35話:歪みがないんです
隣国に百年前までいた魔王。
それ以前から聖剣に選ばれた勇者は挑んでは敗れていた。
そしてついに勝利を掴んだものの、死に際の魔王に聖剣は呪われた。
「魔王は今際に言ったそうだ『それほど死に急ぎたいのならば滅びの道を歩むが良い!』と。それ以来、聖剣に選ばれた勇者は長く生きられないんだそうだ」
呪われた聖剣に選ばれてしまったサキアがそう語る。
「ごめん、すごく基本的なこと聞いていい? なんで今も聖剣の勇者を選ぶの?」
魔王という強敵は倒れた。
それほどの相手を倒すには聖剣が必要なのはわかる。
けど呪われて早死にするとわかってるなら聖剣を隔離して選ばれないようにしてもいいんじゃない?
「まだ魔王のいた魔境は残ってるの。魔境から生じる負の力で魔物は生まれるし、いつ魔族が自らの住処にしてしまうかわからないわ」
魔境に魔物は住めないのに、魔境があるとその周辺で魔物が生まれる。
そして魔境に住めない魔物は、自然と人間の住む地域へと向かうので対処しないわけにはいかないということか。
うーん、ルイーゼが言うこともわかるけど。
「けどそれは勇者でなければいけない理由じゃないよね。魔境自体をどうにかすることはできないんだし、出て来る魔物討伐以外に勇者を選ぶ理由って何?」
「ぶっちゃけ国の威信」
はっきり言ってしまうヘルマンに、サキアとルイーゼが呆れ顔を向ける。
でも否定しないならそうなんだろう。
私だったら国の体面で寿命が短くなる呪いの聖剣なんて、頼まれても持ちたくないけど。
「勇者いると周りの国にでかい顔できるんだ。ダンジョンでも魔物の住処でも、聖剣っていう強力なアイテムの威力発揮できる人柱を派遣できるからな」
「ヘルマン、言いすぎだよ」
「そうよ。サキアは少なくとも自らの意思と誇りで戦うことを選んだのよ。それを否定するなら私が許さないわ」
「おっと悪い。俺だってお前の気持ちを疑ってるわけじゃない。ないけどな」
ヘルマンは悲しそうに目を逸らす。
どうやらこの三人は仲がいいようだ。
早死にする呪いに侵されても国の見栄のためにサキアが利用されるのは、騎士の家に生まれていながらヘルマンにとっては許せないことなんだろう。
魔王に与すると言われる魔女の血筋に頼っても解呪したいと思うほど。
「その早死にってどれくらいでとか、わかる?」
「故国の記録では、聖剣を手にしてから十年もつほうが珍しいって」
「え…………それ、だいぶまずいね」
サキアの言葉に私は驚く。
そんな短期間なら本当にただ国の思惑なんだ。
「サキアは聖剣に選ばれてからまだ一年よ。けど、その一年でずいぶん大変な目に遭ったわ」
ルイーゼの実感の籠った言葉から、どうやら呪いは聖剣を持つ勇者にだけ及ぶ訳じゃないようだ。
そうなると勇者を中心に悪運でも引き寄せてる?
その割に私の目には自分に及ぶ呪いの影響は映らない。
何か巻き込まれる条件があるのかな?
いや、この場合は普通に勇者と行動を共にするだけでいいとか?
