44話:毒林檎だそうです
私たちは宝箱の中にあった美味しい林檎について話し込んでた。
「教会ではお酒にするって聞いたけどジャム美味しかったよ」
「教会の林檎酒な。祭のバザーでもすぐ売り切れるんだ。基本的に伯爵さまに献上して活動資金貰ってるからこっちには回ってこないんだよ」
「もう、兄さんまで。将来叔父さんみたいなのん兵衛にならないでよ」
「…………ヴァインヒルの葡萄酒、美味かったなぁ」
ヴィクターさんはエリーの言葉を聞いてないのか夢見心地の呟きだ。
ヴィクターさんがお酒を飲めるようになるまでヴァインヒルの村はあったの?
昔あったってことはもうないはずだよね。
そう言えば東の森のほうには魔物がいるらしい。
ダンジョンができて森に近い墓地に変化が起きたんだったら森にもダンジョンから影響があってもおかしくない。
そしてその向こうの村はテーセのように住めなくなったのかも。
「林檎畑なくなって、あたしたちもそうそう食べれなくなってるの。誰か知らないけど、嬉しい物入れてくれるわ」
好物らしく、エリーが喜び勇んでシドの手から林檎を受け取る。
もうヴァインヒルという村がないなら葡萄畑もなく、お酒も造られてないんだろう。
ヴィクターさんが飲んだのは相当貴重な体験だったということかな。
「伯爵さまの所でも少し栽培してるって言うし、たぶんこれは贈答用かな? ずいぶん綺麗だから摘果した物でもなさそう」
エリーが林檎をくるくる回すのを、私は何げなく眼鏡をずらして、鳥肌が立った。
「駄目、エリー! それは…………毒だ!」
「え!? これ、毒アッサナーナなの?」
毒林檎があるらしく、エリーは私の指摘に驚きながらも慌てない。
うん、どちらかというとすごく残念そう。
代わりにシドとヴィクターさんは、渋い顔で箱を見下ろした。
「枝ぶりや葉の色で、毒アッサナーナは見分けるもんだ。実だけになってりゃ、間違って食う奴もいる」
「明らかに、たちの悪い悪戯じゃねーか。叔父さん、これ報告だよな?」
「当たり前だ。入場記録で、俺たちより前にここ通れる奴ら洗い出してやる」
私はあまりに危険な悪戯に胸がドキドキしてる。
けど、三人は怒ってこそいるけど落ち着いているようだ。
私が胸を撫で下ろすと、毒アッサナーナを持ったままエリーが近づいて来た。
「たまにこういうたちの悪いことする奴いるの。で、アッサナーナは昔毒があったのを食べられるようにしたらしいのね。だから実際はアッサナーナって言ったら毒がある物なの」
「え? 林檎って毒があるの?」
「さぁ? アッサナーナ以外では聞かないけど、どう見ても形が林檎だし、昔から林檎ってことで通ってるわ。で、これはこれで素材として欲しがる人がいるから容器に入れて確保」
「つ、強いね…………。怖くないの?」
「…………ホント、エイダって可愛いなぁ。もういっそクライス戻って来て悪影響受けるよりも、このままでいてほしいとか思っちゃうなー。兄さんいらないから、こんな妹欲しいー」
「おい、エリー。奇遇だな。俺も従順な妹が欲しい」
兄妹でそんな軽口を叩いてるけど、私としてはクライスとの再会のほうが嬉しいな。
あと言い合いながら、手際よく毒物を保存容器に入れるのは素直に尊敬する。
「おーい、じゃれてるところ悪いが、エリー。お前の獲物だ。フレイムバットだ」
「あー、鼠の前に蝙蝠来ちゃったかー」
ヴィクターさんに答えながら、エリーはすぐさま弓に矢を番える。
その所作もやっぱり手慣れてて、天井近くを不規則に揺れながら飛ぶ、火を纏った蝙蝠を射抜いた。
「どんどん行くよー」
「よし、シド。エリーが仕留めそこなった獲物の片づけするぞ」
「こいつらあんまり素材としても良くないからなぁ」
私が毒アッサナーナをリュックに仕舞う間に、六匹のフレイムバットと交戦する。
纏う火はどうやら翼の表面についているだけのようで、ヴィクターさんが盾で叩くと、火の粉を散らしながらただの大きめの蝙蝠になる。
エリーも慣れた様子で次々に蝙蝠を打ち落とし、フレイムバット四匹を仕留めた。
「エイダ、見とけよ。こういうのでも死体放っておくと腐ってヤバいガス出るから、血抜きして足括って持っていく。この先に火があるから、そこで燃やして処分するからな」
「近くにスライム居たら放っておいてもいいんだが、…………最近、スライムの姿が少ないんだ」
それはスライムが苦手なテーセの人たちにとってはいいことじゃないのかな?
