64話:反省がないので呪います
ダンジョンを進んでいくと青い革鎧の衛兵が一人いるのが遠目からでも見えた。
さらに近づくとその側に武装もしてない人が三人もいるのは異様だと思う。
…………あ、ヴィクターさんを大怪我させた前衛三人組の冒険者だ。
「連れて来たぜ。火喰鳥の様子はどうだ?」
「逃げようとするから追い払ってるんだが、それもあってかだいぶ興奮ぎみだ」
ロディは軽く手を上げて挨拶すると、衛兵と話し出す。
私は三人組にいい印象はないので、なんとなくヘルマンとルイーゼの後ろに隠れた。
すると衛兵の話から私たちが火喰鳥討伐に来たと知った三人組がこっちを見る。
防具はなく、暑さでシャツも肌蹴たりしていて、あえて言うなら手ぬぐいが装備品?
武器もベルトも身に着けていない上に、持っているのは細い棒一本ずつという出で立ち。
「君たちはいったいどうしたんだい?」
サキアもさすがにダンジョンにいるには不自然な三人組に気づいて声をかけた。
すると三人組はお互いに目で合図をしあって、神妙な顔を作る。
「先達として忠告してやるよ。あんまり衛兵とか信じるなよ」
「そうだぞ、こうして非道な行いをただの冒険者に押しつけるんだ」
「戦場でかち合って少し怪我したのが衛兵だったからって。もはや冤罪だ」
ひそひそと声を落として、事情を知らない勇者パーティに勝手なことを言った。
あまりの反省のなさに私は呆れ返る。
しかも人の好い勇者のサキアが話を聞こうとしてしまう。
だから私は後ろから事実を告げた。
「衛兵隊長のヴィクターさんが腕に怪我してるの見たでしょ、あれやったのがこの人たちなんだよ」
「「「あ、お前!」」」
「入っちゃいけない所に入って、自分よりも強い大物に追われて、何も対策してなくて、その上私たちに擦りつけて壁に貼りついてたんだよ。それだけだったら良かったのに、炎を纏う魔物相手に爆発物投げて強化するし、その爆発にヴィクターさん巻き込んで重傷負わせるし。私たちが必死に倒した後は分け前寄越せって、冒険者ギルドにも報せてある優先の魔物だったのに、謝りもしないで文句ばっかり」
「それは…………最悪だな。しかも冤罪なんていう辺り、全く反省してないじゃないか」
一息に話した私に圧されながら、ヘルマンが率直に感想を口にする。
途端に三人組は私に噛みついた。
「そいつが嘘吐いてんだよ!」
「大袈裟に言ってるだけだ!」
「だいたい魔女の言うこと信じるなよ!」
「私たちもエイダには迷惑かけたけど、ここまで見苦しくはできないわよ」
ルイーゼが蔑んだ目で三人組を睨む後ろで、私は首をかしげる。
三人組、私の身元知ってるのは、衛兵が教えたのかな?
うん、これは使えるし、ちょっとお灸が必要な気がする。
きっとこのままだとまたやらかすだろうし、それでロディや衛兵たちが巻き込まれるのは可哀想だし、言葉で説明するよりやったほうがわかりやすい。
「…………魔女って言ったら呪いだよね?」
笑いかける私に三人組が身構える。
ほどよく緊張と警戒、そして一人をターゲットにできる状況、よし。
私はあの時エリーとシドに鉄拳制裁されていない一人を見つめた。
「あなたは私の分で良かったよね?」
「な、な何言ってやがる!? 俺たちはこうして衛兵にこき使われてんのに!」
「忙しくて見てない、困った相手を衛兵に代わって大人しくさせるのはありだって聞いてるよ。で、私を魔女だというなら、呪われる覚悟はあるよね?」
私はそれっぽく片手を上げて彷徨わせる。
「ヴィクターさんは剣が曲がって盾が崩れるほどの爆発を受けて大火傷を負った。今も腕には包袋をしなきゃいけない。だったら君も腕がいいかな?」
彷徨わせていた手を相手の腕の辺りを指すように動かす。
すると緊張からさらに力を入れたため、勢い余って後ろの岩壁に肘をぶつけた。
「痛!?」
「うん、よし。さて、これが呪いだよ。君にはこれから不幸が襲う。腕が潰れる前に呪いが解けるといいね」
「まさか…………あ、ありえない! こんなの、偶然、偶然だろ!?」
「そう思うなら呪いを解く方法も知らずに過ごせばいいよ」
「ま、待てよ! あるなら教えろ!」