「あと言っておくと、サキアは選ばれた時点で聖剣を破棄する権利はないわ」
「え!? 勇者本人なのに?」
ルイーゼに指を差されたサキア本人が肯定して頷く。
「だからだよ。選ばれたからには務めろって。もちろんそのためのバックアップは厚いけどね」
そう言って身に着けた手甲を私にも見やすいように上げる。
いい品だと思ったら国からの支援物資らしい。
威信ってことは国のほうも死なれては困るくらいには思ってるのかもしれない。
「いちおう呪いを解く方法を捜すことは奨励されてるんだ」
「そのためだけに他国へ出ようとすると止められるけどな」
「他国で勇者が死んで聖剣が戻ってこないのは困るんでしょう」
勇者にも事情があるようだ。
「ここに来るのも反対されたけど、友好国であることと、たまたま城に来ていたこの領地を持つ伯爵さまにお声をかけていただけたから」
「テーセのダンジョンに何か呪いに関係することがあるの?」
サキアの言葉に聞き返すと変な顔をされた。
次に納得した様子で頷く。
「そうか、君はまだ来たばかりなんだっけ」
「顔が同じだからつい知ってるものだと思っちゃったわ」
「それにずいぶん落ち着いてるしな」
「内心そうでもないよ」
正直知らないことばかりでテーセに来てから驚くことのほうが多い。
「ここのダンジョンは他にない特徴があるんだ」
「あ、核がないって言うのは昨日聞いたよ」
私が答えを先読みすると、サキアに続いてルイーゼとヘルマンが言った。
「そのせいなのか、本来なら核の近くにしか生じない希少素材が多いのよ」
「エリアごとに特徴強いけど、奥に行かなくても手に入れられるって有名なんだ」
「それで解呪に有用な素材を集めることと同時に、ダンジョンの攻略を行って少しでも未踏破エリアを埋めてほしいと伯爵からお願いされてるんだ」
「未踏破あるんだ」
まずそこから私は知らない。
これだけ大きな街、多くの人がいるならもうとっくに全体を把握されてると思ってた。
けどどうやらまだテーセのダンジョンの底は見えていないらしい。
「それで、何か呪いについて思い当たることはないかな?」
サキアが窺うように私を見る。
「うーん、ごめん。やっぱりわからない。呪われてるのは見てわかる。けどその呪いの種類なんかが全くわからないんだ」
聖剣は全てで一体をなしてる。
完成されてるんだ。
そこに呪いをかけるすごさがまず私じゃ足元にも及ばない。
私が手を出せることじゃないし、私じゃ呪う方法もさっぱり想像がつかなかった。
「あれ? そう言えばどうやってこの聖剣って呪われたの?」
「さっき言ったじゃない。魔王を倒して死に際に呪われたのよ」
「そうだけど、魔王は死に際だったなら特別な儀式をしたわけじゃないんでしょ? だったらどうしてこの聖剣は歪みさえないんだろうと思って」
ルイーゼに答えたらヘルマンが身を乗り出す。
「それ、過去に解呪を試みた呪術師も同じこと言ってたって記録されてたぜ。歪みがないってつまりどういうことなんだ?」
「そのままなんだけど、えーと、あ」
感覚としての状況を説明のために、私は作った慰杯を持ってくる。
「これは慰杯っていうアイテムの完成品。で、これに呪いをかけて使用不能にする場合、一番簡単なのは別の呪いの素材をくっつけることなんだ」
言って、私は適当なお皿をかぶせる。
「わかる? これが歪み」
「つまり、目に見えて本来の形と違う部分があるはず。なのにそれが見当たらないということだね」
私は理解してくれたサキアに頷いて見せる。
そこに魔法使いのルイーゼが顎に指をかけて、皿で蓋をした慰杯を見つめた。
「聖剣を聖剣たらしめる術に紛れ込ませたとしても、同じことなのね。過去の文献には聖剣の絵図もあったから、目に見える形で呪いの物品を加えられたということもないし」
「うん、そんな風に呪いをかけたなら、ここまで綺麗な聖剣のままじゃないと思うよ。あと考えられるのは、呪いをかけたのが作った本人とか」
「ないない! 魔王が聖剣を作るなんておかしいって。それに作ったのは不老不死と言われる伝説の武器工だって伝わってるし、噂だけどまだ生きてる」
ヘルマンが大きく手を横に振って否定した。
どうやらその武器工、魔王が倒された後も他の国で伝説的な武器を作っていて生存が確認されてるらしい。
「え、だったらその武器工にお願いして一度ばらしてもらったほうが早いよ。これ本人じゃなきゃたぶん手いれられないし」
「それも、過去解呪を試みた錬金術師から言われたと記述があったな」
私の指摘に、なんだか遠い目をしてサキアは笑った。
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