72話:調査続行です
私がアクアスライムを踏み潰して倒すと、遅れて光で目がくらんだ蝙蝠型のモンスターをダニエルが切った。
どうやら目が眩むと蝙蝠型のモンスターはふらふらと高度を下げるらしい。
その後も何度か戦闘が起きる。
けれど私が一体を請け負うことでなんとか攻撃手段に困る私たちでも、地底湖周辺を調査することができた。
「そっか、前回は休憩もなしに戦闘繰り返して疲れた末に水に落ちたんだね」
「ダンジョンの中だとどうやっても休まらないと思うんだが」
ダニエルが落ち着かない様子で辺りを見つつ答える。
私が休憩を唱えて岩を背にして座り込んだことで、教会パーティも強制的に休憩を取ってもらっていた。
ダニエルは休める気がしないようだけど、トビアスとワンダは体力的に休めることに文句はないようだ。
「ダニエルならそれでいいかもしれないけど、本当に守りたいと思うなら敵だけじゃなくて仲間にも意識割かないと」
「あ…………なるほど」
私が言ってようやく休む仲間に目を向けたダニエルは、ばつが悪そうに頷いた。
これで、一人で強くなっても駄目って意味が分かってくれればいいんだけど。
「それに依頼は調査。この後続けるためにも一度内容を確認して、この後どう動くか話し合うことも必要でしょ」
「はい、では倒したものも含めて見つけた魔物の数がこちら、二十七匹になります」
ワンダは回復役なので、記録係も兼任してくれていた。
そうしてメモしていた魔物内訳を数え直して、出してくれる。
「虫、蝙蝠の魔物を抜くと、アクアスライムが十二体か。少ないな」
「そうなの?」
トビアスの感想は、山のスライムしか知らない私からすると正反対のものだった。
するとダニエルがアクアスライムについて教えてくれる。
「ここのスライムは大抵十体以上で群れてるんだ。けど出てきたのは単体ばかりだったろ」
つまり今の数の倍は出て来ておかしくないというのが、地底湖での基本のようだ。
考えてみれば広大な雪山と違い、広くても洞窟という閉鎖空間。
その上地底湖周辺という限られた範囲を生息域にしているのなら、確かに少ない気がしてくる。
「どうして減ったんだろう?」
「お引っ越しでしょうか? ダンジョンには他にも水辺がありますから」
なんだか平和的なワンダの発言。
私のわからない顔に気づいて、ワンダは言葉を足した。
「たまにスライム溜を作って固まっていることがあるんです。その後は住処を別のエリアに移すことがあるんです。ミツバチの分蜂みたいなものですね」
「スライム溜? 初めて聞いた」
「そのまま、水の溜まりのようにスライムが固まっているんだ。大抵見つかりにくい岩の間や洞窟の窪みにできる」
ダニエルは説明してくれながら、手近な岩の下の隙間を指して見せた。
想像してもあまりいいものじゃない。
というかスライムにそんな習性あったなんて知らなかった。
山だと気づいたらピョンピョン飛び出してたし、何処かに固まってるなんて記憶にない。
「調査依頼にはスライムの数を調べるようにとあったな。スライム溜については何もなかった。けど、正確な数を知るためには、探したほうがいいか?」
トビアスはスライム溜探しが依頼の範疇かどうかを考え込む。
予定としては地底湖周辺を回ってどれだけのスライムと遭遇するかを調べるだけの依頼だ。
それによっておおよその生息数を推察する手伝い。
「意外だなぁ。冒険者ギルドで討伐推奨だったから増えてると思ってた」
「そうなのか? あまりギルドに行かないから知らなかったな。もしかしたら前にいた冒険者が奨励金目当てに狩り尽したか?」
私の言葉で、トビアスは一時的に減ったように見えるだけという可能性にまた考え込む。
するとダニエルが一度耳を澄ませてから反論した。
「それなら衛兵がブッキングを注意してくるはずだ。特に武具の音もしない。他の冒険者はいないんじゃないか?」
