50話:初挑戦終わりました
ダンジョンから戻って、もろもろが終わった時にはもう日が傾いていた。
お昼には終わる予定だったのにな。
「なんか、エイダにわざわざ保存液用意してもらったのにごめんね」
「ううん、エリー。衛兵隊のほうで買い取ってくれたし、結局砦で腑分けした火鼠の保存に使われたんだし悪いことなんてないよ」
砦には解体用の場所もあって、そこまで三人組と衛兵が巨大な火鼠を運び入れた。
そして私たちを巻き込んだ三人組は、衛兵に連れていかれてもういない。
ヴィクターさんも治療のため連れていかれた後だ。
シドとエリーはすぐに解体に入った。
戦闘を担った二人が働くのに知らないふりはできない。
私も初めてなりに指示に従って手伝ってこの時間だ。
「大きい分、凄い疲れた。エリーたちっていつもこんな大物相手にしてるの?」
「まさか。今回は特別大きいぞ。火鼠の主って呼び名は伊達じゃないんだ」
シドが手を洗って戻って来る。
シャツはよれて大変な作業だったことを物語ってた。
私たちも邪魔な装備は脱いだ後で、それでもなんだか腕が重い。
「さて、俺たちはここから火鼠の毛皮持って工房戻る。早めに処理終わらせたいからな」
「こればっかりは時間ができに関わるからね。もう一仕事と行きますか」
エリーは応じて立ち上がる。
手伝えることがあるならやるけど、もう専門の領域だよね。
「ま、私たちはこうなること予想してたし、本当ならあの炎熱地帯でやるつもりだったからいいのよ。そんな悪いことしたみたいな顔しないで」
「そうなんだ。すごいね、二人とも」
「これが仕事だからな。エイダも素材採集の時には一番いい状態で採取できるよう準備したほうがいいぞ」
「うん」
学ぶことが多いな。
クライスの代わりをするには、私はまだまだだ。
「それでだ、エイダ。疲れてるだろうけど、日が暮れたら冒険者ギルド近くの昼は食堂やってる酒場に来てくれ」
「え?」
「それまでにはこっちも終わらせるから、打ち上げよ! 使える内臓は冒険者ギルドの職員呼んで検品してもらったし。資金は大丈夫!」
「さっき聞いたけど、叔父さんのほうも重傷の腕以外はなんとかなったらしい。飲まずにいられるかって仕事中の衛兵使ってもう店も押さえててさ」
うわぁ、ヴィクターさんもすごい。
あれだけの目に合って元気なんだ。
「ま、嫌なことあったらパッと騒いで気晴らしするのはいいことだ」
「ちょっと、毛皮の加工明日もしなきゃいけないんだから飲み過ぎないでよね」
疲れを振り切って毛皮を持ち帰る二人を見送り、私は一度帰ってからお風呂に行った。
そして店に戻ってから小休止したらもう日が暮れる。
「おや、来ましたね」
「え、司祭さん?」
何故か酒場に修道服のままの司祭さんがいた。
しかも手にはお酒のにおいがする木製のジョッキまで掴んでる。
「ささ、防具屋が待ってますよ」
「あんた、もう少し悪びれちゃどうだい、生臭坊主」
「ヘクセアさんも、こんばんは」
占い師だというヘクセアさんは煙を吐きながら手を振って応じる。
同じテーブルに座ってる鍛冶屋のヤーヴォンさん、魔具屋のマールさん、薬屋さんもいた。
「大活躍だったそうじゃないか! 全く初めてであの主を仕留めるとはなぁ!」
「灰原に吹雪を呼んだんですって? 面白いことをしますね」
「面白いで済むものか。だがしかし、希少素材の杖を犠牲に呼び出したというのならさもありなん。費用対効果を試算するなら命に勝るものはないからな」
吟遊詩人が曲を奏で、踊り子が舞い、野次が飛ぶ酒場で、顔見知りが次々に声をかけて来た。
その中には商業ギルドの会頭さんもいる。
「やぁ、エイダくん。こんなに早く成果を出してくれるとは嬉しい誤算だ」
「会頭さん、アンドレアさんもこんばんは」
「お疲れさまです。不良冒険者に絡まれたそうですね」
どうやらもう事情を聞き知っているようだ。
「想定ではもっと楽な。いえ、それで言えば灰原全体の温度を大幅に下げる魔法をあの杖で制御できるなんて私の鑑定もまだまだ。想定が甘かったと言わざるをえません」
「いえ、杖はこのとおりで。呼びこむことに成功しただけで制御はできてないんです」
私は悔やむアンドレアさんにただのトネリコの杖を出して運が良かったことを伝える。
勿体ないという顔をしないのは大人だからか、薬屋さんが言うように命にかえられないからか。
「火鼠の主は元はと言えばわしの依頼の物を作るために必要でね。ヴィクターにはすまないことをした」
ヴィクターさんの怪我の具合も聞いてるらしい会頭さんが溜め息を吐く。
「そうなんですか?」
「いえ、発起人は会頭ですが、依頼としては街の議会で可決された装備品に関する物なので街からの依頼と言えます」
アンドレアさんが説明してくれるけど、それ、話しが大きくなってません?
