79話:研究家パーティが来ました
会頭さんがやって来た日は薬を作って一日を過ごした。
翌日は『自動書記ペン』に評価されながら精度を上げる。
そして出来上がった物をさらに翌日商業ギルドへ持ち込んだ。
今日は洗濯関係の魔法を定着させるための理論を作る。
そう決めて机に向かって考えているとドアが叩かれた。
「はい、どうぞ」
「や、来たよ」
「オリガさん」
入って来たのは研究家のオリガさん。
印象的な鼻眼鏡は変わらないけど、今日は白くて裾の長い上着を着てる。
その後ろからは知った顔が現われた。
薬屋のメンシェルだ。
「やれやれ、ずいぶんな騒ぎを起こしてくれたじゃないか。冥府の恵みが失われたと患者共の煩いこと。騒いだところでなくなったものが蘇るわけでもなし。薬が有限であることなど最初から定まっていたのだから今さら騒ぐだけ無駄だとなぜわからないのだろうな」
流れるような文句が開口一番放たれた。
どうやら薬草の在庫確認が大変だったと言う愚痴らしい。
相変わらず目元が見えないくらい長い前髪に、モノクルだけが目の位置を報せてる。
不機嫌そうな物言いだけど、別段気分を害した表情には見えなかった。
「初めまして、失礼します」
「あ、初めまして」
そして三人目の女性がいた。
小柄で身長は私と変わらない。
額にゴーグルを上げて、背中には箱型の鞄を背負っているため、さらに小柄に見える。
挨拶をする様子はしっかりした感じだけど、小ささから幼い印象を抱いた。
それでもしゃっきりやる気に満ちてるのは表情からわかる。
「こっちは初めてよね。私の助手をしてくれてるソフィアだよ」
「初めまして、エイダです」
「はい、初めまして。先生よりご紹介に上がりましたソフィアと申します。本日はお約束もせず突然の訪問お許しください。こちら、心ばかりの品です」
「あ、これはご丁寧にどうも」
折り目正しくソフィアさんは手土産を渡してくれる。
私も慌てて立ち上がって箱を受け取った。
どうやら甘い匂いからお菓子のようだ。
「えっと、じゃあお茶淹れますね」
研究家パーティを奥のダイニングテーブルに案内して、私は暖炉に向かう。
お湯を沸かして、もらったお菓子をお皿に並べる。
お菓子は指で摘まめる楕円形の焼き菓子。
薄黄色い表面に焦げ目はなく、小麦とは違う香ばしい匂いがしていた。
「これはなんて言うお菓子ですか」
聞いたらオリガさんとソフィアさんは薬屋さんを見る。
「アーモンドという種子を砕いて粉にして固めただけのものだ」
「甘くて香ばしくておいしいのよ」
「メンシェルさんが作りました」
「え!?」
ソフィアさんの言葉に、つい警戒してしまう。
それを見て薬屋さんはにやにや笑った。
けどオリガさんは手を振って断言する。
「大丈夫、メンシェルは食事に混ぜるなんてことしないから。薬飲ませる時には嘘偽りなく効能を言ってから飲ませるわ。薬屋だもの」
「おおげさな言い回しや意味深な含みを持たせるので怪しいですが、仕事とそれ以外はきちんと区別しているので大丈夫です」
二人の太鼓判に薬屋さんは肩を竦めるだけ。
そして私の見ている前で三人揃ってお菓子を口に入れた。
本当に薬や毒ではないらしい。
私も倣って一ついただくことにする。
「うん、わ、口の中ですぐ溶けた」
固焼きのクッキーとは違う柔らかく溶けるような触感。
そして種子の香りだろう香ばしさ、香辛料の華やかな香りが口の中に広がる。
微かに感じる小麦粉の甘味と全体を纏める砂糖の柔らかな甘みが絶妙に同居していた。
「薬屋さん、料理上手ですね!」
「混ぜたり加熱したりは日常的にしているからな。これも薬と同じく丹念に状態を調えて、混ぜ合わせ、味や風味という引き出したい効能をより良く取り出すための時間と手間をかけたに過ぎない」
言い方怪しいし、なんなら怪しい笑顔がついてるせいで毒でも作ってる雰囲気だけど、内容は丁寧に作りましたと言うだけだ。
「いやぁ、私たち料理全然駄目でね。メンシェルいなかったら今頃飢えて困窮してたよ」
オリガさんがさらに焼き菓子を口に放り込みつつ笑う。
冗談かと思ったらソフィアさんも真剣に頷いてた。
珍しく黙ってる薬屋さんの様子が真実だと告げているようだ。
「えっと、それで今日は冥府の恵みについてですよね」
お菓子とお茶を食べてから、私は本題を振った。
うん、美味しくて止まらなかったんだ。
「これが冥府の恵みです」
箱型の鞄から瓶詰めの薬草を取り出して、ソフィアさんが言った。
それは白い毛が生えた紫みのある草だ。
まだ採取されてから日が浅いかのように瑞々しい色をしている。
「あれ? その瓶…………」
眼鏡を取って確認すると、薬草よりも瓶のほうの情報が頭に浮かんだ。
「これはマールの所でも売っている状態保存の術がかけられている錬金術アイテムだ。内部の物品の劣化を遅らせる。多く入れるとそれだけ劣化が早くなるからこちらでもそんなに在庫はない。だが生薬として使うためにはこうして保存する以外に手はないのだよ」
薬屋さんがつらつらと教えてくれる。
生薬として使うから新鮮さが命で、それなりの道具を使って保存する必要がある、と。
だけど道具としても高価でかさばるので多くは在庫を抱えてもいないらしい。
「あの、地底湖周辺の調査はどうなったか知ってますか?」
私の質問にオリガさんが頷く。
「そうそう、今日調査が入って私も同行したよ」
言葉を選ぶように一度鼻眼鏡の位置を直す。
そして単刀直入に結果を告げた。
「あれは無理だね」
「全滅ですか?」
「いや、少し残ってる。けどあれを採集したら本当に全滅だ。今は残った分を守って増やすことが必要になる」
つまり、すぐさまの採集ができずに薬草が不足することは変わらない。
「ダークオクタンのこと、一因、ですよね」
「馬鹿なことを言うものだ」
私が下を向くと、途端に薬屋さんが鼻で笑った。
「ロックキャンサーが立ち上がることを誰が止められる? その下にスライム溜があって大移動を始めるなど誰に予測できる? 責任感と後悔を混同しても意味はない。やり遂げる意思があってこその責任感、次なる一歩を見据えてこその後悔だ。無駄なことに頭を使う暇があればよくよく今後の行動を模索することだ」
「メンシェルさんが言うとおり、エイダさんたちのせいではありませんよ。それにダンジョンでの戦闘は許可されていますし、命を守る選択を咎める人などいません」
ソフィアさんは力強く言ってくれる。
「実際薬草被害はアクアスライムの群体のせいだ。ロックキャンサー避けにダークオクタン呼んだことは関係がない。というか、地底湖では日常茶飯事だ。そういう捕食関係だからね」
オリガさんも、ロックキャンサーが立ちあがった時点で被害は出ていたのだと言う。
確かに落ち込んで被害を思ってるだけじゃ意味がない。
私が後悔をするなら、次にこの冥府の恵みを見つけた時に気を付けるべきなんだろう。
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