43話:罠でしょうか?
「ロディ、説明してくれてありがとう」
「…………もうずっとクライスじゃなくてエイダでいい気がする」
それはそれで、クライスが可哀想な気がする。
クライスだったらこの場合どう言うんだろう?
…………まずあの冒険者たちを言い負かすまで文句言いそう。負けず嫌いだから、クライス。
そう考えると、落差を激しく感じてるエリーたちの反応の理由もわかる気がする。
「それじゃ、私たちはこれから道具の貸し出しを申請するから。前に籠借りたでしょ」
「今回はスコップ、縄、大袋は人数分。後は容器を何持って行くかか」
エリーに応じて、シドが必要な物を指折り数える。
その横でヴィクターさんはお酒を煽りながら、冒険者たちが出て行った扉を見ていた。
ロディも気づいたらしく、ヴィクターさんに小声で話しかける。
「ほんと、なんかやらかしたら俺らで対処しますけど?」
「いや、俺たちがやったほうが早いだろ。ただ、よほどの邪魔をされなきゃ、手出しは控えるつもりだ。若気の至りってのは、誰にでもあるからな」
そう言いながら、ヴィクターさんは不穏に笑っている。
たぶん、あの戦士冒険者たちがやらかすって、確信してるんだと思う。
私も、彼らは何かルール破りをしそうだと感じていた。
そんな一抹の不安を覚えつつ、私は初めてのダンジョンに踏み込む。
「わ、洞窟って言っても、広いんだね」
硬そうな石の壁は半円に削られて、通路は広く天井は高い。
灯りも等間隔で設置されており閉塞感はなかった。
「ここらは人の手が入ってるからな。ほら、衛兵の革鎧に着いてる紋章と同じ意匠があるだろ。明かりも砦の奴らが管理してるんだ」
「兄さん、今日はこっちの道よ。遠回りしていくんだから」
シドが慣れた様子で最短の横道に入ろうとするのを、エリーが止める。
二人とも地図を見なくても、どの道が何処へ続いているか知っているらしい。
私は眼鏡をずらして辺りを見た。
確かに人間が拡張したことが、情報として頭の中に浮かぶ。
辺りに魔物はいないらしく、何もない洞窟と、いくつかの横道が見えるだけだ。
「エイダ、その目はクライスと同じか? そうやって探るように辺りを見るのは変わらねぇみたいだな」
ヴィクターさんの言葉に、シドたちも頷いている。
「面白い目よね。普通は経験でわかるようになる品質が一目でわかるし、魔力の量なんかも見てわかるなんて」
「その目があれば楽だろうなぁ。しかも人間見てもわかるってんだから、魔女の一族って括られるだけの特殊性があるもんだ」
クライスはパーティメンバーには魔眼の特性を伝えていたらしい。
ラスペンケルの人間にしか発現しない魔眼らしいから、冒険者の集まるテーセでも珍しいんだろうとは思うけど。
たぶん薬屋さんは魔眼持ちだ。
私の魔眼を弾いたし、それっぽいこと言ってたし。
けど名前が出ないってことは秘密だろうから言わないほうがいいかな?
「一応聞いておこうか? 俺たちの中で一番強いのは誰だ?」
まだ魔物が出てこないとわかっているのか、ヴィクターさんは地図に示された横道を歩きながらそんな質問をしてきた。
「ヴィクターさんです。次がシドで、エリーが総合的に劣る感じかな。砦で会った前衛三人と同じくらいの強さだから、エリーが弱いんじゃないとは思います」
「正解。経験ないわりに初見相手でも正確に見抜くなぁ。じゃ、次の問題だ。ここには今石に擬態した魔物がいるんだが、どれかわかるか?」
そう言ってヴィクターさんが足を止めたのは、大人二人が楽にすれ違える丸い洞窟の道。
床も壁も天井の全て石で、動く生き物がいるようには見えない。
あとすでに暑い。
汗がじわっと出るくらいで、教会のワンダが言ったとおり常時竈から迫る熱気に囲まれてるみたいだ。
また眼鏡をずらしてみれば、明らかに生き物の反応があった。
「あそこの壁の一部のふりをした、黒い虫、ですか?」
「うわー、虫ってことまでわかるの? クライスが最初に見つけた時、『なんだこれ?』ってナイフで突いてたけど」
「こいつ探す時はクライスいると楽なんだよなぁ。擬態一発で見抜くし。そうそう、これな。石炭虫って言って、良く燃えるんで燃料代わりにしてんだ」
言ってシドは私が指した石炭虫を壁から引き離す。
途端に節足を蠢かして抵抗するけど、シドは慣れた様子でナイフを節足と擬態した石のような背中の隙間に差し込んだ。
「あ、割れた? 虫のほう逃げるけどいいの?」
「いいんだよ。この背中の擬態用の分泌物でできた石が燃料になるんだ。虫のほうは放っておけばまた分泌物背負って出てくるから」
「目は十分使えるみたいだな。その調子で隠れてる石炭虫探してくれや」
「エイダ、一々ずらすの手間じゃない? 眼鏡取ったら? っていうか、目悪いの?」
「見にくいって言う意味では悪い、かな。足元悪いし、眼鏡ないと怖いよ」
「ふ、クライスの顔で…………、怖いって…………ふふ」
またクライスが言いそうにないことを言ったみたいで、エリーが和んでしまった。
いいのかなぁ?
