66話:無自覚でした
伝説の武器工は精巧な武器の造形もさることながら高い魔法性能でも有名だ。
ただその実在は疑問視されることが多く、神出鬼没、不老不死、銘と技を連綿と受け継ぐ技能集団など噂は色々ある。
けれど確かなのは破格の魔法性能を持った武器であること。
そして魔王さえも妥当しうる武器として、多くの英雄が振るって来たと言われる。
「まず確認。サキアは聖剣を抜いてないし、魔法も使ってないよね?」
「使うとは言ったけどする余裕なかったね」
私の質問に、その伝説の武器工の作った聖剣を持つ勇者が答える。
つまりサキアは無自覚。
使用者でさえわかってないのに気づいたことを指摘するしかできないのは、正直荷が重い。
「じゃあもうはっきり言うよ。その聖剣、勝手に魔法使ってた」
「「「え!?」」」
勇者パーティは揃って声を上げる。
戦闘直後の違和感、そして猛進といえる攻撃性を、当人たちだけがわかってない。
そんな状況で敵に向かう危険性は、戦いに関して素人同然の私でもわかる。
「そんなこと、だって、僕は抜いてもいないのに」
サキアは信じられない様子で腰の聖剣を見下ろす。
けれど私はありえないとは思わない。
だって、伝説の武器工が作った武器の特性には、意思を持つというものがあるんだから。
サキアたちは知らなかったみたいだけど、道具が意思を持つという実例なら『自動書記ペン』がいるし、ありえなくはない。
だいたい、経験以外は基本スペックが私と同じクライスが作れたのに、伝説とまで言われる武器工が作れないとも思えない。
「私の目には三人に強力な攻撃性を与える援護魔法がかかってるのが見えた。聖剣にはそういう能力はある?」
「…………あるな。聖剣は勇者とその仲間に力を与えると言われてる。実際、サキアと一緒に戦うほうが調子はいい」
ヘルマンの言葉にルイーゼも同意を示す。
聖剣は勇者を選ぶ、そして戦う力を与える。
だったらサキアの意思に関係なく動いても不思議はないはずだ。
「もちろん、私の目には効果範囲にヘルマンとルイーゼも入ってた」
「一緒にいたのはエイダもでしょう? ただ近くにいる者に自動で効果を付与するだけなら聖剣が勝手に使っていたという言い方は当たらないのではない?」
ルイーゼは魔法使いとして、聖剣が何かしらの媒介でしかない可能性を提示する。
「残念だけど、私にはかかってなかったんだ。サキアは意識していない、範囲内の人間に限定して自動でかかる魔法でもない」
「確かに何かしらの恣意的な選択はあるんだろう。だとしても、元から聖剣に備わる能力だったら呪いではないんじゃないかな。君も意思を持つと言っていたし」
サキアは純粋にわからないらしい。
けど、だからこそ私は確信を深める。
「いや、なんかもう、それが呪いの正体なんだよ」
正直ぞっとした。
同時に納得する思いもある。
だから歪みなんてないんだと。
「サキアの言うとおり元から備わる能力なんだ。本来なら害にはならない、だからこそ聖剣は聖剣のままだった。そして魔王の最後の言葉とも合致する」
サキアたちが言っていた、魔王の呪いの言葉。
『それほど死に急ぎたいのならば滅びの道を歩むが良い!』
これが呪いの言葉であるなら、呪いの全容もまさにこれだ。
早死にの呪いとサキアたちは言ったけど、呪いの実態とはニュアンスが違うから混乱の元だった。
「そんなぼんやりした言葉でどうやって早死にさせるか、それが不思議だった。生存本能を押さえ込むような呪いがかかってるようには見えないけど、明らかに呪いとわかる不自然さ。なのに聖剣としての歪みはない」
「つまり、聖剣に元から備わる援護能力が悪用されていると言いたいの? けれどそれでどうやって呪いにできるっていうのよ?」
ルイーゼは魔法的に理解しようとしてるけど、これは違う。
呪いは感情と錯誤の産物なんだ。
