78話:駄目だったそうです
スライム調査の翌日。
私は教会でイザークに話したとおり、治験のための試薬づくりに取りかかった。
「というわけで薬作るんだけど。ちょっと考えなしだったかな?」
私は準備の様子を楽しそうに揺れながら見守る『自動書記ペン』に話しかける。
一晩経って冷静になったら、出会って二回目でいきなり治験を申し込むのは考えなさ過ぎた気がする。
だいたい仕事も住まいも知らない人だ。
よくそんな間柄でイザークもよく受ける気になったなと思う。
「あ、イザークはクライス知ってるんだ。私がこの店の留守番をしてることも知ってるし、逆か。こっちから連絡とることもできない相手に持ちかけたのが駄目だったな」
私は後悔しつつ、まずすり鉢と擂粉木を取り出してダイニングテーブルに並べる。
鉢に湖の主の鱗の破片を入れて、後は無心に細かくすり潰し始めた。
これ地味に時間がかかるな。
光が透けるほど薄いのに思ったより硬い。
「うん、何? 呪文書?」
『自動書記ペン』が音を立てているのに気づいてみると、一冊の呪文書を叩いていた。
それは二階にあった呪文書を一階に移した物。
案の定内容はわかってるようで、私に何か伝えようと一冊の呪文書の上で跳ねている。
「この本? それでページは…………ここ? えっと、固定操作。同時作業で能率アップ」
そこに書いてあったのは道具にかける魔法。
単純作業なら道具に魔法をかけてやらせておくに限ると書かれている。
さらには解説の中には擂粉木での作業が例示されてた。
「うん、この魔法なら私も使えるよ」
答えた途端に『自動書記ペン』はグルグルと円を描き始めた。
きっと使えるのになんで使わないのかといったところかな。
「材料細かくするのって、加工しやすくするためと効能を取り出しやすくするためでしょう? 今やってるのは効能を取り出し安くするため。だから魔法で道具を動かすんじゃなくて、魔法で効能アップを目指してやってるの」
言って私は擂粉木に戻る。
すると『自動書記ペン』がついて来た。
なので私はさっきまでやっていたのと同じ動作を繰り返す。
実はすり鉢の底にはすでに魔法で文様が描かれていた。
その文様に合わせて擂粉木を動かすと、鱗は砕けながら水属性の性能が上がりやすくなる魔法がかかるんだ。
「ふっふっふ。これはお母さんに教えてもらったやり方なんだ。道具を配置する間にちょちょっと呪文かけたんだよ」
母が薬を作る時にやっていたのをそのまま使っている。
ちょっとくらい質の悪い材料でも使えるようになるんだ。
『自動書記ペン』が興味津々な様子から、魔女の一族ならではの生活の知恵なのかもしれない。
「いるかね?」
扉をノックする音と呼び声が聞こえた。
知った声は会頭さんだ。
「はい、どうしました?」
立ち上がって扉を開けると、会頭さんは一歩入って止まった。
「ちょっとした連絡事項があったからね。すぐ出て行くからここで済ませてもらうよ」
会頭さんがわざわざ来た上になんだか困った様子がある。
「実はな、今朝イザークが来てね」
「え、もう?」
「うん、嘘は言ってないのだな。その上で聞くが、イザークの身元は知ってるかね」
「いえ、一度道案内してもらって。それと昨日ロディといたのを見て声をかけたんです」
私の返答に会頭さんは額を押さえる。
「できれば、イザークにも、言わないでほしかった」
「そ、そうなんですか?」
「うむ、こちらも名を上げなかったしな。だが、ロディと仲がいいとおり、冷静に見えて、似た者同士でな」
そうだったのか。
ってことは勇気を蛮勇にするかもしれないタイプ。
クライスの行先教えただけで迎えに行くとか言っちゃうロディは、魔女の危険性とか考えてない。
一本気だけどちょっと無謀というのが私の印象だった。
「えっと、イザークは、どんな人ですか?」
改めて聞いたら、なんでそこで目を逸らすの?
「…………ちょっと同じ年ごろで荒い気性の青年を従えるだけの普通の」
「さすがに田舎者の私でも、それ堅気じゃないなってくらいはわかりますよ?」
「そうかね」
「いえ、なんかごめんなさい」
会頭さんがいっそ笑うので反射的に謝った。
私とんでもない人に声をかけてたようだ。
「まぁ、言ってしまえば闇ギルドの用心棒崩れの若い衆を纏める者でね。面倒見はいいんだが仕事と交友関係が問題でな。ロディともあまり明るい内には会わん」
つまり教会で二人そろっているところを出会ったのは本当に偶然だったらしい。
そして思ったよりがっつり堅気じゃない単語が聞こえた。
闇ギルドって何?
「人、紹介してもいいって言われたんですけど。それってつまり?」
「それも問題でな。誰を連れて来るか想像がつくから、下手に君と付き合いがあると思われるのもいかんだろう」
「そうなんですか」
イザーク、堅気じゃない手下連れてくるつもりだったんだぁ。
私も額を押さえて昨日の軽挙を悔やんでいると、会頭さんは店の奥のすり鉢に気づいた。
「もしかして、試薬を作ろうとしていたのかな?」
「はい」
「近日中にできそうかね?」
「たぶん」
私の返答を聞いて会頭さん考え込む。
「もし、試薬ができてイザークに会ったとしても、渡さないでおくれ」
「はい。検品という話もあったのでまず商業ギルドに持ち込もうと思ってました」
「うむ、そうしてくれ。そうしてくれると助かるし、君にとっても良いだろう」
「あの、もしかして私が軽く考えてしまっていただけで、相当まずい薬ですか?」
「いや、需要はある。必要な時もある。だが、タイミングがなぁ」
タイミング?
「確実に今だと闇ギルドに流れるのだ」
「え?」
それってもしかして横流し?
イザークは、そのつもりで治験受けたってこと?
「あ、すまん。エイダくんに落ち度があるとは思っていない。こちらの不足だ」
「いえ、私も相談すべきでした。扱いは慎重にしなきゃいけないってアンドレアさんにもいわれたし。作るのやめたほうがいいですか?」
「いやいや、必要になる薬ではあるのだよ。そうとわかってたのに君に丸投げしたこちらの落ち度だ」
会頭さんとしては私が試薬を作ることに賛成らしい。
「作ったらまず持ち込んでくれ。治験もこちらで準備をしよう」
「は、はい」
「それだけだ。最初にもっと、いや、すまなかったね。突然。では失礼するよ」
そう言って会頭さん帰るようだ。
笑顔だけど何やら考えこんでいるようにもみえる。
「全く、アルブレヒトめ」
背を向けた会頭さんからはそんな声が聞こえた。
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