49話:生還しました
冷えた灰原で私たちは一息ついた。
迷惑な三人組を捕まえたけど、まだほとんど動いていない。
というのも、ヴィクターさんが衛兵を呼んだからだ。
「今鳴らした笛の音は『至急』『怪我人あり』『違反者確保』の三種類だ」
手が使えないから、喋るために口から笛を落としてヴィクターさんが教えてくれる。
座り込んでいた灰の中から一つの通路の前まで移動して、ヴィクターさんは三回同じ調子で笛を吹いた。
笛の音は通路に反響している。
「笛は衛兵用の呼子笛で、この時間の炎熱地帯にいる衛兵は俺だけだ。ダンジョンの入り口張ってる衛兵が聞き取って、応急手当と捕縛の要員回してくれる」
「あの、すでに三人組捕まえてますけど?」
とんでも冒険者はすでに両腕を帯のような魔法道具で体ごと縛りあげられてる。
その上今は、シドとエリーが巨大な火鼠に縛りつけてる最中だった。
「ここで腑分けして軽くしたのを持って帰るつもりだったけどな」
「どうせなら重いまま丸々引き摺りなさい」
「「「ぐぬぬ」」」
文句を言いたいけれど、武器も触れない状態で三人組は歯噛みする。
というか、予備武器の短剣ぐらいしか持ってない。
巨大な火鼠に追われていた時点で武器を持っていたのは一人だったので、きっと地下の何処かに落としてきたんだろう。
反発を隠そうともしない反省のなさをみたヴィクターさんは、呟くように言った。
「引き摺らせるのはいいが、あまり無理させると毛皮傷むんだよ」
「え、もしかして呼んだ増援ってあれを安全に運ぶためですか?」
「おう。あと、エイダが持ってきた傷薬全部俺に使っちまったから、お前たちも早めに手当てしておいたほうがいいだろ」
両腕が火傷で酷い状態のヴィクターさんは、すでに私が薬屋さんの腕試しで作った薬も全部使って応急手当してある。
そのお蔭で少しはましだと自己申告は貰ってた。
それでも重傷部分を手当てしただけで、剥きだしだった顔や首元にはまだまだ火傷がある。
それに灰原の灰は硬く、吹雪の中で灰に打たれた私たちは全員、大なり小なり擦り傷を負っていた。
「私はほぼ無傷ですけど。シドはたぶん打撲ですね。エリーは手首を捻挫、後は擦り傷程度だと思います」
「あぁ、その目は怪我の具合もわかるんだったか。だが自分の顔は見えてねぇな。お前さん、何か飛んで来たのにぶつかってるぜ」
顔と言われて触ってみると額に痛みが走る。
いつの間にかたんこぶができていたようだ。
「シドの打撲は爆発か。エリーの捻挫はなんだ?」
「爆発で体勢を崩した時とか? それで言うとヴィクターさんも腰傷めかけてますよ」
「あぁ、シド庇った時に…………これ言うなよ」
大爆発に巻き込まれシドを庇った時、咄嗟のことで体勢が崩れたんだろう。
けれど守ろうという一心で防御態勢を取ったことで、変に力を入れて腰を痛めかけてる。
知ったらシドが気にするだろうから、私は素直に頷き返した。
「うん? 来たな」
通路の脇の岩を背にヴィクターさんが言う。
確かに通路から複数の足音が近づいて来てた。
「早いですね」
「ここが最短で着く通路だ。俺らの目的地知ってればな」
そう言ってる間にまず衛兵の青い鎧が一人駆け込んで来た。
「おう! シド、やっぱりやらかしたか!?」
ロディだ。
もしかしたら説明もまともに聞かない三人組がやらかすことを見越して、すぐに駆けつけられる準備をしていてくれたのかもしれない。
「あぁ、こいつらよりによって下行って、主を俺たちに擦りつけやがった」
「一応火傷薬と水持ってきたが、怪我何処だ?」
「違うわ、ロディ。私たちじゃなくてそっち」
死角にいた私とヴィクターさんに気づかず、ロディは薬を入れてきた袋を降ろしながらシドとエリーのほうへ行ってしまう。
エリーに指摘されてようやく振り返った瞬間、口を大きく開けて固まった。
「…………隊長!?」
「生きてるから騒ぐな。ともかく薬くれ」