ここって、魔物の生息地のはずなのにこんなに呑気で。
けど山でも慣れた場所だと魔物出て来ても慌てないし、いっそこういうものなのかな?
そんな不安を覚えながら、私は灯りが等間隔に配置された洞窟の中を進む。
時々眼鏡をずらしながらエリーと並び、シドとヴィクターさんの後ろを歩いた。
「あ、何か効能がありそうな草があるよ、シドの右前」
「これモチ草な。ぐにぐにして噛み切れない葉っぱは、噛んでると疲労回復するんだ。あと、傷の治りも早くなる気がする」
気休めや口寂しい洞窟内での慰みに冒険者が食べるらしい。
「ちなみにね、冬になるとモチの実がつくの。真っ白でやっぱり噛み切れないんだけど、回復効果は高いから、素材として採集依頼がくることもあるのよ」
「へー。あ、あれ? 岩の間から…………蜂蜜?」
魔眼が反応した場所を見ると、岩の間から水が染み出るようにねっとりした液体が一筋漏れていた。
たぶん暑さで緩くなってるんだと思う。
「お、さすが。いいもん見つけるねぇ。砦で借りてたよな、瓶くれ」
「はい……。あの、それは蜂蜜、じゃないみたいですけど?」
魔眼は蜂蜜に類似したものとしての情報を私に伝えている。
一度食べた時もそうだった。
まさか手を加えていない状態でもこれだなんて。
何かが集めた蜜であることは確かだけど、私にその何かの知識がないから、すごくぼんやりした情報しか浮かばない。
ヴィクターさんは、私から瓶を受け取って笑った。
「細かいことはいいんだよ。甘くて食えるし、蜂蜜と同じように使えるから、需要はあるんだ。ハチミツって俺たちは呼んでる。ほら、しっかり持てよ」
戦闘にあまり関わらない私が、採集用の容器を運ぶ係をしているため、返されたハチミツ入りの瓶を背負ったリュックに直した。
そうして採集しながらゆっくり進む。
その合間に三人は私に色々と説明してくれたので、私も慣れてこちらから疑問を上げた。
「ねぇ、あそこにある箱は何?」
私は行く手に置かれた頑丈そうな箱を指してエリーに聞いた。
魔物の住処に置いておくには不自然な様子でぽつんと置かれている。
いっそ罠がありそうなくらい不自然だ。
「お布施みたいなものよ。ちょっといいことして、自分にもいいことありますようにって。中は保存の術がかけられてるから、箱に入る物ならなんでも入れられるの」
「あれの中に、役に立つ物入れておくんだ。で、もらったら別の役立つ物を入れ直す。それを次に通った奴が貰う。俺たちは宝箱って呼んでる」
言いながら、シドが箱を開くと赤と黄色で縞模様を描く林檎が入っていた。
「これはここら辺の特産で、アッサナーナっていう林檎だ。村の頃は、今の町がある辺り、一面林檎の林だったんだぜ、ってこれ前に言ったか?」
「教会で聞いたよ、草原の辺りが林檎畑だったって。後食べた。美味しかった」
シドに答えると、ヴィクターさんも懐かしそうに目を細める。
「魔物に荒らされてほとんど潰れちまったがな。昔あった森向こうの東の村と合わせてテーセの林檎、ヴァインヒルの葡萄って名の知れた特産だったもんだ」
ヴァインヒルの葡萄?
それは美味しいのかな?
魔物が住むという森の向こうにもどうやら村があるようだった。
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次回:毒林檎だそうです




