4話:二人分ありました
「さて、わしもギルドに戻らなければ。君たちは仕事に戻りなさい」
「あ、いけね! 兵長に叱られる!」
「お店、開けたままで来ちゃってた!」
「慌ただしくて悪いな、エイダ!」
そう言えば会頭さんは書き物用の腕カバーをしている。
ロディは衛兵の革鎧を着ていて、エリーとシドの兄妹は店の物なのか革のエプロンをつけていた。
みんな仕事の途中でやって来ているらしい。
四人はそれぞれ仕事へ帰る。
私は一人室内に残って見送った。
「もう、クライスったら」
扉が閉まると外の声も遠ざかり、一人呟けば室内の静かさを改めて感じる。
「あ、鞄も降ろしてなかった。うーん、ここに住めることになったのはいいとして…………よし、家探しをしよう!」
私はいないクライスが悪いと結論付けて、家の中を調べて回ることにした。
奥行きのある室内は、私たちが立ち話をしていたのが店舗スペース。
奥には暖炉があって、その暖炉を回るように階段が螺旋を描いていた。
「ダイニングテーブル大きすぎない? それとも、あんな風に仲良しの人たちが訪ねて来てたのかな?」
さて、それでは一階の抽斗という抽斗を開けて物の位置を確かめましょう。
抽斗以外にも、魔法陣を描いた羊皮紙が入った箱や、消耗品の素材を詰めた壷が幾つもあった。
改めて見て技量の差が大きいのがわかる。
魔法陣を見ても、素材を見ても、私じゃ使い方がわからない物のほうが多い。
「しかも…………私が来るの、すごい待ってたんじゃない」
食器棚を調べて気恥ずかしさにがっくりくる。
独り暮らしのはずなのにお皿もコップも二人分同じ物がある。
これ、お客用とかじゃないでしょ。
「クライスの店の留守番、するしかないか」
私の分まで生活用品揃えられてるなら、置手紙の任せるというのは会頭さんが言うように店についても含まれるんだろう。
それにせっかくクライスが開いた店なのに、いない間になくなるなんて寂しすぎる。
私が留守番をしてたら少しは猶予してくれるみたいだし、だったら会頭さんが言うとおり少しでもテーセの街に寄与しなきゃ。
「問題はどうやってお店するのか私がよくわかってないことだよね。売り物らしい同じ規格のカップなんかあるけど、明日会頭さんに聞いてみればわかるかな?」
顧客情報らしい書類も見つけた。
依頼票のようなものもある。
この量、どれだけ放っておいてるんだろう?
「うん? 印が入ってるのと入ってないのがある。これは完了した依頼とそうじゃないやつってこと? 期限が必要に応じてって書いてあるのはなんだろう? これも会頭さんに聞くしかないか」
私は一階を見て回ると二階へ向かった。
一階に寝具はなかったから、寝てるなら二階だ。
「あれ? 二階にも立派な机。どれだけ机気に入ったの? …………あ、私用か」
階段を上って目につく家具は机、ベッド、衣装箪笥。
人が寝られるくらいの大きなソファがあるけど。
「…………ベッドとは別に寝られるくらいのソファって、これもたぶん、私のためだよね」
いったいいつから私が一緒に住むことを前提にしていたのかな。
まぁ、七年ぶりだし、いきなり別れることになって本当に久しぶりに再会なんだから、すぐに帰る気はなかったけど。
「実家引き払うなんて考えてなかったから運が良かったと思うべきなのかな」
両親は今頃何処を旅してるんだろ?
クライスが本家を出て戻って来るっていうなら、きっと今も山にいたけど。
うん、私がクライスの立場だったらおんなじこととしてたよね。
クライスのために新しい食器や日用品用意して。
「うん、クローゼットの中も半分丸々あいてる!」
目の前の現実にまた恥ずかしさが襲ってくる。
「…………本当に、なんで私もここで住む前提になってるの!? え、見に来いよって誘いだったよね? 別に一緒に住もうなんて書いて無かったよね? 住むつもりで来たけどぉ。なんでいないかなぁ」
一月以上前から準備されてたと思うと、本人がいないことのがっかり感がすごい。
「えっと、こっちの長持ちの中身は…………武器?」
金属で補強された大きな木箱の中には短剣やメイス、手斧やスリングが入っていた。
魔法使いらしく杖も入ってる。
「本当にダンジョン行ってたんだぁ」
シドが素材集めと言っていたけど、この街の職人はそう言うことするものなの?
「…………わぁ、杖も二本あるぅ」
これも私の分?
え、ダンジョンに連れていかれるところだった?
「無理だよ。近所に出て来るスライム蹴り飛ばすくらいしかできないって」
山にも魔物はいた。
だから山頂に他の家はなかったくらいだ。
けど出会って戦闘なんてしない。
まず魔物が来ないよう魔法をかけてたんだから。
「あの村、私たちが止めてた魔物が襲ってくるようになるはずだけど」
雪深くなる山に魔物も好んでは住まない。
けれどいるにはいるので保存食が襲われたり畑が荒らされるだろう。
獣型の魔物は厄介だけど大型じゃなければ魔法なしで追い払える。
あとあそこにしつこく出て来るのはスライムくらいか。
「ずるずるしてて気持ち悪いって言う人もいたけど、もう関係ないか」
気にしないことにしよう。うん、心配しても戻る気はないんだし。
「私は私のやれることしよう。まずは少しでもクライスの代わりになれるようにならないと。この初級呪文書って言うのをまず読もうかな」
クライスは勤勉だったらしく、一階にも二階にも幾つもの魔法に関する本があった。
その中でもわかりやすく内容が優しそうな物を選ぶ。
二階のカーテンを開けてソファに座り、私は読書を始めた。
荷ほどきは後々。
両親や祖父母の遺した魔術書以外で魔法を学ぶってこと、したことなかったんだよね。
「むむ、知らない素材が多い。これはこの辺り特有のもの? あ、そう言えばノートがいくつかあった。もしかしてあれが」
初級って書いてある割りに、読んでもいまいちピンと来ない。
クライスもノートに書かれた素材の説明なんかを纏めて勉強の補助にしていたようだ。
「『やってみるのが早い』か。『失敗から学ぶこともある』ってこの呪文書にも書いてあるし」
ノートにも『小難しく書いてる割にやったら簡単だった。書き方が悪い、書き方が』と文句が書いてある。
この国の言葉で書かれた呪文書なので、もちろん発行元はラスペンケルの本家だ。
「ふぁ~。眠いけど、気になる…………もうちょっと、もう、ちょっと…………」
暮らしの中で必要になる呪文ばかりを覚えていた私には、体系的な呪文書は読み物としても面白かった。
それにクライスの様子が窺えるノートと見比べると読み終わるまで手が止まらない。
けれど会頭さんが言うように旅の疲れがあったのか、気づいたら眠ってしまったようだ。
「あ、これ夢見てるな、私」
「なんで夢で鏡見てるんだ、俺?」
自分と同じ顔と向き合う夢で、なんだかおかしなことになってた。
そのおかしさの理由に気づいたのは同時。
「クライス!?」
「エイダ!?」
「「なんでその顔!?」」
全く同じ顔だ。
けれど夢に出てきたのはどう考えても双子のクライス。
本当に髪型もパッと見の印象も同じだなんて。
「うわー、あのインチキ臭い薬、本当に効いたんだなぁ」
どうやらこうなった理由をクライスは知ってるようだった。
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