60話:罰則です
私は謝罪する勇者パーティ三人を眺めてヴィクターさんを見た。
面倒そうに息を吐き出すと、一度置いた酒瓶をまた取る。
「ま、聞いたとおり本当に故意ではないみたいだな」
「聞いた?」
「昨日呼び出そうにも街にいなくてな。だから宿に衛兵が張って帰りを待ってたんだ。で、出頭を要請した」
「命令じゃないんですか?」
「勇者は伯爵のお客だからな。衛兵程度に命令する権利はねぇ。ついでに言うと伯爵の客分で死ななくて良かった。ことは国際問題になる」
大袈裟に言ってそうな軽い口調のヴィクターさんに、サキアたちは恐縮してる。
どうやら大変なことだったらしい。
「今はちょいと忙しい。故意でなくても問題を起こしてくれるな。人助けをしたいというなら、こっちにも気遣いしてほしいもんだ。お前さんたちの正義感も、場合によっちゃ関係のない奴が巻き込まれる」
ヴィクターさんはサキアたちの様子を横目で見て続けた。
「伯爵邸を嫌がって宿取ってんなら自衛は最低限だ。勇者って呼び名は伊達や酔狂じゃないだろ。ここでお前らが死ぬのは街を上げての問題になるし、国同士のやり取りが必要な事件なんだよ」
お説教を大人しく聞く三人の様子を確認して、ヴィクターさんは喉を潤すようにお酒飲む。
「で、ここからは伯爵の提案だ。その支援物資ってのを伯爵邸に送るようにしねぇかってよ。伯爵家お抱えの魔法使いが鑑定使って危険なもんは分類するんだと」
「…………伯爵ご本人からあなたに?」
サキアがびっくりして聞き返す。
私も驚いて酒気を纏うヴィクターさんを見た。
正直シドとエリーの叔父さんというイメージが強い。
それに衛兵も平民の集まりと聞いてたんだけど、貴族とやり取りできるんだ?
本当にヴィクターさんに大怪我させたあの冒険者たちは、社会的にもとんでもないことをしたんだと実感した。
「話し戻すぞ。エイダに説明だ」
なんとなく私も背筋を伸ばす。
そんな反応にヴィクターさんが笑った。
「宿で張ってた時に衛兵が確認のためにアッサナーナについて質問したが、隠す様子もなく箱に入れたことは答えた。で、試しに毒だったと言ったら驚いた上に俺たち箱開けた人間の心配を最初に口にしたそうだ」
確かにそれは、故意に毒を仕込んだ悪戯とは思えない。
こうして出頭も素直に応じ、解放されてすぐ一番近いヴィクターさんに謝罪を申し入れに来てるし。
ヴィクターさんももう悪意は疑ってないみたいだけれど、お酒のせいか本音が漏れる。
「だがなぁ、面倒すぎる」
「巻き込んでしまって本当に申し訳ない。これ以上は不利益がないよう伯爵の申し入れを受けさせていただきます」
サキアは悄然としてヴィクターさんに応じた。
けど三人は厚意を装った悪意をこれからも押しつけられることになる。
大変だし気が抜けない上に、聖剣の呪いで命の心配もしなきゃいけないなんて傍目に見ても気苦労が半端ではない。
もしかして、仲間が続かないのって、こういうことなのかな?
