76話:覚えてます
途中だけど調査記録を提出して依頼終了となった。
地底湖であったことを冒険者ギルドに話すとそれでいいと言われたんだ。
実は調査依頼をしたのはギルドだけど、その調査内容を精査するのは研究者のオリガさんだったらしい。
本人がいたならそれでと、この依頼は終わった。
「そうですか。冥府の恵みが被害に…………」
そして私たちは教会で司祭さんにも報告をする。
難しい顔で聞き終えた司祭さんは、じっと考え込んですぐには言葉が続かない。
それだけ重要な薬草なんだろう。
「…………あなたたちの身の安全には代えられません。すぐに薬屋の方々にも知らせなければ。在庫の確認も必要ですね」
「司祭さん、私はオリガさんとダンジョンで他に自生してないかを探す予定です」
私の言葉に司祭さんは頷く。
「お願いします。あれはダンジョンでしか育たない特別な薬草で、ここはその薬草を目当てに静養のために訪れる者がいるほどです」
「そうなんですね」
「エイダは街の南のほうに行ったことはないか?」
初耳の私にダニエルがそう聞いてくる。
続いてトビアスがテーセの南の特色を教えてくれた。
「貴族がわざわざ屋敷を構えてる高級住宅街さ。長期滞在の宿もある」
「冥府の恵みは生薬として用いるので、この街での治療が必要になるんです」
ワンダも親切に教えてくれるけど、全員顔が渋い。
それから私は司祭さんからの依頼達成を告げられた。
「けど喜べる気分じゃないっていうのが、うーん」
被害の報せに走ったりで教会パーティはそのまま司祭さんのお手伝い。
私はお風呂でのこともあり手伝いは固辞された。
確かに仕事として依頼の予定が入ったし、設備だからまだ私では経験不足だ。
だったら今から準備して確かな物にしなきゃいけないんだけど。
なんだか申し訳ない気分になる。
「当事者のはずなのに何もしないっていうのも、うーん」
すっきりしない。
もやもやした気持ちのまま唸って教会の正門へ歩いていると、知った声が聞こえた。
「エイダ? そんなに唸ってどうした?」
「うーん、って…………え? ロディ?」
振り返るとロディがいる。
けれどいつもの青い革鎧じゃない。
シャツにベストの普段着っぽい恰好だ。
「何してるの? そう言えば砦で会わなかったね」
「今日は非番なんだ。だから墓参りだよ」
そう言ってロディは壁の通用口を差した。
そこは旧テーセ村の墓地に繋がってる。
その通用口から遅れて教会の敷地に入ってくる人がいた。
ロディと同じくらいの歳の青年で、髪が灰色で目つきが鋭い。
おもむろに灰色の髪の青年がフードを被る瞬間、私と目が合いお互いに声を上げた。
「「あ、あの時の!」」
「なんだ、エイダと知り合いか?」
目深にフードを被った青年に、ロディは親しげに声をかける。
知り合いと言えるほどじゃない。
会ったのは一度きりで、商業ギルドへの道を教えてくれた親切だけど名乗らなかった人だから。
「鳥の人!」
「ぶは!?」
私が思わず呼ぶと、ロディが噴き出した。
しかもその後フードの人を指差して笑う。
「鳥! あははは! なんで鳥!?」
「おい」
フードの人は不機嫌な声を漏らした。
「えっと、名前聞きそびれて。お腹空いてたらヘシルツォ焼き勧めてくれたし、お礼言いたいなと思ってて」
「…………イザークだ」
「イザーク。はい、私はエイダ」
「ぐふ、ふ、あー、笑った」
自己紹介してる間にロディが目元を拭って一息入れる。
まだ顔赤いし、イザークを面白がるように見て口元が歪んでた。
それが見えたらしいイザークは、さらに低い声ではっきりと私と出会った日の出来事を口にする。
「そうだな、お前がクライスと間違って大騒ぎした翌日に会ったんだ」
「う…………!」
なんだかロディが気まずげだ。
そう言えば会頭さん引っ張ってきたり、衛兵の仕事さぼったりしたんだっけ。
ただ二人のやり取りを見るに親しい仲なのはわかった。
「それで、何してるんだ?」
不機嫌さのなくなった声でイザークが私に聞くと、それにロディも思いつきで聞いてくる。
「あ、そう言えばここに来たってことは治療か? 昨日ので怪我でもしてたのか?」
「違うよ、大丈夫。昨日の帰りに司祭さんにお願いされて、今日もダンジョンに行ってただけ」
「あ、だから砦」
ロディは教会パーティの依頼内容を知っていたようで手を打った。
「それで唸ってたって、今度はエイダも地底湖にでもはまったんじゃないだろうな?」
「それ、みんな知ってるの? 確かに地底湖いったけど」
トビアスとダニエルの不機嫌顔を思い出す私に、イザークが肩をすくめてみせる。
「いや、良く生きてたなというので話に上がる。たぶん地底湖に行ってたことは知らないだろう。だが、何故また教会の人間が地底湖に?」
「前は薬草取りに行って地底湖に落ちたんだよな。だからもう採集は冒険者に任せろってギルドのほうから忠告行って」
ロディが言うとおりなら、本当に相当危ない状況だったようだ。
たまたま通りかかった冒険者に助けられたとも言ってたし、司祭さんも地底湖での依頼が受けられるとは思ってなかったのかもしれない。
「今日はスライム調査だよ」
言った瞬間、二人して震え上がった。
どうやらイザークもスライム嫌いらしい。
「待て、平気だからいったんだろう? それでどうして唸る?」
身震いを押さえ込んだイザークの言葉に、私の表情がよほど曇ったのかロディも神妙な顔になった。
「実は、スライム溜とかいうスライムの塊が大移動して」
言った途端また二人して震え上がる。
あ、見えるほどの鳥肌が。
これは詳しく話すより結果を伝えたほうがいいかな。
「えっと、それで冥府の恵みっていう薬草が駄目になったんだ」
「あの群生か!?」
「全部か!?」
やはりよほどのことらしく、二人して声を大きくした。
「私たちも逃げるのに必死で。ロックキャンサーとスライム溜の移動に遭ったんだよ。それでロックキャンサー対策にダークオクタン地底湖から呼び出して。けど二体が暴れてるからすぐには見に行けにないって」
私の話を二人とも神妙な顔で聞いてる。
知らなかったとはいえ手を打たないのはまずかったかな。
「イザーク、悪い。この後飲みに行くのは今度な。俺、砦で話聞いてくる」
「いや、遅くなっていいから来い。俺も上に報せてから落ち合う」
私が口を挟めない内にロディは教会から走り出して行った。
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