54話:上を目指しましょう
どういう幸運か、私は迷子から占いを受け、人助けからさらに貴重な素材を手に入れた。
「なんだか悪いな。イーサン、無事に帰れたかな?」
私は店に戻って改めてお昼を食べてからの成り行きを思い起こす。
イーサンは手当と痛みを紛らわせる魔法で動けるようにはなった。
火傷を負ったヴィクターさんにもかけた魔法だったから、大丈夫だとは思うけど。
だいぶ良くなったと言って、イーサンは私の同行を固辞したのだ。
「向かう先は確かに反対だけど。これだけのお礼されたならもっと…………」
けどこれ以上手を借りるのは恰好がつかないと言われては、私もそれ以上手の出しようがなかった。
「うん、次に会うことがあったら虫除けでも渡そう」
虫が苦手らしいし。
ただあの巨大ガガンボは苦手とかそういう問題でもないと思うけど。
「まずはヘクセアさんに言われたとおり杖かな。クライスの本の中に杖に関係することが書いてあるみたいだし、そっちを確かめてから取りかかろう」
私は湖の主の鱗とその欠片や粉、湖底の石、そして杖を机に並べて段取りを決める。
すると『自動書記ペン』が、私の気を引くようにビューロの天板で跳ねた。
「どうしたの?」
寄って行けばすごい勢いで魔術書を捲り始める。
そして開くのは私が作った『素材任せの魔法道具作成呪文』のページ。
「え、いやいや。それは…………。だって成功するとは限らないし」
ペンはページの空部分をさらに叩いて主張する。
「何? …………あ、あぁ。詠唱は考えたけど発動部分はそう言えば考えてないね。え、もしかして完成させろってこと?」
頷くように飛び跳ねるペン。
「けどこれ、杖よりアミュレットなんかに使ったほうがいいような。それに素材どっちを使うにしてもアイシクルスライムの杖以上にはならないんじゃない? それじゃ、作る意義は薄いと思うんだ」
私の言葉にペンはビューロから飛び降りた。
何処へ行くのかな?
あ、魔法陣を巻いて直してる木箱の上で跳んでる。
こっちに来いってことだよね。
「何? この魔法陣を開けって? …………これって薬屋さんに言われて薬作った時のじゃない」
異なる性質の素材を一つにまとめるための魔法で使った魔法陣だ。
今の状態でこれを見ろってことは…………?
「え…………? もしかしてあの呪文使って、鱗と石の両方を杖にしろって?」
同意するように『自動書記ペン』は前後に揺れる。
まるで頷いてるみたいで、わかりやすいけど意図がわからない。
「ちょっと待って! またいきなり難易度高くなってる! 失敗の可能性のほうが高いって!」
薬屋さんの課題だった薬も運良く十回目で成功しただけだ。
けど今回は材料は使い切りで失敗できない。
今後のために杖を作ろうとしてるのに、せっかく厚意で手に入れた使える素材を無駄にするのはためらわれる。
「私には実力が足りないんだよ。だったら使える道具はあって困らないし、ないと困る」
安全に成功を目指して一つの素材から杖を作る。
それなら性能は低くても、確実に使える物を作ることができるはずだ。
けど『自動書記ペン』はそんな私の考えに異議を申し立てるべく、木箱の縁を叩いている。
「つまり、君の考えはそうじゃないんだね? …………あぁ、そうか。できることをやるだけじゃ成長がないのか」
力が足りない今、その力の範囲で収まる道具を作っても成長はしない。
けど『素材任せの魔法道具作成呪文』は私の力を越える可能性がある。
何せ私の制御が甘くしてある分、素材を生かしきれない可能性もあると同時に、私の実力を越えて素材が有効に生かせる可能性もあるんだから。
「だったら生かせる可能性を伸ばす方法を考えるべき、かな?」
私が問いかけると、ペンは飛びあがる。
そして手に持つ魔法陣の描かれた紙を後ろから突いてきた。
「何伝えようとしてるの? これ? この魔法陣?」
広げるとペンが三つある小さな円の一つの上で飛び跳ねる。
私は伝えたいことを考えて魔法陣を眺めてみた。
「うーん…………。三つの素材を据える円の真ん中? あ、触媒か」
途端にペンはまた頷くように前後に揺れた。
これもしかして、違ったら横揺れするのかな?
そんなことを考えながら、私は眼鏡をずらして並べた鱗と石を見直す。
「どっちも水辺だからか水属性だね。石のほうも地属性なんかはほとんどない。そして杖はもちろん木属性で…………魔法陣的に言うと、杖が器の役割だよね」
となると三者を繋ぐ触媒が必要になる。
成功の鍵は触媒だ。
どれだけ素材を生かせるかも触媒選びに関わって来る。
「なるほど。触媒さえいい物を用意できれば失敗の可能性は低く抑えられると。ねぇ、君は触媒に適してる物知ってたりする?」
『自動書記ペン』の博識にかけて聞いてみる。
するとその場で円を描くように揺れ出した。
それはどういう意味?
頷くでも首を横に振るでもないよね?
「わからないってことかな? ま、頼りっぱなしもラスペンケルの名が廃るよね。…………うん? いやちょっと待てよ。触媒にする物って別に自然物でなくてもいいんじゃない?」
私の思いつきに、今度はペンが頷く。
「だったら水と木の両方から性質抜いた、それこそ薬屋さんに作るよう言われたあの薬を触媒にしてもいいよね?」
ペンが納得したように飛び跳ねてから前後に揺れた。
ただ問題はヴィクターさんの火傷のためにすでに成功した薬を使ってしまってることだ。
「ということはあの薬を作るためにまずは材料調達か。一応湖に貝はあったから拾ったけど」
材料の青い貝は、イーサンが動けるようになるまでの間に、近くに落ちてたから拾った。
けど薬屋さんに貰った物ほど均一な青じゃないし、品質がまちまちなようだ。
「あと野菜は市場でいいとして、薬草のほうは…………何処だろう?」
薬屋さんかな?
いや、あそこは薬としての完成品しか並んでなかった。
じゃあ、素材は何処から?
エリーたちみたいに自分で調達してるのかな?
「そう言えば会頭さんが卸す商品は卸値っていう値段で売るから素材は買ったほうが安いこともあるって」
もしかして薬草って売ってる?
窓の外を見ればまだ明るいし、自分で採って来た貝は品質にばらつきがある。
「よし、材料買いに行ってくるよ。それで触媒として薬を作って、鱗と石の杖を作る。いい?」
ペンは思いついたように床を跳ねると机の上に乗った。
向かう先には鱗の欠片。
「それがどうしての? って、今度は魔術書?」
開くページには耐熱効果を付与する呪文。
そこには触媒として湖の主の鱗の粉と書いてあった。
「これ作るなら他の材料も買ったほうがいいってことか。…………うん? でもこれってお祖母さんの魔術書にあった呪文の素材代わりにも使えるような? 性質が近いし、うわ!?」
呟いた途端ペンが跳んで来た!?
「え、何!? あ、もしかして知らない呪文に興味あるって? ちょ、わかった! わかったから、ペン軸でほっぺた叩かないで!」
私はペンの猛攻を潜り抜けて、商業ギルドへ行くため店を飛び出したのだった。
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