魔王や魔物という人間の敵に挑むならまだしも、同じ人間相手にも挑んでいくことを忌避されるのかもしれない。
「…………正義感もいいがな、やりすぎは駄目だ。命狙われるほどの怨み買うやり方なんて、正しいとは言えないぞ」
ヴィクターさんは元からくしゃくしゃの髪をさらにかき混ぜるように掻きながら、忠告する。
「一カ所に定住して、そこをずっと守っていくことができないなら、見過ごすのも一つの手だ。で、相手の悪事全部確認した上で、然るべき人に対処を任せる。他人を頼るってことも必要だぞ」
ヴィクターさんの忠告は、正しいと思える。
けどサキアたちは見過ごすことはできないと考えているのが、表情に出ていた。
「あーあ、勇者ってのはこういうもんなのか? ともかくだ、悪事があるなら伯爵に言え。信用できないってんなら俺でもいい。後始末押しつけられるなら何も知らないより予告されたほうがまだましだ」
なんだかヴィクターさんも大変そうだ。
ただ私は頑なささえ窺えるサキアたちも心配になる。
「えっと、勇者って言っても、サキアの体は一つしかないでしょ。だったら、出会う人間全てを救うなんてできないわけだし。本当に困った誰かを助けたいなら、一番その問題の解決に適した人を探すのも、人助けじゃないかと思うよ」
「そうそう。必ずしも、お前さんが直接矢面に立って解決するのが最善とは限らないからな」
「…………心に、止めておきます」
考えるように答えるサキアに、ヴィクターさんは肩を竦める。
そのまま、瓶に残っていたお酒を飲み干すと、机に瓶を置いた。
「それじゃ一つ、罰則ついでに倒すだけが全てじゃない人助けってのを、してもらおうか?」
癖のある笑みを向けられて、サキアは覚悟の顔で頷いた。
「なんでしょう? それがあなたたちのお役に立つなら、微力を尽くします」
「おいおい、そういうのは内容聞いてから言えって。…………あぁ、あれか? 安請け合いしても解決できちまう実力あるから、強引なやり方で怨みかったか?」
「そういうつもりは、ないんですが」
思い当たらないらしいサキアの横で、ヘルマンとルイーゼは目を見交わしていた。
この二人には思い当たる節があるみたいだ。
でも、ヴィクターさんならそう危険なことはさせないと思うな。
「まぁ、頷いたなら頼まれてくれ。依頼内容は、このエイダの護衛だ」
「え!?」
突然の名ざしに私が驚くと、サキアたちも困惑する。
「実はな、火喰鳥が出たって報告があった。これもクライスが素材収集で予約してた魔物だ」
「火喰鳥って、あの首の青黒い鳥の? 確か、火を食べた分だけ大きくなる…………」
ヘルマンが確認すると、ヴィクターさんは頷く。
私は姿形を知らないけど、サキアたちは戦ったことがあるらしい。
うん。サキアたち、わかりやすく黙っちゃった。
「火喰鳥ってそんなに厄介な魔物なの?」
「まず鳥で飛んでるから剣や槍なんかじゃ攻撃が届かないの。その割りに魔法耐性も持ってるから水属性以外効かないわ」
ルイーゼが難しい顔で教えてくれた。
ヴィクターさんは気軽に続ける。
「報告じゃ、ちょうど天井の低い通路に入ったのが見つかった。ラッキーだな。その攻撃が届かないってとこはクリアだ」
「火を食べる分、吐きもするんだ。装備を燃やされるから相手にしたがる冒険者はいない」
ヘルマンが諦め半分に私へ火喰鳥の厄介さを伝えた。
「それは、私で本当に大丈夫ですか、ヴィクターさん」
「何、あのバカでかい火鼠より楽だ」
「あれと比べるとなんでも楽な気はしますけど」
これは困った。
留守番としてクライスの代わりをするつもりだったけど、サキアたちでも厄介だって言うなら受けるべきかどうか。
「エイダが不安だったら僕たちだけで受けるほうがいい。罰則なんでしょう?」
サキアが私の不安を読み取ってヴィクターさんに提案した。
「エイダのお守りも込みでな。欲しいのは火喰鳥の火袋。エイダの目がなきゃ回収できん」
どうやら魔眼で位置特定を慎重にしなきゃいけない素材らしい。
そういうことなら覚悟を決めよう。
「わかりました。まず杖を作り直すので一日ください」
「エイダがいいなら全力で君を守るよ。僕たちも装備を整えるために時間は必要だ」
「じゃあ、決まりだ。明日のこの時間に砦集合な」
こうして思ったより早く、私の二回目のダンジョン挑戦が決まったのだった。
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