59話:犯人だそうです
戸惑う私に対して、サキアたちは疑問も挟まずヴィクターさんに続いた。
サキアたちは何か謝ることがあるみたいだけど、私と会ったの店に来た一回だけだよ?
事情がわからないまま、私はヴィクターさんの後について酒場の二階へ。
そこは小部屋が並ぶ廊下だった。
「部屋は…………ここか」
ヴィクターさんが部屋の鍵を開けて中に入る。
室内は、ベッドと物入れ、椅子とソファと広くはないわりに家具が揃ってた。
酒場なのに寝泊りできる調度が揃えてあるのを不思議に思いながら、ヴィクターさんに続く。
宿屋もやってるのかな?
それにしては窓も小さくてひっそりしてる気がする。
あと親父さんがしっかり鍵を持ってたのもなんか…………。
「エイダ、こっち来い。お前さんらもそこ座れ」
私はヴィクターさんに呼ばれて思考を中断する。
並んでソファに座ると、向かいにサキアたちも腰を下ろした。
「俺は衛兵経由で話聞いてるが、エイダは知らない。ちょっとこっちで説明するぞ」
「お願いします」
サキアの同意を得て、ヴィクターさんはまず確認してくる。
「一緒にダンジョン行ったろ? あの時、火鼠と戦う前に箱があったの覚えてるか?」
「毒アッサナーナが入ってた、あの?」
悪戯にしても危険ということで、毒アッサナーナは回収し衛兵に訴えてある。
アッサナーナとの見分けをつけられる特徴がないため、毒に詳しい薬屋へと持ち込むと言われて私たちの手元にはない。
「毒アッサナーナは確定で、薬屋の鑑定書と請求書と一緒に砦に戻ってきてる。で、砦のほうでもあれを箱に入れられる奴の目星がついた」
実は私がロディと話した時、砦にはその目星をつけられた冒険者が呼び出されていたそうだ。
「あれ? 今それを私に言うってことは…………」
「そ、あの毒アッサナーナ入れたの、こいつららしいんだ」
「え!? どうして?」
「「「申し訳ありません!」」」
サキアたちは揃って頭を下げた。
まず謝って言い訳をしない姿は真摯な謝罪に見える。
シドは悪戯にしてもやりすぎだと言ってたけど、三人の様子から故意ではなさそう。
あまり親しいわけではないけど、誰かを罠に嵌めるというのも性格的に違う気がする。
「言い訳にしかならないけど、説明させてもらっても?」
サキアが窺うように聞いてくる。
ヴィクターさんはカウンターから掴んで来たお酒の瓶に口をつけながら肩を竦めた。
了承だと受け取ったサキアは、毒アッサナーナを箱に入れた経緯を話し出す。
「僕たちが手に入れた時から、あの林檎は葉も枝も落とされた状態で、毒だなんて、知らなかったんだ」
サキアに続いてヘルマンとルイーゼも話し出した。
「宿の人がアッサナーナっていう、ここの特産だった美味しい林檎だと教えてくれてさ」
「ダンジョンの中で食べるのにちょうどいいと思って持って行ったんだけど、思ったより暑かったのよ」
痛みそうだと思ったため、保存できる箱に入れたらしい。
もちろん、喜んでもらえるだろうという善意で。
実際、毒だと知らなかったエリーは、とても喜んでいた。
私が気づかなければ、勇んで食べていただろう。
「どうして、サキアたちは毒だと知らないまま毒アッサナーナを手に入れたの?」
「それは…………。国からの援助物資に、入っていたんだ」
「援助物資?」
サキアが言うには、勇者とは国の後ろ盾を持つもので、必要な金銭の請求を国に負ってもらったり、物資を融通してもらったりするらしい。
そしてここでの滞在は故郷の国も知ってるし、許可を取ってある。
だから定期的に援助物資が借りてる宿に届けられるそうだ。
「援助物資は、僕たちからお願いするものじゃなくて、僕たちを支援したいと言う人から、国を経由して送られてくる物なんだ」
そのためサキアは中身を知らない。
ヘルマンとルイーゼを見ても同じく頷く。
「勇者を支援したと言いたい貴族や商人、助けられたからとできる限りの物を送ってくれる村人や町人なんかがさ」
「もちろん、危険な物がないかは国が調べて送ってくるんだけど。ここまで送られる間に幾つもの領地や人の手を渡るの」
つまり、何処で毒アッサナーナが入ったかわからないってこと?
