34話:呪われてるそうです
勇者サキア、それは隣国で公式に認められた称号だそうだ。
何故なら、サキアは勇者の剣に認められた存在だから。
「聞いたことは?」
「うーん、あるような?」
その勇者が目の前にいる。
店のスペースからダイニングテーブルへ案内して、ついでにお茶も出した。
このテーセ、コーヒーだけじゃなくお茶も手に入る。
いい街だなぁ。
「隣国の伝説の剣は聞いた覚えがあるよ。ただ私が暮らしてたのは辺鄙な山だから世間一般の知識じゃないと思う」
きっと家にある魔女所縁の書物の中にあったんだよね。
「伝説の武器工が鍛え上げた、勇者以外に抜けない意思を持つ剣だっけ?」
「い、意思?」
あれ? 私の言葉にサキアたち驚いてる。
背中の剣を降ろしてまじまじと三人で見るくらいに。
私も眼鏡をずらして見てる。
「今まで喋ったなんてないし、意思があるとは思えないわ。特別なだけの武器でしょう?」
「いや、けど勇者を選ぶんだぞ? 何かしらの意思が宿っていてもおかしくないだろ?」
勇者パーティであるルイーゼとヘルマンがそんなこと言い合う。
けどそれに答える余裕が私にはない。
「…………呪われてる?」
「わかるのかい!?」
サキアがテーブルの向こうから身を乗り出した。
否定しないんだー。
「えっと、伝説の剣で間違いないんだよね? なんで?」
「これは、故国の中でも知る者はごく少数なんだけど…………」
「話すのか、サキア?」
「一目で見抜かれたのよ、ヘルマン。話さないだけ無駄よ」
慎重そうに確認するヘルマンにルイーゼが肩を竦めてみせた。
「あの、そんな大きな話なら別に」
「いや、その呪いについて相談したくて訪ねたんだ」
「えー? 見る限り呪いどうにかできる気がしないよ?」
正直この伝説の剣に私は影響を及ぼせない。
それほどの品、それほどの逸品だ。
レベルが違いすぎる。
柄に施された魔石は純度が高く魔力に満ちててもうこの時点で私は触れない。
それが剣全体の強度を上げて、持ち主にも影響を与えるという一つの魔術を形成してる。
そんな造りはわかるのに、どんな魔法で、どんな技術で構成されてるのかが私の理解の範疇外だ。
「どう見ても優れた鍛冶職人、錬金術師、魔法使いの才能を持つ人が作った物だよ。私なんかじゃ、手も足も出ないって」
一番すごいのはたった一人が作り上げたことだ。
それは剣を見ればわかる。
この剣一つで繊細な魔法造詣が形作られてるのは、他人が複数で取りかかった訳ではないからこそ。
たった一人が完成させたからこその調和だった。
下手に手を出すと全部壊れるし、そう簡単に手を出せないほど強固なのも私では無理な理由でもある。
「この剣をどうにかという話じゃない。少しでも、呪いについてわかることがあればいいんだ」
「こんな剣に呪いかけられた相手も相当だと思うけど?」
私じゃ手が出せないことを告げたつもりなんだけど、サキアは当たり前のように頷いた。
「そうだろう。伝わっている話では、この剣に呪いをかけたのは魔王だそうだ」
「へ? …………魔王って、あの魔王?」
この世界には魔王と呼ばれる強力な魔族が各地に存在する。
元は魔界と呼ばれる別の場所にいたらしい。
というのもかつて魔王に与した魔女の知識だ。
今を生きる人間たちは生まれた時から魔王が地上にいるのが当たり前。
そしてその魔王をいつか打倒して脅威を排除しようとしてるのも一般常識だ。
けど魔界のことはもう忘れ去られてると両親が何かの折に言っていた。
「百年ほど前、故国にいた魔王を当時の勇者が討ち取ったそうだ。戦いは熾烈を極め、本来なら魔王を倒して強力な魔物を生み出す穢れを祓うはずが、魔王を倒した今も故国には穢れを内包した魔境が存在してる」
「魔境?」
初めて聞く単語を繰り返す私に、ルイーゼが首を傾げた。
「知らない? 魔境はダンジョンと似てるけど核のない場所よ。ダンジョンのように独自の生態系を作るわけじゃない」
「どころか、不毛の地にしていくような環境でな。魔物も生息できず、魔境の影響で魔物は生まれるけど外へ行ってしまう。住めるのは魔族だけだ。魔王が暮らす周辺は魔境なんだよ」
ヘルマンも説明を補足してくれる。
どうやらそういう区分の名前らしい。
「魔王の住む周辺は、普通の人間じゃ息をしただけで死んでしまうっていうのは聞いたことあるけど?」
「そうそれが魔境だ。よほど強い者でなければ死んでしまう」
サキアに続いてルイーゼが興味を目に浮かべて聞いて来た。
「ねぇ、魔女は魔境でも生きていられるって聞いたけど、本当?」
「魔王の側で生きられる特別な体をしてるっていうのは、聞いたことがあるかな? けど私のような傍系になると苦しむくらいになるって」
「即死のはずが苦しむだけで済むならすごいな」
呆れたように身を引くヘルマンにサキアが頷く。
「どうやら言葉は違えど、やはり魔女の血筋だけあって僕たちの知らないことも知ってるみたいだ。どうか、その知恵を貸してほしい」
「いや、魔王とか見たことないし。それが呪ったとか身に余りすぎるよ」
って言うんだけど、なんか三人の目がもう信頼で輝いてる!?
いいのそんなで!?
私、勇者に倒される側の血筋だよ!?
「話しを聞いて意見をくれるだけでもいいの。言ったとおり、百年前に呪われてから今までどんな勇者が手にしても呪いが解けなかったの」
ルイーゼが胸の前で両手を握り合わせると、ヘルマンは両手を頭の横に上げる。
「俺たちが知らない知識があるようだし、何か魔王側で知ってることがあれば教えてほしい。もちろん、君が魔女だからって何も危害は加えない」
「それは当たり前としても、本当に何もできないよ?」
「クライスに持ち込もうと思ったのも、糸口でも見つけられればという気持ちでだったんだ。元から僕たちはダンジョン攻略を目的にこのテーセに来た。呪いがすぐさま解けるとは思ってないよ」
サキアにこう取り成されて、これ以上無理だというだけでは情けない。
「じゃあ、聞くだけで」
実は剣には興味ある。
すごい技術で作られてるんだ。
それと同時にどう作られてるのかわかる部分もある。
つまり、全く解明できる気がしないほどの物でもない。
というか、全体の魔力の流れが理解しやすいってことはこれ、もしかして魔女の技術に近い方法で作られてる?
「あ、サキア。この剣の来歴わかる?」
「来歴って国にもたらされた理由とか? たぶん国許に帰ればそれくらいはわかるけど、聞いたことはないな」
「あるのが当たり前だったからな。持ち主が勇者にしても、そう言えば持ち込んだのか? それとも国が作らせたのか? いつからあるかも聞いたことないぜ」
「あら、武器工の名前はなんだったかしら? それは何か書いてあった気がするけど、どうやって作ったなんて話は見た覚えがないわね」
つまりこの聖剣の始まりについては知らないらしい。
だったらこの話題で粘っても無駄か。
「腰折ってごめん。それで、その魔王に呪われたってどうして?」
私は呪われた聖剣が誕生した経緯を聞くことになった。
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