39話:準備をします
ダンジョン挑戦をすることに決まった翌日。
入るのは明日だし、今度こそ準備だ。
「教会の時はなんとかなったけど。また準備不足は命取りだろうしね」
簡単に聞いた炎熱地帯と呼ばれるダンジョンの一角の特徴は、「熱い」だった。
「どれくらいかわからないけど火系のモンスターばっかりが住んでるって言うし。クライスの服に耐熱の保護がかかってるのあるのはたぶんそこのためだよね」
というわけで耐熱装備を探すところから始めて、次に私は魔術書に書かれた耐熱に関する呪文を探す。
他にも火傷した時の薬を用意して、あ、薬屋さんの所で返された薬も持って行こう。
「慰杯は…………水。そうだ水も。たぶん熱いならそんなに水ないよね」
思いつく準備をしていると、店のドアがノックされた。
「こんにちは。教会から来ました、ワンダです。エイダさんいらっしゃいますか?」
「え、ワンダ? どうしたの?」
ドアを開けると先日と同じ修道服のワンダが立っていた。
ただ手にはバスケットを持ってる。
「炎熱地帯でダンジョン初挑戦と聞いて。霊草が使えるので扱い方をお教えしようと思いまして。お邪魔でしたか?」
「ううん、嬉しい。何を準備すればいいか今ちょうど考えてたんだ。入って」
霊草使えるんだ?
どうするんだろう?
「あそこは本当に熱い所で、ずっと竈の横を歩いてるようなものなのです」
「そこまで?」
「はい。ですから採集しても物によっては傷んでしまうんです。そこでこの霊草。霊草を使った特殊な溶液に浸すことで熱による劣化を防ぐことができます」
「おー、なるほど」
「逆に熱い地域でしか効能を維持できない物もありますから、その際も霊草の溶液で状態を維持できます」
「霊草ってすごいね」
「はい、霊草ってすごいんです」
そんな風に話しながら霊草を使った特殊溶液の作成を始める。
ワンダが教えてくれるから、これは呪文関係なくひたすら手作業だ。
バスケットに入れて持って来てくれた材料を処理して煮詰め、精製することでできた。
「ワンダ器用だね。(仮)でも院長任せられるだけあるんだ」
手際よくこなすワンダは私の言葉に苦笑した。
「私は、何もできませんよ。こちらに来て、初めて覚えました。本当に、何もできなかった私を導いてくださった司祭さまや一緒に頑張ろうと言ってくれたトビアスには感謝してます」
「あれ…………ダニエルは?」
「もう少し怪我を隠すのをやめてくれればいいのですけれど。私の力不足とは言え、せめて回復魔法が使える私に隠すのだけはやめてほしいですね」
手は止めないけど、ワンダはしょんぼりしてしまった。
やっぱりダニエル一人で強くなろうとしても駄目だよね。
で、私が気づくってことは一年この街に住んでたクライスも気づいてたんじゃない?
