58話:勇者が謝りました
シドに言われ、翌日にはヴィクターさんを捜して北門へ向かった。
「ちょうど一時間くらい前に砦から浴場向こうの酒場のほうに行ったぜ。浴場前の通りを真っ直ぐ西に向かえば辿り着く」
「ありがとう、ロディ」
北門の番をしていた衛兵のロディがそう教えてくれた。
「クライスはてめぇでこいってわざわざ捜してなんかくれなかったからな。俺が籠め直しの時もちょっと寄ってくれたら助かる」
「うん、わかった」
私はロディに答えて西へ向かう。
辿り着いた酒場は食堂を兼ねた冒険者ギルド近くの店よりも小さい。
けど私の故郷にあった酒場と違って二階立ての立派なものだった。
中に入るとすぐ壁に暖炉があり、適当に食材の刺さった串が並んでる。
店の奥に目をやれば、カウンター席に目的の人物を見つけた。
「おう、らっしゃい。って、クライス?」
「あ? あぁ、エイダじゃないか」
カウンターの内側で、エプロンの似合わない筋骨たくましいおじさんが私をクライスと見間違えた。
その店の人と相対する形で座ってたヴィクターさんが片手を上げる。
「ヴィクターさん、シドに頼まれて呪文の籠め直しに来ました」
「お、そうかそうか。悪いな」
そう言ってコップの中身を飲み干す。
腕の包帯は少なくなってるし、真新しい赤みのある皮膚が覆ってるのは見えるけど、本当に飲んでるよ。
コップを回収しつつ店のおじさんがヴィクターさんに話しかける。
「なんだ、こっちには名前で呼ばれてるのか?」
「そりゃ、顔合わせてから名前しか教えてなかったからな。クライスみたいに衛兵のとか隊長なんて呼ばれやしねぇよ」
そう呼ばれてたらしい。
するとお店のおじさんが何やらそわそわし始めたと思うと自己紹介をしてくれる。
「ここの店主やってる、リュディガーってんだ。酒場ってのは冒険者が集まるから、パーティの斡旋もしてる。クライスの世話もしてたんだぜ」
「そうなんですか。私もお世話になるかもしれないのでよろしくお願いします。それと、ここに道具広げてもいいですか、親父さん」
「ぶぼふぁ…………! だーぁはっはっはっは!」
何故かヴィクターさんが吹きだして大声で笑った。
「ぬぁんでまた、親父呼びなんだよぉ?」
「は、あはははは! 『おい、親父!』なんて呼ばれるよりか、丁寧になってるじゃないか」
「私、変なこと言いましたか?」
「いやー? やっぱり酒場の店主は親父だよなー?」
なんだかヴィクターさんの言葉に含みを感じる。
おい、親父! なんて横暴な呼び方してたの、クライスなんだろうけど。
そう思いながら、私は親父さんがわざわざ布巾で拭いてくれたカウンターの上に魔法陣を広げた。
「素材はシドから貰ったので、すぐできます」
「へぇ、そりゃいい。じゃ、一つ頼む」
「え、何なに? 何するの?」
突然音もなく後ろから女性の声が聞こえた。
振り返ると薄い布を幾重にも重ねながら、きわどいボディラインの見える服を着た猫のような女性が立ってる。
どうやら店の奥で客待ちをしていた踊り子のお姉さんらしい。
人懐っこい笑顔だけど、同じ性別でもこれは目のやり場に困るなぁ。
「おう、フューエ。暇なのはわかるが仕事の邪魔してやるな」
固まる私を気遣ってくれたのか、親父さんが注意してくれる。
踊り子のお姉さんはフューエというらしい。
「はーい。だったらここで大人しくしてるわ。その髪の色、噂に聞く魔女の一族の子でしょ? 話の種にちょうどいいもの」
勝気に言いつつ、無駄のない動きで空いてるカウンター席に座った。
なんか視線の強い人だな。
変に意識して失敗しても嫌だし、もうさっさと終わらせよう。
持ってきた魔法陣も簡易だから、重要なのは集中。
そして心の中で詠唱呪文は唱えて発動呪文だけ口にする。
「《復讐の盾》」
シドとエリーの分をやってコツは掴んでたから可能な短縮だ。
素材は魔法陣の上で消えて、紋章に呪文の効果が付与されて光る。
「おぉ、手際いいな」
「火鼠相手に急いで呪文作った経験が生きてるかもしれません」
「ありゃ悪かったよ。もう、後から会頭に値段聞いてビビったぜ。そんな高い素材使い捨てにしたのかよ?」
どうやらヴィクターさんはアイシクルスライムの核片に付加価値がついた上での値段を聞いたらしい。
私は苦笑いで肯定も否定もしない。
値段も使い捨てになった結果も否定のしようがなかったからだ。
「え、この若さですごいリッチなの?」
「いえ、そんなことは」
なんかフューエが勘違いしてしまったようだ。
というか、目が輝いてる。
まるで金づるを見つけたと言わんばかりなのは気のせいであってほしい。
「じゃあ、呪文作りってそんなに儲かるの?」
「儲けようと思えばできるだろうな。何せ他にできないんだ」
「ヴィクターさん」
目を光らせるフューエにヴィクターさんが冗談めかして言う。
「まぁ、高ランクの冒険者ほど、身を守るすべに金をかけるもんだしな。魔力も魔法の素養もいらないで、一発限りでも金をかけた分だけ強力な魔法が使えるとなれば払い惜しむ理由もないだろう」
親父さんは一般論なんだろうけど、私にはまだそこまでの仕事はできない。
そのことを説明しようとしたところでお客が現われた。
「お、勇者御一行がなんだ?」
親父さんが出入り口を見て不思議そうに言った。
私が振り返ると、確かにそこには見知った顔がいる。
「サキア」
「君もいたのか」
サキアの後ろにはパーティの仲間であるヘルマンとルイーゼもいた。
けど、あまり顔色が良くないようだ。
というか、何やらわけありそうな顔してる。
その視線の先は私の後ろ?
「衛兵隊長さん、でしょうか? 大変申し訳ございません」
どうやら私と同じくヴィクターさんを捜してこの酒場に来たらしい。
けど言葉から知り合いじゃないし、いきなり謝罪から始まったのは何故だろう?
ヴィクターさんを見ると心当たりはあるようだ。
そしてなぜか私を見て、親父さんに声をかける。
「ここじゃなんだ。リュディガー、部屋貸してくれ」
「あいよ」
返事をした親父さんは腰を探った。
すると現れた鍵束の中から一つの鍵を取ってヴィクターさんに投げ渡す。
「で、お前さんも付き合ってくれ」
「え、私も?」
「そう、当事者だからな」
「何かしちゃいました?」
「いや、したのはそっちだ。それも腰落ち着けてからにしようや」
私はヴィクターさんに連れられてカウンターの中へ移動する。
すると目立たない棚の影に上階への階段があったのだった。
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