ヴィクターさんを見ると、渋い顔をしている。
三人はさらに知る限りのことを教えてくれた。
「支援物資は基本的に木箱一つに詰め込まれる。中身が傷んでいたり、壊れていたりすることもあるから、配達を担った者が一度開けて検品すると聞いた」
「経由した商店の場合は、木箱にサインや焼き印を押して勇者に関わったことを喧伝するそうよ。実際宿屋に届いた木箱にはそうした印がいっぱいあったわ」
「ただ、これは俺たちの国での習慣で、こっちでもそういう扱いだったかはわからない。それにあの林檎は特に個人を特定できるような状態で入ってもいなかった」
唸るヴィクターさんはお酒が不味いわけじゃないと思う。
今の話で、ヴィクターさんが悩むところなんて…………。
「あ、毒アッサナーナの出どころか」
私の呟きに、ヴィクターさんは酒瓶を降ろして苦笑した。
「そ、ここらでしか取れない、毒アッサナーナを入れられるのは、この辺りの人間だけだ」
「いえ、それは僕たちの誤食を偽装するために用意した可能性もあります」
サキアが真面目に他の可能性を告げる。
そんな言葉にヴィクターさんは鋭い視線を向けた。
「そりゃ、お前たちにそこまでされる心当たりがあると思っていいのか?」
「え、サキアたち殺されそうになったってこと!?」
考えてみれば毒アッサナーナを送りつけられたんだから、サキアの言葉は命を狙われる自覚があることになる。
けど勇者をどうして?
サキアは悲しげに目を伏せると、頷いて見せた。
ヘルマンは居心地悪そうに、首を擦って答える。
「実は、命を狙われるのは初めてじゃない。ここまで来るまでに、俺たちは色んなことを解決して来た。…………中には、人間の悪事を暴くこともあった」
「それは、いいことじゃないの? なんでそれで命を狙われるなんてことに」
「悪事が暴かれて、正しい裁きを受けて終わりならいいけど、相手が権力者だとそうもいかないのよ。落としどころを示して改善要求するんだけど、不服に思う相手もいるの」
ルイーゼが言うには、そういう相手が逆恨みをするのだとか。
「つまり、君たちが食べるだろう荷物の中に毒を入れたのはそういう、逆恨みをした人ってこと?」
「いや、その可能性があるってだけだな。俺たちも砦で事の次第を伝えられて、思い出せるだけあの林檎の様子を思い出したんだけど、な」
ヘルマンは首を横に振る。
誰から贈られた物かはわからないらしい。
「ここの特産だった物を使うなんて、誤食を狙うのと同時に周辺の誰かのせいにする魂胆も透けて見えるけど」
ルイーゼはどうやらテーセの誰かの思惑ではないと考えているらしい。
サキアは意志の強さを窺わせる表情で続けた。
「僕たちは間違ったことをしたとは思わないし、これからも、同じ場面に出くわせば、怨まれようと悪を成す人を必ず止める」
「命を狙われても?」
私が驚いて聞くと、サキアは困ったように笑った。
その笑顔に恐怖はないし、迷いもなかった。
「幸い、こうして運よく生きてるしね。…………とはいえ、エイダたちに毒を盛るような真似をしてしまったことは、本当に、悪かったと思ってる」
改めて頭を下げるサキアに、ヘルマンとルイーゼも続いたのだった。
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