「つまり、興奮させるんだよ。力が漲る、意気軒昂になる、使命感を強める。それらは本来なら勇者にとって良いことでしょ。でも、今の火喰鳥一匹にそこまでいる? 決死の覚悟が必要な強敵でもない。けれど油断すれば怪我を負う。怪我を負えば次の戦いに不利になる。けれど攻撃性は強まってるから戦わないなんて選択肢を最初から排除する」
「…………なんか、エイダが言いたいことがわかって来た」
ヘルマンはそう言って、自分の額に拳を軽くぶつける。
「そうだ、必要がない。今のはもっと怪我の危険を避けて上手く立ち回れる状況だったし、それを想定して最初に役割を決めた。なぁ、エイダ。もしかして後ろのほうにいたのって」
「君たちが前に前に進んだ結果だよ」
ヘルマンはようやく自覚したらしく溜め息を吐いた。
「私から見て、三人は不自然なくらい守りができなかったよ」
「けど僕は盾を構えていたんだよ?」
サキアは納得できないらしく、盾を掲げてみせる。
「盾構えながら、ヘルマンとどっちが前に行くかを争ってるように私には見えた。サキア、守ることよりも攻撃を受けることに目が行ってなかった?」
「あ…………そう、かもしれない」
指摘すると、サキアはようやく自分の行動の不自然さを自覚して盾を下ろす。
盾には火喰鳥の攻撃の激しさを表す傷が幾つもついていた。
「そうよね。首を切るだけならサキアが注意を引いてその隙にヘルマンが一撃を入れるだけで済んだはずよ。なんで私自分が留め刺さなきゃなんて思いつめてたのかしら?」
ルイーゼもようやく自分の状態を把握すると、すでに倒れた火喰鳥を見返して顔を顰める。
「…………ちなみに、エイダ。それがわかって、呪いを解く方法に予想は?」
「やっぱり伝説の武器工に頼むしかないよ。意思を持つのがどれくらいかにもよるし、悪用されてるだけで歪みもなく正常なのは変わらないんだから」
期待してるルイーゼには悪いけど、私には触れない。
それに今のところ意思表示は『自動書記ペン』のほうが激しいくらいで、この聖剣と意思疎通できる気はしてない。
動けるかどうかの違いかもしれないけど、意思があるなら聖剣からの反発も覚悟しないといけないし。
少なくとも聖剣が魔法を使ったのは敵を前に戦闘に入ってから。
そういう状況判断はできる聖剣だと思えば、ペン一本に振り回される私では無理だ。
「打つ手なしか」
「いや、あるよ」
早合点するサキアに答えると、三人揃って私に一歩近づいた。
「「「どんな!?」」」
「ど、どんなって、悪い効果じゃないんだし、こうして指摘すれば意識できるくらいの強制力だし。だったら、自覚して自制するしかないでしょう?」
「そう、か。前に出過ぎないように自分で制御すれば…………」
「そうだよな。攻撃にばかり目が行かないようになんて、初歩だ」
「作戦順守の気持ちでっていうのも、パーティの基本よね」
三人は頷き合う。
「とはいえ、ずっとついてる呪いだし、自覚したからすぐに克服っていうのは無理だよ。だから、これ使おう」
私は砦で借りて来てたロープを出した。
三人の腰を縛って、等間隔に立たせるとまずヘルマンだけを前にして足元に線を引く。
後ろのサキアとルイーゼの足元にも線を入れて準備はできた。
「そこから前に出ないでね。敵が来たらまず引きつけ。もしくは後衛が動かずに魔法で攻撃。これで三人前を交代で行って自制心を刺激しよう」
「えっと、やりたいことはわかったけど、もう火喰鳥は」
「あの大きな火鼠で逃げたモンスターが徘徊してるんだったら、呼べば何かくるよ」
私は言いながら杖を通路の先に向けて振る。
「《丘を越える笛の音》」
呪文に応じて杖から音が放たれ、通路の奥に消えていった。
ほどなく、応えるように猛々しい鳴き声が聞こえる。
見つめる通路の奥からは新手の火喰鳥が駆け込んできたのだった。
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