後で依頼票確認しよう。
「さ、後は冷ますだけです。ですが、お持ちの際には入れ物にご注意なさって」
「入れ物? このまま鍋に持って行っちゃ駄目かな? 思ったより量が多いし」
「金属は熱で変質してしまうのでお勧めしません。同じ理由で木製も物を選びます。硝子が一番ですし、確かクライスさんが持っていたはずですが」
そうワンダに言われて探そうとすると、また外からノックがあった。
そして今度は答える前にドアが開く。
「エイダいるー? って、ワンダ。あ、この匂い霊草の保存液? やった! 肝持って帰れる」
エリーがすぐさま私たちの作業を把握して拳を握る。
「どうしたの、エリー? 明日だよね?」
「そ、明日炎熱地帯よ。そのために準備しないとね」
「あぁ、お風呂屋さんに行かれるんですね」
ワンダのほうが理解して頷く。
そう言えばエリーは腕に荷物袋を持ってる。
「えっと、まずワンダ。硝子の入れ物と背負うための革ひもなんか見つけたけど?」
「では冷めたら瓶に詰めてお持ちください。私の役目は終わりましたからどうぞお風呂に」
「え? まだ日が傾いただけだよ?」
「明日朝一から行くから、半日くらい馴染ませたいの。ほら、エイダもお風呂の準備して」
よくわからないけど必要なことらしい。
エリーも片づけを手伝ってくれて三人で店を出る。
「それではお怪我に気をつけて」
「ありがとう」
ワンダとは大通りで別れて、私はエリーとお風呂に向かうことになった。
「熱でね、髪が傷んじゃうの」
お風呂でお湯につかり始めてようやくエリーが説明をしてくれる。
浴槽いっぱいのお湯で辺りは曇ってる中、この時間でも十人以上の入浴客がいた。
今も新たな入浴客が現われるけど、ほとんどが見てわかる引き締まった肉体の女性たちで冒険者だろう。
「エイダ短いけど、それでもやっぱり翌日髪がチリチリになるの嫌でしょ」
「嫌だけど、そこまで熱いの?」
「熱いは熱いけどそれだけじゃなくて、火を吹いたり発火したりする敵ばっかりだから。戦闘になるとただでさえ熱いのがさらに熱を上げるのよ」
何が出て来るかは運次第。
なのでなるべく耐熱の対策をするべきだということらしい。
「で、このお風呂の使い方は教えたわよね」
「湯船につかる前に体を洗う。石鹸や道具は貸し出しもあるけど自分で用意したほうが安上がり。あと、お風呂に布入れない。長湯するなら定期的に水を飲む、だったっけ?」
「乾湿風呂だと体拭いてからとかもあるけど、そんなところね。で、基本裸でしょ、ここ。ただ例外的にタオル巻いてていい理由があるの」
そう言ってエリーは大きめのタオルを私に渡す。
「ダンジョン対策で作業が必要な時よ」
タオルを巻いて行ったのはお風呂の端。
お湯や水が溜まった大きな桶が置いてある石敷きの場所で、エリーは脱衣所から袋を持ってきた。
「このワックスを髪に馴染ませると燃えなくなるんだけど、ただ塗っただけだと溶けて落ちるの。だからその前準備をここでするってわけ」
「そんなのあるんだ。もしかしてこれって」
「ダンジョンの魔物の素材から作られた物よ。けど、テーセが発祥ってわけじゃないわ。何処かの火山の中にあるダンジョン? で生きて帰るために作られたって聞いたかな」
やっぱりダンジョンって命がけなんだ。
私で大丈夫かな?
「そんな不安な顔しないで。別に副作用とかはないから」
そう言ってエリーは袋からワックス以外も取り出す。
「髪は洗ったから汚れは落とした。次は一回髪の表面にある成分を落とすわ。これがそのための薬液。皮膚が荒れる人いるから気をつけて。これしないとワックスが浸透しないの」
「まだワックスの他に三つあるのはどうして?」
多くない?
ワックスと、成分を落とす薬液とあと二つは?
「成分落とすでしょ? 馴染みが良くなるようにするでしょ? 後からワックス取れやすくするでしょ? で、ワックス塗るの」
「た、大変だぁ」
なるほど。
それだけのことをするために裸のままじゃ体壊しちゃうし、タオルは必要だね。
けど洗い流すには裸のほうがいいし、水もお湯も使い放題のここなら作業もしやすいと。
「そうなの。だから叔父さんたちは面倒がってやらないから髪の毛バサバサ。けどこれしないと次の日に髪の毛梳かしたら弱った髪がブチブチ千切れて余計に傷むのよ」
「う…………それは、嫌だね」
思ったより深刻な問題だったようだ。
想像しただけでも嫌になる
エリーが勧めてくれた切実さがわかった気がした。
隔日更新
次回:守りは大事です