36話:呪文店にて
「サキア、このちぎりパスタ? すごく美味しい! ベーコンの塩気がよく合うね」
そう言って僕が作った昼食を食べるのは呪文店の留守番のエイダ。
朝焼けのような瞳を輝かせてる女の子だ。
僕は勇者として呪われた聖剣の所有者になり、解呪の手がかりを求めて訪ねている。
けれど結局、生きてはいるけど誰も住処を知らない神出鬼没の武器工を頼るのが確実だという話に落ち着いてしまった。
「サキアの作る料理はなんでも美味しいのよ。初めての食材でもその場で齧ってすぐ美味しく仕立てるんだから」
仲間のルイーゼが誇らしげだけど、そんな言うほどでもないし、ある物を混ぜて味を調えただけなんだけどな。
小麦粉を練って千切りながら一口大に薄く延ばすショートパスタを作り、エイダが買っていた材料からベーコンと苦みのある葉物を選んだ。
そしてチーズとミルクで纏め、味を調え手軽なパスタ料理にしただけ。
「けど相談料で昼飯作るだけで本当にいいのか? 結局俺たち分の食費余計にかかってるだけだろ」
気遣いのできるヘルマンがそう言うけど、エイダは笑顔で首を横に振る。
「こんな美味しいもの作ってもらえるだけいいよ。他にもレシピもわざわざ書いてくれたし。私一人暮らし初めてだからそんなにレパートリーなくて困ってたんだ」
エイダは素直ないい子だ。
真剣な表情やふとした瞬間、切れ者そうなクライスに似てるけど、性格はずっと純朴で田舎の幼馴染を思い出す。
偏見はないつもりだった。
けどこんな子が魔女なんてと思ってしまうのは、自覚のない偏見があったんだろう。
反省しよう。
「ごちそうさまでした」
食べ終えて僕たちは呪文店を後にした。
「エイダ、僕たちは南門に近い金の鶏亭に宿泊してる。もしダンジョンや周辺の素材探しで手が欲しかったら声をかけてくれ」
「ありがとう。聖剣の呪いも実際使ってるところ見たほうがわかることもあるだろうし、その時にはお願いに行くね」
色よい返事をもらって、僕たちは見送られつつ大通りに向かって歩いた。
「クライスには速攻帰れって言われたけど、双子のエイダはいい子だな」
「愛想もいいし、私たちの事情を真剣に聞いてくれたものね」
ヘルマンとルイーゼにも好印象だったようだ。
だからこそ、なんとなく三人で目を見交わす。
「あの様子だと、知らないわよね?」
僕はルイーゼに頷く。
「聞いたらまだ着いて十日も経ってないし、ダンジョンにも入ってない。知らなくて当たり前じゃないかな」
「というか、周りが耳に入らないようにしてるんじゃないか? あんまり吹聴する話でもないしな」
ヘルマンの言うことも一理ある。
「東の森の向こうに魔王がいるなんて、思いもしないんだろうね」
建物に覆われるような小道から大通りに出て、僕たちは東の外壁を眺める。
この広大な街を覆う壁の中、唯一東にだけ門がない理由は聞くまでもないだろう。
「なんて言ったかしら? かつてテーセ村の東にあった村の名前」
「ヴァインヒルだよ。だからヴァインヒルの魔王って呼ばれてるって伯爵が」
ルイーゼに答えて、かつてあった村はもうないだろうと感慨にふける。
この地を治める伯爵から聞いた限り、歴史書には魔境の際の村だったとあるそうだ。
そこに魔王が現われて占領し、当時の国は奪還作戦を行ったけど失敗。
歴史上勇者も討伐に向かうがそれも失敗したのだとか。
不気味な沈黙を守って、今も森の向こうには誰も見たことのない魔王がいる。
「なぁ、もしかしてヴァインヒルの魔王はもう引っ越してるなんてことないか? 伯爵家の記録見せてもらった限り、ダンジョンが発生した時も、スタンピードが発生した時も動きがなかったんだろ?」
ヘルマンの予想は楽観混じりだ。
伯爵家の記録には、ダンジョンが発見されてから三回スタンピードが起きている。
