52話:沽券にかかわるそうです
私は道に迷ってヘクセアさんの店に辿り着いた。
そして手紙のやりとりをする魔法について説明し助言を求めたんだけど。
「聞く限り、今のあんたじゃ無理な魔法だね。あんたの両親はクライスに会いに行くことを前提にその課題を渡したんだろ? つまりクライスがいて初めてどうにかできることを前提にした魔法なんじゃないのかい?」
ヘクセアさんは細い筒から煙を吸って吐く。
甘いけれど草木の爽やかな香りが、白く辺りに広がった。
「そう言われると、確かに。今まで習った魔法で該当がなかったです」
「親からすれば先を行くクライスがヒントを与えられると考えたのさ。となるとあんたがすることは今までと変わらないね」
「クライスの代わりになれるように、腕を磨く?」
「別に代わりじゃなくてもいいさ。その力量がクライスと同水準になってくれれば」
ヘクセアさんは燃えかすを落として新たな香草を詰める。
火をつけると、私を見た。
「こんなのあたしじゃなくても言えることだ。やれやれ、これで金を取ったとなればいい笑いもんだよ」
「そんな。私一人じゃもっと時間かかりましたし」
「この程度じゃ沽券にかかわるんだよ。あんたね、聞くべきは壊れた杖をどうするかじゃないのかい?」
アイシクルスライムの杖が壊れたことは、酒場にいたからヘクセアさんも知ってる。
けど杖をどうするか?
「えっと、杖がなくても魔法は使えます。魔術書もあるし」
「ないよりあったほうがいいなら、壊れた杖を新しくする方法探るべきだろ。手のない箱をどうにかするよりよっぽど有意義だ」
言われてみればそうかもしれない。
でもアイシクルスライムは周辺にいないモンスター。
同じくらいの素材を使っても、結局私の力量だとランクダウンにしかならない。
けれど窮地を脱せたと思えばあれくらいの出力は欲しいし。
そうなるとこの辺りのことを知らない私は、無理を可能にする素材の在り処を聞くべきで、それはそこらの人に聞いてもわからないことだろう。
「作り直すなら、湖にある素材使いな」
「湖? 街の南にあるって言う場所ですか?」
ヘクセアさんの助言に、教会パーティから聞いた場所を思い出す。
「あんたにはまた炎熱地帯での依頼があるだろう。そのために、氷属性とまではいかないけど、水属性の魔法に特化した杖を持っていて損はない」
「そうなんですか?」
知っていることを元にヘクセアさんは占いというか、助言をくれているはず。
つまり、クライスは防具屋のように炎熱地帯での討伐を手伝う約束を他の誰かとしていたのかもしれない。
「あとは南門にいる衛兵に聞いてみな。珍しいもんの目撃情報あったら融通してくれるだろう」
衛兵って親切だなぁ。
そう思った私の心を読んだようにヘクセアさんは注釈を入れた。
「言っておくけど、あんただからだよ」
「え?」
「あんた、衛兵の隊長を助けただろ」
「ヴィクターさんですか? けど私も助けられて」
「衛兵は基本、街の市民だ。つまり突出した戦闘能力はない。その中でもヴィクターは腕の良さと年功で隊長やってる。どんな状態であれ助けたとなりゃ、あんたは衛兵たちから一目置かれることになるんだよ」
そうなの?
ヘクセアさんがここで嘘を吐く理由もないし、対外的な評価がそうなっているということかな。
「それに生還のために希少素材で作った杖を壊してる。代わりの素材を探すと言えば衛兵は勇んで協力しようとするもんさ。あんたのお蔭で面目が保たれたんだ」
「たまたま私に有効打があっただけですよ。それまで本当守ってもらってばかりで」
「言ったろ。沽券の問題なんだよ。あんたは笑って恩売られときな」
ヘクセアさんに強く押されてしまった。
これはもう、変なわだかまりになる前に恩を清算しておいたほうがいいのかもしれない。
「えっと、だったらまず誰に声をかけたらいいんでしょう」
防具屋は巨大な火鼠の毛皮を処理中で、ヴィクターさんも怪我をしてる。
教会パーティは攻撃面大丈夫かな?
そう言えば南門のほうに勇者のサキアたちは泊まってるって言ってた。
「一人で行きな」
「え?」
「あの辺りは街の農耕してる奴らも行くし、漁師もいる。しかもお偉いさんのいる城も近いから凶暴な魔物なんかはすぐ駆逐される。心配しなくても叫べば誰かに届く」
「一人で、ですか」
「なんでも経験だよ。あぁ、衛兵に帰りの時間伝えておくんだ。そうすれば怪我して動けなくなっても捜しに出てくれる」
確信めいた言葉だけれど、ヘクセアさんは煙を目で追ってるだけ。
占いってなんだろう?
ただなんとなく従うべきな気がした。
「わかりました。行ってみます」
「ふ、素直でいいじゃないか。クライスとのその違いが、別の未来を繋ぐのかね」
「えっと?」
「独り言だ。気にしないでいいよ。さて、あんたが本当に聞きたかった帰り道だが」
私は帰り道を教えてもらって、占い屋から店に戻った。
「というわけで湖に行ってくるね」
『自動書記ペン』に声をかけても、素材集めに興味はないようだ。
私は図鑑類と小さな採集用の容器を持って南門に向かった。
「お、エイダじゃないか。採集か?」
「ロディ。何処にでもいるね」
「衛兵の持ち回りだからな」
南門に行くと衛兵のロディがいた。
「採集で日が沈むまでには戻るつもりだよ。水系統の素材で杖に使える物って何か知ってる?」
「あぁ、杖壊れたからか。で、水系。うーん」
ロディが悩むと、話を聞いてた他の衛兵も入って来た。
「湖の主の鱗とかはどうだ?」
「一人の採集でどうしろってんだよ」
「杖もなしだと危ないし、薬草は違うだろうし」
湖には主と呼ばれる魚型のモンスターがいるらしい。
「あ、そうだ。エイダ、虫に気をつけろよ。刺してくる奴が最近多い」
「そうなんだ、わかった」
「あと水に入るとモンスター待ち伏せしてることあるぞ」
「うん、気を付ける」
「あとは、そうだなぁ。湖底の石が運良く岸に流れ着いてればそれが魔法関係の道具に加工できたはずだ」
めぼしい情報はそれくらいらしい。
私はロディたち衛兵に見送られて南門を出た。
広がる街道の南には、確かに高台とお城が見えた。
尖塔が幾つかあるお城は、なんだか街を見下ろしてる感じだ。
「さて、標識があって迷わず来たけど」
私は湖を前にその広さを見回す。
外周を歩くだけで半日かかりそうな広さの湖だ。
「けど道に近いと目ぼしいものは採集されつくしてるって、草原から山に入る時に聞いたしね。きっとここでもそうだ」
実際採集された後の千切られた草が見える。
「湖底からの石がレアかな? まずは湖をもっと近くで見てみよう」
私は好奇心と共に湖の縁を目指すことに決めた。
もちろんモンスターの急襲は嫌なので湖に入るつもりはない。
それと虫対策に蜂避けの呪文もかけておく。
「効くかはわからないけど生活の知恵って大事だな。気休め程度にはなるし」
そうして一人、私は人気のない湖へと進んで行ったのだった。
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