表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/203

47話:ちょっと待ってもらいます

 私は気の抜けない状況をわかっていて、あえて力を抜くように大きく息を吐き出した。

 それでも震えるような緊張はなくならない。

 でも、やらなきゃいけないんだ。


「ラスペンケルの名の下に、ここに新たなる理を紡がん…………」


 大丈夫。

 今回は元にする魔法があるからそれから大きく逸脱しないようにすればいい。


 あぁ、けどこれは…………構成が長くなるな。

 まとまってくれればいいけど。

 もう迷ってる時間はない!


「《白の清き深きを知る者よ、聳える白峰はかんばせか。不動の冷厳戒める大いなる者。我が声を聞き届け給え》」


 唱えるごとに、媒介にしたアイシクルスライムの杖が青白い光を辺りに広げる。

 光は私の足元で円を描き、召喚のための魔法陣を形成した。


 構築に時間が、かかる。

 クライスの呪文を元に作っても、即席の呪文は安定が悪い。

 その分すごい勢いで魔力が吸われて行く。

 呪文の構築だけで魔力を使い切るわけにはいかないのに。


「《我が敵を屠り給え。白き闇のそのかいなの内で、永遠の眠りを、終焉の吐息を、今ここに》」


 私は魔法陣形成のために、体中の魔力をかき集め、媒介にしたアイシクルスライムの杖を見つめた。

 今は不安を押し込めて、ただそれだけに集中する。

 周りの状況など見ている余裕はない。


 不意に、パズルが噛みあうような落ち着きと、開放感を覚える。

 次の瞬間、足元の魔法陣が空気を震わせながら完成した。


「ヂギギギギギギイィ!」


 私を脅威と見なしたのか、大きな火鼠が激しく鳴いた。

 そして向けた杖の直線状から逃げるように横へと走り出す。


「避けても無駄だよ!」


 魔法陣から立ち昇る冷気が、アイシクルスライムの杖に集中し、杖の先で目に見えるほど白い冷気が膨らんでいく。

 冷気が弾ける瞬間、私の耳には誰かが優しく息を吹きかけるような音が聞こえた。


「ヂヂヂヂィィ!」


 弾けた冷気は、杖の先から噴き出し、吹雪のような音を立てて吹き荒れる。

 避けようとした火鼠だったけど、縦横無尽に吹く寒風は何処にいても吹き付けた。


「ぶわっ、か、固まれ!」

「エイダ! 灰に埋まるぞ!」

「ちょっと、風止めて、エイダ!」

「これ、止められないの!」


 吹き荒れる寒風が灰原を荒らし、辺りを支配していた熱と喧嘩するように暴風を巻き起こす。

 私はアイシクルスライムの杖を構えて足を踏みしめた。

 立っていられたのは、後ろから支えてくれる手があったからだ。


 そうして魔力の枯渇と共に、召喚した冷気は途絶え、魔法陣も消える。


「…………う、うぅ?」


 巻き上がる灰に目をつぶっていた私は、風の音が止んだことで瞼を上げた。

 辺りには音もなく、灰が降る。

 燃えていたはずの不尽木も黒ずんで鎮火していた。


 太腿まで覆う灰に熱はなく、空気も温いくらいで、最初に入って来た時よりも気温は下がっている。


「あの、火鼠、は…………?」


 最後に見た場所に首を巡らせれば、灰まみれの赤い毛皮が、巨躯をブルブルと震わせて動けなくなっていた。


 大きな火鼠を包んでいた陽炎はなくなり、白熱していた毛皮は赤くなっている。

 どういう状態かはわからないけれど、身を守るように震えていることだけはわかった。


「ぺぺっ、ぺ! うお? 灰原が熱くない」

「ぷは! ど、どうなったの?」


 私を後ろから支えてくれていたシドとエリーが、灰を叩き落として辺りを見回した。

 ヴィクターさんはすぐさま大きな火鼠を睨み、指示を叫ぶ。


「動きが鈍るどころか、凍えてやがる! 今ならやれるぞ。復活する前に行け!」

