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68話:魔具店にて

 夕方前に、私の店に衛兵が依頼品を持ってきた。

 火喰鳥の火袋だ。


「そうか、クライスはラスペンケルの本家に」

「呪われるから追い駆けるのはやめろって、エイダに言われた」


 火袋を届けに来た衛兵のロディは不服そうに呟く。

 聞けば呪いの実演までされて止められたそうだ。


「君を心配しているんだよ。いい子じゃないか」


 正直、あの警戒心の強いクライスの双子とは思えないほどいい子だ。

 ただ顔はそっくりで、ちょっとしたしぐさも同じだからテーセでもクライスが戻って来たと思っている者がいる。


 元から客を選ぶせいで関わりのない者はその目立つ髪色や活躍を聞いてるだけということもあるが。


「マールさんでも呪いって防げないのか? 魔具とかでさ」

「できないとは言わないよ。ただ、一つの呪いに対して一度だけだ。ラスペンケル本家の魔女たち何十人も一気に呪われたら無理だよ。盾一つで十以上の剣を防げと言ってるようなものだ」


 私の喩えにロディは納得したようだった。

 これで答えが「できる」だけだったら、きっとクライスを迎えに行くと言っていたんだろう。


 そんなことに巻き込まれるのは、魔女の厄介さを知るからこそごめん被る。

 たとえ魔族と切れた一族だとしても、魔族の中で生き延びた人間の末裔が生半な能力であるとは思えない。


「はい、確かに受領したよ。さて、私は新鮮な内に火袋の加工に入ろう。今日は店じまいだね」

「それ装備の何処に使うんだ?」


 ロディが出口に向かいながら思い出したように聞いてきた。


「火を吸って受け流す形の魔術の媒介になるんだ。そのために火を蓄えるという火袋本来の機能を残したまま、傷まないよう装備として加工可能にするのが私の役目さ」

「ふーん」


 考え込む様子から、ロディは装備の全体像を知らないのだろう。


 知ったところで個人では再現不可な代物だけれど。

 各職人の独自技術が使われたり、高難度の手法が必要だったり、ロディが欲しがっても手に入れることはできない。

 冒険者でもこの装備のことを知れば欲しがる者はいるだろう。

 余計な横やりを避けるために、この装備については日の目を見る時まで大声で言ってはいけないことになっている。


「さて、おっと?」


 ロディを送りだして背を向けると、背後で扉が開く。

 見ると知った顔、鍛冶屋のヤーヴォンだ。


「閉店の表示が見えなかったのかな?」

「いるじゃねぇか」

「もう、ここはたまり場じゃないんだから」


 私の苦情など聞かず、ヤーヴォンはずかずかと入って来て火袋に気づく。


「もう手に入れたのか。こうなると最後の仕上げのクライスがいないのがな」

「まだ先は長いし、そちらにまで回るのもまだまだかかるだろう」


 慣れているからヤーヴォンは放置で、私は火袋の加工に取りかかるため店の奥の工房へ向かった。

 そこには台所もあるからヤーヴォンも勝手に飲み物を用意し始める。


 道具を用意する間にロディから聞いたエイダの推測を、ヤーヴォンにも聞かせた。


「ラスペンケル本家か。そりゃ、若いのが追ってくるのを警戒して言わんな」


 私と同じ意見だ。

 魔女という生き物を知っていればこういう反応になるのだろう。


 実際エイダがやってみせたという呪いなんて児戯にも等しい。

 判断力を低下させる薬も、魔法で幻覚を織り交ぜることもしなかったようだし。


「魔女が騒げば、森の向こうの城も静観はしてくれん」

「この国の魔女は人間社会に根差してる分大人しいんだけどね」

「魔族と関わりのある魔女は魔族さえ呪う猛毒を越えた凶毒だからな」

「そう言えば隣国の勇者が来たんだけれど、あの子たちよりもずっと魔女のほうが魔族相手に善戦しそうでねぇ」

「それはどうかのう。魔女は一人ひとり弱いが連携と執念が問題だ。あの勇者は聖剣を持っとる」

「おや、あれは本物で?」

「だろうよ。あんな手の施しようもない剣、伝説の武器工以外が作っておったら、わしは弟子入りを志願する」


 すでに徒弟を十人以上抱えてるのに。


 私はそんな無駄話をしながら火袋の加工のための薬液を三つ作る。

 これを作ったら火袋の洗浄をし、その後も幾つも行程を経なければいけない。


「ラスペンケル本家は男児を必要とする呪いにかかっているのだから、クライスが押さえると思っておこう。その間に私たちは依頼をこなせばいい」

「魔女同士で争って世代に渡る呪いを受けるとは。恐ろしくばかばかしい話じゃ」

「ははは、それ魔女の目の前で行ってみたらどうかな?」

「蛙にされる」

「豚かもしれないね」


 どちらにしても碌な目には合わない。

 魔女なんて関わらなければそのほうがいい。

 それが私たちの共通認識だ。


「なんにせよ、スタンピードを前に魔女の横やりは厄災以外の何ものでもないので」

「止めたクライスはいい働きをしたもんだ」


 そう言ってもテーセの人間には危機感などないだろう。


「きっと魔女が乗り込んできてたら大変なことになってただろうね」

「先代の領主は確かスタンピードの後始末で過労死と言われるほどだったか?」

「となるとまだ若い今の伯爵はスタンピードを前に魔女のふりまく災厄で過労死?」


 無いとは言えないな。


 ただ、可能性は低い。


「まず魔女がここには来たがらないから、本当に来たらその分本気。となると面倒な未来しか見えないな」

「森の向こうにいることは知ってるからな。クライスもそれでここを選んだと言っていたのう」

「けれど可能性がある以上は来させない方向で動いたのはいい判断だね」

「しかし一月も戻れなくなるとは何をしておるんだ?」


 それは私に聞かれても思いつかない。

 そもそも魔女の知り合いはいてもラスペンケルじゃない。

 というかラスペンケルの魔女はこの国にしかいないので、他国だともっと少数だしもっと密かにしているから、行動の予測が当てはまらないかもしれない。


 大手を振って魔女を名乗るラスペンケルがいるこの国の特殊性だ。


「ここ住み心地悪くないからなくなるのは惜しいのう」

「あなた最初文句言ってたわりに徒弟どんどん増やして」

「お前も弟子入り志願いたのに全部断っただろう」

「私は流れ者ですから」

「その割りにこの店気に入ってるじゃないか」


 長い付き合いだから、ヤーヴォンには私の機微など筒抜けのようだ。

 少しスタンピードで壊れて復興するくらいなら居座るのに問題はない。

 少数犠牲になる程度でスタンピードが収まるなら私は肯定する。


 ただ何ごとも想定どおりと行かないのが人間だ。


「私は最悪自分一人で逃げる心づもりはできていますよ」

「そこで最悪と言えるだけ、お前も丸くなったもんだ」

「年寄り臭い言い方しないでほしいなぁ。だいたいあなただって弟子取るような性格でもなかったでしょう」

「ヘクセアがうるさいからやってみただけじゃい」


 身一つ、頭の中の知識とこの手の技術があればどこでも生きて行けるし、何もいらない。

 それくらいに思っていた。


 ただ、悪くない、気に入っているというその言葉を否定できない時点で私が思う以上の肩入れをしているのだろう。


「ま、やれることはやるつもりだよ」


 私はそう呟いて、洗浄した火袋を薬液の中に落としたのだった。


隔日更新

次回:調査依頼だそうです

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