「人に物を聞く態度じゃないけど、いいよ。その手で私に怨まれてる人を触れば呪いは移る。けど、私はこの街に来て日が浅いし、怨むほどのことをされた相手といえば、限定的なんだけど…………」
私は三人組の残り二人を見る。
瞬間、隣の仲間に呪ったと言った相手が腕に触った。
「おい! やめ…………いった!?」
払いのけた手が勢い余って背後の岩壁にぶつかり、その痛みでよろけると、三人目も触れてしまった。
「俺まで巻き込むな! どうすんだよ!? くそ、お前ら触らせろ!」
「無駄だよ。三人とも均等に呪われたから」
「「「はぁ!?」」」
「三人に分配されたから不幸の具合も弱くはなるだろうけど、さて、どうなるかな?」
「解き方教えるって! 嘘かよ!?」
「魔女呼ばわりする相手の言葉を信じるほうがどうかしてるよ。それに解き方は教えた。条件は私に怨まれてる相手だ。つまり、私が怨みを忘れるほど、あなたたちの存在を忘れられればいい」
私の言葉に困惑の目が返る。
「まぁ、こうして目の前にいる限り忘れないし、あの時のことを冤罪だなんて吹聴する限り怨みは晴れないよ。あなたたちにできることは、路傍の石のように目立たず、私に意識されることなく、誰の害にもならないことだけだ」
「な、なんだよ、それ!? ふざけ、るなよ…………!」
叫ぶけどその声には恐怖が宿り、どんどん小さくなって警戒も露わになる。
私が見ると、そ知らぬふりをしながらも窺っていたロディが寄って来た。
「お前ら、ギルドから会員証没収されてる時点で、冒険者に何言ってもお前らが悪いのは明白だっての。反省ないならずっと武器防具なしでのダンジョン周回だからな。少しは真面目にやれ」
そう言って私と勇者パーティを先へと案内し始める。
「…………エイダ、呪いって嘘でしょ」
「そうなのか、ルイーゼ?」
三人組から十分離れるのを待ってルイーゼが指摘すると、ヘルマンが驚いた。
ロディも意外そうに私を振り返るのに対してサキアも同意する。
「全く魔力を使ってないし、なんの薬も魔法も使った様子なかったからね」
「うん、そう。けどあれはちゃんとした魔女の呪いだよ。彼らはこれから嫌なことがあると必ず呪いを連想する。そうするとさっきみたいにちょっとした失敗をしやすくなってさらに呪いを自分で信じてしまうんだ」
魔女が不吉なものと言われるからこその嘘。
悔い改めろ、二度と姿を見せるなと威嚇することで魔女自身が自衛するための呪いだ。
「思い込みを助長し、不和を起こして、マイナス感情を突きつける。やってて性格悪いとは思うけど、これはまだ優しい部類の魔女のやり口だよ」
山で生活している時も両親はそれをやってたらしい。
だけどやられたのは親世代で、私はそういう呪いをしてなかったから村長息子は力尽くなんて馬鹿なことをしたんだろう。
「もちろん、魔法や薬で本当に害のある呪いもできる。けどそれは相応のリスクを魔女本人も負うんだ。…………あ、そうそう。私は魔女の血筋であっても魔女じゃないよ。そこの線引きはなんか本家がうるさいらしくて。勝手に魔女を名乗ると文句つけに来るって聞いたことある」
「みかじめ料取りに来るギャングかよ」
ロディの感想に似たようなものだと思ってしまう。
魔女という名にかかる恐怖と付加価値を独占してるんだ。
「だから魔女って呼ぶ相手は選んだほうがいい。本物の魔女の前で関係ない人魔女呼ばわりすると本物が怒って呪ってくるから。二度と人前に出られない顔にされたり、寝起きさえ難しい激痛に襲われたりね」
「ま、魔女って、凶暴すぎないか?」
「私はそういうものだと教えられたし、そうだと思ってるけど。他では違うの、ヘルマン?」
「うちの国に魔女の有名人、いないから」
ルイーゼが遠い目をしていると、サキアが呟いた。
「これは、呪いに詳しいエイダがいてくれて、良かったと思うべきかな?」
「詳しくはないんだけど、魔女にはかかわらないのが一番安全だよ」
私の忠告に、クライスを連れ戻すと豪語してたロディは諦めたように肩を落としたのだった。
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