そしてその内の二回目、スタンピードで発生したモンスターの群れはダンジョンから東進したらしい。
森をなぎ倒しヴァインヒル方面へと。
「それはないだろうね。それこそ記録にモンスターの群れは一匹たりとも戻ってこなかったとあるんだ。それに森が異常な速度で回復したともある」
どう考えても何者かがモンスターの群れを討伐して森という境界を復活させた。
そしてそれができる存在は魔王くらいしかヴァインヒル方面にはいない。
南門近くにある宿への帰り道、ルイーゼが溜め息を吐いた。
「テーセ村の記録もあまり残っていないのよね。一つ二つ、森の向こうに行ってヴァインヒルの村人が強制労働させられているのを見たとかで。魔王については姿さえわかってないなんて」
その記録も百年以上昔のもので、今なおヴァインヒルの人間が健在かは不明だ。
ただ強制労働で建てただろう魔王の城は存在する。
それはテーセの街の南、高台にある湖畔の城から森の向こうに高い屋根が見えるためわかることなのだとか。
「この国も伯爵も、魔王に動きがないのなら刺激すべきではないと言っていたし、僕たちが率先して事を荒立てるべきではないよ。…………我ながら勇者としてどうかとは思うけど」
魔王を倒した聖剣を持っているのに使うつもりがないなんてね。
「呪いを解くのに一番は魔王に会うことだというのはわかってるけど」
「待てまて、サキア。それは性急すぎる」
「そうよ。呪いを解くために呪った相手の同類の下に行くなんて」
一番早く問題を解決できると思ったんだけど、仲間に止められた。
「けど、行方も知れない武器工を捜すより確実だと思うんだ」
「それで勇者が倒されたら意味ないでしょ」
「そうだ。それに新しい呪いを付与される可能性もあるじゃないか」
ヘルマンの言葉に僕もルイーゼも目を瞠る。
確かにその可能性があるね。
そして今は聖剣として機能してるけど、魔王から二つ目の呪いを受けてしまえばもはや聖剣でなくなる可能性もあるんだ。
それは人間が魔王という格上の相手に対抗できる数少ない手段を放棄するようなもの。
「伯爵もダンジョン攻略は推しても魔王に近づく行為、東の森への侵入は厳に慎むようにって言われてるだろ」
「この国の体面としても、他国の勇者に魔王討伐を依頼もしてないのに成し遂げられたら困るってところもあるでしょうし」
貴族的な考えだと相手の体面を潰すなんて百害あって一利なしらしい。
元々ただの配達屋の息子だった僕にはない視点だ。
そうした仲間の意見は尊重すべきだし、説明されれば理屈もわかる。
けどその能力があるのにやらないことに罪悪感があるんだよね。
「この国に勇者はいないし、ダンジョン攻略が進めば声がかかる気もするけどな」
僕の内心を察したのか、ヘルマンが軽い調子でそう補足する。
それに続いてルイーゼが肩を竦めた。
「どうかしら? この国には魔術関係を牛耳るラスペンケルっていう魔女がいるのよ。あえて魔王に触れないんじゃない?」
「エイダはそんな風じゃなかったけど」
もしかして魔女だから街の人間が言わないなんてこともあるのかな?
いや、けど今まで関わった街の人間に悪辣な者はいない。
まぁ、闇ギルドと呼ばれる裏社会はあるらしいと聞いてるけど、それも住み分けをはっきりしてるらしく僕たちは遭遇もしてない。
この街がエイダを排斥しそうだとは思えないし、単に彼女の滞在期間の問題だろう。
「魔女でもこの街の誰かでも、僕は、求められたなら応じるよ」
勇者と呼ばれるようになった時に決めていたことを改めて言葉にする。
僕の決意に仲間は確かに頷いてくれたのだった。
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