40話:守りは大事です
翌日の早朝、顔を洗ってるとドアが叩かれる。
慌てて鍵を開ければ準備万端の防具屋パーティがいた。
「ちょっと打ち合わせも兼ねて早く来ちゃった。朝ごはん持ってきたから許して」
エリーがウィンクしてそう言った。
着ているのは革の軽鎧。
足元は相変わらず太ももまであるブーツだ。
それでも草原から山に行くよりもしっかりした装いをしてる。
「ありがとう。必要な物は昨日そこの机に並べておいたんだけど、他にいる物あるかな?」
「え、こんなに薬類あったか?もしかしてエイダが作った? 素材さえあればすぐにできちまうって、相変わらず呪文作りって便利だな」
店の机をみてシドが驚いた。
今日は腕や足も覆う革鎧を身につけて、髪も延焼防止かしっかり縛ってる。
胴体にぴったりした革鎧は、こっちも防御力が高そうだった。
「あまり重い物持ち込んでも邪魔になる。数は絞るべきだが、霊草から作った保存液は持って行きたいな」
ヴィクターさんは相変わらずお酒の入った瓶を持ってる。
ただ防御を固めるためか頭に革の防具をはめて、革の手袋などもしてる。
「エイダ、叔父さんが持ってる酒瓶はもう無視して。昨日は早めに酒場から家に帰したんだけど、そのまま家で飲んでたみたいで。寝坊はしなかったからいいほうよ」
「酔ってるのはいつものことなんだしな。不安はわかるぞ、エイダ。けどこのままで戦える器用な人だから、心配するな」
エリーとシドはそうフォローしながら私から目を逸らした。
「俺はただの酒好きだ、気にするな。自分のこと心配しとけ。火鼠はすばしっこいからな。後衛にも回り込んでくるぞ」
冒険者用の食堂でも聞いたけど、火鼠は今日素材を取るために戦うモンスターだ。
その名のとおり火を纏ったネズミ型のモンスターらしい。
「はい、これ朝ごはん。ハムとピクルスを挟んだだけのサンドイッチだけど。あと豆と茶葉持ってきたから酔い覚ましも兼ねてハーブティかコーヒー淹れるわ」
「ありがとう。お湯は顔を洗う前に火にかけたからもう少ししたら湧くよ」
私はエリーと簡単に朝食の準備をする。
その間にヴィクターさんとシドが持って行くべき道具を選別してくれた。
ダイニングテーブルにサンドイッチとお茶を並べると、荷物が一つにまとめられてる。
「こんなもんか。じゃ、今日の打ち合わせしつつ朝飯と行こう」
ヴィクターさんの声で席についてごはんになった。
その間にエリーが確認をする。
「炎熱地帯の暑さは説明したわよね。熱いから傷まないよう加工した装備が必要よ。そしてエイダの分は持って来てるから後で着方教えるわね」
「耐熱ならクライスのがあるけど?」
「うーん、あいつは戦闘要員として動くこと前提の装備だから、守りの面ではいまいちかな」
エリーが言うには、クライスの装備は動きやすさのために防御を削っているのだとか。
サンドイッチを飲み込んでシドも頷く。
「山登った時と同じくエイダは基本後衛な。エリーと一緒にいてくれ。炎熱地帯は洞窟で敵は前からしか来ないから、俺たちが魔法欲しい時は言う。だから打てるよう待機しててほしいんだ」
熱いコーヒーを啜りつつ、ヴィクターさんはリュックにまとめた荷物を指した。
「あと一番動かないから荷物持ちな。荷物背負ってればある程度背後からの不意打ちは防げる。というか、守りにくくなることもあるから基本的に動くな。俺が前衛で防御に入る時にはシドが中衛として下がるけど、守りはするからどんと構えとけ」
そこに不安はないので素直に頷く。
山での様子で安定してモンスターを迎撃できるのはわかってた。
「私たちが狙う火鼠は洞窟の奥にいるから、そこに行くまでは魔法の試し打ちだと思って。時間帯としても他の冒険者はほとんどいないし、魔法の威力や効果が危険だったら私たちが下がるから声かけよろしくね」
