48話:落とし前です
巨大な火鼠との不意の遭遇。
その上余計な手出しで一番の戦力が戦闘不能に陥った。
そんな状況で即興呪文が効いてくれたのは奇跡に近い。
私はようやく危機を脱したことに息を吐き出した。
「エイダ、俺たちにかけた能力上げる呪文、どれくらいもつ?」
そんな私の油断を戒めるように、ヴィクターさんが聞く。
けれど情けないことに私はその答えを持っていなかった。
「…………わかりません。初めて使った呪文なので」
「そうかぁ。クライスはそこら辺慎重だったからなぁ」
聞けば、クライスは初めて使う呪文を戦闘で使うことはほぼなかったらしい。
私のようにその場で呪文を作るなんてこともしなかったんだって。
「きっとそれが、正しい使い方だと、思います」
「まぁ、ぶっつけ本番なんて褒められたもんじゃないな。けど、今回はお前の機転で助かった。すごい魔法だったけど、ありゃなんだ?」
誤魔化しきれない痛みを感じているはずなのに、ヴィクターさんは私に気を使っているのか普段どおりに喋る。
けど強風で眼鏡がずれてる今、その状態が強がりなのは見てわかった。
もしかしたら私と話すことで気を紛らわせてるのかもしれない。
「えっと、この杖に使ったアイシクルスライムの核片を媒介に、故郷の万年雪がある場所と繋いで、そこの空気を呼び込みました」
水に比べて空気のほうが呼びやすかったのは、嬉しい誤算だ。
この誤算が悪いほうへも傾く可能性があるからこそ、クライスは初めての呪文は使わなかったんだと思う。
言いながら、私が怠さの残る腕を上げてアイシクルスライムの杖を見せると、途端に氷のような表面にひびが入った。
「「あ…………!」」
私とヴィクターさんが見ている前で、氷柱のようなアイシクルスライムの杖は砕けて消える。
残ったのは、何の変哲もないトネリコの杖だった。
「おい、大丈夫か?」
「えっと、媒介にしちゃったから、呪文のために消費されて、なくなっただけだと思います。…………一回で耐え切れなくなるなんて」
即興で作ったために、媒介への負担が重すぎたのか、呪文自体が不出来だったのか。
本当に成功したのは奇跡だったようだ。
ふと、私は座り込んだ近くの灰が不自然に動くのに目を止める。
灰の中から這い出した『自動書記ペン』は、私の手元にある魔術書に向かってきた。
何をするのかを察して、私はペンを手で止める。
「今の呪文書く気なら待って。アイシクルスライムの杖がないとたぶん使えないし、アイシクルスライムの核片を一回で使い切るなんて、消費が激しすぎるから呪文としての完成度は低いよ」
『自動書記ペン』は私の手を乗り越えようとしていたけど、説得を聞き入れたのか動きを止める。
その後何か考えるようにじっとしていたと思ったら、ベルトの定位置へと自ら戻った。
その様子を見ていたはずのヴィクターさんは、不意に鋭い視線を私のほうに向ける。
視線が通りすぎていることに気づいて振り返ってみると、壁際にある灰の小山が動いているのがわかった。
「エイダ、俺の腰のポーチの中身出して、足元に置いてくれ。魔力切れで無闇に動こうとするな。任せてじっとしてろ」
「え? あ、はい」
私は言われたとおりヴィクターさんの腰から布の塊を取り出した。
幅広の帯を巻いたような布の塊で、触れると何か魔法がかかっている気配がある。
けどその性能を確かめるよりも、今はヴィクターさんの指示に従うことにした。
私が足元に布の塊を置くと、ヴィクターさんは立ち上がる。
「そのまま」
私も立ち上がろうとするとヴィクターさんは手短に指示を出した。
ヴィクターさんの前に布の塊を置いて、さらにその前に私はしゃがむ形だ。
灰の小山を見ていると、どうやら下から何かが出てこようとしているようだった。
「「「…………ぶっはぁぁああああ! 生きてる!?」」」
「あ、生きてたんだ…………」
現れたのは、前衛ばかりの三人組の冒険者。
装備は痛んでいるものの、火傷以外に目立った傷はない。
まぁ、逃げ回っていただけなのだから当たり前か。
「よーし、お前ら。そこから動くな。お前らの所業は報告して罰してもらうからな」
「はぁ? 何言ってんだおっさん! 報告って、あの砦の衛兵たちにか?」