なんだかシドの言葉に、エリーもヴィクターさんも視線を下げてしまった。
私はヴィクターさんに呼ばれて壷を出すと、フレイムバットの血を壷に集める。
「これも素材として買い手がいるんだ。しっかり蓋ごと縛っておけよ。零れるぞ」
シドとエリーは周囲に目を配っているけど、魔物が現われる気配はない。
もちろん、スライムの姿もなかった。
私は荷物運びと素材収集ばかりをしながら、洞窟を進む。
出てくる魔物も火吹き蛇というものや、レッドリアという火の粉を振りまく植物など、熱に耐性を持ってた。
「ここが、火鼠の住む不尽木の灰原。下層の、熱源を作る魔物の巣よ」
そう言うエリーの向こうには、広い空間があった。
黒い岩壁に白い地面。その中を火の粉が渦を巻いて光っている。
広い空間の中央には燃え続ける木が幾つも突き立っており、汗さえ乾くような熱波を放っていた。
「…………おかしいな」
「え? どうしたんですか、ヴィクターさん」
「エイダ、ほら、先に来てるはずの三人組がいないの」
「戦闘があったにしちゃ、灰原に荒れた様子もないしな」
最短のルートを先に言ったはずの冒険者三人組が、一帯の最終到着地点であるはずの場所にいない。
私は思わず、ひときわ大きな通路に目を向ける。
そこは他と違い下り坂になっており、灰の積り方も一番薄い。
何より通路の手前には、岩壁に人間ほどの大きさの石のレリーフが打ちつけられていた。
それは、ロディがダンジョンの説明と共に教えてくれた、進入禁止のマークだった。
私と同じように進入禁止の通路を見て、シドがヴィクターさんに聞く。
「なぁ、叔父さん。馬鹿やらかしてると思う?」
「思うなぁ。血の跡も少ない。火鼠一匹相手にしただけで、高をくくって行きやがったんだろう」
「もしかして、あそこって地下への?」
「そう。地下へ通じる道。駄目って言うとやる奴って何考えてんのかしら?」
「何も考えてないんだろ。敵の情報もなく突っ込む馬鹿だ」
「いや、自分なら大丈夫だって言う根拠のない楽観があるんだろうよ」
「ど、どうするんですか? 火鼠って、あれですよね」
私は燃え続ける不尽木の下にいる赤い長毛の鼠を指した。
鼠、の形してるけど、大きさが熊くらいあるよ。火の中に隠れてて燃えてないし。
しかもそれが何匹もいる。それこそ鼠のように大量に潜んでる気がする。
怖くて眼鏡ずらす気にもなれない。
目的の火鼠を狩るか、それとも見当たらない冒険者を探すか。
そんな私の問いにシドが首を横に振った。
「いや、俺たちが狙ってるのはあれじゃないんだ」
「実はね、地下からここら辺に出てくる時があるのよ。あいつらのボスが」
エリーが言うには、狙うは火鼠の主とも言える魔物。
普段は地下にいるのに、出てきたと言う目撃情報があったらしい。
「もしかして、そのボスを見つけて、あの三人は地下に行ったとか?」
「いや、あれは知らなきゃ狙えない。基本的に鼠だからなぁ。隠れてんだよ。近づかなきゃ攻撃もしてこない。だからあの三人先に行かせても問題ないと思ったんだが」
言いながら、ヴィクターさんは地下への入り口から目を離さない。
「最近下から出て来たなら、まだ通路近くにいるはずだ。冒険者が地下へ行ったなら、確実に鉢合ってる。静かなのは、上手く奴が隠れてやり過ごしたか、もう腹に収めちまったか」
ヴィクターさんの冷徹な予測に私は震えあがる。
魔物と戦うと言うことは、その魔物の餌になる可能性も大きいんだ。
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