「うん。氷属性の魔法はクライスが作った呪文もあったからそれを試したいと思ってるの。私、攻撃魔法なんてほとんど使ったことなくて」
住んでいた山に出て来るモンスターは、強くてアイシクルスライム程度。
渾身の前蹴りで倒せるし、わざわざ魔法で攻撃する必要がなかった。
だからよく使ってたのは援護に類する魔法で、回復も少し。
逆にクライスはダンジョンにも行ってたせいか攻撃魔法が多かったから、魔術書にも攻撃系統の呪文は充実してた。
「で、今回の目的は火鼠の特殊個体の毛皮だ。内臓も取れるなら取るが、一番は毛皮。つまり、どれだけ表面を傷つけずに倒すかが問題になる」
ヴィクターさんはサンドイッチにかぶりついて言葉を切る。
その後をシドが継いだ。
「クライスいない間に見つけたら、毒餌撒いて弱ったところをって言う運と時間を使う作戦だったんだ。けどエイダが氷属性の杖作っただろ? 火鼠は寒さに弱いから、寒がらせて動きを鈍らせたところを急所狙って傷を少なくって方針にしようってこっちで話し合った」
火鼠の肝も薬の素材になるそうで、できるなら採集したいと言われる。
「いちおう毒餌設置の許可はダンジョンの砦のほうにしてあるから、今日遭遇できなくても設置はするぞ」
「探すんじゃないんですか?」
ヴィクターさんに聞くときっぱり首を横に振られた。
「いや、特殊個体って言ったろ。普段はもっと危険なところにいる。それを追って行くのは無謀だ。だから目撃されたポイントで一定時間粘るが、それ以上は退き上げになる」
どうも熱いので長時間の滞在は危険と言われているそうだ。
「一昨日決めて今日にはもう許可取ってるってすごいですね」
「なぁに、ちょっとしたコネがあってな」
ヴィクターさんは悪そうな顔をしてみせた。
朝食がだいたい終わって、ヴィクターさんは二杯目のコーヒー。
私はエリーに手を引かれて立つ。
「はい、じゃあ鎧これね。まず胸当てから。これには、耐火性樹脂が塗ってあるだけで、一定以上の温度になると溶けちゃうの。火鼠の巣に半日居ると使い物にならなくなるから、短時間で済ませるわよ」
時間制限のある装備らしいけど、樹脂を塗り直せばまた使えるそうだ。
腕には耐火性の肩まである手袋の上からさらに防具をつけた。
足も同じように守りを固めて、さらに膝や肘も覆う防具も別個につける。
「エイダ、エリーとワックス塗ったらしいがこれも念のために被っとけ。上から石落としてくる敵もいるからな」
シドが差しだしてきたのは頭にかぶる革の防具。
緩衝材が入ってるらしく厚みがあって安全なんだろうけど、これを被ると…………。
「やっぱり可愛くないわね」
「うーん、守られてる感じはすごくするよ?」
エリーに消極的な同意をしつつ私も同感だ。
「慣れてない初心者ならこれくらいでも守り薄いくらいだろ」
シド的には見た目は二の次のようだ。
けど全体的にがっしりとしていて、滑らかな動きとは縁遠い装備。
正直屈むのもちょっと勢いがいる。
「これで暑いところに行くのかぁ」
「そう言えば用意された薬の中にあせもの治療薬はなかったな」
ヴィクターさんが不穏なことをいう。
これは山で重宝したあの魔法が必要だ。
私はアイシクルスライムの杖を握った。
「《冷感保冷》、《全体化》」
生まれたところは雪も積もる山だけど、その分太陽も近い土地だから夏場に重宝した魔法をかける。
ついでにこの場にいる全員に効果範囲を広げた。
「うそ、何これ!? 涼しい!」
「こんな魔法あるのか!?」
「おいおい、クライスよりもすごいじゃないか!」
まさかの手放しでの称賛。
生活の知恵って、大事だと知ったのだった。
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