「つーか、なんだよあの暴風! あぶねぇだろ……って、そいつ倒したのか!?」
「おい、何勝手に血取ってんだよ! とどめさしたにしても、分け前の交渉くらいしろよ!」
「「おぉん…………?」」
勝手な三人組に、シドとエリーが重低音で凄む。
二人とも、瞳孔が開いてて怖い。
その間にヴィクターさんは、私に顎を振って避けるように指示する。
三人組はシドとエリーに文句を言うことに夢中でこちらの動きに気づいていない。
「そいつは俺たちが先に見つけた獲物だ! 倒したからって独占するなよ!」
「アホか! お前ら俺たちにこいつ擦り付けやがっただろ! 助けてくれって情けなく叫んでたのは誰だ!?」
「あ、あれは、ち、力を貸してくれってこと! 距離置いて戦うつもりだったんだ。だから反撃にも転じただろ!」
「それ、あの火鼠を強化した自爆のこと? 火鼠の特性も知らずに挑んでんじゃないわよ、素人!」
「素人はそっちだろうが! ただの防具屋がでしゃばるから、そこのおっさんみたいになるんだ!」
「「はぁぁあああん!?」」
青筋を立てたエリーは火鼠に止めを刺したナイフを握り直し、シドはスコップを両手に構える。
さすがに私も、身勝手な冒険者たちには嫌な感情が湧く。
ヴィクターさんが腕を火傷したのは、彼らが投げた魔法道具のせいなんだから。
「まぁ、待て。ダンジョン内での私闘は禁止だ。ここはとっ捕まえて突き出すだけにしとけ。その後、罰は考えればいい」
一番の被害者であるヴィクターさんが、そう言って兄妹を止める。
その余裕に、頭に血の登った三人組の冒険者は、食ってかかった。
「逃げ遅れる程度の力量で、ダンジョン入るほうが間違ってんだよ! 魔物の攻撃は避けるのが基本だろうが!」
「そうだ、そうだ! 俺たちは火鼠レベルの魔物いくらでも倒してきてんだ。お前らが前に出るのが悪い!」
「だいたいそこのおっさん、さっきから偉そうに! なんの権利があって俺たちを捕まえるなんてほざいてんだ!」
「ははは、本当に若気の至りってのは指摘するのも馬鹿馬鹿しくなるもんだ」
ヴィクターさんはほうれい線を強調するように笑いながら、目は全く笑っていなかった。
そして、なんの警告も殺気もなく、足元の布を冒険者たちに向けて蹴りつける。
「うわ、何すん、だ? って、わぁぁああああ!」
「なんだこれ!? 勝手に巻き付くぞ!」
「おい、やめろ! これ、完全に妨害だろうがおっさん!」
帯のような布は、魔力の燐光を発すると冒険者を一纏めに縛り上げる。
「はいはい、おっさんですよ。非番で甥姪に駆り出された、衛兵隊隊長のおっさんですよっと」
「「「え?」」」
言いながら、ヴィクターさんは呪文の媒介にしていた紋章を不自由な手で見えるように持ち上げる。
よく見れば、ロディの皮鎧の胸に刻印された物と同じ紋章。
つまり、衛兵であることを証明する飾りだったらしい。
「さーて、言い訳は砦で聞いてやる。隊長にこれだけの怪我負わせたんだ。衛兵隊の沽券にも関わる。逃げると余計酷いことになるぞ?」
ダンジョンと街を守る兵が、全員敵に回る。
さらに隊長という地位のある人物に、ダンジョンで禁止されている行動を目撃された上で巻き込んだ。
謝るだけでは済まされないけれど、謝らなければ重罪に問われてもおかしくない行為だ。
ヴィクターさんの脅しに、三人組の冒険者は顔色を悪くした。
「あと、こいつは俺たちっていうか、防具屋に優先権のある素材として登録されてる。だから、お前たちが倒しても接収されることは決まってた。こういうのは、入場申請した時に説明があってるはずだが?」
「そ、そう言えば…………。火鼠の主に出会ったら報告がどうのって」
どうやら聞き流していたらしい。
「そんなことだろうと思ったけどな。ま、少しでも心象良くしたいなら、この大物運ぶ手伝いしろよ。縄結んでやるから引っ張れ」
「「「え、えぇぇぇええ?」」」
「「あ゛ぁぁん!?」」
まだ文句を言いそうな冒険者たちだったけど、シドとエリーの威嚇に、それ以上反抗する愚を察したようだった。
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