70話:スライムでした
翌日、私はクライスの装備を拝借して教会へ向かった。
冬服もあったから防寒できる服を持って行く。
「おはようございます」
「エイダさん、本日はお受けいただきありがとうございます」
ワンダがまた掃除をしていたので声をかける。
私を見ると手を止めて案内に立ってくれた。
連れて行かれたのは、聖堂の右手から奥にある窓の多い大きな建物。
「ずいぶん窓が多いけど、ここは?」
「女子修道院です。窓は個室が多いせいではないでしょうか? 中に防寒着を用意してますので選んでくださいな」
どうやら着替えのために女子修道院に通されたようだ。
ダンジョンに入ってから着れる物は持って行く形にするらしい。
私が選んだのは白い毛皮の裏打ちがあるコート、首まで覆う冬服はクライスのがあるから、これらは後から着れる物として持って行く。
「ちょっと暑いけどブーツの中に靴下履いて。この毛織のスカート温かそうだね。これって着て行ったほうがいい?」
「そうですね。あからさまに着替えるとトビアスとダニエルが驚くので」
そういうワンダも私と衝立で隔てて着替え中だ。
布地の厚い修道服に、さらにベルトで固定できる毛織の腰巻、フードのついたケープなどを着込んでいる。
相当寒いというので、私はワンダに助言を貰いながら準備をした。
「二人ともお待たせ」
修道院から教会の正門に戻ると、すでに防寒着を抱えたトビアスとダニエルが待っている。
そして見送りの司祭さんもやってきたところだった。
「急なことですみませんね、エイダくん」
「いいえ。あ、懐炉人数分できたので配っておきます」
私は昨日手に入れた火喰鳥の素材で作った発熱道具を取り出す。
見た目はただの袋だけど、呪文で発動させれば発熱してくれる道具だ。
火喰鳥から作った薬液に袋をつけて発火防止にし、火喰鳥と別の素材から作った火もなく燃焼する粉を詰めて出来上がる。
「地底湖周辺は火を起こすのも大変だからありがたいな」
「地底湖に入ってしまうと凍えるしかないからな」
トビアスとダニエルは喜んで受け取るけど、なんか今…………。
「えっと、二人は地底湖に入ったことあるの?」
聞いたら二人して顔を背ける。
「トビアスが落ちて、ダニエルが助けに入って二人とも凍えてしまったことがありましたよ。あの時は水から上がるにも体が動かないと言って大変でした」
ワンダが当時を思い出したのか頬に手を当てて溜め息を吐く。
「それ凍傷とか大丈夫だったの?」
私も寒い地域の育ちだから、水から動けないほどという表現に嫌な想像をしてしまう。
「えぇ、凍傷に効く魔法は覚えていなくて。痛みさえなくなったという部位に集中して回復をかけながらなんとか帰りました」
「あの時は、私も報告を聞いて急いで駆けつけましたね。二人はすぐに衛兵によって風呂屋に投げ込まれてましたが。お蔭で凍傷の跡も残らなかったのは不幸中の幸いですね」
司祭さんは何かを期待するように私を見る。
どうやら地底湖行きで私に声をかけたのはその前の失敗を踏まえての次善策らしい。
誰かから私が雪山育ちだとでも聞いていたのかもしれない。
「寒いし風でも凍えるって聞いてたんで、手足に塗ることで暖を取れる薬は持って来てますよ」
「すごいな、そんなものがあるのか?」
トビアスが感心して私の取り出す薬箱を見る。
けど残念。
これは故郷周辺で一般的な薬を両親が使いやすいように塗り薬に変えただけのもの。
それまでは元の材料を靴下の中に入れてごわごわした足で歩くだけの民間療法だ。
「冷水に入ってまで効くわけじゃないし、効果は個人で差ができるんだ。ただ凍傷予防にもなるんで、今の内に塗っておいてもいいよ」
「じゃ、さっそく」
よほど前回の失敗が苦い思い出らしい。
ダニエルが薬を受け取って花壇の段差に座り込むと、すぐにトビアスも隣に座って靴を脱ぎ始めた。
ちなみにワンダには着替えの時すでに塗ってもらってる。
「やはりエイダくんに頼んで良かった。では行ってらっしゃい」
司祭さんに見送られて、私たちは北門へ向けて歩き出す。
手持ち無沙汰の中、ダニエルが話を振って来た。
「そう言えばロディから聞いたんだが、魔女以外を魔女と呼ぶと呪われるって本当か?」
「あぁ、昨日ロディに言ったあれかぁ」
「うん? いつロディに会ったんだ、ダニエル?」
「そう言えば早朝姿が見えなかったようですけれど?」
「あ、いや」
私が応じると、途端にトビアスとワンダが不思議そうに聞き返す。
これはもしかして、ダニエルの訓練は衛兵が相手なのかな?
というか、まだ怪我するような特訓を秘密にしてるのか。
ダンジョン前に問題提起するのも駄目な気がするから、今回は口裏を合わせてみよう。
「私が増えたから調整にでも行ってくれた?」
「あ、あぁ、そうだ」
助け舟でダニエルがわかりやすく笑顔になってしまう。
さらに誤魔化すため、私は話を変えた。
「あと魔女ね。えっとね、魔女って女系なんだよ。たまに男が生まれるけど、魔女としての能力ないの。だから男系は魔女って名乗ったらいけないんだって」
「それ、クライスはどうなるんだ?」
トビアスがダニエルの様子よりも私の話に興味を持ってくれる。
「私たちは男系子孫だから魔女じゃないよ。魔女の一族として、ラスペンケルの名前と技術を引き継いでるの。だからラスペンケルの魔女とは名乗れない」
「うん? 男は魔女の能力がないなら、男系も技術を引き継げないんじゃないのか?」
「魔女の子供として生まれた男の人ならね。けどその人の子供はそうじゃないし、魔女から血が離れると男の人でも魔力を持って生まれるんだ」
つまり魔女の元に男児として生まれると魔力を持たない。
これが傍系のクライスが能力の高さを理由に養子入りした理由だ。
魔女の血を濃く引くほど、男の人は魔女一族の魔法が使えないという魔女にとってはジレンマが存在する。
「お? またどうした、エイダ」
「あ、おはようございます、ヴィクターさん」
北門から砦に入ると、昨日と同じ窓にヴィクターさんがいた。
「まぁ、エイダさんと一緒に依頼をお受けすることになったのを聞いてないんですか?」
ワンダがさっきのダニエルの言い訳を踏まえて聞く。
私とダニエルは緊張してしまった。
「俺ここで仮眠してたから聞いてないな」
ただヴィクターさんも悪びれず手を振って応じる。
「にしても、そうか。ま、エイダがいるなら前みたいに足滑らせて凍死しかけることはないか」
「あれは、ちょっとした事故で」
ダニエルは苦い顔をして言い返すけど、ヴィクターさんはまた手を振って適当に流した。
「なんにしても頑張ってくれ。スライムの生息調査なんて衛兵に回されても正直達成できないからな」
「苦手なのは知っていますが、そこまではっきりとおっしゃらなくても」
ヴィクターさんの体面さえ気にしない言葉に、ワンダも呆れる。
けれど、私は納得してしまった。
「スライムだと、そうですよね」
「いやぁ、なはは。そういう働きもんなとこはクライスと同じだな。頑張ってくれ、エイダ!」
そんな風に笑って、ヴィクターさんは私たちを見送ったのだった。
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