げる。
「危険性は周知されるべきです。知らず入るなんて駄目です!」
「落ち着き給えよ。目的に応じた情報を入れる必要があるという話だ。それで言えばこの呪文作りに必要だったのは狙う獲物と向かう先の地理的特異性のみ。全体の情報なんてすぐにはいらない。より深くに行く必要もない探索。ならば他に気を回す余地を残してなんの問題がある? 余分という言葉が気に障ったのなら言い換えよう。人間とは忘れる生き物だ。覚えきれもしない知識など右から左に抜ける風と変わらん。記憶は限度のある桶、情報は水。溢れるくらいなら適量を見定めろということだ」
パーティの仲間であるソフィアさんにもすごい勢いで薬屋さんはまくしたてた。
「えっと、ダンジョンの特異性と、薬草の関係について教えてくれますか?」
私は薬屋さんの多すぎる言葉に辟易して、ソフィアさんにお願いした。
「はい、僭越ながら。他のダンジョンは一定の環境下で魔力が濃く長く溜まる要因があってこそ生じます。テーセのように多様なエリアに分かれていることはないんです」
「それは砦で説明されました。だから地図に書かれてないところには行くなって」
「はい、そうです。装備の話ですよね? 他のダンジョンでは、同一のダンジョン内で大きく装備を変えなければならないと言うことがないんです」
そこでオリガさんが捕捉する。
「例えば山であってもダンジョンとなるのは山の内部のみか、山林のみ。山の内部なら洞窟系統のダンジョンとなるから、日の当たらない暗く寒い場所。もしくは山を形成したマグマの影響が濃い場所だ。山林系統のダンジョンなら天候の違いはあれど、木々の育成上大きく気温が変わるような範囲には広がらないんだよ」
けれどテーセのダンジョンは洞窟でも暑かったり寒かったり。
山林にも魔物は出るし、洞窟内部から山の斜面に出る場所もあると聞いた。
「えっと、核がないから、いえ、ないかもしれないからですよね?」
「それもどうかと思うんだよね、私」
オリガさんが眼鏡を押し上げて前のめりになる。
これは、薬草についての話から外れる予感がするな。
「核がないなら一体何があのダンジョンの力を維持してる? 魔物を調べても岩石を調べても、植物を調べてもどれもダンジョン内部に強力な魔力供給源があることを物語ってる」
拳を握って語るオリガさん。
薬屋さんは止める気配なく、暖炉からお湯を取ってくると新しくお茶を入れてくれる。
長丁場を予期しての心遣いだとすれば、一方的に話す薬屋さんでも止められないのかな?
「つまりどれだけダンジョン内部のものが魔力を吸っても、まだ供給する存在は確かにダンジョンにある。けれどそれを誰も見ていない。そして多様な、いや、多様すぎる内部の様子から一つ所にある核ではない。ましてや強力な力を得た魔物でもない。そんな環境をころころ変えるモンスターが未発見だとしたらそれはそれで問題であるしね」
どんどん喋る。喋るごとに勢いを増す。オリガさんが止まらない。
「ダンジョン研究はダンジョンの産物を活用する上では重要な役割を果たす。その歴史は長く、今ではダンジョンも系統わけをされて分類できるほどだ。そして系統によって得られる産物の傾向も調査蓄積されている。ダンジョン研究によって未発見のダンジョンがあってもその奥に潜む危険を予測できるほどになっているんだよ」
「は、はぁ」
「ところが! テーセだけは類を見ないダンジョンを形成し、今もなお広がりを見せている。学者の中には環境に左右されない強力な個体が移動していると言う者もいるが、私がこの街で研究した限りそれはない。広げている魔物は複数に及び、生態系トップたるエリアの主も存在する。それらを凌ぐ存在が動き回っているなんて変調は見られないんだ!」
立ちあがって上を向いて演説するように話すオリガさんに対して、私はダイニングテーブルに身を低くして薬屋さんとソフィアさんに声をかけた。
「あの、これ」
「あぁ、薬草についてはこれだけ多様な環境だからこそ群生が一カ所とは限らないと言う話だ。探せばあるだろう。他のダンジョンでは環境が一定なせいで一カ所にあればそこしかないということになる」
「先生、悪い方ではないんです。ちょっと情熱が暴走しがちで活動的なだけで。ちゃんと学術的に有用なことも研究なさるんですよ」
薬屋さんは薬草についての答えを、ソフィアさんはオリガさんのフォローをする。
けれどオリガさんを止める術はないらしい。
「もはや小さな魔界! 人間の住める土地ではないと言われ、時々刻々と地形さえ変わると言われるこの世の終わりのような世界!」
魔界は伝説だけど、魔女の一族はそこから現れた人間だ。
唯一魔界に適合した人間であり、魔界をこの世の終わりのようだと評したのも魔女だと聞いたことがある。
たぶん他に魔界から生還した者がいないんだろう。
魔女の分家の傍流という私は、もちろん魔界なんて見たことがない。
「オリガさんって、魔界知ってるんですか?」
「あら、メンシェルさん言ってないんですか?」
何故かソフィアさんがそう言う。
けど薬屋さんは黙る。
そして髪に隠れた目でモノクル越しに私を見つめた。
何か問いかけられているような気配は、つまり私が答えを知ってる?
そんなまさか…………私が知ってる薬屋さんなんて口が悪い上に達者で、モノクルをしててそれは…………魔眼、あれ?
「…………魔眼?」
「そうだな」
短く薬屋さんから返答があった。
「…………魔女の薬持ってましたよね?」
「そうだな」
「…………魔力、私よりないですよね?」
「そうだな」
「…………男、ですよね?」
「そうだな」
あれ? これって…………。
「…………もしかして魔女の男ですか?」
「そうだな」
「えぇ!?」
答えに驚いて声を裏返らせると、さすがにオリガさんもこっちに気づいて演説やめる。
それを見て薬屋さんお茶をオリガさんに渡した。
「さて、本題に入ろうか」
すごく雑に、薬屋さんは私の驚きを流そうとした。
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