38話:熱いから美味しいです
「はい、ラザニア。熱いから気をつけて。それと、これはあたしのおごり。いやー、衛兵いるとみんな大人しくていいわぁ」
そう言ってお店のお姉さんが飲み物を三つくれた。
「私の分まで、ありがとうございます」
「うんうん、その顔でお礼言われるのはいいね。クライスにも、もてたきゃ紳士的にしてなって言っておいて」
どうやらクライスの知り合いだったらしい給仕のお姉さんは、グツグツとチーズが煮えるお皿を置く。
あれ? 飲み物も泡立ってる?
「そう言うなら酒くれよ」
ヴィクターさんは不服そうにお姉さんに言うけど適当にあしらわれた。
肝心の衛兵のロディは飲み物について教えてくれる。
「炭酸水って知ってるか? 泡立つ水でこれは炭酸水を甘く味付けしたジュースなんだ。ダンジョンで手に入る石から錬金術師が作るんだよ」
ロディが飲むのを見て私も口をつける。
口の中で弾ける気泡の刺激にびっくりしてすぐ口を放してしまった。
「わ、すごい。え、何これ?」
「レモンで匂いつけたり、カラメルで色つけたり種類もある。酒で割っても美味いぞ」
ヴィクターさんはそんなことを言いながら一気に飲み干す。
喉まで気泡の刺激来るのに、よく飲めるなぁ。
「これもテーセの街の外からなの、ロディ?」
「そうだなぁ、小さい頃は飲んだ覚えがないからたぶん」
「村の時にはまだ錬金術師いなかったからな」
どうやらテーセの街にはまだまだ美味しいものがありそうだ。
けどまずは目の前の熱そうなラザニアから片づけよう。
表面は焼けたチーズに覆われててよくわからない。
試しに一角を切り取ってみる。
フォークで持ち上げると、溶けるチーズに覆われながらも多層の断面が見えた。
「これ、重なってるのは何?」
薄黄色い板状のものの間に赤いソースと白いソース、そしてひき肉が零れだしてチーズと共に落ちて行く。
「それがパスタだよ。板状って言っただろ? 間にソース挟んで重ねてあるんだ」
「これもパスタなんですか? へぇ」
炭酸水を飲みほしたヴィクターさんはまたお酒に手を伸ばしながら教えてくれる。
ブルストを当てにぐいぐい行ってるのを見ると、外に出た時には控えめに飲んでたのがわかった。
私は湯気の立つラザニアに意を決してかぶりつく。
途端に口の中が高温になった。
「あふ、熱、あつい…………!」
「豪快にいったな。熱いから気をつけろって言われただろ」
パスタを食べ終わったロディが笑いながら炭酸水を飲んでる。
私も慌てて炭酸水で口の中を冷ました。
「熱い、けど美味しい。赤いソースは酸味があって、白いソースはまろやかで。パスタの弾力とひき肉の旨味が噛むたびに一緒になる。チーズも香ばしくて塩味がちょうどいい」
「美味いのはわかったが、焦って食べると火傷するぞ。話しながら食おうや、エイダ。薬屋へのお遣いはどうだった?」
ヴィクターさんが心配してくれてたのか、冒険者ギルドで受けた依頼の様子を聞いくる。
知らなかったらしいロディが炭酸水にむせた。
私はラザニアを冷ましつつ薬屋さんからの課題や、その後の教会でのお手伝いについて話す。
味が多重で飽きない。
ソースの混じり合いも美味しい。
気づけばまだ熱いラザニアを食べてしまっていた。
「熱かったぁ」
けど美味しかった。
これがパスタならロディが食べていたパスタも美味しいはず。
せっかくサキアにレシピ貰ったのに外で食べたい物が増えるな。
「魔法使いってのは杖なしでも魔法使えるもんなんだな。エリーは習った最初から杖使ってたし、今も触媒にある道具使ってるし」
薬屋から教会へ行って手伝いをした話を聞いたヴィクターさんが、頬杖を突いて呟く。
「杖は魔法制御を助ける触媒であり指示棒なんです。目に見える杖があると、やっぱり狙いはつけやすいですよ」
「クライスは魔術書も一緒に使ってたけど、魔法には触媒ってのは多いほうがいいのか?」
魔法は使えないらしいロディが基本的なことを聞いて来た。
「属性ごとに触媒を持ってる魔法使いいるって聞いたことあるけど、魔女の場合は属性関係なく使えるから。魔術書はただの触媒じゃなくて、魔女の血筋専用の魔法強化装置みたいなものなんだ。だから杖持つより魔術書持ってるほうが魔法は使いやすいよ」
これは魔女の血筋では基本なんだけど、双子に生まれた私はクライスと生き別れてから魔術書を手にしてなかった。
無いならないで精度を上げようという方針で両親からは杖なしで指導された結果、素手でも魔法は使えるようになったのだ。
「まだ大したことしてないから、魔術書については実感がないけどね」
「ふぅん、やっぱり一回ダンジョン行っとくか」
ヴィクターさんの一言に、私よりロディが先に反応した。
「炎熱地帯っすか?」
「あぁ、出たって確定だろうからな」
なんの話?
と思ったら二人して私を見る。
「実はな、クライスと約束してた討伐があるんだが、その獲物の目撃情報あったら報告するようしておいたんだよ」
「そいつが出てきたらシドたちに優先権って衛兵や冒険者ギルドにも話通っててな。今日確認して出て来てるのわかったんだ」
「出て来てる?」
話が見えない私にヴィクターさんが意地悪そうに笑った。
「ちょっとした大物だ。普段は深度の高い所に引っ込んでるんだが、ダンジョンの出入り口に近い辺りにたまに出て来るんだよ」
「炎熱地帯って呼ばれる熱いところなんだけど、ちょうどエイダが持ってる杖、そこにいい感じらしいって聞いてるぜ」
ロディの言うとおり、何度か私もその話は聞いた。
「寒さに弱い魔物ってこと?」
「寒い? どうなんだろう? 炎熱地帯自体が紙置いてたら発火するようなとこもあるから、寒くなるほどの魔法使った奴見たことないな」
ロディ、それは相当な高温では? 人間行って大丈夫なの?
「弱いと言えば弱いだろ。炎熱地帯の魔物は温度が低くなる別のエリアにはいかないんだ。実際氷系統の魔法が良く効く。まぁ、火属性以外はだいたい効くんだが」
「出て来てるってことは、今を逃すとまた奥に行ってしまうってことですか?」
私の疑問にヴィクターさんは頷く。
「だからクライスと次出て来た時にはって話してたんだ。魔法の使い手いたほうが楽だからな。そいつの皮をシドとエリーが使うんだよ」
どうやらクライスへの依頼で炎熱地帯の大物を待っていたようだ。
となると留守番の私が引き受けるべきだろう。
けど、大物かぁ。
「私にできると思いますか?」
「俺は早いと思うぜ。ウルフやワームと違って遠隔から攻撃もしてくる。あとでかい」
ロディは反対だ。
けどヴィクターさんは手を振った。
「飛ぶわけでもないんだ。それくらい慣れてたっていいだろ。ほとんど障害物のない見晴らしのいい場所から魔法ぶっ放すんだ。これでできないならダンジョンで素材集めもできやしない」
うーん、なるほど。
今後教会のパーティとも行くと言ったし、勇者たちが戦う姿も見て呪いの聖剣を確かめたい。
そう考えるとこれは受けるべきでしょう。
よし、思ったよりも早いけど初ダンジョンだ。
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