6話:ペンが走りました
私一人のはずなのに、何処かで家具が音を立てて動いたようだ。
次いでパラパラとページの捲れる音が立つ。
思い当たるのは魔術書の入ったビューロ。
「え、魔術書が、勝手に動いてる?」
天板開いてるし、魔術書も開いてる?
あ、何かが魔術書の上で動いてる!?
「ペンも動いてるんだけど!? どうして?」
慌てて魔術書に近づけば、誰も持っていないのにペンがインクをつけて勝手に魔術書に何かを書き付け始めてた。
「えっと、『素材任せの魔法道具作成呪文』?」
うん?
待って待って。
これさっき私が即興で作った呪文じゃない!?
なんで勝手に名前つけて魔術書に書いてるのこのペン!
「わー! 止まって、やめて! そんなの書かなくていいんだよ。しかも何、その変な呪文の名前!」
ペンを掴んでみるけど、抵抗が強い!
なんでこんな細いペンなのに両手で行かないといけないの!?
なんとかページから引き離しても、手を放した途端続きを書き始めてしまう。
「う…………ちょ、大人しく…………うわ!」
ずっと握ってると焦れて暴れ出すし。
しかも結構力強い!
ちょ!? 回らないで!
摩擦熱!?
それでも掴んでなんとか床に引きずり下ろす。
「本当、少し、大人しく…………して!」
私は両手で押さえていた片手を外すと、眼鏡をずらす。
これどんな呪文がかけられてるの?
えっと、『自動書記ペン』?
店で作られた呪文が成功すると、自動的に魔術書に書き留める?
「…………このペン自体が魔法道具で、呪文で自動書記が設定されてるから魔力量が多くて、えっと、かけられた呪文は三つ? いや、四つ、うぅん。全てが絡んで一つの呪文を形作ってて、それで…………私じゃ、このペン止められないや」
ペン一本に敗北した私は、がっくりとうなだれて手を放した。
ペンは怒ったように飛び跳ねながら魔術書の下へ戻る。
私の気も知らず、ペンは好調にカリカリと紙面を走った。
「変な呪文作ったこと、クライスが帰ってきたら謝らないと。いや、こんな勝手に動くなんて設定にしてあるのも変な魔法だけど」
床から立ち上がって、私はペンの動きを見る。
まるで意思を持つ誰かが書いているみたい。
文章にも齟齬はないし、説明も順序だってる。
というか客観的に私の適当な呪文を解説されてるぅ。
あ、ちゃんと飾り文字とか入れて項目の区切りまでわかりやすく?
え、何処の魔法と関連してるかまで付記しちゃうの?
ん? 図までわかりやすく描いちゃうって…………優秀すぎない?
「うぅ、私よりずっと字も綺麗だぁ。…………こうして読むとすごく問題点わかりやすいし。思ったよりも魔力注いで杖作っちゃったんだね。素材任せって、そうだよ。注ぐ魔力の量も考えてなかったし、思い付きでするもんじゃないなぁ」
これは呪文の自由度じゃなくて設定の穴だ。
こんな高度な魔法道具作れるクライスの呪文と並べられるのは恥ずかしいな。
「あれ、ちょっと待って。こんな呪文設定して出かけたうえで、私に店を好きにしていいって言ったんだから、クライスこうなることわかってたんだ」
双子の私たちは魔術書を共用する運命にある。
魔術書は魔女にとって呪文の集積であると同時に短縮用の便利道具でもある。
あるのとないのでは気軽に使える魔法の幅が違う。
私は田舎暮らしでこんな高度な魔法使う必要なかったから、魔術書がなくても困ったことはない。
けどこの街では、この店では必要になる道具。
だから置いて行った?
「あ、書き終わったの?」
『自動書記ペン』がペン立てに戻った。
なんか達成感を感じるのは気のせい?
「君ってどんな呪文で作られたの?」
聞きながらまだインクの乾かないページに手を挟んで、私は前のほうを捲って探す。
解いてつづり直せばページは直せるけど、こうして一緒に置いてあるなら呪文として記録してそうな気がした。
「あ、あった。主要素材、トレントワイズは、トレントの賢者。知識欲が強く、襲われてもトレントワイズが知らないことを教えれば逃がしてくれることがある」
『自動書記ペン』を作った際の呪文を記したページにはそんなことが書いてあった。
他にもクライスの字で、ペンの考察が書かれている。
どうやら、トレントワイズの知識欲が残っているらしく、面倒な奴だと書かれていた。
一度魔法道具屋に売り払ったが、勝手に帰って来たらしい。
このペン、呪文作りに興味があるようだ。
「君、売られても戻って来たんだね」
その小さな体? で、根性すごいよ。
「あれ? でも魔術書って本人しか開けないはずなのに、君開いたよね?」
私は双子だから開ける。
この魔術書のもう一人の持ち主だ。
魔術書って一人一つしか作れない。
保存の魔法とか色々難しい術を施した上で、使用者の許容する範囲と魔術書の耐久の関係で一人一つ。
「私とクライスは二人で一つの魔術書を持ってるから、本家の魔女にも劣らない魔術書の耐久性があるんだよ。クライスも手紙でこの魔術書は本家の魔女でも開けなかったって言ってたんだ」
なんとなく知識欲があるらしいペンに説明した。
「だから無理矢理開くことはできないし、本人が生きてる間に許可なくなんて…………否定してみても実際やってたんだから考えるのはそこじゃないね」
私は『自動書記ペン』の記述を読み直す。
この魔法道具が、伝来の魔術書の術をすり抜ける要件が何かあるはずだ。
「って、クライスも手に負えなかったんだ」
勝手に記述されると文句みたいなことが書いてある。
たぶんさっきの私と同じように失敗と思える呪文を書かれたことがあるんだろう。
どうも言い聞かせて書くのをやめる場合もあるんだとか。
つまり相当知能高い?
ペンに自己判断ができる知能いるかなぁ?
「元の魔法要素がそれだけ高い素材ってこともあるけど…………あ、そうか。君、書くことを宿命づけられたペンなんだ。だから本に対して相互性がある。そして君を作ったのはクライスで、この魔術書もクライスのもの。そこに繋がりを見出して優位を取ったのか」
書き記すためのペンと、書き記されるための魔術書。
たぶん『自動書記ペン』が開けるのはこの魔術書だけなんだろう。
「そう考えるとここの呪文か素材が…………」
考えようとするとお腹が鳴る。
「あ…………は、はは」
一人だから大きく聞こえるんだろうけど、なんだか恥ずかしい。
「昨日食べずに寝たしね。うん、商業ギルドに行くついでに朝食を食べよう」
ここまでの旅で食べ物は手軽く買うのが大きな町での当たり前だった。
ここには暖炉も薪も調理道具もあるけど、西門から入って露店も多かったのを思い出す。
きっと朝食を買える店はあるはずだ。
「よし、そうと決まったら早速。行ってくるね」
『自動書記ペン』からは特に反応はないけど、私は声をかけて天板を閉めた。
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