「ななな、なんでそんなことに!?」
駆け寄って来たロディはすぐに荷物の中から薬や包袋を取り出す。
「ロディ、来てくれてちょうど良かった。そろそろ私のかけた魔法切れそうだったんだ。痛み止めってある?」
「おう、まじか。そりゃ良かった。魔法切れるとなるとたぶん喋れねぇ」
爆炎のせいで顔も腫れてるヴィクターさんがロディに薬を要求する。
エリーもやって来て私と一緒にヴィクターさんの行き届かなかった傷に手当てを施す。
それを見ていたロディがおもむろに動いた。
途端に響いたのは笛の音。
「あ、こら!」
衛兵の呼子笛の音を聞いて、ヴィクターさんが怒る。
「叔父さん、今のどういう意味?」
「俺が『至急』って鳴らしたのに、『緊急』で仲間呼びやがった! 混乱の元だろ!」
「隊長がこれって相当ヤバいじゃないですか! 何に出会ってこんな!? っていうか、なんでこここんなに気温下がってるんすか!?」
ロディが大慌てで辺りを警戒する。
そこにさらに衛兵の追加が来て一気に騒がしくなった。
怪我人のためにロディだけ先に走った結果、『緊急』の笛で後続も急いだようだ。
「「「た、隊長!?」」」
その人たちも重傷の衛兵隊長ヴィクターさんに驚いて慌ててしまう。
仕方なく、ヴィクターさんはこの場で火鼠が超強化してしまった経緯を簡単に話した。
「爆発に巻き込まれたはずなのに向こうは白熱して馬鹿みたいに熱量上げてな。あんな姿初めてだ」
「え、ヴィクターさんもあの白熱する火鼠知らなかったんですか?」
「こんな暑いところでさらに熱量増やすなんて馬鹿な真似する奴今までいなかったわよ」
棘のあるエリーの言葉は確かにそのとおりだ。
こんなに暑いんだから、熱に耐性のある敵を予想できるし、わざわざ炎系統の攻撃なんてする意味がない。
どころか装備を整えても長時間はいられないほど人間には害のある熱量の中、温度を上げるような攻撃は自殺行為だ。
やった三人はその辺り考えつかない浅慮だったんだろう。
同時に、何か以前それで危機を乗り越えた成功体験のせいで思考停止をしていた可能性もある。
「…………つまりあいつら馬鹿三人のせいで隊長こうなったんすね? なのにあいつらほぼ無傷、と」
「一応、火傷と打ち身と、あ、突き指もしてるよ、ロディ」
白熱した火鼠のせいで火傷したとして、打ち身と突き指はもしかしたら私の放った吹雪に転んだせいかもしれない。
ロディは突然私に向かって屈み込む。
「俺は今、事情を聴いてて集中してる。他の仲間も隊長の手当てに集中してて、ちょっとやそっとのことじゃ気づかない。そして無茶苦茶やる冒険者は、縛られたくらいじゃ懲りねぇし、目の前で逃げられそうなら他の冒険者が衛兵に手を貸すのもありだ」
「へ、へー?」
なんでそれを今私に?
「なるほど」
なんでエリー納得するの? そしてなんで三人のほうに行くの?
ロディは頑なにそっちを見ないし、エリーに遅れてシドも手を打って何かを納得する。
「殺したわけでもないのに騒ぎ過ぎだろう!? こんな横暴許されるのかよ!?」
「これはやりすぎだって! 俺らは身を守っただけで攻撃じゃねぇ!」
「俺たちだって必死だったんだよ! そいつらの運が悪かっただけだろ!」
衛兵が来たことで言い訳を再開していた三人組。
近寄ったエリーは笑顔で聞き苦しい言い訳をする一人の頬を、問答無用で張り倒した。
私が茫然としてる間にシドも手近な一人に拳骨を落とす。
「エイダはいいのか?」
「ヴィクターさん!?」
衛兵が見てないアピールこのため!?
そして隊長さんがしっかり見てるのになんで勧めるの!?
「はは。ま、それじゃ最後の一人は俺の腕が治ってからだな」
私が動かないことで無事に済んだ一人は、ヴィクターさんの不穏な言葉に震え上がることになったのだった。
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