45話:爆発しました
ふと思い出して、私は魔術書の横に収まる『自動書記ペン』を見た。
「君も、魔物だったんだよね…………。トレントって木の魔物って人間食べたりしないよね?」
うぅ、揺れるペンの意思表示がわからない。
私がそんなことをやっている間に、ヴィクターさんたちは警戒しつつ辺りを調べていた。
「やっぱり、足跡が地下へ続いてる。砦へ報告に戻るほうがいいかもなぁ」
「火鼠も怯えて動かない。叔父さん、奴がすでに興奮状態じゃこっちが危ないぜ」
「ちゃんとロディが、他のダンジョンと違って魔物の強さはまちまちだって言ったのに」
エリーが怒っているとシドは何かに気づいて移動する。
そして足元を手早く足で掘った。
「しかも見ろよ、雑に埋めやがって。本当に火鼠一匹倒しただけで下行ったみたいだ」
「毛皮ズタズタ…………。こんなんじゃ売り物にならないし、臓物塗れで絶対これ臭うよ」
「お前ら、これ持ち込まれたら幾らで買いとる?」
「うーん、銅貨五枚、かな? 気分的には一枚でもいいけど」
「兄さん優しー。あたしだったら買い取り自体拒否するよ」
そう言って防具屋パーティは私のほうに戻って来る。
引き返す方向で心が決まっているのは顔を見ればわかった。
三人が危ないって判断を下したなら、私が口出しすることはない。
そんな時、地下から反響する咆哮が聞こえた。
「ぎぎゃがががああぁぁ!」
「「「ぅぉおおぁあああ!」」」
獣の野太い咆哮と共に、泣きそうな叫び声もした気がする。
足元から伝わる揺れに、辺りの灰が舞い上がった。
潜んでいた火鼠たちは鳴き交わしながら不尽木の中へとさらに身を隠す。
「くっそ! 奴の声だ! しかもあいつら引き連れてやがる!」
「本当何考えてるの!? 大人しく食べられてたほうがましよ!」
シドとエリーは叫びながら武器を構えて、私を庇うように立った。
「おい、エイダ! 閃光で奴の目だけを狙えるか!?」
「や、やりまぅ、す!」
ヴィクターさんの鋭い声に噛んでしまったけど、私はアイシクルスライムの杖を構える。
杖を地下への入り口に向けると、ちょうど宙を掻くように走る三人組の冒険者が見えた。
その後ろには、赤く光る双眸が追って来てる。
どう見ても、熊以上の大きさがあるよ!
「うわ、うわ、うわぁぁああ!」
「たすけてくれぇぇぇえええ!」
「こんなの聞いてないってー!」
私たちに気づいた三人が叫びながら灰原に走り込む。
そちらにかまっている余裕はなく、私はヴィクターさんの合図で呪文を唱えた。
「《暗夜に深淵はなし。仰ぐ瞬き久遠なる灯》! 汝光あれ!」
アイシクルスライムの杖では炎系の魔法は失敗する。
私は灰原に飛び出す大きな火鼠を狙って、ともかく強い光を発生させる魔法を放った。
狙いが甘く、火鼠の頭上に放ってしまったけど、それでも突然の閃光に目が眩んだようだ。
灰を蹴り上げながら方向転換すると、巨大な火鼠は止まった。
「お前ら邪魔だ! 端に寄ってろ!」
シドの怒鳴り声に、三人組の冒険者は必死に走って大きな火鼠から一番遠い壁にへばりつく。
「まだ行けるかと思ったが、そう甘くもないか」
ヴィクターさんの声と同時に、大きな火鼠から今までの比ではない熱波が噴き出した。
次の瞬間、大きな火鼠は長い毛を逆立てて、真っ赤に燃え上がる。
自ら火を発して炎を纏った姿は、鼠というより炎自体が魔物化したようだった。
「あーもー! あーなる前に仕留めるつもりだったのに!」
言いながら、エリーは素早く縄にアンカーをつけ、持参した金槌で岩壁に打ちつける。
縄の端を返しのついた鏃の矢に結び付けると、シドに頷いた。