「あの、それって私みたいな素人が関わって良かったんですか?」
「依頼品の素材の一部だし、人選は防具屋です。それにあなたはこの上なく良い状態で毛皮を採集するための方法を編み出したと言えるんですよ」
「あとでシドたちに聞くだろうが、どうやら強化から急激に弱らせて短時間で仕留めたのが良かったらしく、毛皮の残存魔力が普段の二倍以上らしい」
魔物の素材にも格があり、レア度や特殊個体と言った別け方もある。
その中で一番わかりやすいバロメーターは、その素材に宿っている元の魔物の魔力だ。
魔力が残っていれば加工する際にできが上がる。
「あの三人組、邪魔するだけじゃなかったんですね」
「いえ、それは良く見過ぎですよ。数々の規定違反に犯罪行為は無視できません」
「結果が良かったからと言って、犯した罪が消えるわけでは…………」
会頭さんの言葉を遮るように給仕のお姉さんが現われる。
以前炭酸水をくれた人だ。
「いつまで主役拘束するんですか? 乾杯できないって隊長さんが痺れ切らしてますよ」
給仕のお姉さんに案内されて、私は防具屋パーティが揃ったテーブルへ向かうことになった。
「遅いぞ、エイダ」
「会頭さんと話してたの見たでしょ」
「どうせその腕じゃ普段どおり飲めないんだから焦るなって」
ヴィクターさんは両腕を包袋に包まれており、指先までひとまとめにされてる。
親指がわかれてるだけでコップが持てるようにも思えないんだけど。
ただよく見ればヴィクターさんの前にあるジョッキにはストローが刺さっていた。
「はいはい、じゃあ、まず飲み物これ。そしてスフォルツォ焼きよ」
給仕のお姉さんが炭酸水を私のために用意してくれたようだ。
そしてさらに黒い鍋を運んで来た。
中身は色んな具材の浮かぶ煮込み料理。
野菜や麺らしきものやお肉によくわからない白い物体まで色んなものが、全部煮え立つ汁に染まって茶色くなってる
「甘くて香ばしい匂い。これがあのスフォルツォ焼き?」
「本当にエイダ興味あったんだ。叔父さんが言ってたんだけどこれで正解だったわね」
「ま、ともかく乾杯だ。ほら、コップ持て。エイダの初めてのダンジョン攻略に」
シドが言ってお酒のジョッキを掲げると、続いてエリーがコップを上げる。
「ふざけた事態でも全員生還できたことに」
「じゃ、とんでもない魔法お目にかかれた記念に」
ヴィクターさんは持てないから片腕を上げるだけ。
最後に私に集まる視線が言葉を促してた。
「えっと…………これからもお世話になりますと言いうことで」
「「「「乾杯!」」」」
私たちに合せて、周囲の人々も高らかに手に持った飲み物を掲げてくれてる。
シドとエリーとコップをぶつけ合った瞬間、酒場全体から楽しげな歓声が上がったのだった。
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