57話:籠め直しです
商業ギルドに行った翌日。
私は杖作りのためにまず薬の精度を上げる練習に取りかかった。
薬作りとは別にクライスの本を読んでの勉強も行う。
お昼には勇者サキアが教えてくれたレシピでお昼だ。
魚の塩漬けを調味料代わりに使って野菜を煮焼きにする。
それを今朝買った白パンで挟むお手軽料理。
「うん! 水をいれて味薄くなるかと思ったら、野菜が塩気吸って甘みが増してる。ちょっと魚の臭いが強いけど悪くないかも」
レシピには臭い消しに辛い香辛料を入れてもいいとあった。
あまり辛い物が得意ではないのでやめたけど、次に作る時には入れたほうがいいかもしれない。
「よし、『自動書記ペン』はもうちょっと待ってね。片づけ終わらせたら、おばあちゃんの魔術書にあった呪文とか魔法陣とか書き出すから」
湖の主の鱗の粉を使って作るにあたり、私もうろ覚えだと失敗の可能性が高い。
だからまずは覚えている限りを書き出して、本当に代用可能かをペンと検証することにしたのだ。
と言ってもペンは可否を指摘してくれるだけで、何処が間違いかはわからないから、そこは私の役目になる。
そう予定を立てていたけど、お昼の片づけを終えたところで来客があった。
「おーい、いるか?」
「あれ、シド?」
店の扉を開けたのは防具屋のシドだった。
よれよれのシャツに、適当に縛った髪、無精ひげまで生えてる。
「どうしたの? 眠そうな顔して」
「…………しまった」
やってきて早々、なんでか私を見て顔を覆ってしまう。
「え、何があったの? 大丈夫? 調子悪いなら横になる? あ、白湯あるよ」
私はすぐに飲料として用意してた白湯をコップに注いで持って行く。
シドは入り口脇の商品棚に片腕を突いてまだ顔を覆っていた。
「本当にどうしたの? すごく疲れてるみたいだけど」
「いや、おう。ありがとう」
シドは視線を泳がせた末、白湯を受け取って飲む。
それで少しは眠気が飛んだのか、コップを返しながら苦笑した。
「ちょっと頭すっきりしたわ。駄目だな、徹夜の仮眠明けでふらっと出てきたのが悪かった。エリーもまだ寝ぼけてたし」
「徹夜で何してたの?」
「いや、この間の主の毛皮の処理さ。状態いいし使えるところ多いし手は抜けねぇしで。エリーと必死こいて悪くならないように下処理してたんだよ」
「下処理だけで今日まで? しかも徹夜するほど?」
あの戦いからもう三日目だ。
このよろよろ具合はもしかして、毛皮を手に入れて夜には酒場、その後からずっと徹夜だったの?
それなのにまだ下処理段階って、相当な重労働をしていたのは想像できる。
「うん、まぁな。…………で、呪文籠め直してもらおうと思って来たんだが」
そう言ってシドが出すのはエリーの指輪と、シドがつけていたバックル。
眼鏡をずらせばバックルには一時的に腕力を強める魔法がかかっていたようだ。
すでに使用した後で効果は消えている。
「わかった。呪文の籠め直しだね。けど、それでどうしてしまったなの?」
受け取って見上げると、シドはすごく困った様子で首筋を撫でて言葉を選んだ。
「いや、その…………今まで男の一人住まいに行かせられないって、呪文の籠め直しはエリーじゃなくて俺が行ってたんだよ。けど、寝ぼけててすっかり忘れてて。エイダだったら俺じゃなくてエリーじゃなきゃ駄目じゃねぇかって」
つまり今までは、一対一で男同士として呪文の籠め直しを依頼していた。
それが私が留守番になったことで、シドだと逆に問題だということらしい。
「いやいや、ここで私に何かしようとするのは自殺行為だよ?」
「あぁ、まぁ。クライスが自衛のためにってこの骸骨の人形置いてるのは知ってる」
そう言ってシドが上を指す。
入口の左右には商品棚があり、その商品棚の上には板が渡してあった。
そして板の上には何かの動物の骨が一体分飾ってあるのだ。
これはいろんな動物の骨を砕いて混ぜ、使った動物に縁のある土や水を混ぜて泥にし、全てをかけあわせて作った人形。