「私初めてだからわからないけど、ここって戦闘音が響いて聞こえたりはしないの?」
前に来てる人がいるなら、それらしい音が響いてもおかしくはない。
ここ天井が高くても洞窟という限られた空間だ。
そして空気は冷えて張りつめてるし、音はよく聞こえそうな気がする。
「そうですね。聞こえてもおかしくないとは思いますが。ただ地底湖の反対側にいるとさすがに」
ワンダは否定してみるけれど、可能性は捨てきれないらしい。
「ひと回りして、仕事終えてから衛兵に確認しよう。その上でギルドに少なかったなら少なかったと報告するだけでもいいと思うよ」
たぶんそこから情報を得るのはギルドかギルドに依頼をした人だ。
気にしすぎて身の危険は本末転倒だと思う。
私の言葉に頷いたワンダが、ふと手元のメモに視線を落として言った。
「そう言えば、少々変わった調査項目がありましたね。スライムのユニーク個体がいたなら大きさを報せるようにと」
「そんなのいたか? アクアスライムのユニークなんて見たことがないな」
「いや、色違いがいるっていうのは聞いたことがある。だが、大きさ?」
ダニエルとトビアスがお互いに顔を見合わせて言い合う。
「ユニークはたぶんもっと別物のことだと思うよ。山にいたスライムは見た目がかなり違ったから」
アイシクルスライムがそれだ。
見た目も違えば性能が段違いだった。
「なんにしても調査を続けようか。座りっぱなしも岩に体温取られるし」
「そう言えば妙に尻が冷たい」
「懐炉があって良かったです」
トビアスのぼやきの横でワンダが私に笑顔を向けてくれる。
そして一番に立ち上がったダニエルが早速剣を抜いた。
「今、岩の影にスライムが見えた気がした」
「ここは遮蔽物ないしこっちに来るの待とうか」
斬りかかりに行きそうなダニエルに、私はストップかけた。
まだトビアスとワンダも立ち上がっていないし。
「あ、今回初めての複数のアクアスライムだな」
「と言っても二体だけじゃないか。しかも蝙蝠も虫もいないから簡単に倒せる」
ダニエルが守る体勢で敵を教えると、トビアスが気合を入れた分肩透かしを食らったようだ。
ただ今までと違ったのは、倒したと同時に硬質な物がスライムの中から飛び出して岩場を転がったこと。
「あ! スライムの核片!」
「たまに出て来る奴か。今、岩の下に転がって行ったな」
「勿体ないー」
トビアスについ、私は声を上げた。
「なんだ、核片欲しいのか? 不人気だからギルドで呼びかけたら処分したいって集まるかも知れないぞ」
「わぁ、さすがスライム嫌いの街」
予想外の言葉を言うダニエルに答えると、そんな私をワンダが笑う。
「まぁ、間違っていませんね。教会では水系統に魔法の触媒として消費してしまいますが。今度あったらお譲りしましょう」
「ううん、経験積むついでに自分で取るから大丈夫だよ、ありがとう」
そう話していたら、私の足に何かが当たる。
見れば、さっき岩の下に転がったはずの核片だ。
拾い上げて眼鏡をずらしてみても、やっぱりアクアスライムの核片だった。
「ちらっと見えたが、そっちから勝手に飛んで来た。あの岩の下に魔物がいるんだ」
ダニエルが警戒し、私とワンダ、トビアスも岩から一歩離れる。
瞬間、岩が身震いをした。
「こ、これ岩じゃない! 大きいよ! 離れて!」
眼鏡ずらしててようやく気づいた。
岩には生命体の反応がある。
そして身震いから立ち上がるために延ばされる足は外骨格に覆われた六足。
岩の下から伸ばされ私たちの頭上に現れたのは厚みのあるハサミ。
「ロックキャンサーだ!」
トビアスが魔物の名前を叫ぶと、見上げる岩のような魔物は飛び出た目で私たちを見下ろした。
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