69話:調査依頼だそうです
「あぁ、いたいた」
「司祭さん?」
解体された火喰鳥二羽分の素材を持って店に帰る途中、私はテーセ教会の司祭さんに声をかけられた。
「こんにちは。私にご用ですか?」
「えぇ、ワンダを使いに出したところ店は留守だったので。けれど運良く教会に治療に来た冒険者があなたの髪色を見たと聞いて。ダンジョン帰りでお疲れのところすみません」
「いえ、どうしたんですか? わざわざ捜してくださったなら急ぎですよね?」
というかバンダナしてたんだけど、私が思うよりも夕日のような色の髪は目立つようだ。
クライスはもちろん両親もこの髪色だったからあまり意識してなかったけど。
「火喰鳥を討伐に向かったと聞きましたが、どうやら首尾よくいったようですね」
「良くごぞんじで。…………もしかして、会頭さんが言い出した装備って言うのに、関わってたりします?」
「えぇ、実はこの間の霊草、あれも必要素材の一つです」
そうだったのか。
クライスは装備関連の色んな手伝いで関わっていたようだ。
それだけこのテーセに馴染んでいたということかもしれない。
「それで、お疲れのところ恐縮ですが、明日の予定は?」
「もしかしてまたお墓の草取りですか?」
「いいえ、ダンジョンです」
「え?」
予想外の申し出に私は一瞬怯んだ。
けど、以前教会で言われたことを思い出す。
「あ、相性のいいっていう場所に行く予定が立ったんですか?」
「そう、だったらよかったんですが」
あれ、違うの?
というかその言い方厄介ごとだよね。
「はい、そのとおり」
「え、心読まれました?」
「いえ、あなたはとても素直なので顔に出ますよ。クライスだと不機嫌な表情で全て思考を隠してしまいますから」
えー、なんか…………いや、今はそれじゃないか。
ちょっと聞きたいことはあるけど、つまりは教会パーティの三人が危険かもしれないからっていう、前回と同じ用件でいいのかな?
「それでですね、我が教会は無駄に大きいんですよ」
「無駄…………」
「なので維持管理費がかかる。けれど人数は少ない。中央とも離れてるので資金をせびるにも限度がある」
「しかもせびるって、こんな街中で言っていいんですか?」
「資金不足でダンジョンに出稼ぎしてるなんて周知ですから」
「あ、はい」
この司祭さんは本当にフランクだなぁ。
逆にこれだけ肝が据わってないと運営できないのかもしれない。
「いつもは不人気なアンデット系湧きのダンジョン内部を浄化して稼いでいるんですが。今回ギルド職員に頼まれたとかで特に攻撃が効くわけでもない地底湖の依頼を受けてきてしまいまして」
「あのダンジョンの山、地底湖なんてあるんですか?」
「一説には山一つ埋まるくらいの広大な地下があるのではと言われているくらいですよ」
それだけ広いから未だ全容がわからいままらしい。
「えっと、それって断ることはできないんですか?」
「本人たちがやる気でして。しかも内容は魔物の分布調査なので、最低限自衛ができればという依頼になりますので」
それくらいならできると意気込んでいるってことか。
だからこそやめろと言っても、教会パーティに不満しか残らない。
「なので、エイダくんに協力をとお願いに上がりました」
「私も行ったことないので足手纏いが増えるかもしれませんよ?」
「いえいえ、そんな。少なくとも戦力分析はあなたが上です」
否定できないな。
それに司祭さんはお墓での草取りを上から見て、私に声をかけて来てる。
「あの子たちもあなたの力量を感じているので。逃げるよう指示を出してくれるだけでもいいんです」
「確かに、まず逃げるって選択しないですよね。それ、ダンジョンでもなんですか? あそこが荒らされたくないお墓だからってわけじゃなく?」
「えぇ、教義で魔物は人間を害す存在なので討伐推奨になってるんです。そのため魔物を前に逃げるということに抵抗があり」
「なるほど」
それは心配だ。
「地底湖探索に必要な装備はこちらからお貸しします。消耗品は使ってくださってかまいません。あ、もし火喰鳥の素材でクライスが作っていた懐炉なるものを作れるようでしたら経費として教会資金から回しますよ」
そんなのあるの? っていうか教会の資金を部外者に出していいのかな?
けど使い道迷ってた素材で経験積めるならあり、だよね。
というか火喰鳥戦は私、見てるだけだったんだよね。
ダンジョンもほぼ歩いただけだし、正直何もしてない。
新しい杖も作ったのに、霧さえ散らされて意味なかったし…………。
「えっと、私今水属性の杖で。これでも地底湖大丈夫ですか?」
「悪くないと言ったところでしょう。火系なら威力半減。風系だと地下の水辺という冷気を動かして自分にもダメージがあるので」
「うわぁ。つまり自分たちを濡らさない方向がいいんですね」
「もし誰かが水に落ちて凍えた時に、水を拭い取るような魔法はあります?」
「ありますね」
「あるんですか?」
なんで驚くの?
「洗濯の乾きを良くする魔法ですよ?」
「魔法は基本戦闘につかうものしか知らなかったので。そうでなくても特殊技術ですから」
そういう認識なんだ。
魔女の一族は魔法ありきだ。
生まれた者は全員魔法が使えるから生活の一部だし、特別なことではない。
その上ラスペンケルは呪文を作る。
戦闘向けもあれば日常生活に役立つ方向性の呪文を作る者もいた。
「クライスに及ばないということをおっしゃっていたけれど、あなたにはあなたにしかできない技があるのですね」
「私は基本的に日常生活で魔法を使っていたので。でも使い方次第でダンジョンでも使えそうですね」
「えぇ、それを知るにはまず経験。決して戦闘を強制するものではないので力を貸していただけませんか?」
司祭さんが言うとおり、足りないのは経験だと私もわかってる。
だったらここで断る理由もない。
「わかりました。けど、懐炉は作り方もわからないので作れるかどうかは確約できませんよ」
「えぇ、もちろん。基本的なあなたへの依頼は調査への同行と補助です」
それから軽く時間を打ち合わせて私たちは別れる。
「本当にクライスよりも素直で気立てが良くて」
「そんな褒めても何も出ませんよ」
「いえ、クライスは突発的なことあまり乗り気ではなかったので。では、明日」
どうやらクライスは相変わらず恰好つけだったようだ。
たぶん不測の事態で失敗が嫌なんだろうな。
「だからせっかく夢で逢える仕掛けしててもはっきり言わないし。変なところでちゃんと言わないの、手紙の時でもそうだったし」
というか、このテーセに来た時も、同居前提で用意してるくせに私には見に来いよなんて手紙だけだった。
「失敗が嫌なのはわかるし、私もできればクライスにどんと任せてもらえるようになりたいけど」
けれど足りない。
だったらやれることをやるしかない。
「はぁ…………さて、もう一仕事と行きますか」
私は慣れてきた呪文店への道を歩き出した。
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