「お、おう! また熱纏われる前にやるぜ、エリー!」

「よぉし! 熱さえなきゃ、大きいだけの鼠よ!」


 走り出すシドは、槌を両手に構え大上段から振り下ろす。

 灰に埋もれるように頭を下げていた火鼠の額を渾身の力で殴りつけた。


 その間に弓と矢筒を外したエリーは、腰に下げたナイフを抜き払い、痛みに顔を上げた火鼠へと走り寄る。

 首を狙ってナイフを擲つと、退かずに勢いを増して駆け込んだ。

 そのままナイフの柄へと飛び蹴りを入れ、より深く刃を押し込む。


 もがく火鼠がまた頭を下げると、シドがもう一振り槌を見舞うため待っていた。


「叔父さん、頼む!」

「ま、やられ損は性に合わねぇからな。《痛み忘るな、怨み忘るな。全ての瑕疵はこの一撃に。悼み忘るな、憾み忘るな。全ての疵癘はこの時機のため》! 《復讐の誓い(リベンジロック)》!」


 ヴィクターさんは火傷を負った手に、首から下げた不思議な素材の紋章を掲げて呪文を唱える。

 それはクライスが残して行った、カウンターの呪文。

 紋章から放たれた光がシドの槌に集まる。

 同時に火鼠には動きを封じる魔法の盾が周囲を覆った。

 シドの槌が振り下ろされると、魔法の光は深々と火鼠へと突き刺さる。


「チギギギィィイイイイイ!」


 ヴィクターさんが負った傷と同等のダメージを、シドの攻撃と共に受けたのがわかる。

 火鼠は埒外の攻撃に、体を痙攣させて倒れ伏した。

 とどめに、エリーが深く刺したナイフを抜けば、血が溢れてほどなく力尽きたようだ。


「はぁ、はぁ…………」


 それでも私たちは、火鼠の痙攣が収まり確実に起き上がらないとわかるまで、武器を構えて様子を窺う。

 けれど、火鼠は二度と起き上がることはなかった。


「は…………、ははは、まさか倒せるとはなぁ」

「何言ってるの、叔父さん。私たちこれを倒しに来たんでしょ?」

「ギリギリすぎだろ。エイダいなかったら逃げられるかも怪しかったぞ」


 三人が勝利に笑みを交わす中、私は口を動かすこともできずに膝から崩れ落ちた。


「「「エイダ!?」」」

「ご、めん。…………魔力、の、使いすぎ、で…………」


 実は恐怖のせいもあるけど。

 ともかく今体が動かないのは、基本的に魔力が底を突くまで放出してしまったからだ。


「あぁ、そこら辺の調整わからないのかぁ。何するにしても、逃げるための力は温存しておくもんだ」

「叔父さん、エイダは戦闘自体が初心者なんだから、俺たちが無茶させ過ぎなんだろ」

「そうよね。さっきの呪文すごかったもん。これなら当分、普通の火鼠も動けないし、今の内に休んでおいて」

「う、うん」


 意識が頭の奥に引き摺られるような倦怠感と、全身の寒気があり、頭もくらくらする。

 魔力切れは辛いってお父さんから聞いてたけど、こんな風になるんだぁ。

 ヴィクターさんが言うように、これじゃ逃げられない。

 今度からは逃げるためにも魔力使い切るようなことしちゃいけないなぁ。


「不尽木もちょうど火が消えてて掘り出せるな。ちょっと掘ってくる」

「兄さん一人で大丈夫?」

「叔父さんもエイダも動けないんじゃ、やるしかねぇだろ」

「おーい、エリー。火鼠の血も素材として集めておいたほうがいいんじゃないか?」

「あ! 血管切っちゃったんだ。エイダ、入れ物取るね!」


 ヴィクターさんの指摘に、エリーは私が背負う荷物から、血を採取するための器を取り出す。

 シドは砦から借りたスコップを肩に担いで、燃えていた不尽木へと向かった。


 うん、すごく頼もしい背中に見える。

 もちろんそれはエリーも含めてのことだった。


隔日更新

次回:落とし前です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