7話:美味しい鳥肉でした
店にあった地図を片手に、私は外へ。
施錠は魔力を通して完了。
「広い街。西門がここで、この店がここで…………ギルドはいっそ西門が見える所まで戻ってから昨日聞いた道順で行ったほうがいいかな?」
衛兵のロディが話してたのを流し聞きしたし、最初のほうは聞いてたからたぶん、行ける?
そんなことを考えながら歩く周辺は、大通りから離れた細い道。
積み木のように増築した感じの家が道を形作っている。
「呪文店自体、たぶん別の建物を土台にしてるし」
店から出て石と漆喰の階段を下りる必要があり、改めて見ても店とは材質が違うのがわかる。
周りを見ながら歩くと、どうやら小さな工房らしい物がちらほら見える。
この界隈はそういう人たちの集まりのようだ。
「あ、朝ごはんの匂いがする。パンもいいけど、昨日食べずに寝たからなぁ」
空腹もあって足が速くなる。
露店が並んだ大通りまでさっさと行こう。
「昨日は西門から進んで左に行ったけど、商業ギルドはもっと西門近くて右側…………だから、西門に向かって左側?」
私は地図とにらめっこしながら歩く。
やっぱり大通りには露店が並んでいた。
しかも朝食客を誘ういい匂いが…………。
「まだ食べるには早いかな? 商業ギルドのほうも道広いし、そっちにも露店あるかな?」
誘惑されながら、私はふらふら歩く。
と、ともかく左へ曲がろう。
ギルドのほうになかったらちょっと戻って…………。
「おい、待て。何処に行くつもりだ」
突然背後から声をかけられた。
振り返るとフードを目深にかぶった青年のようだ。
口元までマフラーを引き上げてるせいで声がくぐもってる。
「…………呪文屋?」
「あ、違います。うん? 違うって言っていいのかな? えっと、今は違います?」
どうやらクライスの知り合いらしい。
けど私の煮え切らない答えにフードから垣間見える目がイラッとしたのがわかった。
「あ、えっと、今から商業ギルドに行って、クライスの代わりにお店するための契約? の話し合いを」
「呪文屋の、親戚か?」
「はい。双子のエイダです」
じっと顔を見られる。
やっぱり似てるみたいだなぁ。
「顔は、似てるのに…………全然違う」
「まぁ、生き別れ状態だったんで。私も訪ねて来たんですけどいなくて」
「店を、やるのか?」
「留守番することになりました。クライスほどの腕はないので申し訳ないですが」
じっと何か言いたげだ。
なんだろう?
そう思ってたら手に持ってた地図を指差された。
「今曲がろうとしてたのはここだ」
「あれ?」
地図上で示されたのは、商業ギルドとは全く違う道。
「良く見ろ。ここが商業ギルド。商業ギルドのあるアーケード街に行くにはここの斜めに伸びた道だ」
「あ、なる、ほ…………ど…………」
相槌と同時に腹の音が響く。
なんで今なの。
自分でも顔が熱くなるのがわかった。
「あ、あはは。いい匂いでお腹すきますよね!」
誤魔化しきかないからいっそ開き直って言うと、クライスの知り合いはぽかんしてしまった。
笑うか流すかしてぇ。
恥ずかしいからぁ。
「…………そこの、ヘシルツォ焼きなら、手軽で癖もない」
「え?」
「もう少し腹に溜めたいなら、ヘシルツォとその卵で作った包み焼きのほうがいい」
「え、あ、卵ってことは鳥肉?」
頷かれる。
どうやら美味しい物を教えてくれたようだ。
「ありがとうございます」
「う…………お、おぅ」
クライス…………。
お礼言っただけでぎょっとされたんだけど?
「なんか、その顔で悪態の一つもないと調子狂う」
「えっと、私の双子がごめんなさい」
「あ、いや。忘れてくれ」
クライスの知り合いはマフラーを引き上げて、ばつが悪そうに顔を隠す。
「俺は、これで」
「あ、わざわざ声をかけてくれてありがとうございました」
去ろうとした青年が不自然に肩を揺らして止まる。
なんかまた変な顔されてる気がする。
フードとマフラーでよく見えないけど。
「…………呪文屋にはちょっとした借りがある。身内に返すのでも、いいだろ」
早口に言うと今度こそ去ってしまう。
西門のほうから右手の小道へ。
「借り、かぁ。何したんだろう? あ! 名前聞き忘れた!」
たぶん呼び方から呪文店のお客だ。
つまりこれからは私のお客。
失敗したな。
けど今から追い駆けても迷子になりそうだし、商業ギルドに行かなきゃいけないし。
今度店に来た時に謝ろう。
「そうすると立っててもしょうがない」
私は勇んでヘシルツォ焼きの店に向かった。
「おじさん、包み焼き一つ」
「あいよ」
魔法で火を起こして鉄板の上で鳥肉を焼く。
気になって眼鏡をずらしてみると、おじさんが魔法使いというわけではなく最初から魔法の道具が仕込まれた器具を使っているようだ。
周りに目を向けると他の露店も同じ器具を使っていた。
卵を鉄板に割り入れる音に私は眼鏡を戻す。
おじさんは手早く黄身を潰すと円形の薄焼きにしていた。
そこに匂いの強い野菜の千切りをいれて、先に焼いた鳥肉を入れる。
食欲をそそるソースを手慣れた動作でかけると、卵をさっと二つ折りにして具を包んだ。
「熱いから気をつけな」
「ありがとう」
値段は銅貨五枚。
手頃な値段だし、子供でも買えるくらいだ。
代金を置いて受け取ると確かに熱い。
うん、いい匂い。
早速食べながら商業ギルドに続く道へと私は歩き出した。
「む…………はふ、ん、美味しい!」
鳥肉は柔らかくてさっぱりしてて、濃厚なソースは野菜とも合う。
包んだ卵はどちらも邪魔せず濃厚ソースをまろやかにするアクセントになってた。
肉も卵も野菜も独特の臭いがあるものばかりだけど、それがソースと混じると美味しさを引き立てる。
「借りって言ってたけど、こんな美味しい物教えてもらえるなんてこっちが貸し作ったみたいだよ」
あの包み焼きの人の名前を聞き損ねたことを、私は後悔しながら朝ごはんを終えた。
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