あまり複雑な命令は聞かないけど、一度命令を実行に移したら元の骨粉に戻されるまで命令を遂行しようとする、ラスペンケルの魔法で作った使い魔だった。
「勝手に店に入るとこれが襲ってくるんだろう? だから一カ月クライス不在でも誰も手がかり求めてこの店に入らなかったんだよ」
「うん、正解だと思う。この骨人形に追われて店のさらに奥に入ったら、もっと別の罠が発動するようになってるから。魔法だけじゃなくて単純に毒を仕込んであるものもあるしやめて正解だよ」
「おいおい」
「あ、ちゃんと毎朝解除してるから安心して」
「つまり夜には作動してるんだな? 夜急用があっても飛び込むことはしないでおく」
それが賢明だと思う。
「こうして一人で押し掛けた俺が言うのもなんだけど、店の中にいる時にも自衛手段はあったほうがいいんじゃないか? 今はエイダ一人なんだし」
「うーん、そうかな? いや、そうかも」
昨日会ったトゥリーのような人もこの街にはいるんだ。
真意の知れない人がやってきたら、私は即応できるだけの技がない。
お客のふりして正面からやって来ることも想定したほうがいいのかも。
もしお客として招き入れて何をする暇もなく襲われたら、解除してある罠を作動させるとか手はあるけど。
うーん、襲われてから対処しても遅いよね、たぶん。
「わかった。何か考えておくよ。それで、呪文の籠め直しは二人の分だけでいいの? ヴィクターさんも使ってたよね?」
「あ、それな。ほら、叔父さんのは衛兵隊の紋章だったろ? あれ他人に貸すとか駄目なんだよ」
確かに大切なものなんだろう。
どうやら貸し借りは身内でも駄目なようだ。
「必要素材は持ってきたから、エイダが叔父さんの所行って籠め直してくれないか?」
「もしかしてもう仕事してるの?」
「顔周りは酒が飲めないって砦に常駐してる医務に治させたからな。口は動くし頭も働くって本人が言ってさ」
朝夕に砦へ顔を出して、指示だしだけはしてるそうだ。
足も無事だから腕の痛みさえ我慢すれば、補助要員を確保することで仕事はできるんだとか。
「ま、待機中とか言って酒場で管巻いてるけどな」
「それはいいの?」
「半休扱いの中で飲んでるんだよ。それに痛み紛らわすためとか言われてロディたちも止めにくいらしい。…………微熱続きなのを誤魔化すために酒のせいにしてるんじゃないかと俺は思うけど」
それ、逆にお酒で血流良くなってより痛いような?
微熱ってたぶん火傷のせいだろうし。
私は首を傾げながら、シドが渡してくれる呪文の籠め直し用の素材も受け取った。
どうやら私を慮ってシドは入り口から動かないようだ。
「別に奥で座って待っててもいいのに」
「よく考えろ、エイダ。クライスが戻った時、誰かが俺一人でエイダがいる店に入って行ったなんて聞いて、言い訳できるか? 勘ぐるなって言うだけ無駄な状況になるんだぞ? だったらここから一歩も動いてないって言い訳残したい」
「な、なるほど? けど私相手じゃそんな噂」
「いや、そこは自覚してくれ。元から整った顔に目立つ色の髪で注目集めてるんだぞ。しかもクライスそっくりなのに素直で丁寧で反応が可愛いとなれば絶対冷やかす奴ら出て来る」
うん? 今なんかすごい褒められた?
えっと、そんなこと初めて言われたな…………こ、これはお礼を言うべきかな? あ、なんかよくよく考えたら…………は、恥ずかしい。
お世辞で年配の人から可愛いって言われたことはあったけど、若い人からは初めてだ。
クライスと比べてそんなに良く見えるのかぁ。
「あ、ありがとう、でいいのかな? ともかく呪文籠め直すね」
落ち着け、これはお仕事だ。
クライスの信用を落とすわけにはいかないから集中、集中。
ちょっとそわそわしつつも気分は悪くない。
私は呪文の籠め直しを終えると、様子を窺っていた『自動書記ペン』にもAの評価を貰えた。
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