37話:お肉も美味しいです
慰杯ができた次の日、私はさっそく商業ギルドへ持ち込みを行った。
「うむ、きちんと機能している。ではさっそく」
会頭さんは腰が軽いのかすぐに私を慰杯を作る工房の一つへ連れ出す。
そこはすでに一つ慰杯を作るための術が停止して生産性が落ちている工房だった。
「はぁ、ペンの言うとおりAにしておいたほうが良かったな」
私は工房を出てからお風呂で疲れを癒すことにした。
それほど疲れる作業だったのは、まぁ、私の力不足だね。
住民は無料のお風呂で手足を伸ばして全身の力を抜く。
ダンジョン産品で安価に大量にお湯を作れるらしく、泳げるほど広い浴槽でゆっくりできるのはすごく贅沢だ。
そんな贅沢を吾味わいつつ、私は今日の反省をする。
「機材の材質や大きさであんなに振れ幅が大きくなるなんて」
慰杯を型押しするための機材が基本鉄製だった。
けど石の台座や器として成型する工程などで他の材質も関わる。
するとただ術をかけるだけだとずれや歪みなどが出るのが、工房に行ってからわかった。
術自体はできるけど、材質によって微調整が必要で時間がかかる。
微調整にはAという品質を安定して作れる技量が必要だったんだろう。
「薬液につける浴槽も木から石、タイルで補強してるのとかもあるらしいし。一日がかりでなんとかなったけど、すぐには無理だよ」
会頭さんはそれでも喜んでくれた。
クライスがいないと誰もどうにもできなかったから。
私でようやく手を入れられる程度で、既存の魔法や錬金術だともう根本的に組み直すしかなかったそうだ。
「今の設備を使い続けられても、品質下がったら意味ないもんね」
私はお風呂からあがって一人頷く。
会頭さんだけじゃなく工房の人も使えるようにしてくれただけでもと言ってくれた。
街に来て十日も経ってないのにと褒めてくれた。
「けどできるのは最初からわかってた。だったらより本来の力を発揮できるようにして当たり前なんだよね」
薬屋さんの言葉が身に染みる。
ただクライスの真似するだけじゃ駄目なんだ。
それにやってみないとわからないこともあるって今回のことでわかった。
「慰杯の練習に使える金属杯、商業ギルドにあった在庫分とかもらっちゃったし」
会頭さんの好意は、それだけ期待の表れだと思う。
クライスと同じ水準を求めてるんだ。
「もう少し『自動書記ペン』の注意を理解できるよう頑張ろう」
質と量、巧緻と拙速。どちらも大事。
今回は急ぐよりも質を取るほうが正解だった気がする。
そう反省して風呂屋を出た。
途端にお腹が鳴る。
「…………せっかくレシピもらったけど、材料何も買ってないし。今夜は食べて帰ろう」
となると周辺で知ってる店は多くない。
ここは北門の近く。
ダンジョンに入った人たちが汚れを落とすためのお風呂屋さん。
「確か冒険者ギルド近くにも食堂があるって」
会頭さんに以前聞いた話だ。
その時食べた食堂の魚のフライはとても美味しかった。
そこと並べてあげられたなら美味しいはず。
「よし、行ってみよう」
まず冒険者ギルド方面へと足を向け、北門が見える広場に辿り着く。
そこから辺りを見回すと、食堂はすぐにわかった。
もう夕暮れも終わる時間に赤々と灯りが点いてる。
その上で料理のいい匂いとにぎやかな声が店から溢れていた。
「うわぁ」
入って思わず足を引きかけてしまう。
見るからに冒険者ばかりが集まっているんだからしかたない。
さすがに街中で完全武装はいないけど、見るからに上背のある人や筋肉をむき出しにしている人が並ぶと威圧感がすごい。
もちろん冒険者の中にも魔法職で細身な人もいる。
冒険者ギルド関係者なのか一般人と変わらない人たちも混じって談笑していたりもするから、私が入っちゃいけないわけでもないんだけど。
「お? エイダ?」
にぎやかな中で私を呼ぶ声が聞こえた。
見ると簡素なシャツだけを着た青年は、衛兵ロディだ。
その向かいに座ってるのは防具屋パーティのヴィクターさん。
「こんばんは」
「おう、飯か? 座れ座れ」
寄って行って挨拶すると、すでにからの木製ジョッキを掴んでるヴィクターさんが席を勧めてくれた。
私はお言葉に甘えてロディの隣に腰を下ろす。
「飯ならラザニアがお勧めだぞ」
「ラザニア?」
ロディはニンニクのいい匂いのする棒状パスタを食べてるみたい。
「板状のパスタにひき肉のソースとかクリームソース挟んだ…………焼き物?」
「え? パスタを焼くの?」
ロディのあやふやな説明に想像がつかない。
炒めるのとは違うんだよね? パスタって焼いたら硬くならない?
「おーい、麦酒! あとブルスト! それとラザニア!」
私たちが首を傾げ合ってる間にヴィクターさんが酒とつまみのついでに注文してくれた。
「おすすめしてくれるなら美味しいんだよね? だったら楽しみ」
「おう。熱いけどそれが美味い。トマトって珍しい果実をソースにしてて見た目は赤いんだ」
ロディの説明ではやっぱり想像できないけど、実物見てからのお楽しみにしよう。
「珍しい果実ってことはこの辺りの料理じゃないの? ウォック焼みたいな新名物?」
「いや、あれとは違う。他所から来た奴が広めた料理なんだ」
からのジョッキをを待つヴィクターさんが話に入る。
「ウォック焼はダンジョン産品使って作った名物だな。美味いが材料費かかってて高いんだよ。よっぽどいい稼ぎになった冒険者が一夜のぜいたくで頼むもんさ」
そんな大層な料理だったのか。
その割に名前が煮込み料理っぽいのに焼きって妙なことになっているけど。
「テーセは街になってから移住者も増えてその分色んな文化取り込んでるから。商人も物珍しいもの持ち込んで、代わりにダンジョン産品買って帰るんだよ」
ロディはパスタを食べながら説明してくれた。
ヴィクターさんはお酒のお代わりが来るまでの手慰みにつき合ってくれる。
「ロディが食べてるのもそうだな。棒状のパスタをスパイスで香りづけして炒めた料理で、本当は海産物入れるらしいがここじゃ湖の貝なんかを入れてる」
「これもちゃんとうまいぞ。季節によって入ってるの魔物なこともあるけど」
「いい匂いだよね。今度来た時にはそれ頼んでみるよ」
そう話してると注文の品が届けられた。
「麦酒とブルストね。ラザニアは焼きに時間がかかるからまだ待って」
早口に告げると給仕のお姉さんはすぐに去る。
そして酔っ払いたちが不埒な動きをする間を鮮やかに歩き去っていった。
「すごい身のこなし」
「慣れてるからな。下手に触れてもお盆で腫れあがるくらい手を叩かれるんだ。お、俺はしたことないからな!?」
つい疑いの目でロディを見てしまった。
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