「なるべく毛皮に傷はつけたくないが、被害軽減が最優先だ。俺と叔父さんで引きつける。エイダはエリーと援護してくれ」
「よし、じゃあエイダ。水か氷の魔法であの火の勢い止めて!」
「無茶言わないで! なんて言ってられないみたいだよね。《差し伸べる指は凍てつき、差し出した首は凍る。抱擁は冷ややかに、接吻は息を殺して、白く白く》葬送氷棺!」
アイシクルスライムの特性を考えて、氷の魔法を火鼠に放つ。
杖の先から噴き出す冷気が、凍える暴風となって火鼠を包み込んだ。
「クライスと違う!? 何その呪文、初めて聞いたよ! けど…………よし、これなら!」
エリーは返しのついた矢を、魔法の効果が切れると同時に炎の勢いが衰えた火鼠に放つ。
一時的に岩壁と縄で繋がれた火鼠の動きが鈍ると、ヴィクターさんとシドが距離を詰めた。
「深く潜りすぎるなよ、シド!」
「この熱じゃ、やれって言われても無理だよ!」
軽口を叩きながら、ヴィクターさんとシドは一撃を振るごとに火鼠の攻撃範囲外へと退避し、また攻撃に移る。
ヴィクターさんは盾と片手剣で、火鼠の足に浅い斬撃を数入れる。
シドは両手持ちの鉄槌で、重さのある一撃を入れては回避に専念していた。
「エイダ、もう一本縄つけるから、さっきの呪文お願い」
エリーは、私を連れて火鼠の視界に入らないよう動き、岩壁と火鼠を縄で繋ぐ。
どれも確かに火鼠への攻撃として通って入るけど、致命傷には程遠い。
「エリー! これって、倒せるの?」
「無理!」
「えー!?」
「だから、こうやって足止め工作してるの。逃げるために!」
言われてみれば、エリーは追って来れないよう火鼠を一時的に拘束している。
ヴィクターさんとシドは、低くて攻撃しにくいにもかかわらず足を狙っていた。
「だから、エイダも辺りを冷やす方法考えて! 火鼠は熱いと元気だけど、寒いと途端に動きが鈍るから!」
「う、うん!」
私が頷いた途端、壁に縋っていた三人組の冒険者が動いた。
「足止めご苦労! ここからが本番だ!」
「俺たちの奥の手ってやつを見せてやる!」
「この高火力で倒れなかった魔物はいねぇ!」
「「「「え!?」」」」
火鼠から距離を取ろうとしていたヴィクターさんとシドも、三人組の言葉に絶句した。
必死の形相で、三人組は丸い球の導火線に火をつけ、大きな火鼠へと投げつける。
私は咄嗟に眼鏡をずらしてその正体を見極めた。
半端に発動した魔法陣を封じ込めた呪符の周りを火薬で覆い、爆発の衝撃で魔法陣を誤作動させ、本来以上の爆発を生み出す魔法道具。
目算した威力では、ヴィクターさんとシドも危ない。
「《繋がれ、重なれ、紡げ、連なれ! 天地の狭間を埋め立ち上がれ!》魔法壁!」
呪文の完成間近に魔法道具が炸裂する。
危険を悟ったヴィクターさんが、盾を構えてシドの前に立った。
そこへ火炎と爆風が襲い、遅れて私の呪文が魔法の壁を形成する。
「うわ…………!」
「兄さん! 叔父さん! ごほ!」
私たちのほうにまで爆風が及び、辺りは灰が舞い上がって何も見えなくなる。
灰が入るのも構わずエリーは悲鳴を上げた。
「風、風で、灰を押さえるには…………《我が召命聞こえたならば、疾風となりて求めに応じよ》! 風鳥の遠来!」
風が舞い上がる灰を切り裂くように走る。
そうして見えたのは、白熱し、陽炎を纏った魔物。
火の塊になっていた巨大な火鼠が、白く炎さえ発していない。
それでもわかる。
さっきの真っ赤な炎よりも、この陽炎のような炎のほうがずっと熱い。
明らかに、三人組の冒険者の攻撃で、大きな火鼠は強化されてしまっていた。
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